海の向こうの永遠の夏

文月みつか

文字の大きさ
上 下
14 / 37
第1章 海の向こう

7.新世界

しおりを挟む
 心地よい風。葉っぱのざわめき。

 あたしは目を開けた。木漏れ日がつくるまだら模様。
 木から飛び降りたと思ったのに、まだ木の上にいる。

「大丈夫か?」
「う、うん」

 あたしが答えると、海は握っていた手をそっと離した。

 何が起きたのか確かめようと、あたしは周囲を見回す。
 さっきすぐ下にいたはずの母さんと妹はいなくなっていた。いや、それどころか、公園で遊んでいたほかの子たちの姿もすっかり消えている。

「どういうこと?……」

 ベンチと、鉄棒と、すべり台と、ブランコ。植え込みのツツジ。見慣れている公園だけど、何かがおかしい。でも、何がおかしいのか上手く言い表せない。

「……ねえ、みんなどこ行っちゃったの? ママとハルカは?」
「大丈夫。別に消えたわけじゃないから」

 海は平然と答える。

「えっ、じゃあなんで……あれっ、あたしの自転車もないよ!?」

 いつも入り口のわきに止めているのに。

「大丈夫だって。消えたのは自転車じゃなくて、おれたちのほうだから」
「えー、なに言ってるの? だってあたし、ちゃんとここにいるよ。海もいるじゃん」
「透明人間になったわけじゃないんだ。なんて言ったらいいかな……おれたちは今、別の空間にいる」
「別の空間???」

 空想で遊ぶのは好きだけれど、海のほうからそういう突拍子もないことを言い出すのは珍しかった。

「そう。ここにはおれと千夏以外、だれもいない」
「えっ、えっ、それって、別の世界にワープしたってこと!?」
「まあ、そういうふうに言えなくもない」

 わくわくと混乱が一緒にやってくる。大冒険の予感と、夢でも見てるのかもしれないという、半信半疑な気持ち。でも、そういう不思議なことを受け入れるくらいには、まだ柔軟な心を持っていた。というかたぶん、待ち望んでいた。

「すごいよ海! こういうの待ってた!」

 あたしは樹上で立ちあがり、ぐらぐらと枝葉を揺する。

「……あのさ、もっと疑いなよ。おれがからかってる可能性とか」
「からかってるの?」
「いや、ちがうけど……」
「じゃあ、いいじゃん」

 戸惑い気味の海に、あたしは笑みを向ける。そこでわかった、違和感の正体。海の背景の葉っぱの向こうに、本物の海があった。いつもの公園の木の上からじゃ、どうやったってそんな景色は見えっこない。

「海……海がある! 海だよ!!」

 見えたままのことをあたしは叫んだ。自分の名前を連呼された海はちょっとふてくされたように「そうだな」と言った。照れているみたい。

「本当だ。ここ、いつもの公園じゃないんだ……」

 あたしはいても立ってもいられず、すべるようにして勢いよく木から下りた。

「気をつけろよ」

 海が慌てて追いかけてくる。

「夢の中みたいでも、転んだらケガするから」
「へえぇ、そうなの?」

 ふざけてほっぺをつねってみると、確かに痛い。あたしは笑いながらくるくると躍った。ついに目が回ってしゃがみこむ。海があきれたように手を差し出し、立ちあがらせてくれた。あたしはその手を離さず、

「よーし、探検しよう!」と引っぱる。

 やれやれ、というように海は肩をすくめるが、抵抗はしない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

処理中です...