燦々と青がいた 〜3人のオメガが幸せな運命と出会うまで〜

鳴き砂

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第二章

背中の燦爛

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 透は病室のベッドに横たわり眠っている。酷い高熱は彼を悪夢に導くのか、時折苦しそうに呻いては閉じられた瞳からぽろぽろ涙を零した。その姿があまりにも切なくて一色も泣きそうになってしまう。シーツの海でもがきながら、やがて中空を彷徨う彼の華奢で色白な手を、握ってやることしかできなかった。

「ごめんな。俺が強引にでも、おまえを番にしておけば・・・・」

自分自身へのやりきれない怒りでどうにかなってしまいそうだった。

◇◇◇

 数時間前、透の部屋へと押し入った時に見た光景は、一色の脳裏へと鮮明に焼き付いている。血溜まりの中で意識を失いぐったりとした彼を見つけて、靴を脱ぐのも忘れて彼の身体をそこから掻き抱いた。沢山泣いたのだろう。目元は赤くなっていた。そして、両頬は殴られたのか痛々しく腫れていた。嫌な予感がして視線を下に送れば、内腿から夥しい量の白濁が伝っている。叫び出したい気持ちを抑えるように彼を力づくで抱きしめた。

「・・・・せん、せ。ごめん、ね。・・・・ぼくが、ぜんぶ・・・・悪い、の。ぼくが、いえに、母さんのところに、帰らなければ・・・・うっ、かあ、さっ、うぅ、ひっ、おかあ、さんっ・・・・うわぁあぁあぁぁん........」

 自分の腕の中で僅かに身動いだ彼の言葉にはっとする。正直、透のことで頭がいっぱいになっていた。すぐ傍らに彼の母親が首から大量の血を流して倒れていることにすら気がつけなかった。自分のジャケットに透を包んで、彼の母親を診る。出血量は多いものの、太い血管を傷つけていなかったことが不幸中の幸いだった。一色は応急処置を済ませるとすぐに救急車を呼んだ。


 深夜、そろっと病室の扉が開く音がした。後ろを振り返れば嘉月が険しい表情を浮かべて立っていた。嘉月は未だ熱が下がらない透の傍に来て、彼の頭をそっと撫でた。

「一色、透くんのことで話がある。少し外に出て話したい。」

「わかった。」

今の透を一人にはしておきたくなかったが、一色は肯いた。


 いつもの診察室に通され患者用の席に座ると、嘉月は早速診断書を一色に渡した。

「一応、緊急避妊薬と炎症止めは服用させてる。感染症や妊娠の有無が分かるのはもう少し先かな。そこにも書いてあるように暴力を伴うレイプ、その後、透くんは目の前で母親の自殺未遂を目撃してしまった。詳しい経緯は分からないけれども、正直、心身ともに限界だとは思う。」

「・・・・そうか。」

診断書を握る手に力が篭る。

「透くんのお母さんは?」

「意識はまだ戻っていないが、容態は安定している。命に別状もない。」

「おまえが担当したんだっけ?」

「まあ、な。たまたま対応できる医師がいなかっただけだ。夜間だったし。・・・・それに、大切な人を傷つける人間であっても、命が失われそうになっていたら助けるよ。俺は医者だから。」

わざと皮肉っぽく笑ってやった。嘉月は優しいやつだから、そんな自分を見て悲しそうに言った。

「期限なんて言わないで、おまえがすぐにでも透くんと番になれるよう背中を押すべきだった。」

「・・・・っ!!それは、違う!!!」

 予想外の言葉に一色は思わず大きな声で反論してしまった。

「俺が、透くんの置かれた状況を知っているにも関わらず、色んなことを理由にして決断を後回しにしたせいだ!嘉月、お前が気に病むことは一つもない!」

「・・・・でも、」

 嘉月が何かを言いかけた時だった。甘い香りが鼻腔を掠める。そしてそれは、確実に一色の方へと近づいてくる。

ガラッと診察室の扉が開く。同時に香りも強くなる。

「透、くん?!」

嘉月は驚いたような声をあげたが、一色は彼だと知っていた。

「せんせぇ、ぼく、あのね、からだ、が・・・・」

 えぐえぐと泣きながら透は覚束無い足取りで一色の方へと歩を進める。その度に点滴のスタンドが不安定に揺れるものだから、一色は慌てて透の元へ駆け寄った。そうすれば、ひしと自分の身体にしがみついて、透は離さなくなった。

「身体、熱いな。」

なるべく優しく話しかける。そして心配そうにこちらを見遣る嘉月に「専用の部屋を用意してくれないか?」と言えば、嘉月はその意図をしっかり汲み取ってくれた。こくりと肯くと嘉月は診察室を出て行った。

「せんせ、せんせぇ、ぼく、おかしい・・・・」

 ああ、きみ初めてなんだな。

酷い目に遭った後、初めてのヒートを迎えてしまうだなんて。そのあまりにも酷な彼の運命を一色は少し呪った。

 でも、俺が今度こそ、きみを幸せにするから。

「透、大丈夫だよ。何も怖くない。」

泣き続けて痛々しくなってしまった目元を、そっと撫でてやる。

「せんせ、たすけて・・・・」

「ああ、もちろんだ。」

「・・・・ん、せんせい、いい匂い、する・・・・」

「おまえも、いい匂いだよ。」


 それは、芍薬の香り。


 きみと俺だけの香り。

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