海の向こうの永遠の夏

文月みつか

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第2章 永遠の夏

20.11年前の教室

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 正門は開いていた。時計台は午後3時を指している。誰も手入れなんかしていないだろうに、花壇の花が赤に黄色にオレンジに、きれいに咲いている。駐輪場には普段の平日のようにたくさんの自転車が乱雑に停められていた。人の気配はまったくないんだけどなぁ。

 校舎に入ると、日が当たらないぶん少し涼しかった。なんとなく自分のいつもの下駄箱の位置に靴を入れようとしたら、すでに誰かの靴が入っていた。仕方なくそのままたたきにそろえて脱いで、来客用のスリッパを履く。一連の流れを、海は興味深そうに眺めていた。

「別に土足でも構わないけどな。誰も見てないし」
「そうだけど……なんか落ち着かないから」
「ふうん。で、どこ行くの?」
「あたしのクラス、紹介するよ」

 3年5組は北校舎の3階にある。スリッパで階段を上がると、ペタペタと高い音がうるさく響いた。
 ところがいざ教室に着いてみると、3-5であるはずの教室には3-6という表札がついていた。

「あれ?……おかしいな、ここのはずなのに」

 ガラガラと遠慮なく戸を開ける。机の並び方、壁の掲示物、ロッカーの上に放置されたままのカバン。別におかしくはないけれど、それはあたしが知っている3年5組の教室ではなかった。
 もしやと思って掲示板の貼り紙を確認する。清掃ボランティア募集、オープンキャンパスの案内、吹奏楽部の定期演奏会のポスター……日付はすべて11年前のものだった。ここは11年前の校舎だ。きっと11年前は、ここが3年6組の教室だったんだ。

 ちょっと頭がくらくらしたけど、気を取り直して中央よりも少し後ろの席に座る。

「ここがあたしの席」

 へえ、と言って海は右隣の机に腰かけた。

「そこは小林くんの席。こっちはルーム長。ここがあすかちゃんで、うしろは番長」
「番長?」
「そ、がっしりしていて顔つきもいかついから番長って呼ばれてる。でも本当は気配りができるいい人だよ」

 あたしはクラスメイトをひとりひとり紹介する。

「伊藤さんはバスケ部のマネージャーで、かわいいけどしっかりしてる。みよちんはすらーっと背が高くて足がめちゃくちゃ速くて、肩幅が大きいことを気にしてる。モトケンは日本史で100点取ったことがバレて殿上人てんじょうびとって陰で言われてたけど、まんざらでもないみたい。コウさんは内気であまりしゃべったことはないけど、仲のいい人たちのグループだとものすごくしゃべる。長谷くんは目つきが鋭くて、だいたいいつもツッコミ役。山本さんは時々学校サボってる。藤堂くんは隣のクラスの松下さんと付き合ってて……」

 あれ、宮下さんだったかな?と考えて、ふと我に返る。あたしはなんでこんなことしてるんだろう?……
 海は別に退屈している様子もなく、「それで?」と先を促す。

「うーんと、よく考えたらこんなこと聞かされてもつまんないかなと思ってさ。海は全然知らない人たちだし」
「そうだな。全然知らない」

 海は天井を仰いで、それからぐるっと教室を見渡した。

「でも、千夏がどんな世界で生きているのかは少しわかる」
「どんな世界で……」

 なんて答えたらいいのか、すぐには言葉が出てこなかった。もしも普通に生きていれば、海だって高校生活を送っていたかもしれないのだ。想像するだけで、実際には決して訪れることのない現実。ときどき海と会って話すたびに、海はそれを想像していたのだろうか。

「ねえ、海は……」と口を開きかけたとき、キーンコーンカーンコーンと突然チャイムの音が響いて、あたしはびっくりして飛び上がった。

「だ、誰もいないのに鳴るんだ、チャイム……」
「学校だからな」

 そんなふうに涼しげな顔で言われると、びっくりした自分がすごくバカみたいだ。

「もう、なに言おうとしたか忘れちゃったよ……今のってたぶん6校時終わりのチャイムだよね? 放課後になったから、部活しようよ!」
「別にチャイムに合わせる必要もないけどな」
「いいからいいから」

 荷物を背負って、海の背中を押した。学校にいるのになんで制服じゃないんだろうって、今さらになって思った。
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