海の向こうの永遠の夏

文月みつか

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第2章 永遠の夏

15.星に願いを

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「しまった、虫よけ忘れた」
「もう、持ち物リストちゃんと伝えたのに。しょうがないなあ、ほれ」

 あきれながら万里まりがスプレーを渡してくれる。
 あたしたちがいるのは市内のキャンプ場。今日はペルセウス座流星群の極大日で、毎年恒例の観測会に来ている。雲は少なく、空は澄んでいて、星を見るには絶好の日和だ。キャンプ場にはほかにも流れ星を見に来た人たちがけっこういて、にぎわっている。

「これが最後の星空かあ」

 レジャーシートの上に寝転んだ万里がしみじみと言う。

「最後って万里、星空はいつでもあるよ」
「そうだけど、天文部として見るのは最後でしょ。実質これが最後の部活動だし」

 はあ、と深いため息。

「勉強したくないわぁ。受験なんていや。小学生ぐらいのいちばん気楽な頃に戻りたい」
「それがそなたの願いか。よし、叶えてやろう!……って思う流れ星が一つくらいあるかもしれないね」
「えっ、やだやだ、今のなしで。どうせなら、大学合格していい男見つけてそのまま結婚して幸せになりたいですお星さま!」
「そなた、欲張りであるなあ。よおし、その小さくてかわいい鼻に免じて叶えてやろう」
「わーい! やったー!」
「うわぁ、なんか恥ずかしいことしてるJKがいる」
「えっ」「なに?」

 髪の毛くるんくるんの眼鏡美女が、あたしたちを見下ろしていた。

「ふっふっふ。どうせ今年もここだろうと思って見に来たのさ。ふたりぼっちじゃ寂しいだろうと思ってね。でも心配して損したよ。ほら、差し入れ持ってきた」

 眼鏡美女はクーラーバックからキンキンに冷えたラムネを出した。

「わー! さすが部長!」
「やっぱ夏はこれですね!」
「こらこら、首に当てるなオヤジ臭い。あと、私は部長じゃなくて元部長だから。先輩、もしくはレミさんと呼びなさい」
「ハイ部長!」
「喜んで部長!」

 あたしたちはビシッとそろって敬礼する。久しぶりに先輩と再会できたのがうれしくて、テンション上がっちゃった。

「お、おぅ、なかなかいい度胸してるじゃないか。ならこっちも、ここへ来た本当の目的を教えてやろう」
「本当の目的?」
「そう」

 眼鏡をくいっと上げて、先輩は言い放った。

「弱小天文部が消滅するところを見に来た」
「ド、ドSー!!」

 あたしが突っこみを入れてる横で、万里がへなっと脱力した。

「……そうなんですよ。3年しかいないうちの天文部は、今日で廃部です」
「あれ、なんか思ったよりダメージ受けてるな」
「受験のことでナーバスになってたとこなんで、優しくしてあげてください」
「ふうん」

 先輩がよしよしと万里の頭をなでると、万里はうわーんとその膝に泣きついた。いいな、ちょっとうらやましい。
 それから、仲良く寝転んで星を眺めた。夜空をつーっと白い光が流れるたびに、あちこちで歓声が上がった。すごい、願い事かけ放題!

 きれいだな。
 街中だと見えない暗い星も今日はたくさん見える。星座のつなぎ方をもう少しちゃんと覚えていればよかったなあと少し後悔する。たしか去年も同じことを思ってたけど。

 海も見てるのかな。向こうの空にも流星群はやってくるのだろうか。
星空を眺めているとき、海の向こう世界とつながっているような気がする。天文部に入った本当の理由はそれだ。
 お星さま、聞いてます? 海に会わせてください。最近、ぜんぜん向こうに呼んでくれないんです。まるで避けられているみたい。嫌われちゃったのかな……



「――別に避けてたわけじゃねえよ」

 不機嫌そうに海が言う。

 あたしは夜の浜辺に寝転んでいた。海の向こうの海だ。

「……びっくりしたぁ。どうしたの、急に」

 外灯もなく、星だけが明るく輝いている。暗いけれど、波が動いているのはわかる。ざざーっと寄せては返す。少し、肌寒い。

「どうしたのって、そっちが呼んだんじゃねえか」

 あたしは目を凝らして辺りを見回す。

「でも、ここのところずっと反応してくれなかったじゃん。たしか最後に会ったの、3か月前だよ」
「3か月?」
「うん。自転車で砂浜に突っこんだときのことだけど」
「そうだったかな」

