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第2章 永遠の夏
18.はじける泡とショッピングモール
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「そーれっ」
ビニール製のビーチボールはちょっと力を入れただけで軽やかに飛んでいく。でもスピードはそんなに出ない。
ビーチサンダルの海が砂に足を取られつつもレシーブをする。
ふふん、そこだ!
高めに上がったボールめがけてジャンプする。
「スペシャルサマーアタック!!」
ボスンッと重たい空気の音が響き、海の足元にボールが転がった。
よっしゃーとガッツポーズを決める。
「17対25であたしの勝ちだね!」
砂浜に座りこんだ海は、「俺、球技苦手……」と息切れしている。
「どうする? もう1セットやる?」
「そっちの勝ちでいいって」
「なんだもうバテてるの?」
実はこっちも暑さでバテぎみなんだけどね。
ビーチパラソルの下のデッキチェアにだらんと身をゆだねる。これもいつのまにかセットされていたものだ。海がやったのだろう。
日陰で潮風を感じる。水着、持ってくればよかったなあ。スクール水着しか持ってないけど。
「はい」
海が冷たいコーラの缶を渡してくれる。この近くにもまた自動販売機ができたらしい。
「どうも」
プルタブを引っ張ると、視界いっぱいにシュパーンと淡い白茶の泡がはじけた。あまりに予想外の出来事で声を上げることもできず、あたしはそれを上半身でまともに受け止めた。寝そべっていたからそれも災いした。
「くっ……ふふっ」
気の抜けた炭酸みたいな声がしたと思ったら、海が笑っていた。
ぽたりぽたりと前髪から甘いしずくが落ちてくる。
「ちょっとー、何してくれてるの!」
白いTシャツがコーラ色に染まっていた。まさかこんな古典的なイタズラを仕掛けてくるなんて。腹は立つけど、つられて笑っちゃう。
「あーもう、よりによって白い服着てるときにやるなんてサイテー」
「いや、こんな簡単に引っかかると思わなかったんだ。俺も驚いてる」
「着替えちょっとしか持ってきてないのに、どうしてくれんの」
天気がいいから乾くだろうけど、べたつくのはいやだな。うわ、下着まで濡れてる。気持ち悪い。
思いっ切りしかめ面していたら、海がようやく反省の色を見せた。
「悪かったって。服ならショッピングモールにいくらでもあるから、好きに使っていいよ」
「えっ、ショッピングモールあったんだ」
「あるだろ、そのくらい」
「ていうかそれって、泥棒じゃん」
「いやならいいけど」
替えのシャツはあと一枚しかない。
これは海のいたずらのせい。そしてこの世界のものは海のもの。
うん、問題なし。むしろ服をもらうぐらい当然の権利のような気がしてきた。
「オーケー。で、それってあたしが通ってる高校の近くのやつだよね。遠いから、どうせバスで行くんでしょ?」
あたしは高台のほうを見上げた。石段を上って坂道を行くとバス停がある。さっきはあそこまでバスで来た。
案の定、遠くからかすかにゴォォーという音が近づいてくる気配する。本当に、便利なところねえ。
バスは来た時と同じ方向に走った。つかの間オーシャンビューを楽しんでいると、拍子抜けするぐらいすぐに見慣れた街並みが見えてきた。中心が高地になっているから気づかなかったけど、バスだと簡単にぐるっと1周できるくらいに、この島は小さいらしい。
ショッピングモールは当たり前だけど誰もいなくて、ちょっと異様な感じだった。駐車してある車はあるんだけど、人の気配がない。あの車、ちゃんと動くのかな?
海はなんのためらいもなく、ひとりで先をずんずん歩いていく。きっともう自分の家みたいに何度も出入りしているんだろう。
エスカレーターに乗っているあいだも、なんだかそわそわしてしまう。警備員さんがいるんじゃないかとか、突然ゾンビが現れたらどうしようとか、くだらないことを考えた。
でもいざ婦人服売り場に行ってみると、すっごくわくわくしてきた。だってお金を気にせず好きな服を選び放題なんて、そうそう体験できることじゃないし。まあ多少、流行とずれてる感じはあるけど。
「うわ、このキャミソールかわいい!」
「あー、このショートパンツもいいなあ!」
「このスカート、晴夏に似合いそうだなあ……」
「わ、待って浴衣あるじゃん! ねえ、いいよね借りても!?」
あれこれ見て騒いで何度も試着室を往復しているうちに、海はだんだん相づちがテキトーになり、ついに休憩用のベンチで瞑想を始めた。
最終的には白黒のチェックのシャツにベージュのサロペット、白のスニーカーというコーデに落ち着いた。
自分ではかなり気に入ってるんだけど、海にも感想を聞いてみよう。
「どうよ?」
「……さすがにサングラスはいらねえだろ」
……あ、やっぱり?
