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01 大魔女さんと僕
ふんわりオムレツと不思議なシチュー
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大魔女トッティは、机に突っ伏している。
帰ってきてから都合三十分くらいこのままだ。そうなる前の断末魔のような声は、
「疲れた……オムレツとシチューが食べたいよう……」
なかなか悲痛な音色だった。
僕がニーガの街のトッティの家にやってきて、一週間とちょっとが経った。
その間の彼女はと言えば、街の結界の張り直し(魔物の侵入を防ぐそうだ)、街道に現れた蝕の影響の魔物退治、依頼された魔法道具の調合などなど……挙げたらキリがないほどの依頼に追われていた。
普通の人では難しいそんな仕事をこなすのが、「善き魔女」と呼ばれるトッティのような魔法使いなのだそうだ。
「善き魔女、ってのも大変なんだな……」
「そうよ……。魔女って言うのはね、他の人にはない魔法の力を使えるし、相応の知恵も備えてるの。まあ何でも屋よ。それでこんな良い生活してるわけ。でも、久しぶりにこれは堪えるなあ……」
「でしょうよ……とりあえず夕飯まではごろごろしてると良いと思う」
「そのつもりよ、さすがに……」
そんな話をしたと思ったら、また扉が叩かれた。
返事をして開けば、少女が佇んでいる。病気の弟のためにどうしても雪原の花を探しに行きたいというのだから、もうトッティは止められない止まらないわけである。
引きつった笑顔で見送れば、引きつった笑顔がかえってくる。
「いってらっしゃーい……」
「いってきまーす……」
うーん、大魔女さんというのも大変だ……。
さてトッティが留守の間に、僕は彼女に元気を出してもらうためのメニューを作ろうと思い立った。
この一週間ほどでわかったのだが、彼女が自分から食べたいもののリクエストしてくることはまれだ。おまかせで作った料理を、いつでも美味しく食べてくれるのだ。
だからこそ、今日みたいな日は是非ともオムレツとシチューを作らなければ。それがとても大切な気がしていた。
トッティは街の人たちと懇意にしているので、ここにはかなり贅沢な食べ物がある。
ミルク、バター、たまご、新鮮な野菜も肉もしっかりと。
ホワイトソースからちゃんとシチューを作ることになるなんて、あっちにいた頃には考えたことなかったな……と思いながら、焦がさないように丁寧に作っていく。
具には、あちらでいう人参、玉ねぎ、ウーリの根(しゃきしゃきしたじゃがいもみたいな感じ)、歩木茸を干して毒抜きした珍味。それと雪原うさぎの肉を使う。このシチューは僕がこの世界の本を見て勉強して考えた。一言で表すと、結構豪華めのシチュー。
トッティが帰ってくるまで煮込めばちょうどよくなるだろう。
鍋の様子を見ながら、ふと考える。
トッティのことを僕は何も知らないなっていうこと。
僕と同じくらいの若さに見える彼女は、すごくしっかりしていて、魔女の仕事もできて、強いし賢い。それでもあんなに頑張っている。
彼女はどうして大魔女さんと呼ばれるほどになったのだろう。どんな人生を送ってきたのだろう。
彼女は、どんな人なんだろう……。
夜になって、少し吹雪いてきた。
薪をくべながらランプの明かりで料理書をめくっていると、やがて扉が勢いよく開いた。
「ううーっ、寒ッ! ただいま!」
「おかえり。夕飯の支度、もう少しだよ」
「ただいま! うれしーなー!」
鼻の頭を赤くした彼女はいそいそと着替えて暖炉の前に陣取る。僕はそんな彼女にお茶を手渡してから料理の仕上げにかかることにした。
たまごは僕の世界の鶏卵とそう変わらないから、あとはミルク少しとバターを使ってオムレツを焼く。ソースは、この地方風の味付けでやや濃いめに。
クルクルと焼いたたまごを返せば、ふんわりオムレツの出来上がり。
「それじゃ『いただきます』」
「『いただきます』!」
この挨拶の風景もすっかり馴染んできたな。
と思っていると、スプーンを手にしてオムレツに一口を入れる前にトッティが言った。
「ありがと。もしかしなくとも、私のために考えて作ってくれたよね?」
「あ、うん、まあ……」
「これは私の師匠の得意料理でね……。懐かしい味なんだ。いつも出てくるわけじゃないの。お祝いごととか、私が元気ない時とかに……」
澄んだ瞳が細められる。過去を見つめている彼女の姿は、大魔女というすごい存在というよりずっと近しいところにいる一人の人間に見えた。
しばらくして、彼女は照れたような、嬉しそうな顔で微笑むとオムレツを食べ始めた。
いつものように、いつも以上に美味しい! と喜んでくれているようだった。
「思い出の料理か……僕もそういうのありますよ」
「今度君の思い出の味も食べたいなー。材料もきっと揃えてみせるから、作ってみてね」
「もちろん。肉じゃがって言ってですね、向こうではよくある家庭料理なんですけど……」
僕たちはもともと割とおしゃべりな方ではあるものの、今日は特に饒舌になっていた。
何故かって……シチューの湯気の向こうには、お互いの懐かしい風景の幻が見えていたから。
トッティの小さい頃の姿や、僕が家族と食卓をかこむ姿が切れ切れに湯気に映っていた。
マイコニドには記憶を思い起こさせる働きがあるという。
僕もずっと食べなれていた肉じゃがや、シチューの味を思い出して……。
ちょっとだけ、涙が出そうだった。
その晩。
