大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

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04 大魔女さんと雪の都

一角兎のポットパイ 前編

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 街道近くの猟師の小屋で夜を明かした僕たちは、朝早くに雪の都へと出発した。
 大きな街道に沿って南下するルートなのだが、それでも道中では結構魔物の襲撃があった。
 トッティによると、これもしょくの影響なのだそうだ。霜の巨人が言っていた世界の『歪み』が魔法力マナを不安定にし、それが魔物を生むのだそう。
 とはいえ、僕たちのパーティにはトッティとエリーチカという二人の優れた魔法の使い手がいる。街道沿いという比較的安全な立地もあってか、苦戦するような相手は全く現れなかった。

 それから風を切る速さでソリで旅をすること数日目、その昼すぎ。
 真っ白な地平線の彼方を指さして、トッティが明るい声を上げた。

「ほら、見えてきたわ。あれが雪の都ザオラドよ」

 彼女の言う方向を見やれば、徐々に街の影がくっきりしてくる。
 冷たい風を嫌がって僕の襟元にもぐり込んでいたエリーチカも、ようやくぴょこんと顔を出す。

「やーっと街ですねえっ! んふふ、人の街を見るのは久しぶりなのですう!」
「はしゃいでチョロチョロと飛び回るのはやめてね? ザオラドは大きな街よ。はぐれたら大変なんだから」

 すでにはしゃいでいたエリーチカにトッティがしっかりと釘を刺す。
 確かに、本当に大きな街みたいだ。遠くから見ただけでも、ニーガとは規模が違うことがわかる。

「ザオラドに来るのもかなり久しぶりだわ。変わりないかしら」
「まずはトッティの仲間の人の家に行くんだっけ?」
「そうよ。まあ私たちはソリに乗っていれば大丈夫よ。この子たちが連れて行ってくれるから」

 街に近づくにつれて、飛ばしていたソリは段々スピードを緩めていく。
 雪の都ザオラドは、都と呼ばれるだけあって本当に大きかった。街は城塞になっていて、入口には立派な門まであった。
 門を通る時には何人も門番がいて、ニーガの街とは違う厳重さにちょっとハラハラした。だけどトッティは顔パスだったので、拍子抜けするようなほっとするような微妙な気分になってしまった。
 彼女いわく、「私はこの街でも有名人だからね!」とちょっと得意げな顔だ。

 ザオラドは通りも広くて、僕たちの他にも人や荷物を乗せたソリが盛んに行き交っている。
 往来にいる人の数自体も多い。見た感じは僕たちみたいな人間が多そうで、他には獣人や背の低い人型の種族がいくらかという感じだった。

 街の中心部から少し外れた区画の、一軒家の門の前でソリは止まった。
 二階建ての屋敷は石造りで、大きな家の多いこの辺りでもひと際しっかりした立派さに見える。
 取り出した鍵で門を開けると、トッティはソリを屋敷の敷地へと進ませていく。

「ずいぶん立派な建物なんだね? こういう広いお屋敷には、貴族とかが住むんだと思ってたよ」
「貴族の屋敷は庭や装飾もちゃんとして、もう少し豪華な雰囲気よ。この建物はどちらかと言うと実用重視なの」

 確かに広い庭は『庭園』という雰囲気ではない。
 その代わりに菜園があったり、温室みたいなものがあったり、ボロボロの巻藁まきわらがあったり、謎の小屋が立っていたり……。
 なんだか雑多な印象だ。

「まあつまり冒険の拠点みたいなものなのよ、ここは」
「なるほど。それでこんなごちゃっとした印象なのか」
「まあそれは家主がズボラなせいもあるとは思うけどね」
「トッティ様がズボラなんじゃないんですねえっ!」
「エリーチカ、ぶっ飛ばすわよ。さて、ソリはここに止めて中に入りましょ。いるのかしら、あいつ」

