2 / 9
第2話 鬼のうわさ
しおりを挟む
生まれたときはふつうよりいくぶん小さい体つきの桃太郎だったが、ばあさんのつくる料理でみるみる成長していった。貧しい暮らしで大したものが出てくるわけではなかったが、桃太郎は何でもおいしいと言ってよく食べた。特に黍団子は好物で、腰巾着に入れていつも携帯していた。しまいには黍太郎に改名したほうがいいんじゃないかと言われたほどである。
桃から生まれたこと以外にも、桃太郎はふつうの子と違っているところがあった。細身なわりに力持ちなことだ。水くみも薪割りも、大人より何倍もパワフルにこなした。
特異な出自はいじめっこたちの格好の標的だったが、どんなに体格のいい子もあっというまにしっぺ返しを受け泣きながら帰ってくるので、たちまち桃太郎にケンカを売ろうなどという不届きものはいなくなった。また、桃太郎自身は元来穏やかな性格であったので、すぐにみんなから慕われるようになった。じいさんとばあさんにとっても、村人にとっても、桃太郎は頼りになる不可欠な存在になっていた。
さて、桃太郎が齢十五をむかえた頃のこと。隣村からやってきた裕福な地主がこんな話をした。
「近頃、鬼たちがやってきては金品を強奪していくという話をよく聞く。昨日はついに橋の向こうの村、つまりあんたがたの隣の隣の村が被害にあったそうだ」
「それは何とも物騒な話ですねえ」
ソヨばあさんがお茶を出しながら言った。
「人事ではない。あんたがたの村だっていつ襲われるかわからんぞ」
地主は鼻息を荒くする。
「しかしね、こんな小さな村襲ったところで大した儲けがないってことは明らかでしょう。俺が鬼だったら間違いなくこんな村ほうっておいて、よその立派なお屋敷を襲いますがね」
五平じいさんは正座して腕を組みうんうんと自分でうなずいている。
「それがな、この鬼めらは金品だけでなく人もさらっていくということだ。しかも、十四、五の若い者ばかりをだ。どうだ、この村も無関係というわけではあるまい」
じいさんとばあさんは顔を見合わせた。どうも雲行きがあやしくなってきた。
「そこでだ、天下無敵の剛力と名高い桃太郎どのに鬼を退治してくれないかと頼みに来た。どうだ、聞き入れてはくれまいか」
「私は反対ですよ」
ソヨばあさんは身を乗り出す。
「どうしてそんな危険な役目をこの子が果たさなくちゃならないんですか。そちらの村の達者な殿方が行ったほうが、はるかに有望でしょうに」
「それが、橋の向こうのやつらもむろんそうしたのだが、誰ひとりとして戻ってこないそうだ」
「だったらなおのこと反対ですよ!」
「そこを何とかしてほしいのだ。聞くところによると桃太郎どのは、熊と相撲をとって圧勝したというじゃないか」
「それ、別のやつの話と混ざってないか?」とじいさん。
「おほん、もちろんタダでとは言わない。成功したあかつきにはたっぷりと礼をはずもう。娘の婿にしてやってもいいし、あんたがたもいっしょにこちらへ来て何不自由のない豊かな生活を送れるように手配しよう」
「……いやですよ、お金の話じゃなくて、私らにはこの子の安全が第一なんです」
「……そうそう、せっかく天から授かったひとり息子に、わざわざ命の危険を冒すような真似させるわけないでしょう」
ふたりの言葉の前に妙な間があったのを、桃太郎は敏感に察知した。
「彼らはこう言っているが、君自身はどう思っているんだね? これは2人に孝行する、またとないチャンスだと思うが」
地主はにこやかに問うた。たるんだ頬に笑い皺ができた。
桃太郎はやっと自分の意見を言う番がめぐってきたことにほっとした。
「おじいさん、おばあさん、僕は鬼退治へ行くつもりです」
「何だって!?」
「正気なのか!?」
じいさんとばあさんは何とも複雑な表情を浮かべていた。
「地主さんの言うとおり、これは親孝行できるいい機会です。おばあさん、雨漏りせず隙間風の吹かない家に住みたいと言っていたではありませんか。おじいさんも、おばあさん以外の若い女の人の顔を見て暮らしたいといつもこぼしていたではありませんか」
ばあさんはじろりと冷たい目でじいさんを見た。
「それに僕は、鬼というものに興味があります。どんな姿で、どんな物を食べ、どんな考えを持っているのか。里を襲ったのだって、何か言い分があるかもしれません。それを知ったうえで、いちばんいい解決方法を考えてみます」
「よくぞ言った! いやしかし、変わっちゃいるが立派な考えを持った息子さんだ。これならひとり娘の相手にも申し分ない」
地主はひざを打って声を張り上げる。
急な縁談話に桃太郎は慌てた。
「地主さん、その話はひとまず保留で。ほら、無事帰って来られるかわかりませんし……」
「心配しなくとも、器量はいいぞ。むろん、無理にとは言わないが」
地主は上機嫌で笑い、ほんの気持ちといって箱入りのまんじゅうを置いていった。
地主が帰ったあとにふたを開けてみると、まんじゅうの下に金ぴかのものが入っており、じいさんとばあさんは大騒ぎだった。ただ、桃太郎はまんじゅうが少なくてがっかりしていたが。
