大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

文字の大きさ
上 下
1 / 61
01 大魔女さんと僕

ワイバーンの照り焼きグリルと炙りチーズ

しおりを挟む
 パチリ、パチ。薪がぜる音がかたわらで聞こえる。
 街道はずれにあるのだという、粗末な猟師の避難小屋。でもその中はとても暖かで、いい匂いにあふれている。夕飯の香りだ。
 僕は伺うように相手を見て、尋ねる。ちょっとおそるおそる。

「……。どうでしょう?」
「んっ」

 アーモンドのような大きな目でこちらを見返した彼女は、弾むように言った。黒く艶やかな髪の毛に、褐色の肌。それにいわゆる「魔女」っぽい装束。
 彼女の口は小ぶりで艶やかで可愛らしいが、その一口はおそろしく豪快だ。
 彼女の目は大きくて魅力的だが、この時は鋭く真剣そのもので、邪魔するものがいたら殺気さえ発するのではないだろうか。
 彼女の顔全体。これはもう天与てんよのもの、という整い方。十人中十人が美女というだろう。
 その顔でごくん。と口の中のものを飲み下すと、はっきりと言い放つ。

「おいしい。カイ。おかわり」
「今焼けるとこです」

 その細く美しい指は、何本目かの骨付き肉の残骸を、皿の端に寄せたところだった。

 僕は暖炉の火に掛けていた肉の塊を下ろして、慎重にナイフで切り分けていく。この作業、まだ慣れてないけど、それなりに上手くできているらしい。隣で彼女が小さく拍手している。

「さすが料理の〝祝福ギフト〟もちは違うわね」
「ホントなんですか、それ? 僕、こんな豪快な料理なんて今まで一度もしたことないんですけど……」
「大丈夫よ。私にはえるのよ」

 この世界の人間は、誰もが何らかの〝祝福ギフト〟簡単に言うと才能を持ってうまれてくるらしい。
 その才能はこの世界に〝やって来た〟僕にも適用されるといい、それが料理に関することなのだと彼女は言ったのだ。

 まさに才能を証明するかのように、肉はウェルダンで皮はパリパリ、中はふわっ。塗りつけた自作のタレは甘辛くてよく絡む。僕も食べ慣れた照り焼きチキンのような味わい。
 一緒にあぶっていたチーズはとろけてちょうど良い具合だ。焦げ目の香ばしさともっちりした食感がすごく良い。

「ふふふっ、食事はやっぱりこうじゃなきゃね」
「食いすぎでは……」
「美味しい証拠よ!」

 すでに二人前以上平らげて、ご機嫌な彼女。
 これは実はそう――くいしん坊な美女と僕のはじめてのお食事シーン。なのだった。


 僕は、カイ。早乙女海さおとめ かい
 話せば長くなるのだけど、本当はこの世界の人間ではない。別の世界……現代日本から飛ばされてきた、まあかなりついていない類の人間である。

 そして目の前の美女は僕の不幸中の幸い。
 彼女は、トッティ。本人曰く「大魔女様」らしい。
 僕は今日、トッティに一日で三回も救われて……それでこうして一緒にのんきにごはんを食べられている。

 というのもさかのぼること数時間前――。
 僕は、自由落下していたのだから。




「ああああああああぁぁぁ……!?」
 それは大学に向かう途中だった。
 道を歩いていた時、ふとぐにゃりと目の前が歪んだのだ。で、気づけば空中コレである。

「うわああああああ……!!」
 何コレ。
 見下ろしてみれば、はるか下に雪景色が見える。道理で寒いと思った。じゃなくて、春先のこの格好でどうしろと? と思う。第一の死である。
 いや凍死の前に墜落死だからまあ良いか。良くない。

 しかも気付けば僕の周りを取り巻くように、怪鳥とでも呼ぶべき奇妙な生物が飛んでいる。
 落ちて生きのびてもすぐ食われて死ぬやつだ。もうだめかもしれない。 
 これが第二の死……展開が早い。

 第三の死はすぐにやってきた。そこらを飛んでいる怪鳥より、明確にでかい羽ばたきが聞こえたのだ。たちまちにガシッ! と体を強い力で鷲掴みにされる。
「!?なっ……!」

 見上げれば、白い鱗のついた翼のある竜みたいなやつの足が、僕のことをがっしり捕まえている。
 知ってる。僕、獲物エサだわこれ。
 もう死んだんじゃないか、完全に。

 そこで……。

簡略式エイム! 雷よ!」
 高らかに歌うような声とともに、この鳥とも何ともつかない巨大な生き物が雷にうたれたのだ。雷に恐れをなしたのか、怪鳥たちも散り散りに飛んでいって……。
 再び雪原へ向けて自由落下する僕は、緩やかに受け止められたのだ。
 豊満な胸をした黒ずくめの美女様の腕に。お姫様抱っこで。
 そして無事に、空中自由落下からの捕食されかけの状態から、生還することになったのだった。


 その美女、つまりトッティは大魔女の名に相応しく、実際物知りだった。おまけに人懐っこく、どうもめちゃくちゃに強いようだった。
 そして、――めちゃくちゃ腹ぺこだった。僕が助けてくれたお礼を言う前に、説明を始めた。

「これ、白翼竜ワイバーンね。雪原にいるタイプの飛行するトカゲみたいなものよ。食べられるわ、味はニワトリなんかと似てる。いまバラすわね」
「えっ、バラ……!? え、食べられるんですか?」

 僕がコイツに食べられるとこだったんですけど。
 戸惑っているうちに、彼女は魔法でワイバーンを解体し始めた。
 魔法というのは便利で(あるいは彼女が優秀なのか)、あっという間にワイバーン? はおにくのかたまりになったのだった。


 で、冒頭へ戻る。
 僕はトッティの見立てで料理の祝福ギフトがあると判定され、戸惑いながらも大料理に取り組むことになったのだ。無事成功して良かった。
 そして彼女の魔法のおかげで、僕は寒さも感じず食いっぱぐれることもなく、夜をこせそうだった。

「あー、おなかいっぱい。ごちそうさま!」
「あの恐ろしい生き物がこんなごちそうになるとは……。トッティさん、助けてもらってありがとうございました、ホントに」
「トッティでいいわよ、私もあなたのことカイって呼んでるんだから」
「じゃあトッティ。あ、これさっきもらった茶葉でれたお茶です」

 食後のお茶……これも見慣れない葉っぱながら美味く淹れることが出来て、トッティも僕も満足したのである。

 ただ、この先どうなるのか……。
 料理の才能って、何に役立つんだろう。
 あんな化け物がいるこの世界で、僕はどうにか生き残ることが出来るのか? 街までたどり着けるのか?
 そもそも、僕はどうなるのだろうか。
 それを考えずには居られなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界サバイバルゲーム 〜転移先はエアガンが最強魔道具でした〜

九尾の猫
ファンタジー
サバイバルゲームとアウトドアが趣味の主人公が、異世界でサバゲを楽しみます! って感じで始めたのですが、どうやら王道異世界ファンタジーになりそうです。 ある春の夜、季節外れの霧に包まれた和也は、自分の持ち家と一緒に異世界に転移した。 転移初日からゴブリンの群れが襲来する。 和也はどうやって生き残るのだろうか。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...