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第二章
陽光抱きしめて
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「・・・・っ?!」
「わっ!どこか痛みますか?!」
小さな訴えが拾われるとは思ってもいなかった。青木がこの部屋にいることも想定していなかった。しかし、それよりも下腹部に凄まじい激痛が走り、嘉月は呼吸をすることすらままならなかった。
これは、やばいかもしれない・・・・
満身創痍な身体の中で、医師としての頭は警鐘を鳴らしている。仰向けの体勢を崩して横向きになろうとした時だった。真っ白なシーツが鮮血に染まるのを視界の端が捉えた。
「・・・・え?」
「今、医師を呼びますからっ!」
途端に青褪めた表情を見せた青木は、背を向けて部屋を飛び出していった。それからはバタバタと階段を上る足音や、見知らぬ医師の呼びかけ、青木に強く握りしめられた手の温もりを感じながら、嘉月の意識はぷつりと途絶えた。
◇◇◇
嗅ぎ慣れた消毒液の匂いで目が覚める。取り付けられている酸素マスクが苦しくて毟り取った。何となく見覚えのある天井に、ここは自身の勤務先である、とぼんやり嘉月は思った。
(からっぽ、みたい・・・・)
枕元にあるオレンジ色のナースコールを押す。するとすぐさま、看護師だけでなく隆文も入って来た。
「嘉月!!!」
駆けつけて来てくれたのだろう。隆文の額には薄らと汗が滲んでいた。
「いっしき・・・・。おれ、からだのかたち、かわった・・・・?」
目覚めた時に感じた違和感を真っ直ぐに伝えると、隆文が張り詰めた空気を纏い始めた。
「開腹手術をした。無理な性行為に、体が耐えられなかったんだ。出血の量も多かったから、輸血もした。」
それでも、隆文は医師の皮を被って淡々と嘉月の容態を説明し始める。あと少しでも処置が遅れたら、命はなかった、と隆文は言った。急患で運ばれて来た嘉月の執刀をしたのは隆文で、そのまま彼は嘉月の担当医になっていた。
「もう、ぜんぶ、ない?」
「・・・・ああ。」
「そっかぁ。じゃあ、ヒートも軽くなるかなぁ。」
嘉月はへらっと笑った。そんな彼を見て、隆文は悲しげに眉根を寄せた。
思えば、隆文はいつも嘉月の代わりに悲しんでくれていた。学生時代、オメガという理由だけで次席を外された時も、彼が代わりに悲しみ、そして、怒ってくれた。だから嘉月は、なるべく隆文の傍では笑っていたかった。自身の初恋と、くだらないプライドにかけて。
「何日くらい寝てた?」
「3日。」
段々と意識が覚醒してゆく。様々な思考が巡っていく内に、ぱっちりとした目の、小柄な彼のことを思い出した。
「あっ、そう言えば、青木さんは?」
「彼なら、毎日お見舞いに来てくれているよ。昨日も仕事が終わってから、面会時間ぎりぎりまで、おまえの傍にいた。」
「そっかぁ。」
「今日も夕方頃には来てくれるんじゃないか?」
隆文の言葉に乗って、健気な彼の姿が浮かんでくる。
(わんちゃんみたいで、可愛いな・・・・。)
暫く嘉月と会話をしてから、隆文は病室を出て行った。簡素なチェストの上に置かれた時計を見遣ると、短針が昼時を少し回ったほどの時刻を指していた。
青木さんには迷惑をかけっぱなしだ。
それでも彼は、迷惑だなんて微塵も感じることなく、ここへ通って来てくれるのだろう。まだ、数回しか会ったことがない。交わした言葉だって少ない。限られた中で触れた彼の人柄を、しんと静まり返った病室で一人想った。
「・・・・会いたいな。」
ぽつりと本音が溢れる。
挨拶と共に渡された名刺は、いつしか財布の内ポケットに忍び込ませて、持ち歩くことが習慣となっていった。嘉月はそれを、勝手に御守りにしていたのだ。
ただ「水明出版 第一文芸部 青木成界」とだけ記されている紙片に、日々縋って生きていた。
「彼の名前、意外だったな。」
