燦々と青がいた 〜3人のオメガが幸せな運命と出会うまで〜

鳴き砂

文字の大きさ
上 下
15 / 82
第三章

できるだけ丁寧にリボンを結ぶ日

しおりを挟む
「え・・・・!佐伯さんって今週末が誕生日なの!?」

 キッチンにてアオは少し大きな声をあげてしまった。思わず両手で口を塞ぎ、ちらりとリビングの方を見遣る。アオの視線の先にいる佐伯と一色は何やら話し込んでいる様子だった。

「・・・・よかった。聞かれてなさそう。」

 アオが胸を撫で下ろすと、隣で透がクスクスと笑った。

「なぁに、アオ、佐伯さんから聞いてなかったの?」

「うん。全然聞いてなかった。それに、誕生日とか頭になかった・・・・」

「アオ、色々大変だったからね。これからは、記念日を祝える心の余裕が増えてくるんじゃないかな。」

「そうだといいけど・・・・。どうしよう、僕、なんにも用意できてない。透、どうすればいいかな!?」

「えぇ~!あと数日あるんだし大丈夫だよ。」

アオが泣きつくと透は楽しそうに笑いながら暢気な返事をした。

「透はさ、一色さんの誕生日に何してるの?」

「うーん。毎年ばらばらな気もするけど、ちょっとしたプレゼントと隆文さんが好きな料理を準備して帰りを待ってる。隆文さんは甘い物がすっごく苦手なんだけど、僕が作る南瓜のクッキーだけは気に入ってるからそれも沢山焼いておくんだ。」

「え、なんか可愛いね。とってもギャップだ・・・・!」

「可愛いでしょ~。アオも佐伯さんの好物を作ってみたら?アオ、料理上手だし。」

「うん。そうしてみようかな。・・・・僕、誰かの誕生日お祝いするの久しぶりかも。」

「そっかそっかぁ。まあ肩の力抜いて頑張りなされ。」

透が戯けたように言った。

「うん。あんまり時間ないけど僕なりにやってみるよ。」

「うんうん、その調子。・・・・ところでアオ先生、この次はどうすればいいのですか?」

「あ、えっとね、この下敷きの線に合わせて中心から外側に向かって均等に延ばしていって。」

「えっ・・・・!!全然うまくいかないんだけど!・・・・アオもう2枚目?!?!」

「あはは。慣れれば簡単だよ。」

 今日、アオと透はピザを生地から作っている。発酵も終えて、生地を丸く延ばす工程で早速透が躓いた。

「うー、慣れかぁ。」

 佐伯が一色に「アオがピザを生地から作り始めた」という旨を世間話程度に漏らしたら、それを一色から聞いた透が「是非教えてもらいたい」ということで、休日に佐伯の家でピザ作りをすることになったのだ。

「僕、高校生の時にピザ屋でアルバイトしてたからさ。」

「通りで慣れてるってわけね。でも意外だなぁ。アオはお花屋さんとか似合いそうな雰囲気。」

「え、そうかなぁ」

◇◇◇

「アオは花屋とかに居そうだよな。おまえ、花言葉とかよく知ってるから。」

 いつか紫音にも似たようなことを言われたことがあった、とアオは思った。

(そう言えば、僕、紫音の誕生日に何を贈ってたっけ・・・・?)

 あの日、決定的に紫音との仲が壊れた自身の誕生日の記憶は色濃く残っているが、アオは紫音の誕生日に毎年何をしていたか上手く思い出すことができなかった。


「アオ、顔色悪い。」

 透の心配そうな声音でアオは我に帰った。

「あ、ごめん。」

「謝らなくて大丈夫。それに、頸。何か不安なことでもある?」

透に言われて、アオは自分が頸に手を当てていることに気がついた。

「あ、ぼく、どうしちゃったんだろう」

 佐伯と番になってから、アオは心に棲み着いていた酷い喪失感を驚くほど感じなくなっていた。それなのに、これまでのような喪失感によく似た不安や恐怖が混ぜこぜになった感情にアオは立ち竦んでしまった。呼吸が僅かに速くなる。頸を抑える手に力が入る。

「アオ、少し座ろうか。」

透は素早く手を洗うとキッチンを後にした。

(呆れられちゃったかな・・・・どうしてこんな日に思い出すんだろう。佐伯さんと番になれたのに、どうして、紫音のこと思い出すんだろう・・・・)

 くらりと視界が揺れたので、アオは目を閉じた。
涙が溢れそうになるのを必死に耐えた。


「アオ、つらいか?」

 よく知っている香りが鼻腔を掠めたと思ったら、アオは温かい体温に包まれていた。トクン、トクンと美しい一定のリズムが耳の奥に響いてアオの心臓の方へと落ちてゆく。

「さえき、さん・・・・」

 無理やり涙を押し込めたせいで、みっともなく声が震えてしまいアオは俯いた。

「つらいか?」

佐伯はアオを強く抱き寄せた。

「わ、わかんない、でも、くるし・・・・」

「大丈夫だ。ずっと傍にいる。」

「さ、佐伯さん。ごめん、なさい。ぼくは、佐伯さんのこと、ちゃんと好きなのに、ど、して、どうして・・・・」

「アオ、分かっているから。きみの気持ちはしっかり俺に伝わっているから。」

「佐伯さん、ごめんなさい」

 アオはふっと短く息を吐くと、脱力した。腕の中で意識をなくしたアオの顔は酷く青ざめていた。汗で額に張り付いたアオの柔らかな髪を佐伯はかきあげキスを落とした。

◇◇◇

 目を覚ますとよく知った天井が目に映る。

(あ・・・・僕の部屋。)

