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第三章
閑話 一色隆文のひとりごと
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「それで隆文、おまえは一色を継ぐつもりはないのだね?」
「はい、父さん。俺は救急外科医であり続けます。」
モリス調の壁紙や家具で統一された洋室の客間で、一色家のやや改まった家族会議が行われていた。隆文は自身の父が自然と纏う威厳のようなものに、気後れしそうになりながらも目を逸らさずに肯いた。
「うむ、おまえはそれで良いよ。うちは世襲制に拘りもないしな。」
ふっと父の纏う空気が柔らかくなる。その表情は叔父の良成に似ている。父は良成よりかは細面だが、兄弟だからか、仕草や表情が重なる瞬間が多々あることに、隆文は最近気がついた。
父の言葉に追随する流れで、母も口を開いた。
「そうね、企業のトップに血は関係ないわ。・・・・ところで隆文。透くんは今日いらっしゃらないのかしら?」
しかし、母の興味は実の息子である隆文よりも、透の方にあった。いつものことである。両親と透の初対面に関しては、心配はしていなかった。何故ならば、自分の両親も雅史の両親と同じで、その人柄を見ることに重きを置くからだ。名前の通り、透き通った心根が、真っ直ぐで素直な透ならば、すぐに両親は認めるだろうと確信していた。がちがちに緊張で固まった透をどう解してやろうかと、そちらの方に意識が大きく傾いたくらいだった。
「透は今日仕事ですが、母さんと父さんに久しぶりに会いたい、と透も言っていました。夕食には何がなんでも間に合わせると張り切っていました。」
昨夜の透の「僕、絶対行くからね!」宣言は、とてつもなく愛くるしく、思い出しただけで思わず笑みが溢れてしまう。向かいに優雅に腰掛けていた母も、今では女子学生のようなはしゃぎっぷりである。
「まあ!それでは今夜は花が咲きそうね!あなた、透くんに迎えを送って差し上げましょう?仕事終わりで疲れているところに、こちらまで自力で向かわせてしまうのは可哀想だわ。」
「ああ、そうだね。隆文、透くんの退勤時間を教えてくれ。」
「今日は日勤ですから17時には・・・・って父さんも母さんも!透は俺が迎えに行くから!」
父の満更でもない態度に、言葉とは裏腹にぽつぽつと嬉しさも湧き上がってくる。愛する番を、手放しに可愛がってもらえるのは、若干妬くが、やはり嬉しさの方が勝る。
「羨ましいこと。私も車に乗せてくれないかしら?」
「それなら、自分も。」
母につられて父まで挙手をする。最近はお互いに忙しく透との時間も取れなかったので、道中くらいは二人きりになりたい。ここは、断固拒否をしよう。と隆文が意気込んだところで携帯が鳴った。ディスプレイに表示されたのは今まさに話題となっている透からだった。
◇◇◇
「もしもし、透?」
「あ!隆文さん?」
お互い通話相手を知っているはずなのに、名前を呼び合ってしまうのは、愛おしい日々の癖。
「どうした?今は昼休みか?昼食はちゃんと食べてるか?」
「うん!嘉月先生と食堂で食べたよ!」
矢継ぎ早の質問にも、素直に応えてくれる透を今すぐ抱きしめてやりたくなった。
「そうか。嘉月となら安心だな。」
「僕よりもさ、嘉月先生の方が安心できないよ。さっきも半分くらい手をつけて食べるのを止めてしまったし・・・・多分、吐いてると思う。」
しかし透は、僅かに声のトーンを落として呟いた。
「嘉月のやつ、相当参ってるな。」
「参ってるどころか、このままじゃ死んじゃうよ!」
それは、小さな声ではあったが、悲痛な叫びだった。
「透、落ち着くんだ。嘉月が生きようとしない限りどうにもならないが、カウンセリングくらいは受けさせたいな。気休め程度だろうが。」
