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生前葬④
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同窓会の会場は当時の学校の校舎だった。小中学生合わせても全校生徒は俺を含めて8人の小さな学校で、今はもう生徒もいなくなって廃校になっているものとばかり思っていたが、校舎は思っていたよりずっと綺麗だった。
重い横開きのドアを開けて玄関に入る。ガラガラと言う音もその感触も、当時と全く一緒だった。
下駄箱には、既に靴が三足入れられていた。俺もそれに倣って空いている場所に靴を入れる。
記憶の中では広くて大きい校舎も、大人になってから見ると随分と小さく感じる。人間の記憶なんてものは、自分の都合の良いようにいつの間にか改ざんされているのかもしれない。
廊下の隅にご丁寧に参加者用のスリッパが用意されていた。
リノリウムの床を歩くとペタペタとまのぬけた音がして、幾分か緊張が和らいだ。
「おおー、お前孝浩かぁ!」
それでもまだ落ち着かずしばらく教室に入るのを躊躇っていると、勢いよく扉が開けられ、耳が痛くなる程大きな声が俺の鼓膜を揺さぶった。
「…っ。耳元で大声だすなよ」
薄目を開けると目の前で190cmはあろうかという長身の大男が笑っている。
勉強はてんでダメだが無尽蔵のスタミナを持った体力馬鹿、祈乃理時生だった。浅黒く焼けた肌と筋肉質で盛り上がった体躯の割に動作が緩慢で、相変わらずでくの坊みたいな奴だ。
「時生、うっさい」
「いたっ。いきなり叩くなよぉ。そんなんだから、男に逃げられるんだぞ」
時生にキツい一発をお見舞いしたのは、負けん気が強く時生や他の男子ともよく喧嘩をしていた後鳥羽綾音だ。髪を短く刈り込み、明るい金髪に大量のピアスやらバングルやらとにかく派手な見た目だった。切長の目から覗く眼光の鋭さに思わず俺もたじろいでしまう。
「ふふふ、2人とも見た目は変わっても中身は変わらなくて可笑しいでしょ?なんだかあの頃にタイムスリップしたみたいだよね」
2人の後ろからひょっこり現れた御所礼香がそう言ってはにかんだ。記憶の中の礼香はとにかくお固くて融通の効かないイメージだったが、それとは真逆のお淑やかで柔らかい雰囲気を纏った美人へと成長していた。話し方や声質もどこか柔らかくて聴き心地が良い。
礼香はともかく、時生も綾音も成人していてもどことなく昔の面影があったし、2人の掛け合いも当時のままだ。
にしても。俺は今年で35歳になる。もう立派な中年で、見た目も年相応におじさんになった自覚もある。
それなのに、目の前の彼らはどう見ても二十代前半そこそこだった。
「何というか…。若いな、みんな」
「はっはっは。それは勿論、ききゅうさまの…」
「ちっ。やめろよ、それ」
俺はその単語が出るなり苛々して時生の言葉を強引に遮った。
ああ、期待した俺が馬鹿だった。何年経とうが、村も、こいつらも、何一つ変わっちゃいなかった。
「ちょっと、いきなりその態度はないんじゃない?せっかくの楽しい会なのに」
「まあまあ。孝浩君も見た目はとっても変わったけど、相変わらずききゅうさまをよく思ってないんだね」
礼香に心の内を見透かされて、俺は少し恥ずかしくなって話題を逸らした。
「ごめん、悪かった。もういい大人なのにな。みんなももう、願いを叶えられるようになったのか?」
「わはは、いいってことよ。お前は昔からこう…壁を作ってたもなぁ。それよか、ききゅうさまを信じると、小さなことなら大抵叶っちまうんだぜ。凄いだろ?」
時生が詐欺師のように不敵に笑う。
「はぁ…。何笑ってんだか。あんまり叶わないのは不純な動機を持ってるからでしょ。にしても孝浩、あんた大分変わったね。時生はともかくあんたまで日焼けしてムキムキってどういうこと」
綾音が半ば呆れたように呟いた。どうやら筋肉キャラは時生だけでお腹いっぱいらしい。
仕事柄どうしても外の作業になるし、大抵重労働だから自然と筋肉がついたのだ。
「まあ、体力勝負の仕事だからな。そういえば、他の参加者は来ないのか?」
3人は一瞬目を見合わせると曖昧に笑った。
「集まれたのはこれだけ。後は不参加だって」
「なんだ、みんな結構薄情なんだな」
こうした村の行事みたいなものは、村民なら全員参加するものだと思っていたけど、案外そんな事もないらしい。
「いやいや、卒業してから毎年やってたんだぜ?まあ、最近はやれてないんだけどさぁ」
「あんたはすぐ音信不通になっちゃったけど、いつもあんた以外は来てたから」
「あー悪い、ちょっと忙しくてさ」
