大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

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04 大魔女さんと雪の都

マナ砂糖のフラワーゼリー 中編

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 トッティの書斎には、見慣れない道具がたくさん取り揃えられていた。
 分厚い本は定番として、スクリーンみたいな大きな白い布。コンパスみたいなものや、色鮮やかな絵の描かれた羊皮紙の数々。見慣れない筆記具。
 置かれている白い立体模型はこの世界を模しているみたいだ、いわば『地球儀』のようなものだろうか。
 まさしく魔女の書斎というイメージそのものだ。

「お待たせしたわね。早速始めましょうか……ってそれは?」
「ああ、これは休憩用のフラワーゼリーとお茶だよ。マナ砂糖で作ったりんごのゼリー」
「さすが、気が利くわね! そこそこ長丁場になるし、お茶をしながら話しましょうか」

 そうしてトッティが魔法で作った映像を投影しながら話してくれたのは、この世界の創世の神話だった。


 原初、この世は今よりずっと多くの魔法力に満ち、たくさんの神々が存在していたという。
 神々は大地や空、海、陸を作り、そしてヒトを初めとする動物を作って世界が始まった。

 ヒトビトは平和に暮らしていたけど、その中で争いを好む性質のものが生まれた。
 それが魔族。強い力を持った魔族は他のヒトや動物を支配するようになり、神にも歯向かうようになった。

 それを危険視した神は世界を表側と裏側の二つに分けて、魔族を世界の裏側に、他の生物を表に住まわせるようにした。
 世界の分断の余波で気候が変わり、地上は雪と氷に包まれた今の姿になったのだそうだ。


「これが私たちの世界の神話で、世界中のみんなに広く知られている常識よ」
「世界の全部が雪と氷の極寒の地なのか。僕の世界は暑いところや寒いところもあるよ、本当に全然違うんだなあ。それでも当たり前に暮らしていけるのは、魔法の力があるからなんだね」
「ええ。万物の源は魔法力マナ。それがこの世界を形作る法則だからね」

 世界の大枠はわかったけど、そこでふと疑問が湧いた。
 僕はお茶をひとくち飲んだあと、早速トッティに尋ねてみる。

「そういえば魔族は世界の裏側……つまり別の世界にいるはずなんだよね? 表側にも干渉できるのはどうして?」
「分かれたと言っても二つの世界はあくまで表裏一体。世界を構成する魔法に何らかの事情で歪みが生じると、手の届くくらいの近さなのよね。だから歪みに乗じて魔族はこちら側に手を出そうとしてくるわ。言い換えればそれだけの力と野心を持った種族なの」
「その歪みが、例えばしょくってことなんだね」
「ご名答よ。何しろ今回の蝕は未曾有みぞうの大きさで、あなたの世界にまで繋がってしまったくらいだから。この世界の裏側くらいまでなら貫通する勢いだったかもしれないわね」

 冗談なのか本気なのかわからない口調で言うと、トッティもひと息ついたとばかりにティーカップを傾けたのだった。

「さて、すっかり熱中しちゃってたけど、食べましょうか、おやつを! せっかくカイが作ってくれたんだもの」
「うん、そうしよう!」

 スプーンを握ると、さっきまでの理知的で鋭い表情はふわりとほどける。
 僕の作った料理を食べている時のトッティは、本当に無邪気で嬉しそうだ。僕はその様子を心の底から嬉しく思うし、あまりに素直な笑顔を向けてくれるから、つい見惚れてしまったりもする。

「カイ? 食べないの?」
「あ、今食べようと思ってたところだよ」

 いけない、あんまり見てたら変に思われてしまう。
 慌てて僕もフラワーゼリーを口に運んだ。

 ふるりとしたはかない食感のゼリーが、口の中でも心地よく揺れる。
 りんご果汁で作ってあるゼリーは、僕にとってもかなり馴染みの深い、ほっとする味だ。
 食用花エディブルフラワー自体にはさほど味はないのだけど、しゃっきりした食感は楽しいアクセント。
 マナ砂糖の優しい甘さがほど良い余韻よいんになって残ってくれる。

「こんな素敵なおやつが作れるなんて、カイはお菓子作りの才能もなかなかなんじゃない?」
「あはは、僕も自分でちょっと思っちゃったよ。ザオラドは大きな街で食材も豊富だから、つい色々作りたくなるね」
「私としては大歓迎よ。しろがね雪原の冒険で手に入れた素材を換金して、懐もかなり暖かいしね」

 そうそう、この世界では冒険で得た魔物の素材や鉱物、薬草などは冒険者ギルドで高く買い取ってもらえることが多いみたいなのだ。
 トッティはその辺り手慣れたもので、冒険中に集めていた様々な素材を早速換金してきたのだそう。
 旅と戦いに生きる冒険者たちと街に定住する人々、持ちつ持たれつというのがこの世界の暮らし方のようだ。


「そろそろ時間ね。行きましょうか」

 窓から外を見ると、日がだいぶ傾いてきている。
 少し雑談をしながらお茶を終えると、もうじきアルゼン公の元へ向かう時間になっていた。
 王様レベルの偉い人に会うなんて、僕の人生では経験したことがない事態だ。
 トッティがいてくれれば大丈夫なのはわかっているけど、やっぱりどうしても緊張してしまう。
 いったいトッティはアルゼン公に会ってどんな話をするつもりなんだろう?

「迎えも来たわね。準備は大丈夫かしら?」
「うん、今行くよ」

 屋敷の外に出てみれば、また雪が降り始めていた。
 僕は不安と緊張でカチカチだけど、トッティは自然体だ。
 慣れているのか、ただ肝がわっているだけなのかはわからないけど、頼もしいことには変わりない。
 さくさくと雪を踏みしめながら、僕はいつもの調子のトッティの後に続くのだった。

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