桃から生まれたこと以外にも、桃太郎はふつうの子と違っているところがあった。細身なわりに力持ちなことだ。水くみも薪割りも、大人より何倍もパワフルにこなした。
特異な出自はいじめっこたちの格好の標的だったが、どんなに体格のいい子もあっというまにしっぺ返しを受け泣きながら帰ってくるので、たちまち桃太郎にケンカを売ろうなどという不届きものはいなくなった。また、桃太郎自身は元来穏やかな性格であったので、すぐにみんなから慕われるようになった。じいさんとばあさんにとっても、村人にとっても、桃太郎は頼りになる不可欠な存在になっていた。
さて、桃太郎が齢十五をむかえた頃のこと。隣村からやってきた裕福な地主がこんな話をした。
「近頃、鬼たちがやってきては金品を強奪していくという話をよく聞く。昨日はついに橋の向こうの村、つまりあんたがたの隣の隣の村が被害にあったそうだ」
「それは何とも物騒な話ですねえ」
ソヨばあさんがお茶を出しながら言った。
「人事ではない。あんたがたの村だっていつ襲われるかわからんぞ」
地主は鼻息を荒くする。
「しかしね、こんな小さな村襲ったところで大した儲けがないってことは明らかでしょう。俺が鬼だったら間違いなくこんな村ほうっておいて、よその立派なお屋敷を襲いますがね」
五平じいさんは正座して腕を組みうんうんと自分でうなずいている。
「それがな、この鬼めらは金品だけでなく人もさらっていくということだ。しかも、十四、五の若い者ばかりをだ。どうだ、この村も無関係というわけではあるまい」
じいさんとばあさんは顔を見合わせた。どうも雲行きがあやしくなってきた。
「そこでだ、天下無敵の剛力と名高い桃太郎どのに鬼を退治してくれないかと頼みに来た。どうだ、聞き入れてはくれまいか」
「私は反対ですよ」
ソヨばあさんは身を乗り出す。
「どうしてそんな危険な役目をこの子が果たさなくちゃならないんですか。そちらの村の達者な殿方が行ったほうが、はるかに有望でしょうに」
「それが、橋の向こうのやつらもむろんそうしたのだが、誰ひとりとして戻ってこないそうだ」
「だったらなおのこと反対ですよ!」
「そこを何とかしてほしいのだ。聞くところによると桃太郎どのは、熊と相撲をとって圧勝したというじゃないか」
「それ、別のやつの話と混ざってないか?」とじいさん。
「おほん、もちろんタダでとは言わない。成功したあかつきにはたっぷりと礼をはずもう。娘の婿にしてやってもいいし、あんたがたもいっしょにこちらへ来て何不自由のない豊かな生活を送れるように手配しよう」
「……いやですよ、お金の話じゃなくて、私らにはこの子の安全が第一なんです」
「……そうそう、せっかく天から授かったひとり息子に、わざわざ命の危険を冒すような真似させるわけないでしょう」
ふたりの言葉の前に妙な間があったのを、桃太郎は敏感に察知した。
「彼らはこう言っているが、君自身はどう思っているんだね? これは2人に孝行する、またとないチャンスだと思うが」
地主はにこやかに問うた。たるんだ頬に笑い皺ができた。
桃太郎はやっと自分の意見を言う番がめぐってきたことにほっとした。
「おじいさん、おばあさん、僕は鬼退治へ行くつもりです」
「何だって!?」
「正気なのか!?」
じいさんとばあさんは何とも複雑な表情を浮かべていた。
「地主さんの言うとおり、これは親孝行できるいい機会です。おばあさん、雨漏りせず隙間風の吹かない家に住みたいと言っていたではありませんか。おじいさんも、おばあさん以外の若い女の人の顔を見て暮らしたいといつもこぼしていたではありませんか」
ばあさんはじろりと冷たい目でじいさんを見た。
「それに僕は、鬼というものに興味があります。どんな姿で、どんな物を食べ、どんな考えを持っているのか。里を襲ったのだって、何か言い分があるかもしれません。それを知ったうえで、いちばんいい解決方法を考えてみます」
「よくぞ言った! いやしかし、変わっちゃいるが立派な考えを持った息子さんだ。これならひとり娘の相手にも申し分ない」
地主はひざを打って声を張り上げる。
急な縁談話に桃太郎は慌てた。
「地主さん、その話はひとまず保留で。ほら、無事帰って来られるかわかりませんし……」
「心配しなくとも、器量はいいぞ。むろん、無理にとは言わないが」
地主は上機嫌で笑い、ほんの気持ちといって箱入りのまんじゅうを置いていった。
地主が帰ったあとにふたを開けてみると、まんじゅうの下に金ぴかのものが入っており、じいさんとばあさんは大騒ぎだった。ただ、桃太郎はまんじゅうが少なくてがっかりしていたが。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
下宿屋 東風荘 7
浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆
四つの巻物と本の解読で段々と力を身につけだした雪翔。
狐の国で保護されながら、五つ目の巻物を持つ九堂の居所をつかみ、自身を鍵とする場所に辿り着けるのか!
