遺願

波と海を見たな

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生前葬 了

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 その日、俺は次の仕事で本州を離れる前に再び保憶村へと向かっていた。霧もなく晴れて見通しの良い日だった。
 今度はバスの運転手に起こされることもなく終点まで辿り着く。
 バスを待っている間、近くの書店で「ききゅう」の意味を調べ、ひとまず俺なりに解釈することができた。
 希求は国語辞典にそのまま意味が載っていて、「強く願う事」とあった。ただ願うだけじゃない。願うのだ。
 あの村にいた時は、祖母も、村の住人も、ききゅうさまを簡単に願いを叶えるそれこそ消耗品のように扱っていると思っていたが、それは間違いだったようだ。
 願いの大小に関わらず、本気で、それこそ命をかけて相手のために手を合わせていたのだ。
 一方、「記球」は国語辞典にも載っておらず、造語のようだった。

 ー記録してくれるの。美しい状態を。

 ふと御所礼香の声が蘇る。
 あの同窓会の日、俺は確かに土砂に埋もれる前の過去の保憶村にいた。時生も、礼香も、綾音も、その当時のままの姿で。
 あの現象は記憶の球、さながらメモリードームとでも呼ぶことにする。スノードームのように揺らせば何度でも記憶の残滓が舞い上がって村に降り注ぐ。
 そこに閉じ込められた3人は何を思いながら俺と話していたんだろう。

 T字路を左に折れて少し行くと、そこはもう溢れた土砂や押し倒された木々が行手を阻み、黄色いテープが貼られて今もなお通行止めになっていた。
 テープの側には花束が3つ置かれていた。俺は道端に咲いていた名も知らぬ花を摘むと、その隣にそっと添える。
 あの日は彼らの13回忌だった。きっともう俺に同窓会の誘いも来ないはずだ。生前葬の願いが叶った彼らは、メモリードームから解放されるのだろうか。
 俺は彼らが無事にみんなの元に行けるよう、空を見上げて願いを込めた。他人のために何かを願ったのはこれが生まれて初めてだった。
 空を見上げても相変わらずききゅうさまは感じられない。けれど、俺の願いは確かに届いたはずだ。
「どうか安らかに」
 とりあえず帰ったら役場に行って、色々手続きをしに行こう。
「忙しくなりそうだな」
 焦らず一つずつだ。

 帰りのバスで規則正しい揺れに身を任せ、俺は笑顔で眠りについた。
 きっともう、目を覚ましても涙を流すことはないだろう。どういうわけかそんな気がしている。

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