燦々と青がいた 〜3人のオメガが幸せな運命と出会うまで〜

鳴き砂

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第二章

艶陽ひそやかに

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 大学生活は特に大きな問題もなく後期が始まろうとしていた。

 紫音は相変わらず学内外のコンクールや課題に追われる日々で、アオは高校生の時以上に勉強をしていた。

(俺たちって世間一般の学生像とかけ離れてるよな)

大学生はもっと気ままに遊んで遊んでひたすら遊んで時間を潰すようなものだと思っていた。

 アオと想いを確かめ合ってから、2年の月日が経とうとしていた。それなのに、二人はデートらしいデートを一度もしたことがない。
 高校生の頃は、屋上で一緒に昼を食べて、放課後に図書室で落ち合ってから帰宅する毎日だった。大学生になってからは、日々のショートメッセージは欠かさないが、実際に会うのは月に一度程度だった。それも、ランチをしてショッピングや映画の後に軽く夕飯を食べてセックスする流れが定着しつつあった。アオのヒートには、アオがレイプされかけた時を除けば、一度も一緒に過ごせていなかった。


「なあ、10月のポーランドのコンクールが終わったら何処か旅行にでも行かないか?」

 紫音は何度目かのデートの時にアオに提案をした。

「いいねえ、行きたい。」

「年越しちゃうけど、2月の始めとかどうだ?」

アオのヒートのサイクルは大体把握していたので、その月に被らない2月を紫音は選んだ。その頃には大学も春休みなので、アオも気兼ねなく行けるだろう、と踏んでもいた。

「うん、いいね。紫音の誕生日も祝おうよ。」

「そしたら、おまえの誕生日もだろう?」

「えへへ。二人の誕生日をお祝いしようか。」

「でも変わらず、1月におまえの誕生日祝いもするからな。」

アオは「楽しみが二つになるね」と言って嬉しそうに微笑んだ。

◇◇◇

 10月のコンクールは大コケであった。

音楽界での紫音の評価は一定以上あったので、一次予選で落ちたことは誰もが予想しない結果だったようだ。

 紫音の両親の落胆振りは火を見るよりも明らかであったが、自分の思い描いたピアノが真っ向から否定されたことの方が、彼にとっては重くのしかかった。何となく、紫音は自身の心の柔らかい所を根こそぎ千切って持って行かれたような気分であった。生まれて初めて経験した挫折であった。

 それ以降、紫音は何を弾いても上手く行かなくなってきた。ただ作業的に鍵盤を叩く指を、自分の身体より少し浮いた場所で眺めるような体感ばかりが彼を襲ってきた。一体、自分は今どこに居るのだろうか。そんな不安ばかりの日々が続いた。


 それから一ヶ月が経過しても事態が好転する事はなかった。それどころか更に深みに嵌っていくような感覚が紫音にはあった。大学でもそれは顕著であり、紫音は冬にある特別演奏会のオーケストラの一員からも外された。

◇◇◇

「あっ、っ、う、いっ、いたい」

 草臥れたホテルの一室にアオの声が響く。
よく慣らしもせずに紫音は背面座位でアオの奥を激しく責め立てる。逃げを打つアオの腰を両手で掴むと勢いよく下に降ろす。

「っ・・・・!!あ、ぁあ・・・・」

 まだ開きもしないアオの子宮口に自身のそれが嵌った感覚がした。痙攣と共にすごい力で中が締まった。紫音は呆気なくアオの中に欲を吐き出した。

「うっ・・・・ふ、あぁ、あっ、あ、あ・・・・」

かくんとシーツの上に倒れ込んでしまったアオの両腕を引っ張って強く揺さぶる。

「い、いやぁ、っ、ひぃ、ぃたい、あ、いた、い」

 アオがぼろぼろと泣いて叫ぶ。

 これでは、レイプだ。あの用務員がやろうとしたことと何も変わりないじゃないか。アオの苦しそうな泣き声で紫音はやっと我に帰った。

 アオの子宮にまで到達していたペニスをゆっくりと引き抜く。どろりと大量の白濁が溢れる。それからアオを抱きしめると、なるべく丁寧に体勢を側位に変えていく。アオの嗚咽が小さくなるまで、浅くゆるゆると腰を動かしては前立腺を直接刺激しないように緩やかに抱く。同時に勃ち上がる兆しを見せないアオの小さな性器の先端を優しく指先で撫でる。

