燦々と青がいた 〜3人のオメガが幸せな運命と出会うまで〜

鳴き砂

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第四章

幼い日々 2

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「あのさ、俺、場違いじゃないのかな。」

「まさかー!そんなことありませんよ!晶子さんからのお誘いらしいですよ!」

 透は彼らしくへにゃっと笑った。

「懐かしいな。久しぶりに聞いたよ。」

 学生時代に隆文の家に行くと、隆文の母である晶子はいつも気さくに嘉月を迎え入れてくれた。一色家はエリートの中のエリートが集うアルファ一族であったが、誰一人として第二の性で人柄を決めつけるような人物はいない。とりわけ晶子は、嘉月自身をしっかりと見てくれていた。

「だから、嘉月先生が遠慮することなんて無いんですからね。隆文さんも僕もとっても楽しみにしています。」

「透くんが言うなら、わかったよ。俺もお邪魔させていただきます。」

「邪魔なんてことないですからね!それではまた夕方に!」

 元気よく立ち去って行く透を見送ってから、嘉月は午後からの外来に向かった。順番に並べられたカルテをぼんやり眺めていると、午後一番に意外な名前が入っており僅かに驚く。

 そもそもオメガ科を受診するオメガの数は少ない。そのため、患者の顔と名前は殆ど一致しているし、知らないとしたら大体が初診だった。けれども今、嘉月が手に取っている患者のカルテは、アオのものだった。

「アオさん。一番診察室にどうぞ。」

 午後も数人の予約は入っていたが、幸いまだ少し時間に余裕があったので、嘉月はアオをすぐに診察室へと通すことにした。

「失礼します。」

「こんにちは。今日は予約外だったけれども何かありました?」

 あくまで医師としての体裁は崩すことなく、にこりと笑って訊ねる。この子は、あまりにも良い子だから、本当は凄く心配なのだけれども。

「えっと、雅史さんと番になって僕は今、とても落ち着いてきています。それで、あの、僕は一度赤ちゃんを堕ろしているし、その後もずっと誰かと行為をしていて避妊薬を長く飲んでいたから、その・・・・」

 目を真っ赤にさせて俯いてしまった心優しい青年の姿に、ツキンと胸が痛んだ。手放しで大丈夫だとは言えないが、それでも安心しなさいと抱きしめてあげたい気持ちになる。自分の目の前にいる青年は、そんな庇護欲を掻き立てる存在だった。

「アオくん、ゆっくり息を吐くんだよ。」

「あっ、すみません。僕・・・・」

「良いんですよ、気にしないで。アオくんがしっかり前を見ている証拠です。」

「ありがとう、ございます。・・・・それで、あの、僕は妊娠できるでしょうか・・・・?」

 確かにアオは、この一年で四度のヒートを佐伯と迎えているはずだ。一般的に、ヒート時に避妊無しで性行為をすれば、殆どのオメガは妊娠する。それが無いということは、どちらかの生殖機能に問題があるのだろう。しかし、アオの過去を考えれば、今日彼が佐伯に何も言わずに一人で受診して来た気持ちは、嘉月には痛いほど分かった。

「しっかりと検査をしましょう。それから、佐伯さんにもこの事は話せそうかな?」

「はい。あの、検査はいつ頃できますか・・・・?」

「来月の定期検診の時に行いましょう。けれども、その間に佐伯さんと相談することを、私と約束してくれませんか?」

「えっ・・・・はい、もちろん伝えるつもりです。」

 焦燥が滲んだ表情は、深い影を落とし、彼の視線は床を見つめるように落ちてゆく。やはり今日は、一人きりで病院に来たのだろう。それは、とても寂しかったに違いない。

「勇気がいることですが、アオくんだけが抱える問題ではありません。これは、アオくんとアオくんのパートナーである佐伯さん、二人で乗り越えることですよ。」

 薄藍の瞳とやっと目が合った。

「はい。あの、僕、頑張ります。だから、今後ともよろしくお願いいたします。」

 まだ不安は残るが、僅かに生気が宿った顔つきに、嘉月はほっと息を吐いた。あとは、今日アオを一人きりでここまで向かわせてしまった佐伯を呼び出すだけだ。この仕事は、アオと佐伯の二人と気心が知れている、透に任せることにした。

