大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

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06 大魔女さんと世界樹の森

灼熱トマトソースのニョッキ

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 エルフの村であの不思議な夢を見てから数日の後。
 僕たちパーティは炎赤えんせきの港町にたどり着いていた。
 世界樹の回復が順調なので、あとを森人エルフたちに任せて船のある港まで引き返してきたのだ。
 それで久々に、僕たちは魔法船マナシップ『暁の女神号』へ戻れていた。

「エルフの女王から新しい情報を聞いたわ。今まで手に入れた情報と合わせて、これからどう動くかの作戦会議をしましょう」
「賛成。他の場所でも魔族が暴れている可能性は高いもんね」
「それに、まだ肝心の魔王の居場所がわからないのが問題っすよね」
「ええ。氷青ひょうせい、炎赤の大地に続いて、次の場所を目指すのには良いタイミングだと思うわ」

 そう言われて、僕はこれまでの旅を振り返ってみた。
 出発の地の氷青の大地。氷湖ひょうこはスケールが大きかったし、広大なしろがね雪原と氷晶樹の森はきれいな場所だった。
 現在地の炎赤の大地。噴煙を上げる火吹山ひふきやまと不思議なガラスの砂漠、そして世界樹の森を駆け回るようにして冒険した。
 次に向かう新天地には、いったいどんなびっくりする風景が待っているんだろう?

 ……とそんなことを考えていたら、ちょうどお昼時だ。
 せっかくなので船でお昼ごはんを食べながら、みんなで会議することにする。いわゆるランチミーティングってやつだ。

 今日のお昼ごはんには、ニョッキを使う。
 ニョッキと言うのは、じゃがいもを使ったショートパスタのこと。ころんと丸くてなんだか可愛い形をしているのだ。
 そしてこれは、茹でるともちもちした食感になってとても美味しい。
 ソースには、港町で仕入れた灼熱トマトを使う。玉ねぎとにんにくと一緒に炒めて、シンプルなトマトソースに。灼熱しゃくねつトマトの特徴である辛味のおかげで、ピリ辛な風味に仕上がった。

「ちょっと優雅な気分になるわね、美味しいごはんを食べながら作戦会議って」
「すこーし辛いですう! でもそれが良いんですう!」

 みんなの口にもあったみたい。
 会議へのモチベーションが上がったようで何よりだ。
 ニョッキとスープ、温野菜のサラダを食べながら、話を進める。

「じゃあ本題に入るわね。これまで私たちは二つの大地を旅してきた。この世界の人の暮らす大きな生活圏は、残り二つあるの」
「ええと……氷青と炎赤で二つか、あとは?」
泡沫うたかたの大地と万色ばんしょくの大地よ。次の目的地は泡沫の大地ね」
「うたかたってなんだっけ、……あ、思い出した泡のことか。名前からすると水に関係している場所なのかな?」
「エリーチカも話には聞いたことがありますよう! 海の底に都があるんですよねえ?」

 へえー……海の底に!
 それまたすごくファンタジーの世界っぽくて不思議な場所だ。

「そうよ。泡沫の大地には水の大精霊がいるの。そこを目指す理由は、大精霊に会って状況を確認するため。でもそれとは別にもう一つあるわ」
「別の理由って?」
「泡沫の大地にも、千年前の異世界人の手がかりがあるそうなの。千年前の異世界人はカイと私たちみたいに魔王のところを目指して旅をした。それは火の大精霊にも聞いたわよね。その時の旅で次に向かったのが泡沫の大地なんですって」

 なるほど。確かに火の大精霊もそんな話をしていた。
 トッティは話を続ける。

「それと、ビックリしたんだけど……そのパーティの一員には私の師匠のエデルがいたそうなの。どちらもエルフの女王が教えてくれた新情報ね」
「えっ!? トッティのお師匠さん、異世界人と関係があったの!?」

 僕はすごく驚いたけど、トッティも初耳だったらしい。
 エデル師匠はあまり昔の話をしない人だったのだそうだ。
 彼女はエルフで長生きだったから、千年くらい生きていたらしい。亡くなったのはつい最近のことで……、うーん。
 もし今も生きていたら……彼女に直接重要な話が聞けたのにと、残念に思ってしまう。

