27 / 37
第2章 永遠の夏
20.11年前の教室
しおりを挟む
正門は開いていた。時計台は午後3時を指している。誰も手入れなんかしていないだろうに、花壇の花が赤に黄色にオレンジに、きれいに咲いている。駐輪場には普段の平日のようにたくさんの自転車が乱雑に停められていた。人の気配はまったくないんだけどなぁ。
校舎に入ると、日が当たらないぶん少し涼しかった。なんとなく自分のいつもの下駄箱の位置に靴を入れようとしたら、すでに誰かの靴が入っていた。仕方なくそのままたたきにそろえて脱いで、来客用のスリッパを履く。一連の流れを、海は興味深そうに眺めていた。
「別に土足でも構わないけどな。誰も見てないし」
「そうだけど……なんか落ち着かないから」
「ふうん。で、どこ行くの?」
「あたしのクラス、紹介するよ」
3年5組は北校舎の3階にある。スリッパで階段を上がると、ペタペタと高い音がうるさく響いた。
ところがいざ教室に着いてみると、3-5であるはずの教室には3-6という表札がついていた。
「あれ?……おかしいな、ここのはずなのに」
ガラガラと遠慮なく戸を開ける。机の並び方、壁の掲示物、ロッカーの上に放置されたままのカバン。別におかしくはないけれど、それはあたしが知っている3年5組の教室ではなかった。
もしやと思って掲示板の貼り紙を確認する。清掃ボランティア募集、オープンキャンパスの案内、吹奏楽部の定期演奏会のポスター……日付はすべて11年前のものだった。ここは11年前の校舎だ。きっと11年前は、ここが3年6組の教室だったんだ。
ちょっと頭がくらくらしたけど、気を取り直して中央よりも少し後ろの席に座る。
「ここがあたしの席」
へえ、と言って海は右隣の机に腰かけた。
「そこは小林くんの席。こっちはルーム長。ここがあすかちゃんで、うしろは番長」
「番長?」
「そ、がっしりしていて顔つきもいかついから番長って呼ばれてる。でも本当は気配りができるいい人だよ」
あたしはクラスメイトをひとりひとり紹介する。
「伊藤さんはバスケ部のマネージャーで、かわいいけどしっかりしてる。みよちんはすらーっと背が高くて足がめちゃくちゃ速くて、肩幅が大きいことを気にしてる。モトケンは日本史で100点取ったことがバレて殿上人って陰で言われてたけど、まんざらでもないみたい。コウさんは内気であまりしゃべったことはないけど、仲のいい人たちのグループだとものすごくしゃべる。長谷くんは目つきが鋭くて、だいたいいつもツッコミ役。山本さんは時々学校サボってる。藤堂くんは隣のクラスの松下さんと付き合ってて……」
あれ、宮下さんだったかな?と考えて、ふと我に返る。あたしはなんでこんなことしてるんだろう?……
海は別に退屈している様子もなく、「それで?」と先を促す。
「うーんと、よく考えたらこんなこと聞かされてもつまんないかなと思ってさ。海は全然知らない人たちだし」
「そうだな。全然知らない」
海は天井を仰いで、それからぐるっと教室を見渡した。
「でも、千夏がどんな世界で生きているのかは少しわかる」
「どんな世界で……」
なんて答えたらいいのか、すぐには言葉が出てこなかった。もしも普通に生きていれば、海だって高校生活を送っていたかもしれないのだ。想像するだけで、実際には決して訪れることのない現実。ときどき海と会って話すたびに、海はそれを想像していたのだろうか。
「ねえ、海は……」と口を開きかけたとき、キーンコーンカーンコーンと突然チャイムの音が響いて、あたしはびっくりして飛び上がった。
「だ、誰もいないのに鳴るんだ、チャイム……」
「学校だからな」
そんなふうに涼しげな顔で言われると、びっくりした自分がすごくバカみたいだ。
「もう、なに言おうとしたか忘れちゃったよ……今のってたぶん6校時終わりのチャイムだよね? 放課後になったから、部活しようよ!」
「別にチャイムに合わせる必要もないけどな」
「いいからいいから」
荷物を背負って、海の背中を押した。学校にいるのになんで制服じゃないんだろうって、今さらになって思った。
