大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

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04 大魔女さんと雪の都

踊りえびのエビフライ 前編

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 アルゼン公との話が終わり、僕たちの(正確にはルジェの師匠の)屋敷に帰ってきてからは急に忙しくなった。

「ええーっ! もう旅立ちの準備なんですかあ!?」

 エリーチカが甲高い声を上げてピイピイとわめく。
 叫びたくなる気持ちは、まあわかる気はする。
 だってまだ街に着いてから三日と経っていないんだから。僕だって全然休んだ気がしていない。

「安心して、準備始めて今日出るってわけじゃないから。ただ、私たちとしては早く手札を揃えて、できる限り強くなっておかないといけないわ。魔王やその手先がどう動くか読めないから」
「トッティさんの言うことはもっともっすね。善は急げっすよ。そうと決まれば忙しくなるっす!」

 トッティがなぐさめになっているのかどうかよくわからないことを言い、ルジェはすでにやる気満々で冒険の準備を始めている。
 僕はグズるエリーチカをなだめながら、食料の手配に入ることにした。

 アルゼン公からは、頼んでいた風紋ふうもんの神殿の鍵と船の使用許可の書面だけでなく、旅の準備に使うようにとお金や保存食も頂いた。
 ありがたく活用させてもらうことにする。何しろ、きっとこの旅は長くなるだろうから。

 結局一週間だけ休息と準備に充てて、僕たちは雪の都ザオラドから旅立った。
 最初の目的地は、ザオラドの南にある風紋の神殿。そしてそのままさらに南下して、船のある港町を目指す予定だ。


「トッティ、そういえば風紋の神殿には何があるの? それに、港から船でどこに行くつもりなんだい?」
「時間がなくて説明してなくてごめんなさい。ちょうど良いからみんな聞いてくれる?」

 太陽のまだ高い昼間。
 僕たちはすっかりおなじみの石人形ゴーレムのソリに乗って移動している最中だ。後続のソリには旅の荷物も載せてあり、なかなか大荷物だ。

「風紋の神殿って、確か風の大精霊様がいるとこじゃないですかあ?」
「そうよ。そしてあの神殿には私のお師匠が使っていた魔法書グリモワールが預けられているの」
「魔法書。ということは、それを受け取りにいくの? 装備強化の一環ってことかな?」
「ええ。魔法書って、持ち主の魔法を補助したり、魔法力を強くする効果があるの。お師匠の魔法書はすごく冒険向けよ。平和な時は使わないような魔法も記されているから、風紋の神殿に預けてたわけ。今こそ出番ってことね」

 確かに今は魔王再来という世界の危機だ。
 冒険向けの強い魔法書となれば、大活躍するいちばん良いタイミングだろう。

「神殿を出たあとは港から船なんすよね。ってことは、目的地はもう決まってるんすか?」
「ええ。この地方を出たら、『炎赤えんせきの大地』を目指すわ。カイにもわかりやすく言うと、別の国のことよ」
「つまりざっくりとした指針としては、別の国に行ってここではやれないことをやるってこと?」

 尋ねてみるとトッティはうなずいた。
 そして雪原に目をやりながら続ける。

「炎赤の大地への旅には、装備強化と魔王への対抗策を講じる意味がある。でも実はもうひとつ理由があるの。カイに関わることよ」
「僕に? と言うと……」
「あなたには以前、異世界とこの世界を繋ぐような魔法はまだないって話をしたことがあるわよね。ただ、異世界の人についての情報自体はあるの。千年前のしょくで流れてきたと伝承に残ってる。そしてその時にも魔王との戦いがあった……今と同じように」

 千年前の話。そういえばトッティはアルゼン公と会った時にもそう言っていた。
 ちょうど今の僕たちと状況が重なるということか。

「それで、その異世界人はどうなったの? 僕みたいに魔王に関わることになったりしたのかな?」
「わからない。この国にはそれ以上詳しい伝承が残ってなかったの。でも他の国ならまた別の情報が見つかるかもしれない」
「なるほど……。ありがとう、トッティ。炎赤の大地行きは、僕のためになる手がかり探しっていう面もあるんだね」

 トッティは僕との約束を本当にしっかり守ろうとしてくれている。そのことが素直に心に染みて、僕は彼女に頭を下げた。
 すると彼女は照れくさそうに頬を赤くしてそっぽを向いてしまった。

「わざわざお礼を言われるようなことじゃないわ、そういう約束だったじゃない」
「それでも世界の危機なんて大変な状況でちゃんと約束守ってくれるのは、トッティがトッティだからだよ。ありがとう」
「も、もう。お礼は良いってば!」
「おっ? おっ? なんかこれは……恋? 恋的なムードですう?」
「エリーチカ! 絞めるわよ! とにかく! あとは道中でルジェの師匠にも会えたら良いとは思うけど……、まあそれはついでね。あまり期待してないわ」

 やばい、エリーチカがニヤニヤしながら口を出してくるので、トッティのご機嫌がどんどん斜めになってきてる!
 ルジェも興味深そうに眺めていないで止めてくれたら良いのに!

 微妙な空気の中でソリが橋へと差し掛かった時、ふとあるものが目に留まった。

「あ。ちょっとソリを止められる?」
「どうしたの? ……あら」

 そう言いながらソリを止めてくれたトッティも、すぐに気づいたようだ。
 橋の下を流れる川から雪原にかけて、何か黒っぽいものが点々と行列を作っている。
 二十センチほどの大きさのその生き物は、グネグネ、ぴょんぴょんと奇妙な動きをしながら雪の上を飛び跳ねて進んでいるのだ。

「……変な動きしてるけど、食べられるやつだよね、これ」
「あ、はいっす。踊りえびっすね、これは」

 ソリの上から雪原を覗き込んだルジェが淀みなく答えてくれた。

んでる池や川のエサが少なくなると、雪の上を跳ねて別の川まで移動するえびなんっすよ。ここら辺、水場が多いんで。跳ねてる姿が踊ってるみたいなんで、踊りえびって言うんす」
「へえー、面白いえびだなあ。うーん、生きるために移動中のえびたちには悪いんだけど、今夜の主役を張ってもらおうかな。ちょっと捕まえるの手伝ってくれる?」
「もちろんっす! 殻は硬いっすけど、動きはのろいんで。獣には食べれないけど人にとってはラッキーなごちそうっすよ」

 トッティとエリーチカにソリと周囲の見張りを頼んで、僕とルジェで踊りえびを捕まえてみた。
 運が良いことに、この人数でも十分なくらいの量を確保できた。ルジェの言うとおり、なかなかラッキーなごちそうに出会えたようだ。

「踊りえびで何ができるのかしら? 汁物? それともあぶったりとか?」
「ううん、今回はそのどっちでもないよ」

 興味津々で今日の食材を覗き込むトッティに、僕は笑顔で答えた。
 えびと言えば、アレだ。
 この世界に来てからずっとやってみたかった料理があるのだ。

「何かしら、気になるわ。でも先に風紋の神殿に行かなくちゃいけないのよね……」
「夕飯の時のお楽しみだね。まずは張り切ってトッティのお師匠さんの魔法書を受け取りに行こう!」
「そうね。ひと仕事終えたあとのごはんの方が、きっと美味しいもの」

 雪原を疾走できるソリなら、夕方前に着けるだろう。
 踊りえびを保存箱に入れると、僕たちは旅を再開する。
 大精霊、それに魔法書が待っている。
 いざ出発、風紋の神殿を目指して!
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