村を出てからの俺はその日を生きていくので精一杯で、周りを鑑みる余裕なんてなかった。それに、俺にとって1人の方が何かと身軽で都合が良いのも事実だ。
その考えは、今も変わっていない。
重い横開きのドアを開けて玄関に入る。ガラガラと言う音もその感触も、当時と全く一緒だった。
下駄箱には、既に靴が三足入れられていた。俺もそれに倣って空いている場所に靴を入れる。
記憶の中では広くて大きい校舎も、大人になってから見ると随分と小さく感じる。人間の記憶なんてものは、自分の都合の良いようにいつの間にか改ざんされているのかもしれない。
廊下の隅にご丁寧に参加者用のスリッパが用意されていた。
リノリウムの床を歩くとペタペタとまのぬけた音がして、幾分か緊張が和らいだ。
「おおー、お前孝浩かぁ!」
それでもまだ落ち着かずしばらく教室に入るのを躊躇っていると、勢いよく扉が開けられ、耳が痛くなる程大きな声が俺の鼓膜を揺さぶった。
「…っ。耳元で大声だすなよ」
薄目を開けると目の前で190cmはあろうかという長身の大男が笑っている。
勉強はてんでダメだが無尽蔵のスタミナを持った体力馬鹿、祈乃理時生だった。浅黒く焼けた肌と筋肉質で盛り上がった体躯の割に動作が緩慢で、相変わらずでくの坊みたいな奴だ。
「時生、うっさい」
「いたっ。いきなり叩くなよぉ。そんなんだから、男に逃げられるんだぞ」
時生にキツい一発をお見舞いしたのは、負けん気が強く時生や他の男子ともよく喧嘩をしていた後鳥羽綾音だ。髪を短く刈り込み、明るい金髪に大量のピアスやらバングルやらとにかく派手な見た目だった。切長の目から覗く眼光の鋭さに思わず俺もたじろいでしまう。
「ふふふ、2人とも見た目は変わっても中身は変わらなくて可笑しいでしょ?なんだかあの頃にタイムスリップしたみたいだよね」
2人の後ろからひょっこり現れた御所礼香がそう言ってはにかんだ。記憶の中の礼香はとにかくお固くて融通の効かないイメージだったが、それとは真逆のお淑やかで柔らかい雰囲気を纏った美人へと成長していた。話し方や声質もどこか柔らかくて聴き心地が良い。
礼香はともかく、時生も綾音も成人していてもどことなく昔の面影があったし、2人の掛け合いも当時のままだ。
にしても。俺は今年で35歳になる。もう立派な中年で、見た目も年相応におじさんになった自覚もある。
それなのに、目の前の彼らはどう見ても二十代前半そこそこだった。
「何というか…。若いな、みんな」
「はっはっは。それは勿論、ききゅうさまの…」
「ちっ。やめろよ、それ」
俺はその単語が出るなり苛々して時生の言葉を強引に遮った。
ああ、期待した俺が馬鹿だった。何年経とうが、村も、こいつらも、何一つ変わっちゃいなかった。
「ちょっと、いきなりその態度はないんじゃない?せっかくの楽しい会なのに」
「まあまあ。孝浩君も見た目はとっても変わったけど、相変わらずききゅうさまをよく思ってないんだね」
礼香に心の内を見透かされて、俺は少し恥ずかしくなって話題を逸らした。
「ごめん、悪かった。もういい大人なのにな。みんなももう、願いを叶えられるようになったのか?」
「わはは、いいってことよ。お前は昔からこう…壁を作ってたもなぁ。それよか、ききゅうさまを信じると、小さなことなら大抵叶っちまうんだぜ。凄いだろ?」
時生が詐欺師のように不敵に笑う。
「はぁ…。何笑ってんだか。あんまり叶わないのは不純な動機を持ってるからでしょ。にしても孝浩、あんた大分変わったね。時生はともかくあんたまで日焼けしてムキムキってどういうこと」
綾音が半ば呆れたように呟いた。どうやら筋肉キャラは時生だけでお腹いっぱいらしい。
仕事柄どうしても外の作業になるし、大抵重労働だから自然と筋肉がついたのだ。
「まあ、体力勝負の仕事だからな。そういえば、他の参加者は来ないのか?」
3人は一瞬目を見合わせると曖昧に笑った。
「集まれたのはこれだけ。後は不参加だって」
「なんだ、みんな結構薄情なんだな」
こうした村の行事みたいなものは、村民なら全員参加するものだと思っていたけど、案外そんな事もないらしい。
「いやいや、卒業してから毎年やってたんだぜ?まあ、最近はやれてないんだけどさぁ」
「あんたはすぐ音信不通になっちゃったけど、いつもあんた以外は来てたから」
「あー悪い、ちょっと忙しくてさ」
村を出てからの俺はその日を生きていくので精一杯で、周りを鑑みる余裕なんてなかった。それに、俺にとって1人の方が何かと身軽で都合が良いのも事実だ。
その考えは、今も変わっていない。
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