校舎に入ると、日が当たらないぶん少し涼しかった。なんとなく自分のいつもの下駄箱の位置に靴を入れようとしたら、すでに誰かの靴が入っていた。仕方なくそのままたたきにそろえて脱いで、来客用のスリッパを履く。一連の流れを、海は興味深そうに眺めていた。
「別に土足でも構わないけどな。誰も見てないし」
「そうだけど……なんか落ち着かないから」
「ふうん。で、どこ行くの?」
「あたしのクラス、紹介するよ」
3年5組は北校舎の3階にある。スリッパで階段を上がると、ペタペタと高い音がうるさく響いた。
ところがいざ教室に着いてみると、3-5であるはずの教室には3-6という表札がついていた。
「あれ?……おかしいな、ここのはずなのに」
ガラガラと遠慮なく戸を開ける。机の並び方、壁の掲示物、ロッカーの上に放置されたままのカバン。別におかしくはないけれど、それはあたしが知っている3年5組の教室ではなかった。
もしやと思って掲示板の貼り紙を確認する。清掃ボランティア募集、オープンキャンパスの案内、吹奏楽部の定期演奏会のポスター……日付はすべて11年前のものだった。ここは11年前の校舎だ。きっと11年前は、ここが3年6組の教室だったんだ。
ちょっと頭がくらくらしたけど、気を取り直して中央よりも少し後ろの席に座る。
「ここがあたしの席」
へえ、と言って海は右隣の机に腰かけた。
「そこは小林くんの席。こっちはルーム長。ここがあすかちゃんで、うしろは番長」
「番長?」
「そ、がっしりしていて顔つきもいかついから番長って呼ばれてる。でも本当は気配りができるいい人だよ」
あたしはクラスメイトをひとりひとり紹介する。
「伊藤さんはバスケ部のマネージャーで、かわいいけどしっかりしてる。みよちんはすらーっと背が高くて足がめちゃくちゃ速くて、肩幅が大きいことを気にしてる。モトケンは日本史で100点取ったことがバレて殿上人って陰で言われてたけど、まんざらでもないみたい。コウさんは内気であまりしゃべったことはないけど、仲のいい人たちのグループだとものすごくしゃべる。長谷くんは目つきが鋭くて、だいたいいつもツッコミ役。山本さんは時々学校サボってる。藤堂くんは隣のクラスの松下さんと付き合ってて……」
あれ、宮下さんだったかな?と考えて、ふと我に返る。あたしはなんでこんなことしてるんだろう?……
海は別に退屈している様子もなく、「それで?」と先を促す。
「うーんと、よく考えたらこんなこと聞かされてもつまんないかなと思ってさ。海は全然知らない人たちだし」
「そうだな。全然知らない」
海は天井を仰いで、それからぐるっと教室を見渡した。
「でも、千夏がどんな世界で生きているのかは少しわかる」
「どんな世界で……」
なんて答えたらいいのか、すぐには言葉が出てこなかった。もしも普通に生きていれば、海だって高校生活を送っていたかもしれないのだ。想像するだけで、実際には決して訪れることのない現実。ときどき海と会って話すたびに、海はそれを想像していたのだろうか。
「ねえ、海は……」と口を開きかけたとき、キーンコーンカーンコーンと突然チャイムの音が響いて、あたしはびっくりして飛び上がった。
「だ、誰もいないのに鳴るんだ、チャイム……」
「学校だからな」
そんなふうに涼しげな顔で言われると、びっくりした自分がすごくバカみたいだ。
「もう、なに言おうとしたか忘れちゃったよ……今のってたぶん6校時終わりのチャイムだよね? 放課後になったから、部活しようよ!」
「別にチャイムに合わせる必要もないけどな」
「いいからいいから」
荷物を背負って、海の背中を押した。学校にいるのになんで制服じゃないんだろうって、今さらになって思った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。



体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる