海の向こうの永遠の夏

文月みつか

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第2章 永遠の夏

17.ずれた世界の謎

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 雑木林を抜ける。そこはあたしが知っている今のご近所とは似て非なる世界。たとえば、信号機が古いままだったり、2年前につぶれてしまった酒屋があったりする。

「変わんないねーここは……ってあれ、こんなとこに自販機あったっけ?」

 海は別に驚くふうでもなく、アスファルトのわきに立つ自販機のボタンをぽちりと押した。お金は入れてないけれど、当たり前のようにお茶が出てきた。あたしも海にならってコーラのボタンをぽちりと押したら、ガコンと赤い缶が落ちてきた。ちゃんと冷えていた。

「便利だねー。お金なくても飲み放題!」

 正直、財布はあるけど中身は大して入っていないから助かる。

 道端に自転車を止めてコーラを飲んだ。ちょっと行儀は悪いけれど、どうせ車も人も通らない。

 海がお茶を飲むと、喉ぼとけがぐびっと動いた。

 空にはところどころ雲が浮いている。
 セミがジージー鳴いている。
 汗が首をつたう。

 家を出たときの暑さに比べればマシだけど、やっぱり暑い。

「どうして夏なのかな?」

 思っていたことが口に出た。もちろん、どうしてここはずっと夏なのかという意味だ。言ってからしまったと思った。それはもしかすると……

「俺が死んだ季節だからだろうな」

 なんてことないように海が言う。

 いつの間にやら自販機の隣にごみ箱が出現していて、海は空になったペットボトルを捨てた。

「で、でもさ、ここってまったく変化がない世界ってわけでもないじゃん? その自販機もごみ箱も、あたしが知ってる世界にはないものだし。それって、海が望んだから出てきたんじゃないのかな?」

 海は無言で聞いている。あたしは肯定と受け取った。

「もっと不思議なのは、海がしっかり成長しているってことだよね。完全に時間が止まってるわけじゃないんだよ、きっと」

 初めて出会ったころと変わらずやせっぽちで少し猫背だけれど、身長は伸びているし、声は低くなっていて、同い年の男の子と同じように肩幅もある。

「スマホ、持ってる?」

 唐突にそう聞かれて戸惑ったが、「いいから見てみろよ」と促されてリュックから取り出して起動する。これは……どういうこと?

「おかしいじゃん! さっき来たばっかりなのに日付が3日も進んでるよ!?」
「たしかに、時間が止まってるわけじゃないけど、向こうとは進み方にかなり差がある。昔はここまでじゃなかったけど、最近は向こうが断然早い。油断してると浦島太郎になるな」
「そんなあ……」

 どうして亀を助けたのに浦島太郎がおじいさんにならなくちゃいけないんだろう? 全然納得いかない!

「玉手箱がないなら逆だよね。みんなが年を取っているのに自分だけ成長してないなんていやだなあ……」

 すでに晴夏の13歳の誕生日はすぎてしまった。

「それにこのペースじゃ夏休みなんてあっという間に終わっちゃうよ! 返してよあたしの3日間!」
「だから、誰も来てくれって頼んだ覚えはねえって……」
「1分も無駄にできないじゃん。何する? やっぱりまずはビーチバレーか。さあ行こう!」

 ぴょんと立ちあがって海に手を差し出す。

 やれやれというため息をついてから、海はあたしの手をつかんだ。ちょっと硬くて浅黒く、あたしより少し温度が低い。でもちゃんと血の通っている手だった。

「ここから海岸までけっこうあるよね。よし、じゃあ2人乗りで行こう。荷台がついてないから海は立ちっぱなしになるけど……」

 すると、ゴーっという地鳴りのような音が近づいてきた。まさかこれは……

「来たな」

 一台のバスが通りを曲がって現れた。あたしたちの前で静かに停止し、プシューと後部のドアが開く。まるで気の利いた執事のように。

 海はステップに足をかけ、「乗らないの?」とさも当然のように聞いてくる。

「あ、でも、自転車が……」
「一緒に乗せちゃえば? どうせほかに客なんかいないし」
「う、うん……」

 なんか釈然としないけど。

 自転車を押し上げるのに手間取っていると、海が上から引っ張り上げてくれた。細身だけど、あたしよりはずっと力がある。

 自転車を座席に立てかけ、海の後ろの席に座ると、バスはゆっくりと発進した。相変わらず運転席は無人らしい。

 このバスに乗るのは二度目だ。一度目はまだ小学生になったばかりの頃のことだけど、おかしな体験だったのでよく憶えている。

 田舎道から住宅街へ。コンビニ、歩道橋、学校。誰もいない街の中を抜け、再び建物の少ない郊外へ。トンネルを抜けると、青い海が広がっているのだ。偽物だとわかっていても見入ってしまう美しい海が。

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