調子に乗りすぎちゃった。これはもとの場所に返しておこう。ちなみに、コーラの染みができたTシャツはお手洗いの水道で洗って、売り場の乾燥機で乾かしてある。まったく、便利なとこねえ。
服がそろって満足したら、お腹が空いてきた。
「ねえ、フードコート行こうよ! あそこのイタリアンジェラートおいしいんだよねー! 学校帰りによく食べてるんだけど、あたしはカフェオレと抹茶がお気に入り。最近出たほうじ茶味もおいしかったなあ! あ、でもここは昔のままだから新しいメニューはないか。しょうがない、ほうじ茶の気分だったけど抹茶にしようっと……って海、聞いてる?」
海は浮かない顔で「ああ」と生返事する。
「盛り上がってるとこ悪いけど、店員がいないから注文しても何も出てこないぜ。自分で作るっていうなら止めないけど」
「えーっ!? 何それ、ここってなんでも出てくる魔法の世界じゃなかったの?」
「そんなファンタジーな世界なら、もっといろいろいてもいいだろう。火を噴くドラゴンとか、空飛ぶペンギンとか」
「そんなあ。食べ放題だと思ったのに……」
「悪かったな、万能じゃなくて。食品売り場のものならいくらでもあるから、それでいいだろ?」
「うーん、そっかぁ……」
無人バスがあるなら、無人で料理が出てくるお店もありだと思うんだけどなあ。
「あ、ってことは、ハーゲンダッツ食べ放題ってことだよね! よーし、それならばっちり。さー行こう!」
「現金なやつだな」
海はあきれたような、でもどこかほっとした様子でつぶやいた。ひょっとしてフードコートに何かいやな思い出でもあるのかねぇ?
「ところで、海は火を噴くドラゴンや空飛ぶペンギンを出してみようと試したことがあったわけ?」
「食品売り場はあっちだ」
海はスタスタと早足で歩きだした。
そうかそうか。意外とかわいいとこあるんだよね。
ビニール製のビーチボールはちょっと力を入れただけで軽やかに飛んでいく。でもスピードはそんなに出ない。
ビーチサンダルの海が砂に足を取られつつもレシーブをする。
ふふん、そこだ!
高めに上がったボールめがけてジャンプする。
「スペシャルサマーアタック!!」
ボスンッと重たい空気の音が響き、海の足元にボールが転がった。
よっしゃーとガッツポーズを決める。
「17対25であたしの勝ちだね!」
砂浜に座りこんだ海は、「俺、球技苦手……」と息切れしている。
「どうする? もう1セットやる?」
「そっちの勝ちでいいって」
「なんだもうバテてるの?」
実はこっちも暑さでバテぎみなんだけどね。
ビーチパラソルの下のデッキチェアにだらんと身をゆだねる。これもいつのまにかセットされていたものだ。海がやったのだろう。
日陰で潮風を感じる。水着、持ってくればよかったなあ。スクール水着しか持ってないけど。
「はい」
海が冷たいコーラの缶を渡してくれる。この近くにもまた自動販売機ができたらしい。
「どうも」
プルタブを引っ張ると、視界いっぱいにシュパーンと淡い白茶の泡がはじけた。あまりに予想外の出来事で声を上げることもできず、あたしはそれを上半身でまともに受け止めた。寝そべっていたからそれも災いした。
「くっ……ふふっ」
気の抜けた炭酸みたいな声がしたと思ったら、海が笑っていた。
ぽたりぽたりと前髪から甘いしずくが落ちてくる。
「ちょっとー、何してくれてるの!」
白いTシャツがコーラ色に染まっていた。まさかこんな古典的なイタズラを仕掛けてくるなんて。腹は立つけど、つられて笑っちゃう。
「あーもう、よりによって白い服着てるときにやるなんてサイテー」
「いや、こんな簡単に引っかかると思わなかったんだ。俺も驚いてる」
「着替えちょっとしか持ってきてないのに、どうしてくれんの」
天気がいいから乾くだろうけど、べたつくのはいやだな。うわ、下着まで濡れてる。気持ち悪い。
思いっ切りしかめ面していたら、海がようやく反省の色を見せた。
「悪かったって。服ならショッピングモールにいくらでもあるから、好きに使っていいよ」
「えっ、ショッピングモールあったんだ」
「あるだろ、そのくらい」
「ていうかそれって、泥棒じゃん」
「いやならいいけど」
替えのシャツはあと一枚しかない。
これは海のいたずらのせい。そしてこの世界のものは海のもの。
うん、問題なし。むしろ服をもらうぐらい当然の権利のような気がしてきた。
「オーケー。で、それってあたしが通ってる高校の近くのやつだよね。遠いから、どうせバスで行くんでしょ?」
あたしは高台のほうを見上げた。石段を上って坂道を行くとバス停がある。さっきはあそこまでバスで来た。
案の定、遠くからかすかにゴォォーという音が近づいてくる気配する。本当に、便利なところねえ。
バスは来た時と同じ方向に走った。つかの間オーシャンビューを楽しんでいると、拍子抜けするぐらいすぐに見慣れた街並みが見えてきた。中心が高地になっているから気づかなかったけど、バスだと簡単にぐるっと1周できるくらいに、この島は小さいらしい。
ショッピングモールは当たり前だけど誰もいなくて、ちょっと異様な感じだった。駐車してある車はあるんだけど、人の気配がない。あの車、ちゃんと動くのかな?
