燦々と青がいた 〜3人のオメガが幸せな運命と出会うまで〜

鳴き砂

文字の大きさ
上 下
76 / 82
第三章

蜂蜜色の彼

しおりを挟む
 気絶したように眠るぼろぼろな透を見て、隆文は泣きそうになった。身体中が酷く傷付いている挙句、初めて彼を襲ったヒートの熱に苛まされ、行為中も健気に自分を求める姿に、どうしようもない愛らしさを感じると同時に、途轍もなく胸が痛んだ。

「どうしてこんなにいい子なお前が、傷つかなきゃいけないんだろうな・・・・」

ガーゼに阻まれた両頬をそっと包み込んだ。熱すぎる体温が自身の両手にじんわりと広がってゆく。透に残った体力を考えれば、これ以上性行為でヒートの熱を抑えるのは無理な気がした。隆文は軽く身支度を整えると抑制剤と解熱剤の投与をする為に病室の外へと出た。


 自分自身の太腿にもアルファ用の抑制剤を打った後に、点滴の準備をして透のいる病室へと向かった。今は別棟へと向かう廊下がもどかしい程長く感じる。その道すがらで嘉月と出会った。

「一色、透くんは・・・・?」

きっと今まで本気で心配していてくれたのだろう。嘉月の色を失った唇が僅かに震えた声を紡ぐ。

「番になった。これ以上、続けることはできないから薬を投与する。」

「そう、番になったんだね。・・・・よかった、よかったぁ。」

嘉月の元に来るオメガは、その大半が心身ともに深く傷ついている事が多い。それでも、どんと構えてしっかりと患者と向き合ってきた嘉月が、珍しくへなへなとソファに座り込んだ。

「嘉月、お前にも心配をかけた。ごめんな。」

「ううん、君たち二人が掴んだ未来だよ。・・・・さあ、もう行きな。透くんが待ってる。」

「ああ。ありがとう。」

へにゃりと笑った嘉月にお礼を言って、今度こそ透の元へと隆文は急いだ。

◇◇◇

 点滴を落としたためか、透は徐々に呼吸にも落ち着きが見え始めてきた。その状態に少しだけほっとしながら隆文はパイプ椅子に腰をかけた。長い長い夜だった。流石に疲労も滲んできて、浅い眠りの淵へと誘われる。しかしそれも、くぐもった嗚咽によって強引に打ち消された。飛び起きた反動で簡素なパイプ椅子がガチャンと鳴った。心臓がバクバクと嫌な音を立てている。

「透・・・・!」

声も出さずに泣いている彼の名前を呼ぶと、固く閉じられていた瞼が薄らと持ち上がる。蕩けた琥珀色が確かに輝いていた。それはまるで、彼そのものだった。

「透」

「・・・・せ、んせ」

包帯の巻かれた手をそっと握れば、想像したよりも強い力で握り返された。

「透」

美しい彼の名前を、もう一度繰り返した。

「なぁに?」

小春日和みたいに心地の良い彼の声。


 ああ、俺はお前をどうしようもなく愛しているよ


 そして、ずっと彼に伝えたかった言葉がするりと音になって出てくる。

「これからは、ずっと一緒だ。」

「・・・・そう」

ちぐはぐに掠れた彼の声が深いため息と共に吐き出された。

「俺はお前の半身でお前は俺の半身だ。」

トントンと彼の左胸を軽く叩く。すると、その上から弱くトントンと透が小さな拳をぶつけて、それはそのまま隆文の左胸を控えめに小さく叩いた。

「嫌か?」

「・・・・ふっ、ぃ、いや、じゃ、ないっ、うっ、ひっ・・・・」

必死に泣き声を堪える透を抱き寄せて背中をさすってやる。

 お前はずっと、そうやって悲しいことを抑え込んで泣いてきたんだな。

「大丈夫。好きなだけ泣いてごらん。」

そう促せば、我慢し続けた悲しみが遂に決壊した。深夜、透は声をあげて泣き続けた。

◇◇◇

「ガーゼ取り替えるから腹見せて。」

「ん!ありがとう、せんせい。」

 透のヒートが終わっても、隆文は透のいる病室へ通い詰め手当てをしている。その姿を見た嘉月からは「なんか親鳥みたいだね。」というよく分からない感想をもらったばかりだ。

手当てを終えて病衣を整える透をぼんやりと眺めていた。

「あのさ、先生ってさ、なんのお医者さんなの?内科?外科?」

興味津々と目を爛々に輝かせて聞いてくる透に思わず笑ってしまう。

「んー、外科医かな。」

「え!やっぱり?そうだと思ったんだよなー!」

何となくいつもの調子を取り戻して来ている透は、ベッドの上でうんうんと何度も肯いていた。

「でも外科医にも色々あるんでしょう?先生は何外科なの?」

「秘密。」

「えー!ケチ!」

透は不服そうにムッとしていた。昼間はこんなに百面相できるのに、夜になると途端に怯えて泣いてしまう姿が脳裏によみがえる。夜に充分な睡眠を取れていないせいで、本当は今だって眠いはずだ。

「透、今日は夕飯一緒に食べようか。病院食だけどね。」

「いいの?!」

それでも嬉しそうに目を輝かせてくれる。

「ああ、たまには一緒に食いたい。」

本当は毎日がいいけれども。

「ふふっ、嬉しいなあ。」

「そんなにか?」

訊ねれば透はぶんぶんと首を縦に振った。

「それにさあ、先生は気づいてないかもだけど・・・・」

「なんだ?」

にまにまと笑ってこちらを見上げてくる彼の髪がふわりと揺れる。

「僕のこと、透って呼んでくれるようになったよね!」

「・・・・あ、すまん。」

何故だか咄嗟に謝ってしまった隆文に、透は吹き出した。

「なんでさ!僕、嬉しいよ。あの時もさ、電話口で先生が透って言ってくれたでしょう?僕はそれだけで、どうにかなっちゃうんだろうなって安心できたの。」

「そうか。それなら良かったよ。」

それは隆文を切なくさせたけれども、気づかれないようにそっと透の頭を撫でた。


 そんな透が隆文の勤める病院に看護師として入ってきたのは、まだ記憶に新しい一年前の春。そして今、隆文が桜の木の下で透を見つけてから、五年の月日が流れようとしていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

さよならの向こう側

よんど
BL
''Ωのまま死ぬくらいなら自由に生きようと思った'' 僕の人生が変わったのは高校生の時。 たまたまαと密室で二人きりになり、自分の予期せぬ発情に当てられた相手がうなじを噛んだのが事の始まりだった。相手はクラスメイトで特に話した事もない顔の整った寡黙な青年だった。 時は流れて大学生になったが、僕達は相も変わらず一緒にいた。番になった際に特に解消する理由がなかった為放置していたが、ある日自身が病に掛かってしまい事は一変する。 死のカウントダウンを知らされ、どうせ死ぬならΩである事に縛られず自由に生きたいと思うようになり、ようやくこのタイミングで番の解消を提案するが... 運命で結ばれた訳じゃない二人が、不器用ながらに関係を重ねて少しずつ寄り添っていく溺愛ラブストーリー。 (※) 過激表現のある章に付けています。 *** 攻め視点 ※当作品がフィクションである事を理解して頂いた上で何でもOKな方のみ拝読お願いします。 ※2026年春庭にて本編の書き下ろし番外編を無配で配る予定です。BOOTHで販売(予定)の際にも付けます。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

処理中です...