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小話まとめ
アオの未来
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雅史の家族に迎えられたあの夏から、あっという間に季節は巡り、秋が馴染む10月となっていた。
「雅史さん!雅史さん!」
食卓で青木と打ち合わせをしている雅史の元へ、散歩から帰ったアオが珍しくパタパタと舞い込んできた。勢いよく開いた扉の先に、青木がいることを確認したアオは、しっかりと顔に「しまった」の文字を浮かべて踵を返そうとする。
「待て待て、アオ。きみの自室はリビングを通らなければ辿り着けないだろう?」
何ら気にすることもなくアオを引き留める雅史の姿を見て、青木がクスクスと笑った。
「先生、少し休憩にしませんか?・・・・アオくん、ごめんね。佐伯先生を長い時間、占領してしまって。」
「いいえ!僕の方こそ打ち合わせ中にすみません!」
未だに玄関へと続く廊下に留まり、深々と頭を下げるアオの手を雅史が取る。自身の向かいに座っていた担当作家が、するりと椅子から離れ、番の元へと甲斐甲斐しく行く様子を、青木は眩しそうに見つめていた。
「アオ、こちらへおいで。廊下では冷えるだろうから。」
そうして雅史は、アオを食卓の椅子へと座らせるのだった。その際に、二人がしっかりと手を繋いでいる姿だって、青木には微笑ましく感じる。雅史が他者へと心を砕き、他者と心を通わすことを誰よりも望んでいたのは、青木だったのかもしれない。
(その相手が、アオくんで良かった。彼は本当に澄んだ心を持った青年なのだから。)
「それで、一体何があったのかな?」
雅史は食卓に広がった書類を軽く整えると、隣に座ったアオへと訊ねる。雅史にさりげなくエスコートされたアオは薄っすらと顔を朱に染めていたが、嬉しそうに胸元で抱えたトートバッグを開いた。
「これを、散歩へ行く時にコンシェルジュの多岡さんから頂いたんです。」
甘く清涼な香りがふわりと鼻腔を掠めた途端、視界に鮮やかな橙色が広がる。そこには、金木犀の花が一枝、丁寧に包まれていた。
「そうか、今が満開の季節ですものね。」
青木がそっと呟いた。
「ええ、多岡さんのご実家では、花が終わる来月には金木犀の剪定をするみたいなんです。それで、まだ満開のうちに、と枝を一つお裾分けしてくださって。」
「それは、嬉しいお心遣いだな。多岡さんには何かと世話になっているから、今度お礼をしに行こうか。」
雅史が目を細めて言った。それに連なって柔らかく笑ったアオは、更にトートバッグの中を探る。
「うん!それから、これを買ってきたんです。」
アオが食卓に置いたのは、底にかけて僅かに膨らみがある小さな花瓶だ。
「何輪かに分けて、此処と、キッチンと、それから寝室と玄関に置けたらいいなと思いまして・・・・」
言いながらトートバッグの中から取り出した四つの花瓶は、どれも透明で小さな物であったが、膨らみ方がそれぞれ異なっていた。
「わぁ!アオくん、どれも綺麗な花瓶ですね。これとか、玄関にぴったりじゃないかな?」
「やっぱり!そう思いますか?僕もこの少しだけ嵩が高くて細いのは、玄関がいいかなって!」
雅史から見ると、アオと青木の美的センスは共通している点が多い。それ故に、青木が家に寄るたびに二人の交流は深まり、今では敬語が抜けた話し方が混ざりあう程だった。思えば青木にも、ケーキや紅茶など食へのこだわりがかなりある。しかし、そのどれもがただ単に華やかな品であれば良いということではなく、例えば去年の誕生日にもらったケーキであれば、果物が主役となりその美しさが存分に引き立てられたものだけが集められていた。とにかく、繊細な部分に気がつき、それを上手く活かすことができているのかそうでないのか、その審美眼に長けていると言えた。
「わかる!この少し丸みが深い花瓶は、食卓に置く予定かな?」