 トッティに言われるままにソリを降りて、僕たちは庭から屋敷の方へと向かう。
 そして建物の入口まであと数歩というところに差しかかった、その時のことだった。

「あっ! トッティさん!」

 突然、頭上から聞き覚えのない声が降ってきた。
 鈴を転がすような少女の声。声の主を確かめようと顔を上げてみれば、二階建ての建物のてっぺん――屋根の上に何やら人影が見える。
 ちょうど太陽の光を背負って顔はよく見えないけど、トッティより更に小柄なシルエットが目に映る。

「ルジェ? 上で何かやってるの?」
「ハイッ、ちょっと屋根の様子を見に……それにしてもお久しぶりっす! お元気でしたか? 待っててくださいっす、今そっち行くんで!」

 見上げながら親しげに声をかけるトッティの様子からすると、屋根の上にいる子とは知り合いみたいだ。
 のんきに構えていた僕だけど、その次の瞬間に自分の目を疑うような事態が起きた。
 何って――ルジェと呼ばれた少女の影が、二階の屋根からぴょんと飛び降りたのだ。

「えっ!? 待っ……ええ!?」

 この建物はなかなか背が高い。下には雪が積もっているとはいえ、二階の屋根から飛び降りたらタダでは済まないはずだ。
 慌てた僕は、彼女の落下予想地点へと駆け込もうとした。できるはずもないのに、思わず受け止めようとしてしまったのだ。
 ギュッと目をつぶり、衝撃に備える。

 結果は――。

 ザッ! と鈍いけど軽い音。
 おそるおそる目を開けてみると、僕の隣には平然と地面に着地している少女の姿があった。ケガはない、それどころか数十センチの段差を飛び越えたみたいなノリでケロッとしている。

「うわっぷ!」

 そして数秒遅れて、僕の顔の上には彼女の首元から外れたマフラーがばふりと舞い降りてきたのだった。
 とっさに状況がよくわからなくて、目を白黒させながらも何とかマフラーを差し出すと、少女はまばゆい笑顔で僕に笑いかけてくれる。

「マフラー受け止めてくれてありがとうっす、お兄さん!」

 事実だけど声に出して言われると本当に格好がつかない……。

 少女はシルエット通り背丈のあまり大きくない、どちらかというと華奢なように見える姿をしていた。
 短く切り揃えられたきれいな銀髪。若草色の大きな瞳が人懐っこく僕を見つめている。素直に可愛らしい子だと思う。
 ちょっとだけ尖った耳が、人間とは違った種族であることを示していた。

「え、ええ……? どういうこと……」

 なんかもう、よくわからない。これも魔法?
 それとも彼女みたいな人間離れした身体能力は、実はこの世界の人たちの平均値なんだろうか。
 助けを求めて視線をトッティに送ると、彼女は苦笑して教えてくれた。

「ビックリさせちゃったわね。身体強化の魔法が彼女の得意技だから、高所から飛び降りてもへっちゃらなの。彼女はルジェ。魔法戦士の祝福ギフトを持っているハーフエルフで、私の仲間の弟子なのよ」
「初めましてっす! トッティさんのお仲間さんですか、お兄さん! 自分はルジェって言います、よろしくっす!」

 ルジェはやたらと勢いが良いものの、明るくて礼儀正しかった。
 そんな彼女を気に入ったのか、あっさり受け入れてその周りをふよふよ飛び回るエリーチカ。そしてルジェのことをよく知っているらしいトッティ。
 二人のようにすぐには状況に順応できない僕は、やっとのことで彼女に名乗り返したのだった。

「みなさん、なんかご用だったんすか? ひとまず中へどうぞ! お茶を淹れるっす!」

 ルジェに招き入れられて、僕たちは屋敷の中へと入る。
 僕はまだバクバク言っている心臓の鼓動をなんとか抑え、この先はさっきみたいに慌てたりしないぞと自分に言い聞かせた。
 何しろ弟子のルジェにこんなにビックリさせられたんだから、この子の師匠だというトッティの元の仲間に会ったらと思うと……。さらに平常心を試されそうな気がしてしまうのだ。

 でもトッティの今の仲間として、あんまり頼りなかったりかっこ悪かったりするところは見せたくない。
 なぜか妙に意地になっている自分を不思議に思いつつ、僕は案内してくれるルジェの後に続いたのだった。
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