大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

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06 大魔女さんと世界樹の森

羊雲のスモア 後編

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 世界樹の樹上、雲さえかかるほどのはるかな高み。そんな現実離れした場所を舞台にして、僕たちパーティと魔族とのとんでもなく激しい攻防は繰り広げられている。
 比喩ひゆではなく、本当に火花が散っているのだ。
 一瞬の油断や慢心がすぐに死へと直結するような、紙一重の戦いだ。

 長大な槍を持ったルジェが、宙を舞い飛ぶようにして魔族をたびたび急襲する。
 ルジェの絶え間ない攻撃には、魔族が使う強力な呪文を妨害する牽制けんせいの意味もあるんだろう。でも一方で、隙あらば倒してしまおうという意図もはっきり感じられる。そのくらい鋭い攻撃ばかりだった。

 攻撃の起点がルジェだとしたら、防御の起点はエリーチカだ。
 魔族が放つ魔法はことごとくエリーチカの盾の魔法が防いでいる。
 妖精フェアリーのエリーチカの魔法には持続力はないんだけど、発動は早くて正確。彼女がいなかったら僕はたぶんもう何回も消し炭になっているだろう。

 ちなみに今回の要はやっぱりトッティだ。
 彼女だけが使える封印呪という特別な魔法は、魔族との戦いの切り札だ。
 でももちろん魔族もそのことはわかっているから、執拗しつようにトッティを攻撃している。
 そんな激しい攻撃をものともせず、トッティは短い魔法を繰り出しながら同時に封印呪の詠唱を続けているみたいだ。
 彼女は当たり前のように何種類もの魔法を並行して使うけど、たぶんこれは相当すごいことなんだと思う。

 しろがね雪原での魔族と比べると、今回の相手の方がさらに手強い気がする。
 ただ激しい戦いとはいえ、状況は結構安定していた。
 それはルジェという新しい仲間が加わって、前に立って攻撃を引き受けてくれているからに他ならないと思う。
 攻撃と防御の役割分担が上手くできて、みんながより良い動きができるようになったのだ。
 ルジェが仲間になってくれて本当に良かった。

 そして――。
 戦いの幕切れは突然やってきた。
 魔族がルジェに向かって至近距離から炎の魔法を放ったのだ。

「ルジェ!」
「なんのッ!」

 巻き起こる爆風を真っ向から受けたらとてもたまらない――と思いきや、それでもルジェは足を止めることはない。
 逆に今までできなかったくらいいっそう深く踏み込み、その槍先はついに魔族を貫いて縫い付ける。
 攻撃を逆手にとったカウンターだ。これが肉を切らせて骨を断つ、ということか。

「トッティさん!」
「待ってたわ! 顕現せよ、封印のしるべよ!」

 トッティが魔法杖ロッドを振りかざしたその瞬間に、まばゆい白光が辺り一面を包み込む。

『こんな短時間で封印呪を!? 馬鹿なッ――!』

 魔族の断末魔が響く。
 その最後の一言を残して、魔族の姿は完全に消滅した。
 同時に周囲の空気がグンと軽くなった気がする。
 魔族がいることで、この場所――世界樹に良くない影響があったけど、それが一気になくなったということなんだろう。

「お疲れ様。やっぱり手強かったわね……。ルジェ、しばらくじっとしていて。火傷の手当をするわ」
「このくらいなら……と思うけど、ありがたいっす」
「カイもエリーチカもケガはないわね? よく踏ん張ってくれたわ」
「このくらい、何のそのですう!」
「みんなのおかげだよ、ありがとう」

 トッティは念のために周囲を確かめたあとで、ルジェに手早く治癒の魔法を施した。
 つまり本当にこの戦いが無事に終わったということだ。やっとひと心地つける。

森人エルフたちは先に世界樹を降りているはずだけど、さすがに全員無傷というわけにはいかないでしょうね。みんな治すとなると……ちょっと待っててね。魔法の触媒に使う羊雲をいくらか取ってから降りることにするわ」
「羊雲。そういえば前にも雪雲を取ってくれたことあったっけ」
「そうそう。この雲もアレと同じで食べられるわよ」

