単車乗りの食卓

mac nakamura

文字の大きさ
上 下
1 / 1

筌ノ口温泉行

しおりを挟む
 河原に降りると、ボクは大きな平たい石を探した。同時に薪になりそうなモロモロも集めた。ちょっと厚めだがイイ感じの石を見つけると、それを中心に焚き火を始めた。着火には100円ライターを使う。

 今は午前10時、昼過ぎには石も焼けるだろう。持ってきた振り分け式のサドルバックから、オートミール、小さな容器に入れた調味料、小さなフライパン、釣り道具を出した。もっとも釣竿はないのだけれど。

 ボクは立派なキャンプ道具も、釣り竿も持ってない。1泊するときもポンチョで済ますぐらいだ。色々、取り揃えている人がほんとんだけど、全く興味がないのだ。まあ貧乏なせいもあるけどね。

 河原で適当な竹を見つけると、ボクはそれを竿にして釣りを始めた。両側がコンクリートの用水路、人家の脇の小川、そんなところでも、意外にうまい魚はいるもんだ。特にここは、以前釣り堀がすぐ近くにあったので、まあ確率は高いかな。

 時々薪を追加しながら2時間ほど釣っていると、ニジマスとエノハが釣れた。これで十分だ。石もいい感じに焼けている。鱗を入念に取る。エノハは2枚にニジマスは3枚に下ろした。皮目を下にして、石の上に何とか魚を並べると、縁に沿って味噌を盛る。少し焦げるまで焼いて、裏返してまた焼く、皮と身が石にこびりつく。淡水魚だから、皮目は特によく火を通す。

 こびり付いたところを、こそげ落として食べるのもまたいい。

 フライパンには、オートミールと塩昆布と水。グラグラ煮立てて完成。後は39円で買って来たペットボトルのお茶を常温で。

 フォークとスプーンはコンビニの。魚は石から直にとる。なんちゃってリゾットもフライパンからそのまま。

 「んー美味い。」最高のランチだ。欲を言えば、魚と一緒に何かしらの野菜も焼きたいところ。が、買うとなるとそれは贅沢というもんだ。季節によっては山菜なんかも見つかるけど、迂闊に採っちゃうと怒られたりするもんね。

 今朝は3時頃家を出た。外はまだ真っ暗だった。250の古い古い単気筒の単車でトコトコノロノロ、筌ノ口温泉までやって来た。

 日帰りツーリングなのである。温泉入って、昼飯作って、食べる。ただそれだけ。

 こいつは恐ろしく燃費が良い。ちゃんと計算したことはないが35㎞は行くんじゃないかな、と。 

 くねくね道ではその本領をいかんなく発揮する。壁湯辺りから、ここまで上がってくるのは実に面白い。こいつのヒラヒラ感はすばらしい。後輪の滑り出しが非常に体感しやすい上に立て直しも簡単。ショートツーリングには最適なのだ。

 到着して直ぐボクは共同浴場に入った。広い湯船に紅い湯、鉄分を多く含むんだそうだ。かけ流しの湯は、湯船からどんどん溢れ出る。背中はちょっと痛いけど、溢れ出る湯の中、洗い場でゴロゴロするのがお気に入り。

 すばらしい雰囲気の温泉である。もうもうと湯気の上がる高い天井、石造りの床、歴史しか感じない古い浴槽。湯口もなにがなんだか解らない造形になってしまっている。

 かの川端康成先生もここの温泉が好きだったとか。温泉宿に風呂があるのかボクは知らないので、どこで入浴されたかは分からないけど。

 「オートミールはあわないかな。」と思っていたが、意外にいいもんだった。魚は頭から骨まで食べつくしたが内臓はさすがにちょっと。縁に盛った味噌が溶け出し身と混じりあう。残った焦げた味噌も香ばしい。次回は泊まりキャンプで米飯といきたい。 

 今日は日帰りなので、焚火の始末をして撤収です。「最後にもう一風呂浴びて帰りましょうか。」

 昼も過ぎると初夏の日差しは結構強い。受付には今度は、ばあちゃんが座っている。料金を手渡した。「ゆっくりしていってね。」「どうも。」本日最初のコミュニケーションだ。ここは朝早くとか、深夜とかは無人なのよね。

 じんわり汗をかいた体に熱い湯は心地よい。天窓からの日差しが湯気にあたり、赤い風呂場が霞んでいる。2回目はサッと上がるつもりなので、ものの10分で脱衣所へ向かう。

「ブチャブチャブチャ」ありゃーハーレーさんのサウンドが聞こえてきた。建屋の中まで聞こえる重低音。ソロの様だ。「ちょこっと挨拶して帰ろうかね。」そそくさと着替えて外へ出た。だって中で会ってワガママボディ見られたくありませんから。

 「うっわーツナギだ!それもブラック!しかも女性!近頃は女性の大型乗りも増えましたが、カッコイイナー!XL1200S、確かボクの単車の2倍は重いはず。取り回し大変そうだナ。」

 経験上、こういう単車乗りの方は、何処へ行ってもチヤホヤされますので、こんなオヤジが馴れ馴れしくしてはいけません。

「こんにちはー。」ボクは愛車の元へ行き、サドルバックを取り付ける。チラと彼女の方を見ると、つま先つんつんで方向転換。うーん。見なかったことにして、S80被って、グローブ着けて、キックペダルを踏み下ろした。

 ミラーでコソッと観察。あれーまだつんつんしてますな。一応コンクリート打ちの駐車場なんだけど。砂利が浮いててズルッといくのね。こういう所は結構危ない。

 軽い車体を活かしてクルッとアクセルターンを決めて、ノコノコ近づく。「だいじょーぶ?」できるだけフレンドリーに。

 スモークシールドを下ろしたままなので、視線が読めない。返事はあったような無いような。

 ボクはサイドスタンドを出して愛車の傍らに立った。案の定「ダビ子さん」はズルッといった。

 ボクも紳士の端くれですから手伝いましたよ。

・・・小さな声で「ありがとうございます。」若い娘の声だった。ちょっと意外な感じがした。

 「やはり華奢な女の子にハーレーを起こすのは大変なんだろうな。」XLは軽いほうだとは思うのだが。
 
 ボクの黒ツナギの女性のイメージは、「ふーじこちゃん」なので、勝手に違和感ありマス。

 「上から下まで、お金掛かってますな。」色々話してみたい気がしたけど、ボクとは違う世界のヒトなので、ここらで退散します。

 「良い旅を!」愛車に跨ると、かっこつけて、右手をちょっと上げてボクは帰路に就いた。なんか片岡先生の小説みたい。

 さて、本家山賊焼きでも買って帰りましょうか。


                                             おわり





しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

【完結】私は悪い父と母の、娘だった。かつてのお人形は救われたのでしょうか?

BBやっこ
大衆娯楽
以前とガラっと変わった生活。 わたしは、パパとママの隠していたお人形を見た。 店の倉庫、奥の部屋。代わって祭事に出席してあげると、わたしは健康で過ごせるんだって。 お人形を投げて、倒すのもワザワイを払うためでパパとママがやってた。 秘密にしないといけないお人形。悪いものを代わってもらえて、わたしたちは幸せになる。 …そう教わったとおりではなかったと分かったのは成長してからだった。※序盤、むなくそ悪い展開注意

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

20年ぶりの誘惑の同窓会?

青空一夏
大衆娯楽
20年ぶりに会う同窓会でのあるある。 なんてことないコメディー。

由紀と真一

廣瀬純一
大衆娯楽
夫婦の体が入れ替わる話

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...