今日、もしもまた、この部屋に来てくれるのなら、その由来を訊ねてみたいと思った。
「わっ!どこか痛みますか?!」
小さな訴えが拾われるとは思ってもいなかった。青木がこの部屋にいることも想定していなかった。しかし、それよりも下腹部に凄まじい激痛が走り、嘉月は呼吸をすることすらままならなかった。
これは、やばいかもしれない・・・・
満身創痍な身体の中で、医師としての頭は警鐘を鳴らしている。仰向けの体勢を崩して横向きになろうとした時だった。真っ白なシーツが鮮血に染まるのを視界の端が捉えた。
「・・・・え?」
「今、医師を呼びますからっ!」
途端に青褪めた表情を見せた青木は、背を向けて部屋を飛び出していった。それからはバタバタと階段を上る足音や、見知らぬ医師の呼びかけ、青木に強く握りしめられた手の温もりを感じながら、嘉月の意識はぷつりと途絶えた。
◇◇◇
嗅ぎ慣れた消毒液の匂いで目が覚める。取り付けられている酸素マスクが苦しくて毟り取った。何となく見覚えのある天井に、ここは自身の勤務先である、とぼんやり嘉月は思った。
(からっぽ、みたい・・・・)
枕元にあるオレンジ色のナースコールを押す。するとすぐさま、看護師だけでなく隆文も入って来た。
「嘉月!!!」
駆けつけて来てくれたのだろう。隆文の額には薄らと汗が滲んでいた。
「いっしき・・・・。おれ、からだのかたち、かわった・・・・?」
目覚めた時に感じた違和感を真っ直ぐに伝えると、隆文が張り詰めた空気を纏い始めた。
「開腹手術をした。無理な性行為に、体が耐えられなかったんだ。出血の量も多かったから、輸血もした。」
それでも、隆文は医師の皮を被って淡々と嘉月の容態を説明し始める。あと少しでも処置が遅れたら、命はなかった、と隆文は言った。急患で運ばれて来た嘉月の執刀をしたのは隆文で、そのまま彼は嘉月の担当医になっていた。
「もう、ぜんぶ、ない?」
「・・・・ああ。」
「そっかぁ。じゃあ、ヒートも軽くなるかなぁ。」
嘉月はへらっと笑った。そんな彼を見て、隆文は悲しげに眉根を寄せた。
思えば、隆文はいつも嘉月の代わりに悲しんでくれていた。学生時代、オメガという理由だけで次席を外された時も、彼が代わりに悲しみ、そして、怒ってくれた。だから嘉月は、なるべく隆文の傍では笑っていたかった。自身の初恋と、くだらないプライドにかけて。
「何日くらい寝てた?」
「3日。」
段々と意識が覚醒してゆく。様々な思考が巡っていく内に、ぱっちりとした目の、小柄な彼のことを思い出した。
「あっ、そう言えば、青木さんは?」
「彼なら、毎日お見舞いに来てくれているよ。昨日も仕事が終わってから、面会時間ぎりぎりまで、おまえの傍にいた。」
「そっかぁ。」
「今日も夕方頃には来てくれるんじゃないか?」
隆文の言葉に乗って、健気な彼の姿が浮かんでくる。
(わんちゃんみたいで、可愛いな・・・・。)
暫く嘉月と会話をしてから、隆文は病室を出て行った。簡素なチェストの上に置かれた時計を見遣ると、短針が昼時を少し回ったほどの時刻を指していた。
青木さんには迷惑をかけっぱなしだ。
それでも彼は、迷惑だなんて微塵も感じることなく、ここへ通って来てくれるのだろう。まだ、数回しか会ったことがない。交わした言葉だって少ない。限られた中で触れた彼の人柄を、しんと静まり返った病室で一人想った。
「・・・・会いたいな。」
ぽつりと本音が溢れる。
挨拶と共に渡された名刺は、いつしか財布の内ポケットに忍び込ませて、持ち歩くことが習慣となっていった。嘉月はそれを、勝手に御守りにしていたのだ。
ただ「水明出版 第一文芸部 青木成界」とだけ記されている紙片に、日々縋って生きていた。
「彼の名前、意外だったな。」
今日、もしもまた、この部屋に来てくれるのなら、その由来を訊ねてみたいと思った。
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