 そう言うとトッティは魔法杖で集めた羊雲を僕にも分けてくれた。
 前に使ったことのある雪雲と比べると、もちもちとしていて弾力がある。少しだけちぎって口に入れてみると、しっかりとした甘みも感じる。

「なにか作れそうかしら? すごく疲れちゃったけど、これからエルフたちにも治癒魔法をかける必要がありそうなの。休憩の時に何か食べられると嬉しいんだけど……」
「それなんだけど、ちょうど良いのを思いついたよ。みんなでたべれそうなメニューがある。下に降りたら、トッティが治療してる間に用意しておくよ!」
「それは嬉しいわね! じゃあもうひと頑張りするわ!」

 もっちりとした羊雲と、保存魔法で持ってきているビスケット。そして僕と一緒にこの世界に流されてきた荷物にあったチョコレート。
 この三つがあれば、以前アウトドア好きの友達に教えてもらったアレができるはずなのだ。


 世界樹から降りると、先に木を降りてきていたエルフたちに合流できた。
 リヒャルト隊長をはじめ、みんな多少のケガはあるみたいだけど軽傷みたいでほっとする。
 トッティがその治療に当たり、他のみんなは手分けして周囲を警戒している。
 その間に僕は焚き火の用意を始めた。

 羊雲を焚き火であぶると、予想通りほんのり焦げ目がついて柔らかくなる。
 それにチョコレートを乗せて、あとはビスケットで挟むだけ。
 僕たちの世界ではマシュマロで作る、キャンプの定番デザートのスモア。
 これは言ってみれば、羊雲のスモアだ。

「みんな! できたよー!」

 これはぜひともあったかいうちに食べてもらいたい。
 焚き火のそばからみんなに声をかけて、次々とスモアを配っていく。

「さあさあ、手当が終わった人からどんどん食べて! 熱いから気をつけて、ガブっとどうぞ」

 さすがに人数が人数なので、チョコレートもビスケットも羊雲も使い切ってしまった。でもちゃんとみんなに行き渡った。

 パリッと歯ごたえのあるビスケットの食感と、とろけて柔らかいチョコと羊雲。そのコントラストがたまらない。
 飛びっきり甘いおやつだけど、戦いで疲れた体にはよく染み渡る美味しさで、こんな時にはうってつけだ。

「はわわ……こ、こんな甘くて美味しいもの……エリーチカみたいな可愛い妖精さんにピッタリすぎますう!」
「これは良いわね……。疲れた頭と体にとっても染みるわ」

 エルフたちの様子も気になって、こっそり伺ってみる。
 彼らは相変わらず言葉少なだったけど、みんな美味しそうに食べてくれているのがわかる。
 良かった、気に入ってくれたみたいだ。


 スモアを食べ終わったあと、トッティとリヒャルト隊長が情報交換していた。
 二人の結論としては、いったんエルフの村へ引き返す方向で話が固まったみたいだ。

「世界樹の魔法力マナの安定感が明確に改善した。この調子ならば心配ない。元の姿に戻るまでにもそう時間はかからないだろう。いったん村へ戻ろう」
「異変の元凶は絶てたわけだからね。あとは女王陛下の判断に任せましょうか」

 うん、良かった。ひとまずエルフたちと世界樹の危機は無事に乗り切れたようだ。
 次は――次のことはまたひと休みした後に考えることにしようかな。
 さすがにもうクタクタだ。
 今日は緊張の連続だったから、当然かもしれない。

 焚き火の始末をして引き返す前、最後に世界樹を振り返ってみた。
 伸び伸びと天にそびえる枝が風でこすれ合い、とても心地よい音楽を奏でているように聞こえる。
 それはあまりにも美しくて神秘的で。でも、どこか懐かしい気がして。
 この木が大事にされている意味が、心の底から理解できた気がした。

「カイ? 出発するわよ」
「うん、今行くよ!」

 さよなら、またいつか。
 世界樹に心の中で別れを告げて、僕は村への帰路についたのだった。

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