燦々と青がいた 〜3人のオメガが幸せな運命と出会うまで〜

鳴き砂

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第一章

シャツの下に秘め事 3

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 入院生活一週間後にしんどかった熱も下がって、禁食期間も解けた。今朝は朝からお粥を出してもらえて、久しぶりの食事に透は少しはしゃいでしまった。

 朝食を食べ終えて少しした後に一色が来てくれた。相変わらず一色からは甘い匂いがして、それが透の心臓をドキドキさせるので困ってしまう。

 それから、一色は端的に言ってカッコいい。癖のないさらさらしている黒髪は特にセットされているわけではないけれど、その無造作な感じが逆にクールだ。切長の目は、流し目をよくする一色のためだけに作られているようだった。瞳の色もやや色素が薄い灰色で、肌も色白、どちらかというと繊細で女性的な要素が多い。しかし、180センチは有に超えてそうなスラリとした長身に、引き締まった筋肉がしっかりと付いている腕を見れば男らしさしか感じない。きっと白衣の下に隠れている身体も同じような造りになっているのだろう。極め付けは、あの心地よい低い声。

◇◇◇

「先生はアルファ?」

 無意識に訊ねていた。

「・・・・ああ」

訝しそうな表情を浮かべた一色を見て、透は挨拶もしないで入室早々に随分不躾なことを聞いてしまった、と後悔した。

「アルファは嫌いか?」

 けれども、一色もまた変な質問をしてきた。

 先生は僕の家庭事情は知らないはずだし、どういう意味なのだろうか。

「どういう意味?」

だから透は、そのまま聞いた。

「いや、他意はないんだ。ただ、オメガの君から第二性を訊ねられたから、何かそのアルファに対して思うことでもあるのかと。」

「てか、先生、僕がオメガだって知ってたんだ!」

「それは、医療行為をするにあたり必要な情報だったからな。健康保険証を見せてもらった。名前もその時に知ったんだよ。言うのが遅くなってすまない。」

 そういうことだったのか。

「別に気にしてないよ。」


「そうか。なら、俺がきみを番にしたいと言ったら?」

「へ・・・・?」

あまりに突然すぎる申し出に間抜けな声が出た。

「あの日、初めて会った時からきみに惹かれている。俺がどうしてきみを見つけられたか知っているか?俺はきみの香りを辿って、きみを見つけたんだ。」

「・・・・え、そんなのおかしいよ。だって、僕、まだ発情期の期間に入ってないし。アルファを誘うくらいのフェロモンが漏れてるなんて考えられない・・・・」

不安になって一色の顔を見上げると、彼も困った顔をしていた。

「俺もだ。ヒートでもないオメガの香りに誘われることなんて、今まで一度もなかった。」

「じゃあ、どういうこと?」

一色は透の頭をいつものようにぽんと撫でた。

「運命の番って知ってるか?」

「うんめい・・・・」

 そんなの御伽噺の世界の話かと思っていた。けれども、一色が真面目な顔をして言うものだから、透は本当にあるんじゃないかと思えてきた。

「きみから芍薬の香りがするんだ。それで、俺自身は正直よく分かっていないんだが、周りからよくおまえは芍薬の香りがするとは言われているんだ。」

「先生と僕は同じ花の香りってこと?」

「ああ、これも噂程度に過ぎないんだが、運命の番は同じ花の香りがするらしい。」

一色はもう困った顔をしていなかった。すごく穏やかな顔で笑って「それに」と付け加えた。

「そんな噂よりも、俺は俺自身の気持ちに素直でありたいんだ。俺はおまえがどうしようもなく愛おしいよ。初めて会った時から。」

 その言葉に、透はぽろぽろと泣いてしまった。

「そんなこと言ったら、僕だって、先生のことが好き。先生のために、いつも心臓が壊れちゃいそう。・・・・でも、僕は、怖いよ。」

一色は指先で透の涙を拭った。

「何が、怖い?」

「僕の両親は二人とも番に捨てられたオメガなの。母さんの暴力からずっと守ってくれた父さんは、三年前に番を解消された喪失感に勝てなくて自殺した。母さんは、それからもっと酷くて、僕に暴力を振るう。・・・・でも、僕は、両親を恨んでなんかいないよ。僕が恨んでるのは、二人を捨てたアルファ。」

「そうか」

「先生が僕のことを捨てないって約束してくれても、きっと僕は、どこかで信じきれなくて、怖くなる。・・・・それは、きっと、先生も傷つける。」

 透は、初めて自分の中に燻っていた不安を吐露した。シャツの下に隠した傷跡よりも隠し通していたかった不安だった。
 一色が優しく透を抱きしめた。甘い香り。きっとこれが芍薬の香りなのだろう。

「俺はおまえが好きだよ。おまえは俺が好きか?」

「好き、好きだよ。」

「なら、今はそれだけで充分だ。おまえが安心できる時まで俺は待つよ。でも、それまで恋人として傍にいてもいいか?」

一色は許しを乞うように透の肩に顔を埋めた。

「うん、傍にいて。僕の恋人になって。それで、僕を恋人にして。」

透も一色をぎゅっと抱きしめた。

「ああ、もちろんだ。」

一色はそう囁くと、甘いキスを透の唇に落とした。

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