大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

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05 大魔女さんと火吹山

思い出の肉じゃが

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 火吹山ひふきやまへの旅から戻った僕たちは、洞窟都市フラフニルでひと休みしていた。
 トッティは「フラフニルに戻ったあと、すぐ西へ行く」と言っていたけど、実際には一週間の休息の時間を設けてくれたのだ。

「だって無理して強行軍しても、結局途中で参っちゃうわ。きついだけで旅ははかどらないし、なんの意味もないじゃない。なら初めからしっかり休みを旅の計画に入れておいた方が効率的でしょ」
「確かに……」

 根性や気合いでどうにかなる! なんて言わない辺り、実際に旅の経験がある人ならではの考えだなと感じる。理にかなってる。
 そんなわけで僕たちは、鉱人ドワーフのリーダーのはがね太守たいしゅが手配してくれた館で旅の疲れを癒しているのだ。

 厨房キッチンつきの大きな館だから料理をしようと思ったけど、滞在中は意外と外食も多かった。

「カイもずっとみんなのために料理作ってたら疲れるでしょ。ちょっとくらいは手を抜いて休んで。旅の最中はほとんどあなたにお願いしてしまうわけだし」
「でもなんか悪い気がするなあ……」
「勤勉なのはあなたの良いところだけど、真面目すぎなのはいけないわ」
「そうっすよ、カイさん! 休む働くのメリハリも大事っすよ!」

 トッティとルジェの二人がかりでそう言われてしまったので、朝ごはんは僕が引き受けて昼と夜は外食することになったのだった。

 ただ幸いなことに軍資金はたっぷりある。
 火の大精霊からすでにことの次第の説明が届いていたようで、鋼の太守が報酬に大金を授けてくれたのだ。
 それに道中の魔物の素材も売ったらかなり良い値段になって、お財布がパンパンになった。
 ちなみに火炎鳥フレイムバードの素材は、冒険者ギルドに持ち込んだら、受付の人がびっくりして卒倒してしまうくらいの大騒ぎになってしまった。


 そんな休日も今日で最終日。
 明朝の出発の準備を終えたあと、僕は夕食作りのためキッチンに立っていた。
 ゆっくりしていなよと止められたけど、明日からの冒険の景気づけに作りたい料理があったのだ。

 その料理のためには、元の世界から流れ着いた食材が物を言う。
 中でも大事なのは醤油にみりんだ。ずいぶん使ったので残りがだんだん減ってきてしまった。トッティが作ってみたいと意気込んでるけど、開発までにはもう少し時間がかかりそうなので大事に使わないと……。

 今回使う材料はドワーフの街では豊富に手に入る根菜。その中でもジャガイモと玉ねぎ、赤にんじんだ。
 そして主役は豚肉。前に食べた苔豚モスピグの肉を市場で見かけたので買ってきてある。

 ちょうど良いサイズに切っておいた具材を順番にフライパンに入れ、油で炒めて火を通す。
 そのあとは水と砂糖と醤油とみりんを入れてじっくり煮るのだ。
 最後に茹でておいた若草豆を、彩りのさやえんどうの代わりに散らして完成。

「味、良し! バッチリ!」

 これぞ日本のご家庭の味、肉じゃがの完成だ!
 西の方では牛肉で作ることも多いみたいだけど、うちでは肉じゃがと言えばこの豚肉の肉じゃがだった。

「お待たせ、肉じゃがだよ。 ごはんと味噌汁と一緒にどうぞ!」

 みんな揃っていただきますをしたあとだけど、トッティだけはすぐには食べずに僕に尋ねてきた。

「これってカイの国の料理よね。今日あえてこれを作ったのは、なにか理由があるの?」
「うん、実はね……」

 さすがトッティ、鋭いというか……。
 そうだよね、僕と彼女の付き合いもそろそろ長くなってきたから、きっと分かっちゃうんだな。
 旅立ちの前に肉じゃが定食を作ったのは、何も僕がホームシックになったからというわけではない。