「あ、ぁ、んっ、ん、ん」

 快感に濡れた声がアオの小さな口から漏れ出る。

「アオ、もう痛くないだろう?」

耳元で囁けば、応えるように愛液が滲んだ。

「・・・・し、紫音、なにが、不安?」

「え・・・・?」

紫音はまた奥まで一気に突き上げた。

「あぅっ!も、おく、やだっ・・・・」

アオが顔を歪めた。それは決して快感から来るものではなかった。紫音は何故か、アオに自身の不安を悟られたくなかった。だから、誤魔化すようにアオを強く揺さぶった。泣きながら、それでも健気にアオは紫音を受け止めた。

 思えば自分たちは、自身が抱える悩みを共有しようとしたことがなかった。お互いがお互いに気づかれないように細心の注意を払っているようだった。アオはきっと紫音に心配をかけたくないからである。紫音に限っては、ただの見栄のような気もした。アオはいつでも紫音を一番に考えてくれるのに、紫音は結局自分のことばかりである。それでも、アオならば、何をしても自分を好きなままでいてくれるのではないのだろうか、と身勝手な想いさえも紫音の中では湧いていた。

◇◇◇

『施設育ちの貧困オメガと禁断の愛!!??』

 アオを手酷く抱いた数日後に、遂に紫音自身のプライベートにまで踏み込む記事が世に出回った。
紫音は、アオを蔑むようなこの記事に心底吐き気がした。しかし、この出来事によって、アオの存在が息子のキャリアや高槻家の名誉を傷つける因子となることを恐れた両親は、紫音の「運命の番」を見つけることに奔走し始めた。これは、予想外の事態であった。そして、結局は家の為だけに生まれ育てられたアルファでしかないという事実に、紫音は打ちのめされた。

 紫音は、実の親にも捨てられ、外に出れば謂れのない差別に出くわし、進学すら大きな決断となってしまうアオを哀れに思ったことが過去にある。

 しかし、今は、とても自由に見えた。
何のしがらみもなく好きな場所へと飛び立つことのできるアオが、まるで自分には手の届かない鳥のように見えた。

 紫音はその美しい鳥を自分のものにしたいと強く願った。どうか、自分という籠の中に落ちてきてくれないだろうか。


 俺はおまえが欲しいよ。


 アオが紫音より少し先に19歳になった日、二人は番となった。


 紫音がその鳥の翼を千切った日でもあった。

◇◇◇

 番となってから、紫音は直接アオと会うことはしなかった。それは、最終的には、アオが自分にしか縋れなくなる為の準備とも言えた。アオの通う大学もアルバイトも全て辞めさせた。アオが質素に暮らしていたアパートも引き払った。

(そうしてアオに残るのは俺だけだろう。)


 紫音は半ば踊るようにアオのいる籠へと向かう。扉を開けようとした時、内側から楽しそうな声が聞こえてきた。


「ミドリ、きみの名前はミドリだよ。僕が守るから、どうか無事に生まれてきてね。」

 慈愛に満ちた、よく知っている声。

「ミドリ、僕のすべて。きみが僕の傍で元気に育ってくれることが、僕の一番の幸せなんだ。」


 頭をガツンと殴られたような衝撃。そうだ、これが現実ではないか。紫音自身がアオに子を孕ませるように大量の子種を送り出したのだから。こんなことは簡単に予想できたことだ。

 けれども紫音は今、自分がアオにとっての一番ではなくなったこの瞬間に、酷く身勝手な悲しみを感じたのであった。


 誰かに望まれたまま、刹那に生きてきた自分。

 自分は今、何処にいるのだろうか。

 帰る場所は、もうない。


 爛漫に春が咲く、しかしそれは、ひそやかで。

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