海はなんのためらいもなく、ひとりで先をずんずん歩いていく。きっともう自分の家みたいに何度も出入りしているんだろう。
エスカレーターに乗っているあいだも、なんだかそわそわしてしまう。警備員さんがいるんじゃないかとか、突然ゾンビが現れたらどうしようとか、くだらないことを考えた。
でもいざ婦人服売り場に行ってみると、すっごくわくわくしてきた。だってお金を気にせず好きな服を選び放題なんて、そうそう体験できることじゃないし。まあ多少、流行とずれてる感じはあるけど。
「うわ、このキャミソールかわいい!」
「あー、このショートパンツもいいなあ!」
「このスカート、晴夏に似合いそうだなあ……」
「わ、待って浴衣あるじゃん! ねえ、いいよね借りても!?」
あれこれ見て騒いで何度も試着室を往復しているうちに、海はだんだん相づちがテキトーになり、ついに休憩用のベンチで瞑想を始めた。
最終的には白黒のチェックのシャツにベージュのサロペット、白のスニーカーというコーデに落ち着いた。
自分ではかなり気に入ってるんだけど、海にも感想を聞いてみよう。
「どうよ?」
「……さすがにサングラスはいらねえだろ」
……あ、やっぱり?
調子に乗りすぎちゃった。これはもとの場所に返しておこう。ちなみに、コーラの染みができたTシャツはお手洗いの水道で洗って、売り場の乾燥機で乾かしてある。まったく、便利なとこねえ。
服がそろって満足したら、お腹が空いてきた。
「ねえ、フードコート行こうよ! あそこのイタリアンジェラートおいしいんだよねー! 学校帰りによく食べてるんだけど、あたしはカフェオレと抹茶がお気に入り。最近出たほうじ茶味もおいしかったなあ! あ、でもここは昔のままだから新しいメニューはないか。しょうがない、ほうじ茶の気分だったけど抹茶にしようっと……って海、聞いてる?」
海は浮かない顔で「ああ」と生返事する。
「盛り上がってるとこ悪いけど、店員がいないから注文しても何も出てこないぜ。自分で作るっていうなら止めないけど」
「えーっ!? 何それ、ここってなんでも出てくる魔法の世界じゃなかったの?」
「そんなファンタジーな世界なら、もっといろいろいてもいいだろう。火を噴くドラゴンとか、空飛ぶペンギンとか」
「そんなあ。食べ放題だと思ったのに……」
「悪かったな、万能じゃなくて。食品売り場のものならいくらでもあるから、それでいいだろ?」
「うーん、そっかぁ……」
無人バスがあるなら、無人で料理が出てくるお店もありだと思うんだけどなあ。
「あ、ってことは、ハーゲンダッツ食べ放題ってことだよね! よーし、それならばっちり。さー行こう!」
「現金なやつだな」
海はあきれたような、でもどこかほっとした様子でつぶやいた。ひょっとしてフードコートに何かいやな思い出でもあるのかねぇ?
「ところで、海は火を噴くドラゴンや空飛ぶペンギンを出してみようと試したことがあったわけ?」
「食品売り場はあっちだ」
海はスタスタと早足で歩きだした。
そうかそうか。意外とかわいいとこあるんだよね。
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