「どうして隆文さんや佐伯さんのようなアルファは少ないんだろう。酷いよ、こんなの・・・・」
段々と小さくなっていく声音に心が痛む。どうしても透の過去が垣間見えてしまうせいかもしれない。なんとか励まして通話を切ったが、どうにかしなければと、焦りは確かに生まれていた。
「ねえ、隆文。嘉月さんって京くんのことかしら?」
母はどうやら嘉月のことを覚えていたらしい。
「そうです。大学時代からの同期だった・・・・」
「あの頃、隆文の話題にあがったのは京くんや雅史くんだったわね。懐かしいわ。」
そう言ってほっと息を吐く母は、もう60に差し掛かるが、アルファである為かまだまだ若く見える。日本人離れした色素の薄い灰色がかったブロンドの長い髪は、内側にくるりと巻かれている。同じ色の長いまつ毛と、その下に隠れる、やはりグレーの混ざった青い目は、圧倒的に他者を魅了させるものだった。そして血管が透き通るほどの白い肌は、着ているシーブルーのカジュアルドレスによって、より一層その輝きを引き立たせていた。
「雅史は生涯を添い遂げる大切な番に出会えましたが、嘉月はあまり変わらない。いや、かなり酷くなっていて、透も俺も心配することしかできない!とても無力なんです。」
母に二人の近況を話しているうちに、自分が感情的になっていることに気がついた。その空気を悟った父からも、すぐさま宥められる。
「隆文、おまえも落ち着きなさい。そうだ、晶子。今日の夕食は、嘉月くんにも来てもらわないか?」
「まあ!それは素敵だわ!京くんとはもう何年も会っていないから、是非うちに来てくださらないかしら!」
両親の暖かな提案は、隆文の心にも灯をもたらしてくれた。嘉月が実際に来られるかは分からない。
しかし、それでもこうやって嘉月のことを想う人たちは傍にいるのだ。
嘉月、そのことにどうか気づいてくれないだろうか?
俺たちは、ずっとずっと、おまえの傍にいるのだ。
それはきっと、彼、青木くんもだろう?
「はい、父さん。俺は救急外科医であり続けます。」
モリス調の壁紙や家具で統一された洋室の客間で、一色家のやや改まった家族会議が行われていた。隆文は自身の父が自然と纏う威厳のようなものに、気後れしそうになりながらも目を逸らさずに肯いた。
「うむ、おまえはそれで良いよ。うちは世襲制に拘りもないしな。」
ふっと父の纏う空気が柔らかくなる。その表情は叔父の良成に似ている。父は良成よりかは細面だが、兄弟だからか、仕草や表情が重なる瞬間が多々あることに、隆文は最近気がついた。
父の言葉に追随する流れで、母も口を開いた。
「そうね、企業のトップに血は関係ないわ。・・・・ところで隆文。透くんは今日いらっしゃらないのかしら?」
しかし、母の興味は実の息子である隆文よりも、透の方にあった。いつものことである。両親と透の初対面に関しては、心配はしていなかった。何故ならば、自分の両親も雅史の両親と同じで、その人柄を見ることに重きを置くからだ。名前の通り、透き通った心根が、真っ直ぐで素直な透ならば、すぐに両親は認めるだろうと確信していた。がちがちに緊張で固まった透をどう解してやろうかと、そちらの方に意識が大きく傾いたくらいだった。
「透は今日仕事ですが、母さんと父さんに久しぶりに会いたい、と透も言っていました。夕食には何がなんでも間に合わせると張り切っていました。」
昨夜の透の「僕、絶対行くからね!」宣言は、とてつもなく愛くるしく、思い出しただけで思わず笑みが溢れてしまう。向かいに優雅に腰掛けていた母も、今では女子学生のようなはしゃぎっぷりである。
「まあ!それでは今夜は花が咲きそうね!あなた、透くんに迎えを送って差し上げましょう?仕事終わりで疲れているところに、こちらまで自力で向かわせてしまうのは可哀想だわ。」
