大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

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07 大魔女さんと大海原

おぼろ豆腐と群氷海の幸さまざま 前編

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「ここですね。海面が黄金色に光っていますから。あの中心まで移動したら船を停めます」
「わー……本当だ、海が黄金色になってる」

 海王蛸クラーケンとの遭遇から数日が経った。
 あれからも何度か魔物や氷山などとは遭遇した。それでも航海は順調に進んで、僕たちは泡沫うたかたの大地の近くまでやってきていた。

 船べりから海をのぞくと、海面が金色に光っているのがはっきりとわかる。
 航海士が言うには、これこそが海底都市ユラシェルへの入口なのだそうだ。
 この場所から魔法で連絡を取り、許可が出れば下の街に入れてもらえる。光っているのはその目印らしい。

 僕たちの次の目的地、泡沫の大地。大地とは言うけど、それは海の底にあるのだそうだ。
 今度の冒険の舞台は海の底の街か。うーん、すごくファンタジーって感じだ。
 これまでは人間や獣人ワンワ、それに鉱人ドワーフ森人エルフにも会った。海底都市に暮らしているのはいったいどんな人たちなんだろう?

「連絡がついたわ。入れてくれるそうよ」

 僕が海の底に思いを馳せていたら、トッティがやって来てみんなに声をかけた。
 手にはいつもの魔法杖ロッドがある。魔法で海の底と交信してくれていたのだ。

「でも海の中にはいったいどうやって入るの?」
「すぐに迎えが来るわ……ほら、来た!」

 トッティが示す先を見て、僕もエリーチカもルジェも思わず目を丸くした。
 なぜって、海の底から巨大な泡がプカプカと浮いてきて、船をすっぽりと包み込んだからだ。

「えっ! えええ!」
「すっごくでっかい泡ですう!」
「これ、このまま下に降りられるってことっすか……?」
「そうよ。溺れないし水も入って来ない。なかなか面白いわよ。海の中の様子もじっくり見られるから」

 驚いている僕たちに対して、トッティや船の乗組員は慣れたことって感じで落ち着いている。
 これも魔法なのかな? すごいな、魔法って……。

 大きな泡に包まれた暁の女神号は、ゆっくりと海の中に降りていく。
 見えないエレベーターに乗せられているみたいだ。
 透明な壁を隔てて、魚が泳いでいたりサンゴや海藻が見えたり。
 海の中は結構深いんだけど、暗くなる様子は全然ない。僕の世界では深海は暗くなるから、この辺も魔法が主役の世界のなせる技なのかもしれない。

「海底都市は……あっ、見えてきた! 街全体が透明な泡の壁に包まれてるんだ……? 大きな建物も多いし、賑やかそうだなあ」
「トッティ様ぁ、あの変な形の建物はなんですかあ?」
「あれは貝殻を使って作られてるのよ。この街特有の建築物ね」

 そんなふうにきょろきょろと辺りを見回しているうちに、僕たちの船は海底都市にある港についていた。
 海面から降りてきたので、飛行機で空港に着陸した時の感じに近いかもしれない。
 雰囲気の違う色んな船が停まっていて、街はとても栄えている感じだ。

「海の中にも港があるって不思議な感じっすね」
「ちなみに嵐でも大丈夫みたいよ。水中だから逆に安定してるんですって」
「へえー……。すごいなあ……」

 船から降りたら、港の入口にある門でまず入国の許可をもらう。そのあとは街の中心部にある宮殿へと向かった。
 泡で海中に来る時から街中まで、僕も含めて初来訪のみんなはもうずっと感心しっぱなしだった。珍しいものばかりなんだもの。
 それにしても海底都市は今までのどの街より暖かい気がする。ドワーフの洞窟都市もかなり温暖だったけど、ここはそれ以上かも。
 海の中だから冷たい空気が入りにくいのかな。もちろん雪もない。思ったよりずっと過ごしやすい場所みたいだ。

 宮殿に着くと、泡沫の大地の偉い人に会って話を聞く手はずがもう整っていた。
 立派な謁見えっけんの間に通される。ここも貝殻やサンゴなど海の雰囲気いっぱいの品物が飾られている。

海皇かいおう陛下がお出ましになられます。しばしお待ちください」

 この人もそうだけど、街を歩いてきて見かける人たちの多くは、魚の鱗やヒレのような部分を体に持っていた。
 肌の色や質感が目に見えて違っているし、いわゆる人魚みたいな人もいる。
 海人マーフォークという種族なのだとトッティが教えてくれた。

 そして僕たちの前に現れた海皇も、ヒレのような耳と鱗のある肌を持つマーフォークのようだった。

「良くぞいらした、客人たちよ。話は氷青ひょうせいのアルゼン公より聞いている。泡沫の大地はあなたがたを歓迎しよう」
「ありがとうございます、海皇陛下」
「もちろん炎赤えんせきでの活躍も耳に届いている。魔王へ対抗するために動いているということも。そこで我らも折り入ってあなたがたへ相談があるのだ。聞いてはくれまいか?」

 あいさつもそこそこに本題を切り出されたので、ちょっと緊張してしまう。
 訪れたばかりの僕たちに相談って言うのは、よっぽど切羽詰まった問題があるんじゃないだろうか?
 そうなると思いつくのは、やっぱり魔王と魔族のことだ。泡沫の大地にも、もう魔王の影響が出ているというのだろうか。

「私どもでお力になれることでしたら、お任せください。こと、魔族と魔王に関してならば」
「ありがたい。おそらく此度こたびのことも魔王の差し金だと思われる。しかし事態はそれだけには収まらなくてな。ゆえに、我があなたがたに頼みたいのは――」

 海皇の深い青の瞳が、真剣な光を宿して僕たちを映す。
 緊迫感を覚える口調で、彼は一気にこう言った。

竜殺しドラゴンキラーだ。氷青の大魔女トッティよ。今一度の竜殺しをあなたがたに依頼したい」
「……穏やかではないですね。詳しくお聞かせ願えますか? 陛下」

 トッティもまた、いつになく張り詰めた口調で問い返した。

 竜殺し。
 トッティが大魔女と呼ばれるようになったのは、ルジェの師匠と一緒に『邪竜討伐』を成し遂げだからだと以前に聞いた。
 でも問題は、それが色んな国の王様に認められるくらいすごい偉業みたいだってことだ。
 そんな大事件は普通に考えればそうそうあるはずがない。
 でも今また頼まれたということは――。

 いったい泡沫の大地に何が起こっているんだろう?
 それには魔王や魔族も関わっているんだろうか。
 そもそもドラゴンってどんな存在で、どのくらい強いんだろう?

 たくさんの疑問をひとまず飲み込んで、僕は話の成り行きを見守った。
 たどり着いたばかりの泡沫の大地。
 僕たちはすでに大変なことに巻き込まれようとしているのかもしれなかった。
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