暖炉のそばの肘掛け椅子でうたた寝するトッティを見ながら、僕はこれからどうするかを決めた。
僕の進んでいく道……。
僕はこれから。
帰ってきてから都合三十分くらいこのままだ。そうなる前の断末魔のような声は、
「疲れた……オムレツとシチューが食べたいよう……」
なかなか悲痛な音色だった。
僕がニーガの街のトッティの家にやってきて、一週間とちょっとが経った。
その間の彼女はと言えば、街の結界の張り直し(魔物の侵入を防ぐそうだ)、街道に現れた蝕の影響の魔物退治、依頼された魔法道具の調合などなど……挙げたらキリがないほどの依頼に追われていた。
普通の人では難しいそんな仕事をこなすのが、「善き魔女」と呼ばれるトッティのような魔法使いなのだそうだ。
「善き魔女、ってのも大変なんだな……」
「そうよ……。魔女って言うのはね、他の人にはない魔法の力を使えるし、相応の知恵も備えてるの。まあ何でも屋よ。それでこんな良い生活してるわけ。でも、久しぶりにこれは堪えるなあ……」
「でしょうよ……とりあえず夕飯まではごろごろしてると良いと思う」
「そのつもりよ、さすがに……」
そんな話をしたと思ったら、また扉が叩かれた。
返事をして開けば、少女が佇んでいる。病気の弟のためにどうしても雪原の花を探しに行きたいというのだから、もうトッティは止められない止まらないわけである。
引きつった笑顔で見送れば、引きつった笑顔がかえってくる。
「いってらっしゃーい……」
「いってきまーす……」
うーん、大魔女さんというのも大変だ……。
さてトッティが留守の間に、僕は彼女に元気を出してもらうためのメニューを作ろうと思い立った。
この一週間ほどでわかったのだが、彼女が自分から食べたいもののリクエストしてくることはまれだ。おまかせで作った料理を、いつでも美味しく食べてくれるのだ。
だからこそ、今日みたいな日は是非ともオムレツとシチューを作らなければ。それがとても大切な気がしていた。
トッティは街の人たちと懇意にしているので、ここにはかなり贅沢な食べ物がある。
ミルク、バター、たまご、新鮮な野菜も肉もしっかりと。
ホワイトソースからちゃんとシチューを作ることになるなんて、あっちにいた頃には考えたことなかったな……と思いながら、焦がさないように丁寧に作っていく。
具には、あちらでいう人参、玉ねぎ、ウーリの根(しゃきしゃきしたじゃがいもみたいな感じ)、歩木茸を干して毒抜きした珍味。それと雪原うさぎの肉を使う。このシチューは僕がこの世界の本を見て勉強して考えた。一言で表すと、結構豪華めのシチュー。
トッティが帰ってくるまで煮込めばちょうどよくなるだろう。
鍋の様子を見ながら、ふと考える。
トッティのことを僕は何も知らないなっていうこと。
僕と同じくらいの若さに見える彼女は、すごくしっかりしていて、魔女の仕事もできて、強いし賢い。それでもあんなに頑張っている。
彼女はどうして大魔女さんと呼ばれるほどになったのだろう。どんな人生を送ってきたのだろう。
彼女は、どんな人なんだろう……。
夜になって、少し吹雪いてきた。
薪をくべながらランプの明かりで料理書をめくっていると、やがて扉が勢いよく開いた。
「ううーっ、寒ッ! ただいま!」
「おかえり。夕飯の支度、もう少しだよ」
「ただいま! うれしーなー!」
鼻の頭を赤くした彼女はいそいそと着替えて暖炉の前に陣取る。僕はそんな彼女にお茶を手渡してから料理の仕上げにかかることにした。
たまごは僕の世界の鶏卵とそう変わらないから、あとはミルク少しとバターを使ってオムレツを焼く。ソースは、この地方風の味付けでやや濃いめに。
クルクルと焼いたたまごを返せば、ふんわりオムレツの出来上がり。
「それじゃ『いただきます』」
「『いただきます』!」
この挨拶の風景もすっかり馴染んできたな。
と思っていると、スプーンを手にしてオムレツに一口を入れる前にトッティが言った。
「ありがと。もしかしなくとも、私のために考えて作ってくれたよね?」
「あ、うん、まあ……」
「これは私の師匠の得意料理でね……。懐かしい味なんだ。いつも出てくるわけじゃないの。お祝いごととか、私が元気ない時とかに……」
澄んだ瞳が細められる。過去を見つめている彼女の姿は、大魔女というすごい存在というよりずっと近しいところにいる一人の人間に見えた。
しばらくして、彼女は照れたような、嬉しそうな顔で微笑むとオムレツを食べ始めた。
いつものように、いつも以上に美味しい! と喜んでくれているようだった。
「思い出の料理か……僕もそういうのありますよ」
「今度君の思い出の味も食べたいなー。材料もきっと揃えてみせるから、作ってみてね」
「もちろん。肉じゃがって言ってですね、向こうではよくある家庭料理なんですけど……」
僕たちはもともと割とおしゃべりな方ではあるものの、今日は特に饒舌になっていた。
何故かって……シチューの湯気の向こうには、お互いの懐かしい風景の幻が見えていたから。
トッティの小さい頃の姿や、僕が家族と食卓をかこむ姿が切れ切れに湯気に映っていた。
マイコニドには記憶を思い起こさせる働きがあるという。
僕もずっと食べなれていた肉じゃがや、シチューの味を思い出して……。
ちょっとだけ、涙が出そうだった。
その晩。
暖炉のそばの肘掛け椅子でうたた寝するトッティを見ながら、僕はこれからどうするかを決めた。
僕の進んでいく道……。
僕はこれから。
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