大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

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01 大魔女さんと僕

雷鳴鳥のソテー、虹と雪花の冷製スープ

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 一晩明けて翌日。
 この日の僕たちは、雪原に出ていた。

 凄まじい風と雪粒が叩きつける中、その鳥は全くおくする様子もなくひらりひらりと飛んでいる。
 ひと鳴きしたと思うと、いかづちが飛ぶ。
 荒天とともに現れ、雷鳴を操る。だからその鳥は雷鳴鳥サンダーバードと呼ばれているのだ。……と解説する間もない。

簡略式エイム! 盾よ!」

 僕に刺さるかと思われた雷の槍を弾くのは、瞬時に二枚も展開された半透明の魔法の盾。
 攻撃の先を読んでいるのだ。雷はもう一撃飛んできていて、盾に当たって打ち消しあった。

 こんな激しい戦いの渦中で僕が出来ることと言ったら本当に何ひとつない……。何か一つくらい出来るようになりたいところだ。
 そんなことを考えているうちにも、トッティが杖を振り上げる。

簡略式エイム! 大地と草葉よ!」

 声とともに凍土の大地が盛り上がり、いしつぶて……いや、氷の刃となって鳥を切り裂く。そして雪原に生えた草木がロープのように絡みついて、鳥を地面に引きずり下ろした。
 戦闘終了……である。

「やれやれ、さすがの雷鳴鳥サンダーバードね」
「美味いのは知ってるんですが、強い鳥なんですねえ」
「危険となれば単独でワイバーン複数と対することもあるくらい。ガッツのある鳥なのよね……」
「それだけに、滋養強壮にも良いってわけか」

 僕は幼い『依頼人』の顔を思い出していた。
 それは昨日も花をとりにいってほしいと頼んできた少女で、病気の弟がまた熱を出したからと、吹雪の中にも関わらず泣きながら駆け込んできた。
 雷鳴鳥の肉でも食べさせない限りはもうそう長くは持たないだろう、と言われたのだ。
 それは普通に考えると「もう、どうにもならないよ」という宣告のはずだったが、大魔女トッティは考えることが違った。

「いいわね。|
雷鳴鳥《サンダーバード》狩りするには良いお天気だもの。一度食べてみたかったの」

 と、立ち上がったのである。
 料理書レシピ魔法書グリモワールによると、獲れたての雷鳴鳥サンダーバードには実際に薬効がある。失った体力を回復させるような効果があるのだという。
 そして、荒天は裏を返せば雷鳴鳥狩りのチャンス。
 すべて彼女の考え通りになって、今に至るのである。

「どう? 食べられそう?」
「バッチリ。いい感じに攻撃も当たっていて食べられるところも多い。あの子たちの分はもちろん、トッティと僕の分にも十分」
「やったねー!」

 ドヤ顔の大魔女さま、腕は本当に確かなのである。
 鳥の死とともになのか、たまたまなのか、嵐が収まってきた。空には文字通りキラキラと虹が輝いている。絶景、だった。

「女神の掛橋かけはしね」
「虹って、こんな寒くても出るんですね」
「ごくまれよ。珍しいし、少し貰っていきましょうか。これも魔法力マナの結晶化したものだから」

 トッティが杖を伸ばすと、虹のかけらがチカチカとまたたきながら、いくらか舞い降りてきた。
 うーん、まさにファンタジーの世界の絵面だ。
 僕は手の中に収まったそのかけらを大事に包んで袋にしまった。


 街に戻ると、少女が心配そうに僕たちを待っていた。
 頼んではみたものの、むちゃな依頼をしたと後悔していたのだという。
 確かにちょっとむちゃだったけど、弟くんを思う気持ちは伝わってきた。もうすぐきっと元気が出るよ。あと少し待っててくれ。
 僕は気合いを入れて、キッチンに立った。

 雷鳴鳥サンダーバードの羽毛は魔術の素材になるとかで、トッティがむしって回収していった。
 羽毛がなくなった姿を見るともう、普通の鶏肉と大して変わらない。
 筋にそってナイフを入れていくが、柔らかさと硬さのバランスがすごく良くて、特別に良い肉だということがはっきりわかる。
 素材の味は活かした方が良さそうだ。ということで香草は控えめに、塩胡椒でシンプルにしっかり焼く。

