嘘売り夢売り

菊地あんず

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初恋と劣等感

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  初恋の人は、翔のお父さん。明さんだった。その時の私は8歳。明さんは40歳で、立派なおじさんだった。だけど、誰よりも素敵だと、誰よりもかっこいいと本気で思っていた。いつからか恋愛的な目で見るのは止めたが、それでもやっぱり素敵な人だと思っている。自分の父親よりも年上だけど、心理的な距離はずっと近いような、おもしろくて不思議な人だった。
 翔と遊んでいると、気付いたら明さんも加わっていた。ケンカが起こるとどちらかが圧倒的に劣性にならないように調整しつつも、子供間で問題を解決するよう誘導してくれた。しょうもない空想や大人から見たら退屈であろう遊びの話をニコニコしながら聞いてくれた、優しい人...。
 翔は幼少期から沢山の趣味と、沢山の物を持っていた。シューズひとつ取っても、ランニング用、サッカー用、テニス用...。私には違いが分からなかったが、用途に添って色んな種類を持っていた。スパルタ家庭のように嫌々やらされているのではなく、面倒くさがりの私でも羨ましくなるほど、それはそれは楽しそうに、毎日新しいことを学んでいた。別格に羨ましかったのは毎週日曜日のアコースティックギターだ。日曜日、翔は出掛けずに家でギターを弾いていた。先生は明さんだった。
 明さんの優しい声と翔の笑い声、熟練度の違う二つの音色を、ストーカーのように毎週、裏の公園で聴いていた。自分の父親に、ギターをねだったことがある。誕生月だった。父親は母親と顔を見合せ、「亜美はすぐに飽きるだろう」と言った。「子供が遊びで買うものではない」とも言った。本当は金が無かったのだと今なら分かる。そうならそうと言ってくれた方がまだ納得が言ったのに、あくまで私に問題を押し付けてきた。とんだタマナシである。一番腹が立ったのは、「翔くんは真面目に続けるから買って貰えるんだ」という理屈だ。子供の頃は真に受けて悲しんでいたが、もう騙されない。冗談は甲斐性だけにして欲しい。その発言は今でも根に持っている。
 真実を知ったとき、大人にも、尊敬出来る個体とそうでない個体が居て、年を食っているというだけで人を信用してはならないことを肝に銘じた。
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