「こちらこそ、よろしくお願いします。一緒に頑張りましょうね。」

 気休め程度にしかならない言葉かもしれないが、それでも心を込めて言いたかった。そして嘉月は、彼に、自分がなし得ることのできない幸せを投影していた。

 健気な青年が、ありがとうございます、と出て行った誰もいない診察室。

 そこで、こっそりと泣いた。 

◇◇◇
(※モブレ要素あり)


「ねえ、今日は何をするの?」

 16歳になって初めてのヒートを終えた嘉月への実験は益々苛烈さを増していた。相変わらず白い部屋の中に閉じ込められていたが、昔から言葉一つ発しなかった男も、流石に少しの事前情報は提供してくれるようになっていた。しかし、それはいつも、「世の中のオメガを救う為の実験ですよ。」という極めて漠然としたものでしかなかったが。

「まーた、それかあ。」

嘉月はベッドに勢いよく横たわり、ため息を吐いた。

(その世の中に、俺は入っていないじゃないか。)

「・・・・今日からの実験が終わったら、あなたのお父様が何か一つ褒美を与えると仰っておりました。」

珍しく男が、その先に言葉を紡いだ。かれこれ10年以上ここに居るが、対価や報酬などを与えられたことも無ければ、父からの伝言すら聞かされたことはなかった。嘉月はガバッと起き上がると嬉々として男を見つめた。

「ほんと?!・・・・そしたら学校に行きたい!」

「分かりました。お伝えしておきますね・・・・」

 そう言うと、男はいつも羽織っている白衣を脱いだ。それから嘉月にのし掛かるようにして、僅かに上体を上げていた嘉月をベッドへと押し倒した。

「・・・・な、なに?!」

「あなたは、あと2日もすればヒートですよね?」

「予定では、そのはずだけど・・・・?」

「ヒート直前から、ヒート中に合意無く性行為を迫られたオメガへの、より強力なアフターピルの製造が目的のようです。」

男の目に感情が映ることはなく、淡々と事実だけが述べられる。

「ハハッ・・・・じゃあ、あんたとこれから一週間セックスするってわけか。」

乾いた笑いが零れた。何が、褒美だ。ただの飴と鞭じゃないか。結局自分は、父にとって息子ではなく実験体でしかなかったのだ。

 諦念から身体の力が抜けた途端、機械的に後孔へと指が差し込まれた。ヒートに向かって準備を始めている嘉月の身体は、難なく男の節くれだった指を飲み込んだ。男は空いた右手でタブレットに何やら打ち込んでいる。

「なに、それ・・・・?」

「記録です。サンプルとして分かることは全て記録するようにと指示されています。」

 もう聞き飽きたサンプルという言葉。けれどもまさか、こんな行為にすらサンプルとしての記録が必要とは悪趣味なものだと遠くなった心で感じていた。幼少期から知り尽くされている嘉月の身体の弱い部分を、男は容赦なく抉る。

「・・・・アッ!そ、そう、なんだ・・・・ハァ、じゃあ睦言とか、舌噛んでも言うなよ!」

嘉月は服を着たままの男の上半身をドンッと蹴った。男は嘉月の行為を咎めることはしなかったが、ただ後ろが解れた事実だけを確認すると、少しだけ前を寛げて挿入を始めた。生まれて初めてのセックスが、実験体としてだということに涙が溢れる。

「イヤッ、いやだぁ!・・・・がっこうになんて、いかなくていいからっ、やめてっ・・・・!」

ばたばたと男を拒絶して暴れたが、所詮男にとっても自分はただのマウスである。泣き叫んだ言葉は受け入れられることもなく、バチュバチュと耳を塞ぎたくなる水音が響く室内に、消えて無くなるだけであった。


 それから一週間、男は本当に何も言うことなく実験を完遂させた。指一本まともに動かせない嘉月は、男に支えられるようにして苦い錠剤を飲まされた。

「・・・・あんたもカワイソー。・・・・ただの実験体のオメガを抱くしかできないだなんて・・・・アルファのくせに・・・・」

「仕事ですから。」

 男は一言告げると、随分と甲斐甲斐しく汚れた嘉月の後始末をした。その内に、酷い睡魔に襲われた嘉月はぱったりと意識を飛ばした。その時、男が自分にどんな感情を抱いていたかも知らずに。

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