「こないだのフレイムバードとの戦いでも感じたんだけど、これからもっともっと危険な旅になるかもしれないだろ? だから、なんとなく僕のいちばん好きなメニューを……僕の故郷の味をみんなに食べておいてもらいたくなったんだ」

 そう言うと、口に肉じゃがを運びかけていたエリーチカとルジェの視線も僕に集中する。
 そんなに注目されるとなんだか恥ずかしい。とはいえまだ話が途中なので頑張って続ける。

「子どもの頃の僕が初めて家族の料理をお手伝いしたのは、この肉じゃがだったんだよね。向こうの世界では祝福ギフトなんてなかったんだけど、僕と料理の縁はここから始まったんだ」
「そうなの……。つまりカイが大好きな、思い出の料理ってことかしらね」
「うん。日本……僕の世界では、よくある家庭料理なんだけどね」

 よくある家庭料理だから、僕の家の食卓の定番でもあった。
 小さな頃から食べていたし、祖父母が作ることもあれば、父母が作ることもあり、作る人やタイミングで微妙に素材や味が違った。

「火の大精霊は不安になるようなことを言っていたし、これから先どうなるかまだわからないけど……。僕はこの味をずっと覚えてるし、美味しさを共有してくれる仲間もいる。そのことを心に刻んでおきたかったんだ」

 もし――もしも、元の世界に帰れなかったとしても。
 たとえば僕が死んじゃったとしても、この味のことはみんな覚えていてくれる。一緒に過ごした時間のことも。
 それは口には出さなかったけど。
 僕にとって大切なことだった。

 なんだかちょっと目がうるっとしてきてしまった。
 みんなに悟られないように、僕は慌ててうながす。

「ほら、冷めちゃうよ。さあさあ食べて!」
「えっ! あっ、はいっす!」
「ワッ! おいもがアツアツでふう!」

 肉じゃがを口に運んで噛み締めながらみんなを見つめる僕に、トッティが話しかけてきた。

「カイ、美味しいわ、とっても」
「口にあったかな。僕の国の調味料があって良かったよ。苔豚も良い仕事してるよね」
「……あのね、カイ」
「……? 何、トッティ?」
「この先何が待ち受けていても、私は必ずあなたを守るから」
「トッティ……」
 
 彼女の瞳は真っ直ぐで強い光を宿していて、その言葉に込められた決意の強さが伝わってくるようだった。
 しばらく真剣な表情で僕を見つめていた彼女は、やがてふっと微笑んだ。

「それじゃあ。あなたの言うとおり、冷めないうちにしっかりいただくわね」
「……うん。たくさん召し上がれ!」

 よく味の染みたじゃがいも。ほろりと煮えたお肉。玉ねぎとにんじんだって良い仕事をしてる。
 トッティと、みんなと一緒にこうして肉じゃがを味わえているのが、なんだか無性に嬉しかった。
 家族で囲む食卓の、懐かしい記憶が頭に浮かぶくらいには嬉しかった。

 僕たちを横目に見ながら、ルジェがポツリとこぼす。

「……トッティさんとカイさんって、なんかこう。やっぱり特別な感じがするんっすよね」
「ん? そうかな……。まあ、いちばん長い付き合いだからね」
「ちょっと妬くなあ……」

 口を尖らせながらフォークでじゃがいもを刺すルジェに、なんて返したら良いかわからなくて笑いだけ返す。
 すかさずエリーチカが口を挟んでくる。

「んふふ、活きのいい恋バナ、よろしくお願いしますよう?」

 冷やかすエリーチカにデコピンを食らわせて、僕も肉じゃがの相手を再開することにした。

 明日から、新しい旅が始まる。
 旅、また旅の日々。
 物事には始まりがあれば終わりがある。
 この旅にも終着点があるとして、そこではいったい何が待っているのだろうか――。
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