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03 大魔女さんと霜の巨人
雪国牛のとろふわチーズフォンデュ 後編
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ちらほらと雪の降り出した、夜。
今日の夜も雪原で野営することになっている。トッティは魔法でエリーチカみたいな雪の妖精をたくさん呼び寄せて、あっという間に雪の洞穴を作り上げた。
僕の世界にも『かまくら』というものは存在したな、とその風景を見ながら思う。
昔は中で温かい甘酒を飲んだりとか、もちを焼いたりとかしていたらしい。もっとも雪国出身ではない僕は、かまくらを作ったり雪遊びをしたりした経験はないのだけれど。
そんなことを考えながら、食材を下茹でするか、炙るかする。黒パン、マンドラゴラ、カボチャ、にんじん、雪原の香草、雪茸、イノシシ肉などなど。旅のさなかにしては相当豪華なラインナップなのではないだろうか。
とろみのついたチーズのつけだれができたところで、二人を呼び寄せる。
『いただきます』
三人揃って合言葉のように唱えて、食事に入る。
本当はお店でよく見るようなチーズフォンデュ専用の鍋があるといいんだけど、今そんな贅沢なことは言っていられないので普通の小鍋で代用する。
フォーク(エリーチカはピック)にそれぞれ具材をさしてチーズを絡めると、チーズが伸びる。明かりに照らし出されるとツヤがあり、さらに美味しそうに見える。
「んー! おいひい! そして熱いわね!」
「二人ともやけどに気をつけてね」
「チーズ、美味しいですけど危険ですう! 危険ですう! やめられない!」
「カイの言う通り本当にご馳走ね。こんなところで食べられるとは思ってなかった。本当に美味しいわ、元気が出る」
トッティがしみじみ言ってくれるし、エリーチカはうるさいしで、僕はなんだか嬉しくなってしまった。
とと、いけない、僕も食べよう。
みんなが次はこれ、次はこれと好きな具材を食べ進めるのを見て、僕もチーズをつけた肉を口に運ぶ。うん、想像通り、いや想像以上の美味しさ。
フォンデュの名前通りあつあつのチーズが舌の上でまろやかにとろけ、そこに肉の脂と旨みが乗ってくる。あまり塩気の強くないチーズを使っているので、味が濃くなりすぎずにミルクの風味が生きている。
野菜類もやはりチーズとの相性が良い。茹でたものはほっくりとして、焼いたものはカリッとして。そこにチーズが絡むことで至福の味わいになるのだった。
食事の時間を終え、温かいお茶を手にトッティは僕たちを見て語る。
「明日はいよいよ霜の巨人の居場所へ行くわ……。正直、何があるか分からない。エリーチカ、あなたたち雪の妖精としては、霜の巨人は大事な王様みたいな存在でしょうけど、……それでももし引き返すなら今のうちよ」
「引き返しませんよう! こう見えて雪の妖精は義理堅いんですぅ! カイさんとトッティ様には命を助けられましたしね! それに恋に育ちそうなふたりの行方を」
「エリーチカ」
「ひゃい」
恋云々はおいといて。
妖精は気まぐれではあるが強い魔力を持つ種族なのだという。着いてきてくれると言っているエリーチカを、トッティも頼もしく思っているかもしれない。
「カイ。あなたは……」
「わかってるよ。無茶はしない。でもさ、トッティこそ無理は禁物だからね? ひとりでいつも頑張ろうとしてるだろ。俺はまだちゃんと戦えないけど、ごはんくらいしか作れないけど、やれることはやるからね」
焦ってたたみ掛けるようにいってしまった。
するとトッティはくすりと笑いをこぼした。
「なんだかあなたもしっかりしてきたわね。わかってるわ。明日からみんな、よろしく頼むわよ」
「へいえーい! いえー!」
「任せろ!」
三人でうなずき合う。
明日は早いし、大変な一日になる予感がする。
外の雪は本降りになってきていた。
旅を始めた頃は寒さと緊張でよく眠れないこともあったが、今日はもう気づけば眠りに落ちていた。
明朝、氷晶樹林の最奥。
たどり着いたその場所は、異様な空気に包まれていた。
白い雪景色の中。しんとして不自然なほどに生き物の気配がない雪原に、黒い幾何学的な模様がいくつも刻まれている。
不吉なモノクローム。そんな言葉が頭をよぎった。
生理的にも視覚的にも、黒板をひっかくような不快感がずっとついて回っている。
明らかに今まで出会ったことがない雰囲気だ。
さくりと雪をふみしめる音まで大きく聞こえる。
慎重にあたりの様子を見ていたトッティが、足を止めてつぶやく。
「魔法陣ね。たぶん魔族の手によるもの。式の形が人間やエルフとは違うから」
「ピーッ! 嫌な感じがプンプンするですぅ!」
「ええと……じゃあ霜の巨人は、どこに行っちゃったんだ?」
「霜の巨人の魔力の痕跡は……ここ。たぶん封印されているのよ、ここに。魔族によって」
魔法陣のありかを魔法杖で示しながら、トッティ。その表情は険しい。
ヒトの天敵。それらはどんなやつなのだろうか。僕たちの前に姿を表すのだろうか?