四社の狐に天狐が大集結。
第七弾始動!
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆
表紙の無断使用は固くお断りさせて頂いております。
鬼の贄姫と鬼界の渡し守 幕間—『金目の童女』—
秋津冴
キャラ文芸
生まれたときに母が亡くなった悲しい過去を持つ、香月秋奈(あきな)は16歳。
家は太古の昔から現世と幽世をつなぐ「岩戸の扉」を守る破邪師の一族だった。
秋奈は黄金の金目を持ち、それは鬼を招くとされていた。
ある時、厄災を招くくらいなら、鬼に贄として捧げてしまえという上からの命令により、秋奈は拘束されあちらとこちらを自在に行き来できる「渡し守」凌空(りく)の手によって、幽世の一つ、鬼界へと送られてしまう。
しかし、そこは現世並みに発達した文化を持ち、鬼たちにとって人食いはすでに廃れた習慣だった。
鬼の長者、支倉は現世の酒や珍味が大好物だという。
鬼界と現世の間で、さまざなま輸入代行を請け負う会社を営む凌空に、支倉は秋奈を屋敷に常駐する職員として雇うように持ちかけるのだが……?
他の投稿サイトでも掲載しております。
遥か
カリフォルニアデスロールの野良兎
キャラ文芸
鶴木援(ツルギタスケ)は、疲労状態で仕事から帰宅する。何も無い日常にトラウマを抱えた過去、何も起きなかったであろう未来を抱えたまま、何故か誤って監獄街に迷い込む。
生きることを問いかける薄暗いロー・ファンタジー。
表紙 @kafui_k_h
祓い屋見習いと半妖の雪女
星来香文子
キャラ文芸
才色兼備、文武両道、まさに高嶺の花と呼ばれていた雪乃は高校受験に失敗した。
滑り止めで受かった高校で出会ったのは、その失敗要因となった女装専門コスプレイヤー兼ゲーム実況者のレンレン。
見守るだけで良かったのに、些細なきっかけで、近づく二人の距離。
しかし、雪乃は普通の人間ではない。
そして、彼もまた、『祓い屋』という雪乃にとって、厄介な家業を継がなければならなかった。
半妖の雪女と祓い屋の後継。
決して許されない恋——かと思えば、どうやら彼には祓い屋の才能がないようで……?
ちょっぴりホラーで、時に切ない、ラブコメ妖怪ファンタジーです。
※北海道が舞台なので、少し方言が出てきます
※カクヨム、ノベプアッププラスでは全73話+番外編も公開しています
超絶! 悶絶! 料理バトル!
相田 彩太
キャラ文芸
これは廃部を賭けて大会に挑む高校生たちの物語。
挑むは★超絶! 悶絶! 料理バトル!★
そのルールは単純にて深淵。
対戦者は互いに「料理」「食材」「テーマ」の3つからひとつずつ選び、お題を決める。
そして、その2つのお題を満たす料理を作って勝負するのだ!
例えば「料理:パスタ」と「食材:トマト」。
まともな勝負だ。
例えば「料理:Tボーンステーキ」と「食材:イカ」。
骨をどうすればいいんだ……
例えば「料理:満漢全席」と「テーマ:おふくろの味」
どんな特級厨師だよ母。
知力と体力と料理力を駆使して競う、エンターテイメント料理ショー!
特売大好き貧乏学生と食品大会社令嬢、小料理屋の看板娘が今、ここに挑む!
敵はひとクセもふたクセもある奇怪な料理人(キャラクター)たち。
この対戦相手を前に彼らは勝ち抜ける事が出来るのか!?
料理バトルものです。
現代風に言えば『食〇のソーマ』のような作品です。
実態は古い『一本包丁満〇郎』かもしれません。
まだまだレベル的には足りませんが……
エロ系ではないですが、それを連想させる表現があるのでR15です。
パロディ成分多めです。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
午後の紅茶にくちづけを
TomonorI
キャラ文芸
"…こんな気持ち、間違ってるって分かってる…。…それでもね、私…あなたの事が好きみたい"
政界の重鎮や大御所芸能人、世界をまたにかける大手企業など各界トップクラスの娘が通う超お嬢様学校──聖白百合女学院。
そこには選ばれた生徒しか入部すら認められない秘密の部活が存在する。
昼休みや放課後、お気に入りの紅茶とお菓子を持ち寄り選ばれし7人の少女がガールズトークに花を咲かせることを目的とする──午後の紅茶部。
いつも通りガールズトークの前に紅茶とお菓子の用意をしている時、一人の少女が突然あるゲームを持ちかける。
『今年中に、自分の好きな人に想いを伝えて結ばれること』
恋愛の"れ"の字も知らない花も恥じらう少女達は遊び半分でのっかるも、徐々に真剣に本気の恋愛に取り組んでいく。
女子高生7人(+男子7人)による百合小説、になる予定。
極力全年齢対象を目標に頑張っていきたいけど、もしかしたら…もしかしたら…。
紅茶も恋愛もストレートでなくても美味しいものよ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる