燦々と青がいた 〜3人のオメガが幸せな運命と出会うまで〜

鳴き砂

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第一章

春と優しい人

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 桜並木をゆっくりと歩く。気づけば、4月だった。

「すごい!桜吹雪だぁ。」

隣でアオが暢気にはしゃいでいる。

「去年も同じじゃなかったか?」

「去年はさ、入学式だったし緊張してて全然見る余裕なかったんだよね。」

あはは、とアオが笑って言った。

「おまえ、緊張しいだもんな。」

「紫音はさ、すごいよね!いっつも堂々としてて。」

「俺のは不遜って言うんだよ。」

「またまた~。紫音はいいやつだよ。」

 理由は分からなかったが、アオは紫音に心を許すようになっていた。第一印象なんて最悪なものでしかないのに「紫音はちゃんと謝ってくれたから。それに、今でもそうやって聞いてくるってことは本意じゃなかったって証拠でしょ。」と言ってアオは水に流してしまったのだ。


 校門をくぐると、早速掲示板にクラスが貼り出されていた。二人が通う高校は毎年クラス替えが行われる。
 正直、面倒くさい。3年間なんてあっという間に終わるものだし、特に学校というものに強い思い入れはない。紫音にとってはただの通過点でしかなかった。

「紫音!!僕たち同じクラスだよ!!!」

脱線しかけた思考が、アオの明るい声音で戻ってくる。
アオと紫音は2年生で同じクラスとなった。何となく毎日退屈しなくなるのではないか、と紫音は密かに期待した。

◇◇◇

 異変が起きたのは新学期が始まって一週間が経とうとする頃だった。

「おはよう。・・・・アオ、どうしたんだ?」

下駄箱のあたりをうろうろとしていたアオに、違和感を覚えた紫音は駆け寄って訊ねた。

「あ、紫音。おはよう。」

アオは困ったように笑うだけだった。明らかに何かを隠している。紫音は上履きに履き替えるとアオへと詰め寄った。

「どうしたんだ?」

「え、いや、えっとぉ・・・・」

アオの視線が僅かに足元へと移ったのを、紫音は見逃さなかった。

「おまえ、上履きは?」

アオはぎゅっと彼のブレザーの裾を掴んだ。

「わ、かんない。でも、よくあることだから。」

その目には涙が張っていた。

「よくあること・・・・?」

「うん、僕、オメガだってみんなにバレてるし。それなのにオメガの特別学校に行かないで、この高校に通ってるから。変なやつでしょ?」

アオは無理して笑顔を作ろうとしていた。

「笑うな。」

「え・・・・?」

「笑うことじゃない。おまえは、人一倍頑張ってこの学校に来たんだろう?ここはただでさえ偏差値が高いんだ。オメガじゃなくたって簡単には入れない。それを、おまえがオメガだからって・・・・!!」

拳で下駄箱の扉を強く叩くと、それは意外なほどに大きな音を立てた。紫音は、確かに強い怒りを感じていた。アオはそんな彼の手を取って、ゆっくりと指を広げていった。

「紫音。大事な手でしょ、傷ついちゃう。」

こんな時にまで、アオは他人の心配をする。

「そんなこと、今はどうでもいい。」

「どうでもよくない。それにね、僕、嬉しいよ。」

アオは紫音の手に頬をすり寄せた。

「紫音が僕のためにこんなに怒ってくれたんだから。もう僕の怒りや悲しみは何処かに行っちゃった。」

「おまえ・・・・」

「やっぱり紫音は優しいね。」

アオは笑った。それが紫音にはとても悲しく見えた。

◇◇◇

 放課後、紫音は教科担任から任せられた全員分のノートを職員室に提出して、一足先に図書室へと向かったアオの元へと行こう、と考えた。教室に置いたままにしていた鞄を取りにクラスへと入った時だった。

