大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

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07 大魔女さんと大海原

クラーケンのたこ焼きもどき 前編

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 船室の外から波音が聞こえる。海の上での生活も久しぶりだ。
 出発の時の思わぬできごとですっかり動揺してしまっていたけど、そろそろ切り替えなくちゃいけない。
 これからみんなのごはんの用意もあれば、前の時みたいに魔物の襲撃もあるかもしれない。天気だって荒れる可能性があるのだ。

 気を取り直して厨房キッチンに向かおうとした僕を、ルジェが呼び止めた。

「カイさん! ちょっと良いっすか?」
「ん? どうしたの?」

 大きな革袋を担いでいる。袋の大きさたるや、まるでサンタクロースみたいだ。

「これを! リヒャルトのおっさんから、カイさんに渡してほしいって頼まれてたんっす。今回は出航までみんなバタバタしてたから、渡すタイミング逃しちゃって」
「リヒャルト隊長から僕に? なんだろう。ずいぶん大きいけど食材? ルジェ、一緒に厨房に来てもらっても良いかな?」
「もちろん! かなり重いし自分が運ぶっす。なんか豆がどうとか言ってて……。あ、手紙も預かってるっすよ」

 実は森人エルフたちの村を出る時、僕はリヒャルト隊長に会うことができなかった。
 復活し始めたばかりの世界樹の周りにはまだ魔物が残っていたので、隊長率いるエルフの戦士たちは魔物退治のためにすぐ村から出てしまったのだ。
 隊長はたくさんしゃべる人ではないけど、僕の方では話したいことも聞きたいことも結構あった。だからあいさつもできなかったのを残念に思っていたのだ。

 厨房に移動して、まずは袋の中身を確かめてみる。
 中に入っていたのは……。細かくてすべすべした、丸い無数の粒だ。
 これって、見た感じは豆にしか見えないけど……?
 隊長はどうしてこんなに豆を持たせてくれたんだろう。

 僕はすぐに手紙を開いて読んでみることにした。
 カイへ、という宛名の後にすぐ本文が続いている。

『お前が作ってくれたヤキトウモロコシの調味料は豆から作ると言っていたな? 風味にエルフの豆に似たものを感じたので、エルフの豆もお前の口に合うかもしれない。食材の方がお前には良いだろうから、旅の手向たむけにこれを贈る。役に立つことを祈る』

 エルフの豆。見た目がすごく大豆に似ているんだけど、隊長の話からすると味も似ているのかもしれない。
 豆からしょうゆや味噌を作るのはさすがに無理だとしても、他にも何か作れるだろう。ありがたい。
 わざわざ隊長が僕のために用意してくれたんだと思うと、なんだかすごく嬉しかった。

 おっと、手紙にはまだ続きがあるんだった。
 喜んでいないで、続きもちゃんと読まないと。

『ルジェはエルフの村にいる頃は、私がたまに武器の使い方を教えていた。彼女には嫌われているし、何をしてやれたわけでもないが。ただ今の彼女を見ていると、村を出て幸せになったのだなとつくづく感じた。良かったと思う。ルジェのことをよろしく頼む』

 几帳面なきれいな字でそう書かれていた。
 飾り気のない文章だったけど、リヒャルト隊長らしい気がする。
 隊長はなんだかんだ今も昔も、ルジェのことを心配していたのかもしれない。うまく気持ちは伝わっていなかったにしても、ルジェを少しでも思ってくれている人がエルフにもいる。素直に、良かったなと思えた。

「カイさん、なんて書いてあったっすか?」
「あ、うん。エルフの豆を餞別せんべつにくれるって。それとルジェも気をつけて旅してねって」
「全くあのおっさん、いつまで自分を子どもだと思ってるのやらっすよ……。それにしてもエルフの豆っすか。なんか懐かしいっす」
「よく食べてたの? 僕の世界でも豆ってよく食べてたよ。醤油や味噌もそうだけど、色んなものに加工されて、食卓のあちこちにあったなあ」
「アレって元は豆だったんっすか!? カイさんの世界の人って、突拍子もないもの作るっすね。食べることにかなり情熱あるっすよねえ……」