「大正解です!やっぱり青木さんはずっと丁寧な生活を送って来た方なんですね。僕は、雅史さんに救われてから、こうやって今あるほんの少しのことを大切にできるようになったんです。昔の僕は、きっとこの花瓶たちの違いに気づくことはできなかった。」
アオがふと溢した本音に、雅史と青木は顔を見合わせる。困ったように微笑み「俺にはもったいないくらい、優しい子だろう?」と小声で告げる雅史に対して「二人とも、お似合いですよ。」と真摯に青木は返答した。
「どうだろうか?確かに経済的にも精神的にも余裕があった方がいいとは思うがな。結局、自分の所へやって来て、傍に居続けてくれる人や物は、いかに自分の根源的な部分としっかり向き合って、交流できたかによると俺自身は考えているよ。」
先にアオへ声をかけたのは雅史だった。
「根源・・・・?」
「そうだ。今、アオの傍にいる俺たちは、きみの変わらない根源を見て一緒にいるんだ。そしてそれは同時に、アオの人柄が俺たちを選んだとも言える。だから、この花瓶も、出会ったのが今日という日であって、もしも過去にきみの目に留まる瞬間があったのならば、きみはきっと彼らを迎え入れていたと思う。」
雅史の隣で青木も力強く肯く。
「それに、アオくんは今日、多岡さんに金木犀をもらってから、この家のことや、アオくんと一緒に生活をする佐伯先生のことを考えていたんじゃないのかな?アオくんがそうやって思考し行動した結果、この花瓶たちに巡り会い、それぞれの素敵な部分を見つけることができた。この子たちは今きみが、しっかりと生きている証のようだね。この子たちに出会ったのは、今日で良かったのですよ。」
そして、雅史の言葉に青木が優しく付け加えた。
「僕が、考えて、行動して、そして、選んだ・・・・」
アオもまた、自身の身体の中に浸透させてゆくように、二人の言葉を繰り返したのだった。
花瓶の緩やかに流れる流線形に、ちょうど高くなった陽光が窓から差し込み、食卓に落ちた輝きたちが細やかに踊っている。その様子が、雅史にはアオの心の燦きにも感じられた。
「雅史さん!雅史さん!」
食卓で青木と打ち合わせをしている雅史の元へ、散歩から帰ったアオが珍しくパタパタと舞い込んできた。勢いよく開いた扉の先に、青木がいることを確認したアオは、しっかりと顔に「しまった」の文字を浮かべて踵を返そうとする。
「待て待て、アオ。きみの自室はリビングを通らなければ辿り着けないだろう?」
何ら気にすることもなくアオを引き留める雅史の姿を見て、青木がクスクスと笑った。
「先生、少し休憩にしませんか?・・・・アオくん、ごめんね。佐伯先生を長い時間、占領してしまって。」
「いいえ!僕の方こそ打ち合わせ中にすみません!」
未だに玄関へと続く廊下に留まり、深々と頭を下げるアオの手を雅史が取る。自身の向かいに座っていた担当作家が、するりと椅子から離れ、番の元へと甲斐甲斐しく行く様子を、青木は眩しそうに見つめていた。
「アオ、こちらへおいで。廊下では冷えるだろうから。」
そうして雅史は、アオを食卓の椅子へと座らせるのだった。その際に、二人がしっかりと手を繋いでいる姿だって、青木には微笑ましく感じる。雅史が他者へと心を砕き、他者と心を通わすことを誰よりも望んでいたのは、青木だったのかもしれない。
(その相手が、アオくんで良かった。彼は本当に澄んだ心を持った青年なのだから。)
「それで、一体何があったのかな?」
雅史は食卓に広がった書類を軽く整えると、隣に座ったアオへと訊ねる。雅史にさりげなくエスコートされたアオは薄っすらと顔を朱に染めていたが、嬉しそうに胸元で抱えたトートバッグを開いた。
「これを、散歩へ行く時にコンシェルジュの多岡さんから頂いたんです。」
甘く清涼な香りがふわりと鼻腔を掠めた途端、視界に鮮やかな橙色が広がる。そこには、金木犀の花が一枝、丁寧に包まれていた。
「そうか、今が満開の季節ですものね。」