「気分はどうだ?」

穏やかな声がすぐ近くで聞こえた。

「さえきさん」

「俺もアオの隣で横になったら少し寝てしまった。」

佐伯は微笑むと、とんとんとアオの背中を撫でる。

「あ・・・・透と一色さんは?」

「今日は帰ったよ。アオの体調が良くなったらまた遊びに来てくれるらしい。」

「そっか。悪いことしちゃいました。」

「そんなことはないさ。透くんは生地の作り方が分かったと満足して帰っていったぞ。小麦粉と水の分量は押さえておくべきポイントなんだろう?アオと話せて楽しかったとも言っていたな。」

「僕も、楽しかったな。また、会いたい。」

「もちろんだ。・・・・しかしな、アオ。俺は妬いたぞ。」

佐伯が神妙な顔をして言った。

「え・・・・どうして、ですか?」

「何故、透くんは名前で呼んで、俺は佐伯さんのままなんだ?」

 真剣な顔をしてそんなことを言う佐伯におかしさが込み上げてアオは思わず笑ってしまった。

「ふっ、ふふ、あはは。名前で呼んで欲しいんですか?」

「そんなに笑わなくたっていいだろう。いつかは名前をと思っていたが、まさか透くんに先を越されるとはな。」

「僕もあんな風に話せる友人ができたことに驚いているんです。ほんとは、佐伯さんと一色さんを見ていて少し羨ましかったんだと思います。」

「羨ましかったのか?」

「うん。だってああやって心を許し合える人はなかなかいないでしょ。」

「まあ確かに、あいつとは腐れ縁というか、うーん、なかなか貴重な存在だとは思うよ。」

 佐伯のそんな言い回しがアオには彼らの強固な友情を物語っているように感じられた。


 アオは佐伯のシャツの裾をついっと引っ張る。

「あのね。ま、雅史さん」

アオが俯きがちに呟く。その色白な顔は見事に茹で上がっている。

「・・・・きみ、可愛過ぎないか?」

佐伯はアオを腕の中に閉じ込めたまま、真っ白なシーツの海原をごろごろと転がっていく。

「わっ・・・・!!!ちょっ、潰れる!!!!」

「ふふ、アオ、もう一度俺を呼んでくれ。」

「・・・・っ!」

「なあ、ダメか?」

「・・・・雅史、さん」

 うっかり聞き逃してしまいそうなほど小さな声で
アオが再び佐伯の名前を呼んだ。

「なんだい?アオ。」

「僕も雅史さんのようになりたい。自分でちゃんと自分のことを決めたい。」

 佐伯はアオの頬を親指の腹でゆるゆると撫でた。
そして、形の整った繊細なアオの鼻先にキスをした。

「俺にはもう既にそう見えるんだがな。きみが俺を選んでくれたから今があるんだろう?」

「ん、そうかな?」

「ああ。なあ、アオ。これだけは言うぞ。きみに落ち度はなかった。誓って、なかった。」

「・・・・っ」

 佐伯は穏やかに話し続ける。

「以前にも言ったが、つらかったことを無理に忘れようとしなくていい。そして、きみがどんなことを思い出しても、そのことを今の幸せと比べることなんてしなくていい。人は生まれ落ちてしまった時から、ただ巡ってゆく一日のどこかで死んでしまう運命なのだから。だから、今だけを生きていればいいんだ。」

 佐伯の言葉はアオの血液となって身体中を巡る。


「ずっと、僕の不安に気づいていたの?」

「何となくはな。でも、きみに伝えることを躊躇ったのも事実だ。きみを傷つけたくなかったから。でも、俺たちの日常は、きみの過去も、もちろん俺の過去も含めたものだから。」

アオは佐伯を見つめて言った。

「佐伯さん、ありがとう。」


 アオの薄藍がきらきらと輝く。


「また佐伯に戻ったな。」

「あ!え、えっと、雅史さん・・・・」

「雅史でもいいぞ」

「え!それはちょっとまだ慣れないというか、さ、雅史さんは僕より10個も上だし!呼び捨ては・・・・」

「歳は関係ないんじゃないか。実際、敬語も抜けてきてるしな。」

佐伯が揶揄うように指摘した。

「う、確かに照れてるだけです!」

「ほぉ、照れているのか。可愛いな。」

「・・・・雅史さんのいじわる!」

佐伯とアオはふっと見つめ合いクスクスと笑った。


 アオの薄藍がきらきらと輝く。


 それは、真っ白な海に一輪の青い花が咲いているようだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

さよならの向こう側

よんど
BL
''Ωのまま死ぬくらいなら自由に生きようと思った'' 僕の人生が変わったのは高校生の時。 たまたまαと密室で二人きりになり、自分の予期せぬ発情に当てられた相手がうなじを噛んだのが事の始まりだった。相手はクラスメイトで特に話した事もない顔の整った寡黙な青年だった。 時は流れて大学生になったが、僕達は相も変わらず一緒にいた。番になった際に特に解消する理由がなかった為放置していたが、ある日自身が病に掛かってしまい事は一変する。 死のカウントダウンを知らされ、どうせ死ぬならΩである事に縛られず自由に生きたいと思うようになり、ようやくこのタイミングで番の解消を提案するが... 運命で結ばれた訳じゃない二人が、不器用ながらに関係を重ねて少しずつ寄り添っていく溺愛ラブストーリー。 (※) 過激表現のある章に付けています。 *** 攻め視点 ※当作品がフィクションである事を理解して頂いた上で何でもOKな方のみ拝読お願いします。 ※2026年春庭にて本編の書き下ろし番外編を無配で配る予定です。BOOTHで販売(予定)の際にも付けます。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

処理中です...