 確かに醤油や味噌も元は豆っていうのは、知らない人からしたらびっくりかも。
 ルジェは驚きながらも、調理台の上にあった豆を保存庫に移してくれる。戻ってくると話を聞かせてくれた。

「エルフの食事って豆と野菜がメインなんっすよね。自分は半分は人間の血が流れてるからか、村で暮らしてた頃はおなかが減っちゃって大変だったっす」
「育ち盛りの人間に豆と野菜だけは、確かに結構きつそうだもんなあ」
「食べるのもほとんど独りきりでだったし、あんまり良い思い出なかったっすね、食事に関しては」

 ルジェはカラッとした笑顔で言ったけど、なんだかかえって胸に突き刺さってしまう。
 僕が思わず顔を曇らせてしまったからか、ルジェが慌てて付け加える。

「でも今は好きっすよ! 良い思い出が毎日増えてるっす!」
「そ、そうなのかい……?」
「そうっすよ! 初めてごはん作ってもらった時のポットパイには感動したし、ゼリーにエビフライ、ナベ、カラアゲ……もう全部すごいっす。それに何より……」

 言葉を途中で切ったルジェは、その大きな目でじっと僕を見つめる。

「カイさんがみんなのためにってごはん作ってくれるのが嬉しいっす。自分が喜ぶと嬉しそうな顔してくれて。温かいうちにたくさん食べなって、食べさせてくれる優しさが……」

 そうしてルジェは身を乗り出して訴えてくれる。

「だから今は好きな時間っす。楽しいっす、毎日!」
「ルジェがそう思ってくれるなら、本当に良かったよ。料理を作るのも大変だと思うことはあるけどさ、みんなの元気な顔を見られるのが僕は何より嬉しいな」

 僕が思わず笑顔になって答えると、ルジェも安心したようでうんうんとうなずいてくれた。
 その後、ふと真剣な顔になるとそのままさらに言葉を続ける。

「それに自分はやっぱり、カイさんが好きっすよ。そういう優しいとこも、作ってくれるごはんも含めて。だから――」

 と、その時だった。
 突然、今までにないくらい大きく船が揺れた。

「わっ!? な、なんだ!?」
「なんかにぶつかった……!?」

 揺れの衝撃で小柄なルジェがよろめいたので、壁際にいた僕は彼女が転ばないように慌てて抱きとめた。
 ちょうどそのタイミングで、バン! と音を立てて厨房のドアが開いた。

「カイ! ルジェ! いるかしら!」
「魔物、魔物ですよーう! 敵襲でーすっ! あらっ……?」

 揃ってやって来たのは、トッティとエリーチカ。 
 だったのだけど、二人の目がみるみるうちに丸くなる。

「えーっ! いつの間に進展したんですかあ! カイ、やりますねーっ!」
「ええと……? まずいタイミングだったかしら」

 えっ? 何?
 はっとして自分の状態を思い返せば、しっかりルジェを抱きしめていることに気づく。
 え、違う! そういうんじゃない! そうじゃなくて!
 再び慌ててルジェから離れて平謝りする。

「い、いや違うんだ、揺れたから! 揺れたからなんだって、ごめん! ルジェ!」
「えっ、自分は全然良いんすけど」
「良くないよ! ごめんね勝手に! それでトッティとエリーチカ……敵襲なんでしょ!?」

 そうだよ、ここでバタバタとコメディな展開になってる場合じゃない。
 魔物が出たならなんとかする。そっちが最優先だ。

「え? え、ええそう。海王蛸クラーケンが、船に絡んできて……。とにかく詳しいことはあとね、ルジェは槍を持って甲板に来て!  カイは……ここよりは甲板の方が守りやすいから、カイも来て!」
「任せろっす!」
「わかった!」

 クラーケン。名前は聞いたことがある気がするけど……。
 この船を揺らすほどの怪力の敵。いったいどんな相手なんだろうか。

 飛び出していくみんなに続いて、僕も甲板に出る。
 みんなが守ってくれるとはいえ、やっぱり緊張はしてしまう。
 そしてそこには、とんでもない光景が広がっていたのだった――。
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