「ああ、そうだね。隆文、透くんの退勤時間を教えてくれ。」
「今日は日勤ですから17時には・・・・って父さんも母さんも!透は俺が迎えに行くから!」
父の満更でもない態度に、言葉とは裏腹にぽつぽつと嬉しさも湧き上がってくる。愛する番を、手放しに可愛がってもらえるのは、若干妬くが、やはり嬉しさの方が勝る。
「羨ましいこと。私も車に乗せてくれないかしら?」
「それなら、自分も。」
母につられて父まで挙手をする。最近はお互いに忙しく透との時間も取れなかったので、道中くらいは二人きりになりたい。ここは、断固拒否をしよう。と隆文が意気込んだところで携帯が鳴った。ディスプレイに表示されたのは今まさに話題となっている透からだった。
◇◇◇
「もしもし、透?」
「あ!隆文さん?」
お互い通話相手を知っているはずなのに、名前を呼び合ってしまうのは、愛おしい日々の癖。
「どうした?今は昼休みか?昼食はちゃんと食べてるか?」
「うん!嘉月先生と食堂で食べたよ!」
矢継ぎ早の質問にも、素直に応えてくれる透を今すぐ抱きしめてやりたくなった。
「そうか。嘉月となら安心だな。」
「僕よりもさ、嘉月先生の方が安心できないよ。さっきも半分くらい手をつけて食べるのを止めてしまったし・・・・多分、吐いてると思う。」
しかし透は、僅かに声のトーンを落として呟いた。
「嘉月のやつ、相当参ってるな。」
「参ってるどころか、このままじゃ死んじゃうよ!」
それは、小さな声ではあったが、悲痛な叫びだった。
「透、落ち着くんだ。嘉月が生きようとしない限りどうにもならないが、カウンセリングくらいは受けさせたいな。気休め程度だろうが。」
「どうして隆文さんや佐伯さんのようなアルファは少ないんだろう。酷いよ、こんなの・・・・」
段々と小さくなっていく声音に心が痛む。どうしても透の過去が垣間見えてしまうせいかもしれない。なんとか励まして通話を切ったが、どうにかしなければと、焦りは確かに生まれていた。
「ねえ、隆文。嘉月さんって京くんのことかしら?」
母はどうやら嘉月のことを覚えていたらしい。
「そうです。大学時代からの同期だった・・・・」
「あの頃、隆文の話題にあがったのは京くんや雅史くんだったわね。懐かしいわ。」
そう言ってほっと息を吐く母は、もう60に差し掛かるが、アルファである為かまだまだ若く見える。日本人離れした色素の薄い灰色がかったブロンドの長い髪は、内側にくるりと巻かれている。同じ色の長いまつ毛と、その下に隠れる、やはりグレーの混ざった青い目は、圧倒的に他者を魅了させるものだった。そして血管が透き通るほどの白い肌は、着ているシーブルーのカジュアルドレスによって、より一層その輝きを引き立たせていた。
「雅史は生涯を添い遂げる大切な番に出会えましたが、嘉月はあまり変わらない。いや、かなり酷くなっていて、透も俺も心配することしかできない!とても無力なんです。」
母に二人の近況を話しているうちに、自分が感情的になっていることに気がついた。その空気を悟った父からも、すぐさま宥められる。
「隆文、おまえも落ち着きなさい。そうだ、晶子。今日の夕食は、嘉月くんにも来てもらわないか?」
「まあ!それは素敵だわ!京くんとはもう何年も会っていないから、是非うちに来てくださらないかしら!」
両親の暖かな提案は、隆文の心にも灯をもたらしてくれた。嘉月が実際に来られるかは分からない。
しかし、それでもこうやって嘉月のことを想う人たちは傍にいるのだ。
嘉月、そのことにどうか気づいてくれないだろうか?
俺たちは、ずっとずっと、おまえの傍にいるのだ。
それはきっと、彼、青木くんもだろう?
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