 いきなりお肉を出されては、喉を通らないかもしれない。そう気づいて、冷製スープを一緒に作ることにした。
 惜しみなく虹のかけらを使わせてもらう。
 摘んできた雪花をあわせると、クリーミーでほの甘い冷たいスープになるのだ。
 このスープは本当は薬湯みたいな役目なのだけど、そうは思わせないのどごしと見た目だ。キラキラと輝いていて、心弾む。
 できあがったそれらをすぐさま依頼人の家に運び込んで、準備完了だ。


 さてこの依頼の結果は――。


 もちろん大成功だった。
 少女の弟くんは熱も落ち着き、見違えるほどに体力を取り戻した。
 虹のかけらに含まれていた魔法力マナのおかげもあるんだろう。この世界の万物は――もちろん人間も含めて――魔法で出来ているのだそうだから。
 この世の道理とかはまだわからないけど、世界が違ってもなんでも、少年と少女の笑顔の素敵さは変わらないな……と僕は不覚にも感動してしまった。


 その後、二人で残った食材を頂いた。
 ソテー、しっとりジューシーと言うのだろうか。肉には全く臭みがなくて、香草と微かに花のような匂いがする。抜群に美味い。
 冷製スープは飲みやすさもさることながら、時折シャリシャリと虹のかけらが存在を主張してきて面白楽しい。

「んー! あの二人だけじゃなくて、私も元気になっちゃうわね、これは。おいしすぎる!」
「良かった、本当に良かったですよ。僕でも一応役に立てたみたいだし」
「一応じゃなくて、ガッツリしっかりバッチリよ」

 トッティが僕の背中をバシバシ叩いてくる。
 痛いって。いや、そんな痛くないけど。思わず笑顔がこぼれていた。こんな光景もすっかり馴染んできた気がして。
 すると不意に、ソテーを口に運ぶ手を休めてトッティが尋ねる。珍しくちょっと言いにくそうに。

「それで、なんだけど……考えてくれた? 料理番にならないかって話」
「ああ、何かと思ったら……」
「君の今後を左右する話だからね、さすがに緊張もするわよ。私としてはぜひって思ってても……その。無理強いも出来ないしね」
「それなんですけどね、……」

 言葉をいったんそこで止めると、トッティが緊張した顔でじっと固まっている。
 彼女が食べるのを途中で止めるのは本当に珍しい……。
 ……。

「……」
「な、なに?」
「引き受けさせてもらおうかなって。料理番」
「……っ。ダメなのかと思ったー……あっ! わー!」

 安堵で椅子からひっくり返りそうになるトッティを支える。おおげさじゃないか?
 彼女は照れながら鼻の頭をかいた。

「それだけ嬉しいってこと。これからよろしくお願いします。絶対守るから」
「こちらこそよろしくお願いします。すっごい弱いけど……」
「大丈夫。少し身を守る術も教えてあげるわ。あんまり才能なさそうだけど。それと……」
「それと?」
「カイ、君がね。元の場所に帰れるように私も魔法を研究する。その方法、一緒に探してみようよ」

 僕は目を丸くした。
 もう元の世界に帰れないのは確定だと思っていたので、あまりにも意外な申し出だった。

「私は天才魔女ですからね。常に進歩してるの。今は無理でも、この先かならず。約束するわ。だからそのときまでよろしくね、カイ」

 そう言って差し出された右手を僕はぎゅっと握った。
 小さくて細い手。でも頼もしい手だ。
 僕は……何でかちょっとだけ、泣きそうになった。

「あっ、冷めちゃうわね。『いただきます』」
「ああ、冷めないうちに召し上がれ」



 こうして、料理番の僕と大魔女トッティの料理と冒険の日々は幕を開けた。
 二人で旅に出たり、家で研究したり、魔物と戦ったり……。
 思いのほか長い話になるのだが、それはまた今度話そうと思う。
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