遺願

波と海を見たな

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唾の行方②

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 寝転んだ時に着いた土や砂もそのままに、私は静かに休日の校舎へと足を踏み入れた。
 靴箱はまばらにしか埋まっていなかった。校内にいるのは先生と自主練に勤しむ吹奏楽部くらいなものだろう。

『痛ったぁっ…。ちょっと何すんの!』
『あ、ごめんっ!今急いでるからっ!』

 きっかけは本当に些細なことだった。
 昼休み中にぼんやりと窓を見て過ごしていた私の元に、母が突然倒れたとの一報が入った。
 慌てて帰り支度をして駐輪場まで走ったのだが、靴箱の前で麗愛たちが道を塞ぐようにしておしゃべりに興じていた。
 その日も校舎裏で誰かを虐めて愉しんでいたのだろう。普段の私なら面倒ごとを避けるために間違いなく回れ右をする状況だったが、気が動転していた私は挨拶どころか彼女たちを押しのけ靴をつっかけたまま全速力で自転車を漕いで母の病院へ駆け込んだのだった。
 母は幸い単なる過労で2、3日入院して点滴をして良くなった。
 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、次の日教室に入ると私の机はどこにも見当たらず、私の平穏な学校生活はいとも簡単に崩れ去った。
 ただでさえ母子家庭で過労気味の母にこれ以上苦労はかけられない。
 私は毎日何でもない顔をして学校に行き、近くの公園で服や髪の汚れを落としてから帰宅するのが日課になった。
 幸い母の仕事は夜遅く朝早い。破られた制服や教科書を毎日こっそり直しているうちに、裁縫スキルや本の修復スキルだけが虚しく上がっていった。
 もちろん、誰かの犠牲の上に成り立っていた平和を享受していた私に文句を言う資格はない。
 嫌な記憶を思い出すと指が無意識に頬の砂に触れる。ざらついた感触は私の意識を現実へと引き戻し、同時に天子の存在を色濃く思い起こさせる。

『すごっ、奈央の肌もちもちじゃん』

 天子はよく私の頬に触れた。彼女の手は酷くざらついていて、天子がなぞると私の頬にいつも薄く白い線がつく。私はそれをマーキングと呼んで密かに楽しんだ。天子に救われた時から私は彼女の所有物となった。そう思っていた。
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