僕も注意深く当たりを見回して、もしもの時に備える。
空は重苦しい鈍色、そこからはとめどなく黒い雪が降り続けている。
と――。
突然だった。空中に何か文字が浮かび上がり始める。流れるように泳ぐように紡がれるそれを見た時、僕の背筋を悪寒が走る。
それを見るやいなやトッティは魔法杖を掲げる。
「我が命ず。大魔女トッティ・メイダの名において――、」
詠唱の一瞬が何より長く感じたのは、僕だけではないだろう。
そして唱え終わったすぐ後の一瞬。
空間に爆炎が走ったのだった――。
今日の夜も雪原で野営することになっている。トッティは魔法でエリーチカみたいな雪の妖精をたくさん呼び寄せて、あっという間に雪の洞穴を作り上げた。
僕の世界にも『かまくら』というものは存在したな、とその風景を見ながら思う。
昔は中で温かい甘酒を飲んだりとか、もちを焼いたりとかしていたらしい。もっとも雪国出身ではない僕は、かまくらを作ったり雪遊びをしたりした経験はないのだけれど。
そんなことを考えながら、食材を下茹でするか、炙るかする。黒パン、マンドラゴラ、カボチャ、にんじん、雪原の香草、雪茸、イノシシ肉などなど。旅のさなかにしては相当豪華なラインナップなのではないだろうか。
とろみのついたチーズのつけだれができたところで、二人を呼び寄せる。
『いただきます』
三人揃って合言葉のように唱えて、食事に入る。
本当はお店でよく見るようなチーズフォンデュ専用の鍋があるといいんだけど、今そんな贅沢なことは言っていられないので普通の小鍋で代用する。
フォーク(エリーチカはピック)にそれぞれ具材をさしてチーズを絡めると、チーズが伸びる。明かりに照らし出されるとツヤがあり、さらに美味しそうに見える。
「んー! おいひい! そして熱いわね!」
「二人ともやけどに気をつけてね」
「チーズ、美味しいですけど危険ですう! 危険ですう! やめられない!」
「カイの言う通り本当にご馳走ね。こんなところで食べられるとは思ってなかった。本当に美味しいわ、元気が出る」
トッティがしみじみ言ってくれるし、エリーチカはうるさいしで、僕はなんだか嬉しくなってしまった。
とと、いけない、僕も食べよう。
みんなが次はこれ、次はこれと好きな具材を食べ進めるのを見て、僕もチーズをつけた肉を口に運ぶ。うん、想像通り、いや想像以上の美味しさ。
フォンデュの名前通りあつあつのチーズが舌の上でまろやかにとろけ、そこに肉の脂と旨みが乗ってくる。あまり塩気の強くないチーズを使っているので、味が濃くなりすぎずにミルクの風味が生きている。
野菜類もやはりチーズとの相性が良い。茹でたものはほっくりとして、焼いたものはカリッとして。そこにチーズが絡むことで至福の味わいになるのだった。
食事の時間を終え、温かいお茶を手にトッティは僕たちを見て語る。
「明日はいよいよ霜の巨人の居場所へ行くわ……。正直、何があるか分からない。エリーチカ、あなたたち雪の妖精としては、霜の巨人は大事な王様みたいな存在でしょうけど、……それでももし引き返すなら今のうちよ」
「引き返しませんよう! こう見えて雪の妖精は義理堅いんですぅ! カイさんとトッティ様には命を助けられましたしね! それに恋に育ちそうなふたりの行方を」
「エリーチカ」
「ひゃい」
恋云々はおいといて。
妖精は気まぐれではあるが強い魔力を持つ種族なのだという。着いてきてくれると言っているエリーチカを、トッティも頼もしく思っているかもしれない。
「カイ。あなたは……」
「わかってるよ。無茶はしない。でもさ、トッティこそ無理は禁物だからね? ひとりでいつも頑張ろうとしてるだろ。俺はまだちゃんと戦えないけど、ごはんくらいしか作れないけど、やれることはやるからね」
焦ってたたみ掛けるようにいってしまった。
するとトッティはくすりと笑いをこぼした。
「なんだかあなたもしっかりしてきたわね。わかってるわ。明日からみんな、よろしく頼むわよ」
「へいえーい! いえー!」
「任せろ!」
三人でうなずき合う。
明日は早いし、大変な一日になる予感がする。
外の雪は本降りになってきていた。
旅を始めた頃は寒さと緊張でよく眠れないこともあったが、今日はもう気づけば眠りに落ちていた。
明朝、氷晶樹林の最奥。
たどり着いたその場所は、異様な空気に包まれていた。
白い雪景色の中。しんとして不自然なほどに生き物の気配がない雪原に、黒い幾何学的な模様がいくつも刻まれている。
不吉なモノクローム。そんな言葉が頭をよぎった。
生理的にも視覚的にも、黒板をひっかくような不快感がずっとついて回っている。
明らかに今まで出会ったことがない雰囲気だ。
さくりと雪をふみしめる音まで大きく聞こえる。
慎重にあたりの様子を見ていたトッティが、足を止めてつぶやく。
「魔法陣ね。たぶん魔族の手によるもの。式の形が人間やエルフとは違うから」
「ピーッ! 嫌な感じがプンプンするですぅ!」
「ええと……じゃあ霜の巨人は、どこに行っちゃったんだ?」
「霜の巨人の魔力の痕跡は……ここ。たぶん封印されているのよ、ここに。魔族によって」
魔法陣のありかを魔法杖で示しながら、トッティ。その表情は険しい。
ヒトの天敵。それらはどんなやつなのだろうか。僕たちの前に姿を表すのだろうか?
僕も注意深く当たりを見回して、もしもの時に備える。
空は重苦しい鈍色、そこからはとめどなく黒い雪が降り続けている。
と――。
突然だった。空中に何か文字が浮かび上がり始める。流れるように泳ぐように紡がれるそれを見た時、僕の背筋を悪寒が走る。
それを見るやいなやトッティは魔法杖を掲げる。
「我が命ず。大魔女トッティ・メイダの名において――、」
詠唱の一瞬が何より長く感じたのは、僕だけではないだろう。
そして唱え終わったすぐ後の一瞬。
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