大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

文字の大きさ
上 下
4 / 61
01 大魔女さんと僕

ふんわりオムレツと不思議なシチュー

しおりを挟む
 大魔女トッティは、机に突っ伏している。
 帰ってきてから都合三十分くらいこのままだ。そうなる前の断末魔のような声は、

「疲れた……オムレツとシチューが食べたいよう……」

 なかなか悲痛な音色だった。

 僕がニーガの街のトッティの家にやってきて、一週間とちょっとが経った。
 その間の彼女はと言えば、街の結界の張り直し(魔物の侵入を防ぐそうだ)、街道に現れたしょくの影響の魔物退治、依頼された魔法道具の調合などなど……挙げたらキリがないほどの依頼に追われていた。
 普通の人では難しいそんな仕事をこなすのが、「善き魔女」と呼ばれるトッティのような魔法使いなのだそうだ。

「善き魔女、ってのも大変なんだな……」
「そうよ……。魔女って言うのはね、他の人にはない魔法の力を使えるし、相応の知恵も備えてるの。まあ何でも屋よ。それでこんな良い生活してるわけ。でも、久しぶりにこれは堪えるなあ……」
「でしょうよ……とりあえず夕飯まではごろごろしてると良いと思う」
「そのつもりよ、さすがに……」

 そんな話をしたと思ったら、また扉が叩かれた。
 返事をして開けば、少女が佇んでいる。病気の弟のためにどうしても雪原の花を探しに行きたいというのだから、もうトッティは止められない止まらないわけである。
 引きつった笑顔で見送れば、引きつった笑顔がかえってくる。

「いってらっしゃーい……」
「いってきまーす……」

 うーん、大魔女さんというのも大変だ……。
 さてトッティが留守の間に、僕は彼女に元気を出してもらうためのメニューを作ろうと思い立った。
 この一週間ほどでわかったのだが、彼女が自分から食べたいもののリクエストしてくることはまれだ。おまかせで作った料理を、いつでも美味しく食べてくれるのだ。
 だからこそ、今日みたいな日は是非ともオムレツとシチューを作らなければ。それがとても大切な気がしていた。

 トッティは街の人たちと懇意こんいにしているので、ここにはかなり贅沢な食べ物がある。
 ミルク、バター、たまご、新鮮な野菜も肉もしっかりと。

 ホワイトソースからちゃんとシチューを作ることになるなんて、あっちにいた頃には考えたことなかったな……と思いながら、焦がさないように丁寧に作っていく。
 具には、あちらでいう人参、玉ねぎ、ウーリの根(しゃきしゃきしたじゃがいもみたいな感じ)、歩木茸マイコニドを干して毒抜きした珍味。それと雪原うさぎの肉を使う。このシチューは僕がこの世界の本を見て勉強して考えた。一言で表すと、結構豪華めのシチュー。
 トッティが帰ってくるまで煮込めばちょうどよくなるだろう。

 鍋の様子を見ながら、ふと考える。
 トッティのことを僕は何も知らないなっていうこと。
 僕と同じくらいの若さに見える彼女は、すごくしっかりしていて、魔女の仕事もできて、強いし賢い。それでもあんなに頑張っている。
 彼女はどうして大魔女さんと呼ばれるほどになったのだろう。どんな人生を送ってきたのだろう。
 彼女は、どんな人なんだろう……。


 夜になって、少し吹雪いてきた。
 薪をくべながらランプの明かりで料理書レシピをめくっていると、やがて扉が勢いよく開いた。

「ううーっ、寒ッ! ただいま!」
「おかえり。夕飯の支度、もう少しだよ」
「ただいま! うれしーなー!」

 鼻の頭を赤くした彼女はいそいそと着替えて暖炉の前に陣取る。僕はそんな彼女にお茶を手渡してから料理の仕上げにかかることにした。

 たまごは僕の世界の鶏卵とそう変わらないから、あとはミルク少しとバターを使ってオムレツを焼く。ソースは、この地方風の味付けでやや濃いめに。
 クルクルと焼いたたまごを返せば、ふんわりオムレツの出来上がり。

「それじゃ『いただきます』」
「『いただきます』!」

 この挨拶の風景もすっかり馴染んできたな。
 と思っていると、スプーンを手にしてオムレツに一口を入れる前にトッティが言った。

「ありがと。もしかしなくとも、私のために考えて作ってくれたよね?」
「あ、うん、まあ……」
「これは私の師匠の得意料理でね……。懐かしい味なんだ。いつも出てくるわけじゃないの。お祝いごととか、私が元気ない時とかに……」
 
 澄んだ瞳が細められる。過去を見つめている彼女の姿は、大魔女というすごい存在というよりずっと近しいところにいる一人の人間に見えた。   
 しばらくして、彼女は照れたような、嬉しそうな顔で微笑むとオムレツを食べ始めた。
 いつものように、いつも以上に美味しい! と喜んでくれているようだった。

「思い出の料理か……僕もそういうのありますよ」
「今度君の思い出の味も食べたいなー。材料もきっと揃えてみせるから、作ってみてね」
「もちろん。肉じゃがって言ってですね、向こうではよくある家庭料理なんですけど……」
 
 僕たちはもともと割とおしゃべりな方ではあるものの、今日は特に饒舌じょうぜつになっていた。
 何故かって……シチューの湯気の向こうには、お互いの懐かしい風景の幻が見えていたから。
 トッティの小さい頃の姿や、僕が家族と食卓をかこむ姿が切れ切れに湯気に映っていた。
 マイコニドには記憶を思い起こさせる働きがあるという。
 僕もずっと食べなれていた肉じゃがや、シチューの味を思い出して……。
 ちょっとだけ、涙が出そうだった。

 その晩。
 暖炉のそばの肘掛け椅子でうたた寝するトッティを見ながら、僕はこれからどうするかを決めた。
 僕の進んでいく道……。
 僕はこれから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

アラフォー料理人が始める異世界スローライフ

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日突然、異世界転移してしまった料理人のタツマ。 わけもわからないまま、異世界で生活を送り……次第に自分のやりたいこと、したかったことを思い出す。 それは料理を通して皆を笑顔にすること、自分がしてもらったように貧しい子達にお腹いっぱいになって貰うことだった。 男は異世界にて、フェンリルや仲間たちと共に穏やかなに過ごしていく。 いずれ、最強の料理人と呼ばれるその日まで。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

処理中です...