「今のところ私たちは、千年前の旅の道筋をなぞるように進んでいる。世界を巡り、大精霊に会う――これが基本よ。そうしていれば千年前の情報も手に入るし、その先には魔王がいるんだと思う。だから次の目的地は泡沫の大地よ」
「うん、わかった」

 火の大精霊からの話を思い出すと、どうしても気になってしまうことがある。
 それは『千年前の異世界人は元の世界に戻れた形跡がない』という話だ。
 過去の異世界人にいったい何があったんだろう。このまま彼らの旅路を追いかけていけば、それは分かるのかもしれない。
 それと同時になぜか、僕はエルフの村で見たあの夢のことをまた思い出していた。『帰りたい』というあの子の言葉も。

 ともあれ、今はとにかく先へ進まなければいけない。
 分からないことが多すぎる。もっともっと、色んな情報を集める必要がある。

「泡沫の大地へ向かうには、まずは海原の道しるべまで航海します。道しるべに着いてから海底都市ユラシェルに連絡すれば、暁の女神号ごと海へもぐることができるでしょう」

 航海士が羅針盤コンパスと地図を手に、そう説明してくれた。
 ということはまた海の旅になる。目指すは大海原ということだ。

「あーあ、海はちょっぴり暇なんですよねえっ!」
「前は大海蛇シーサーペントに遭ったっすよね。次はどんな海の魔物が出るか、腕が鳴るっすね!」
「またお天気が落ち着いていると良いけど……」

 みんな、海への思いはそれぞれみたいだ。
 僕はと言うと、非力なのでできるだけ安全な航海の方が正直ありがたいかな。
 出港の当日までのお休みの間に、風と水の精霊をまつる祭壇で神官さんにお祈りをしてもらったり、お守りをもらったりした。ゲンを担ぐのもたまには大事だと思う。

 そんなふうに天に祈っただけの効果があったのか、出港の日のお天気はバッチリだった。
 風もよく吹いていて、帆を張った暁の女神号は水の上を滑るようにスピードを上げていく。

 港の人たちに見送られて、僕たちは船出した。
 炎赤の大地ともこれでお別れだ。
 結構長く滞在した場所だから、なんとなく名残惜しい気持ちも強い。
 僕は船の甲板の手すりにつかまって、だんだん遠ざかっていく人々と港を見ていた。

 その時――。
 信じられないものが目に映った。

 見送りの人混みの中にいるその人に、僕の目は釘付けになった。
 だってそれは――。
 夕日のような鮮やかな朱色の髪。輝く宝石みたいな金色の瞳。
 背格好は大人になっているけど、顔には面影がある。
 それは間違えようがない、あの、夢の――。

「え……嘘、嘘だろ……!?」

 手すりから身を乗り出すようにすると、目が合った。
 僕だけでなく相手も驚きの表情をしている。その人は何か言ったようだったけど、もちろん遠すぎて声は届かない。
 ただ気のせいでなければ、『待ってて』と口が動いた気がした。

 待つ? 何を? 誰を? ひょっとして、君を……?
 君はいったい誰なんだ?

 もちろん答えは返ってこない。
 順風満帆の船は速度を上げていく。すぐにその人は見えなくなり、やがて港も見えなくなった。
 それでも僕はしばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。

「カイ? そろそろ中に入ったら? 体が冷え切っちゃうわよ」
「あ、うん、……今行くよ」
「……? 何かあった?」
「いや……。ううん、大丈夫」

 様子を見に来てくれたトッティは、僕の様子を気にして尋ねてくれた。だけど、僕は何をどう説明したら良いのかさっぱりわからなかった。
 結局言葉にできないまま、黙って船室へ戻る。

 あの子は誰なんだろう?
 夢の中のあの子が、成長した姿で現実の僕の前に現れた。
 その意味は? ……わからない。
 何もわからなかった。
 ただ――あの夕陽色の髪と金色の目が、僕の記憶に強く焼き付いたまま離れなかった。


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