「なあ、高槻君って何であいつといるの?」

 突然話しかけてきたのはクラスメイトの男子だった。紫音の前の席にいて何かと詮索してくる男だ。もちろん紫音は彼の名前は覚えていないし、覚える気もなかった。

「あいつって?誰のこと?」

聞き返せば、彼は随分と大げさな身振りを付けて話し出す。

「アオだよ。ア・オ!!」

「アオが何かな?」

紫音は努めて冷静に優等生を演じた。

「あいつさ、オメガだから親に縁切られて捨てられたんだよ。だから苗字もないし片仮名でアオって書くんだろ?一年生の時から有名だよ。高槻君みたいな将来有望なアルファがあんなオメガに構ってるなんて有益じゃなくない?」

 確かに、バース検査でオメガだと分かった途端、オメガの施設へと送られる子どもは一定数いる。施設送りにされたオメガは、親の強い要望があると縁も切られ名前も変えられる。継ぐような家もないため、苗字もなくなる。そのため、名乗ればすぐに家族に捨てられた施設育ちのオメガだと分かってしまうのである。最近では、オメガの人権を著しく侵害する行為だと非難されることもあるが、未だに根強く残っている制度だった。

 事実、アオには苗字がない。

「今時、そんなこと気にするんだ。あいつ、きみと違って成績優秀だしスポーツだってできるよ。こんな所で陰口叩くようなきみとは雲泥の差だね。」

紫音は言い切ると目の前のクラスメイトを鼻で笑った。

「なっ・・・・」

期待した通りの答えが返って来なかったせいか、相手は酷く驚いた様子だった。

「俺は残念だな。ここは優秀な生徒だけが集まる場所だと思っていたが、とんだ馬鹿どもばかりじゃないか。」

内心、紫音は去年の冬に自分も彼と変わらない侮辱をアオに対してぶつけていたので、随分と棚に上げたものだと辟易した。


「それで、おまえ、アオの靴どこにやった?」

 紫音は驚きでちぐはぐと顔色を変えている彼の席の椅子を乱暴に足で蹴った。ガタンと大きな音を立てて椅子が倒れる。

「ひっ・・・・!」

相手は大袈裟なほど腰を抜かして怯えていた。

「なあ、俺はおまえのくだらない話に付き合ったんだ。その対価くらいは欲しいんだけど。」

恐らく、これまでクラスぐるみでアオを虐め続けてきたのだろうから、わざわざアオを侮辱する話を持ちかけてきた彼が知らないわけがない。

「あ、た、体育館倉庫の、なか、です・・・・」

「そう、ありがとう。」

紫音はなるべく丁寧ににっこりと笑う。

「そうだ。今後アオに何かしたら、次は無いから。よく覚えておいてね。」

振り向きざま、にこやかに相手へ伝えると、紫音は教室を後にした。

◇◇◇

 風が桜の花びらを運んでくる。図書室の窓際はこの時期、淡いピンク色に染まる。紫音はその中に薄藍を見つける。

「アオ、お待たせ。今日は何の勉強?」

やっぱり齧り付くように勉強していたアオが、顔を上げてふわりと笑う。

「紫音!来てくれたの?レッスンは平気?」

アオはいつも他人の心配ばかりする。

「レッスンは夜からだから平気。・・・・それよりおまえ、」

紫音はアオの前に上履きを差し出した。自身のよりひと回りも小さな上履きだった。

「あ!上履き!どうして紫音が持ってるの?」

「別に、偶々体育館倉庫に荷物取りに行ったら見つけただけ。」

アオが少し神妙な顔をしていたので、紫音は額にデコピンをしてやった。

「いった・・・・!紫音、何するの!」

アオがぷくっと頬を膨らませた。

「別に、おまえが変な顔してたから。」

「ひどい!・・・・ん、でも、ありがとう。」

えへへ、とアオが笑った。

何故だか胸が酷く痛んだ。

「じゃあ、俺はこれで帰るから。」

その痛みから逃げるように踵を返す。


後ろの方でアオが何か言っていたけれど、紫音は振り返ることもせず走った。

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