青木がそっと呟いた。
「ええ、多岡さんのご実家では、花が終わる来月には金木犀の剪定をするみたいなんです。それで、まだ満開のうちに、と枝を一つお裾分けしてくださって。」
「それは、嬉しいお心遣いだな。多岡さんには何かと世話になっているから、今度お礼をしに行こうか。」
雅史が目を細めて言った。それに連なって柔らかく笑ったアオは、更にトートバッグの中を探る。
「うん!それから、これを買ってきたんです。」
アオが食卓に置いたのは、底にかけて僅かに膨らみがある小さな花瓶だ。
「何輪かに分けて、此処と、キッチンと、それから寝室と玄関に置けたらいいなと思いまして・・・・」
言いながらトートバッグの中から取り出した四つの花瓶は、どれも透明で小さな物であったが、膨らみ方がそれぞれ異なっていた。
「わぁ!アオくん、どれも綺麗な花瓶ですね。これとか、玄関にぴったりじゃないかな?」
「やっぱり!そう思いますか?僕もこの少しだけ嵩が高くて細いのは、玄関がいいかなって!」
雅史から見ると、アオと青木の美的センスは共通している点が多い。それ故に、青木が家に寄るたびに二人の交流は深まり、今では敬語が抜けた話し方が混ざりあう程だった。思えば青木にも、ケーキや紅茶など食へのこだわりがかなりある。しかし、そのどれもがただ単に華やかな品であれば良いということではなく、例えば去年の誕生日にもらったケーキであれば、果物が主役となりその美しさが存分に引き立てられたものだけが集められていた。とにかく、繊細な部分に気がつき、それを上手く活かすことができているのかそうでないのか、その審美眼に長けていると言えた。
「わかる!この少し丸みが深い花瓶は、食卓に置く予定かな?」
「大正解です!やっぱり青木さんはずっと丁寧な生活を送って来た方なんですね。僕は、雅史さんに救われてから、こうやって今あるほんの少しのことを大切にできるようになったんです。昔の僕は、きっとこの花瓶たちの違いに気づくことはできなかった。」
アオがふと溢した本音に、雅史と青木は顔を見合わせる。困ったように微笑み「俺にはもったいないくらい、優しい子だろう?」と小声で告げる雅史に対して「二人とも、お似合いですよ。」と真摯に青木は返答した。
「どうだろうか?確かに経済的にも精神的にも余裕があった方がいいとは思うがな。結局、自分の所へやって来て、傍に居続けてくれる人や物は、いかに自分の根源的な部分としっかり向き合って、交流できたかによると俺自身は考えているよ。」
先にアオへ声をかけたのは雅史だった。
「根源・・・・?」
「そうだ。今、アオの傍にいる俺たちは、きみの変わらない根源を見て一緒にいるんだ。そしてそれは同時に、アオの人柄が俺たちを選んだとも言える。だから、この花瓶も、出会ったのが今日という日であって、もしも過去にきみの目に留まる瞬間があったのならば、きみはきっと彼らを迎え入れていたと思う。」
雅史の隣で青木も力強く肯く。
「それに、アオくんは今日、多岡さんに金木犀をもらってから、この家のことや、アオくんと一緒に生活をする佐伯先生のことを考えていたんじゃないのかな?アオくんがそうやって思考し行動した結果、この花瓶たちに巡り会い、それぞれの素敵な部分を見つけることができた。この子たちは今きみが、しっかりと生きている証のようだね。この子たちに出会ったのは、今日で良かったのですよ。」
そして、雅史の言葉に青木が優しく付け加えた。
「僕が、考えて、行動して、そして、選んだ・・・・」
アオもまた、自身の身体の中に浸透させてゆくように、二人の言葉を繰り返したのだった。
花瓶の緩やかに流れる流線形に、ちょうど高くなった陽光が窓から差し込み、食卓に落ちた輝きたちが細やかに踊っている。その様子が、雅史にはアオの心の燦きにも感じられた。
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