 声だけはするのに、海の姿が見えない。

「はぐらかさないで。ねえ、どこにいるの?」
「あのさ、俺、ここを出ようと思うんだ」
「えっ、本当に!? それって、ひきこもりをやめるってこと?」
「そう。だからここで千夏と会うのも、これが最後になると思う」
「それは残念。けっこう居心地よかったのになあ。海はあるし、好きなだけ騒げるし。でも、また海といっしょにいろんなとこに行けるならそれでもいいか」
「悪いけど、それは無理だな」
「えー、つれないこと言わないでよ。数少ない友だちなのに」

 それとも、ずっと引きこもっていたことを気にしているのかな。

「大丈夫だよ。海がどんな状態になってても、あたしが助けるから。髪がボサボサでも気にしないし、外が怖いなら迎えに行くよ」
「いや、俺、もう死んでるから」
「……はあ? 何バカなこと言ってるの?」

 もう、と軽い感じで言い返そうとしたら声が上ずった。
 海は……もう死んでる?

「細かいことはよく憶えてないんだけどさ、俺たぶん、ずっと前に海に入っておぼれたんだ。息が苦しくなって、必死にもがいて、気がついたらここの海岸に打ち上げられてた。それ以来、どう頑張っても向こうに戻れなくなった」

 海の声が闇に溶ける。波音がうるさい。

「戻れないって……」
「やり方はわかっているはずなのに、実行できないんだ。なんかすごくもどかしい感じ」

 海はもう死んでる……海はもう死んでいる……

「ていうか、さっきからどうして姿が見えないわけ? そんな大事な話、ちゃんと顔を見て話すべきじゃない?」

 いら立ちからつい、声が大きくなる。どうしてそんなこと今の今まで黙っていたのか。

「怒ってつかみかかられたらいやだから」
「ひどっ! 人のことなんだと思ってるの」
「出て行ったら引きとめるだろ? 俺の決心が揺らぐ」
「でもそれって……何か心に引っかかっているから、海はここにしがみついているんじゃないの? だいたい、急にさよならだなんてひどい。ずっと友だちやってきたのに、失礼じゃない?」

 ザッバーン!!
 宙に向かって思い切り砂を蹴った。

 土埃が舞い落ちて、猫背ぎみの海が姿を現した。

「いくつになっても暴力的だな。よくそんなんで友だちができたもんだ」
「余計なお世話! 海が悪いんだからね!」

 さすがにこの年になって、誰かれ構わず手を出したりしない。私のことを知っている海だからこそできることだ。

「心残りか。そうかもしれないな……」
「あるの? 言ってみてよ!」

 海は答えない。夕闇にぼやけた水平線を見ている。

「……よし、オッケー」
「オッケーって、何が?」
「願い事、かけられたから」
「どんな」
「言いたくない」
「わかった」とあたしが言うと、「え、なんで?」と海が聞き返した。
「青春を味わいたいっていうんでしょ。しょうがないなあ、あたしが協力してあげる!」
「いや、それって千夏の願いじゃねえの? たしか前にそんなこと言ってたし」
「遠慮しなくていいんだよ。あたしは海の友だちなんだから。それも、たったひとりの。こうなったら、夏休み全部捧げる覚悟でいくから!」
「いや、別に頼んでないけど」
「なんでもひとりで抱え込むくせ、やめたほうがいいよ。困ったときは誰かに頼ることも覚えなきゃ。よし、そうと決まればさっそく準備してくるから。なんか青春っぽいことできそうなものいろいろ持ってくるからさ。明日、昼過ぎに自転車で出るから、テキトーに拾ってよね。いい、約束だからね!」
「お、おう……」

 一気にまくしたてたら、海は気おされて小さくうなずいた。あたしはほっとして、どすんと砂浜に腰を下ろして、空を眺めた。本物よりもきれいな満点の星空が、あたしたちを見下ろしている。流れ星がぴゅーぴゅー空を滑っていく。

 海は途方に暮れたようにとなりに立ち尽くしていた。何か言いたそうに。
 あたしは気づかないふりをして、怖いくらいに美しい星空を穴が開くほどじっと見ていた。

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