11 / 37
第1章 海の向こう
6.ピカピカのギャングスタ―
しおりを挟む
あたしは小学生になった。傷一つないランドセルを背負った、ピカピカの一年生。新しい友だちがたくさんできる、はずだったんだけど。クラスで1,2を争うかわいい女の子を泣かせてしまったり、からかってくるお調子者の男の子のお腹にパンチを食らわせてしまったりして、入学してけっこう早めの段階でヤバイやつだと周りに認識されてしまった。誰が言い出したのか、あたしのことをギャングスターと呼ぶ人までいた。
「全然、そんなことないのに」
木の上で枝をぴしぴしたたいてむくれると、海は笑った。
「腹パンはだめだろ。そりゃ、恐れられるよ」
「だってあれは、向こうがあたしの机にバッタをおこうとしたから……」
「じゃあ女子を泣かしたっていうのは?」
「休み時間に大なわやろうって誘われたんだけど、鉄棒の練習したかったから断ったの。そしたら、急に泣き出すんだもん。あたしが悪者みたいになっちゃってさ」
海はまたくすくす笑っている。もう、笑いごとじゃないんだってば。
「それは、千夏のことが気になってるんだな」
「えっ、あたしが? なんで?」
「かわいいからじゃないの?」
「えへっ、そうかなぁ」
「それか、変なやつだから」
「なにそれ、ひどっ」
人の気持ちを上げたり落としたりして、海は大いに楽しそうだ。
「千夏と同じクラスだったら、退屈しないだろうな」
海がぼそりとつぶやく。
「……うん。あたしもそう思う」
海の学年は一つ上だ。近所の公園でよく会うくらいだから、学区は同じ。
でも学校で会うことはほとんどない。ずいぶん前から、不登校というやつらしい。少し残念だけれど、放課後はこうしてよく遊んでいるから寂しくはない。
ほかに変わったことといえば、海の口数が増えたことかな。最初に会ったときはあたしばっかりしゃべっていた気がするけれど、今じゃこんなふうにいい相談相手のふりをして、軽口をたたいている。まあ、別に悪い気はしないけど。
それから……
「いーたん」
「さぁて、いーたんはどこにいるんでしょうねぇ?」
妹を抱えた母さんが、公園に入ってきた。
「おい、あれ千夏の妹だろ。呼んでるぞ」
海が下界を指さして言う。
「しっ! 見つかったら終わりだからね! 木登りなんて危ないからやめろって怒るに決まってるんだから」
あたしは身を縮めて声を潜める。
最近、妹は公園デビューをした。それ自体はかまわないけど、海とふたりで遊んでいるところを監視されるのは問題だった。あたしが楽しいと感じることは、たいてい母さんの気に入らないことだから。アリの巣をほじくり返しているところとか、すべり台を猛スピードで駆け下りているところとかを見られたら、非常にまずい。出入り禁止になっちゃうかも。
「どうして、いーたんなんだ?」
海がどうでもいいことを質問する。
「ああ……ママがあたしのことをちーちゃんって呼ぶから、そのマネをしているようなんだけど。まだうまく言えないみたい」
「いいのか、知らんぷりして」
「いいのいいの。家でしつこく追いまわされてるんだから。振り切るの大変なんだよ。今日もお昼寝してるあいだにさっと出てきたの」
「ふうん……」
母さんは妹を膝にのせて、ブランコをこぎはじめる。
「いーたん?」
「さあねー。どこだろうねぇ?」
キコー キコー ゆっくりとブランコが揺れる。
と、そのとき、妹の視線がこっちに向いて、ぴたりと止まった。
「いーたん!」
えっ、なんでバレたの!?
「えー、あそこにはいないでしょ。はるちゃん、あれは木だよ」
「あー、いーたん!!」
妹がじたばたするので母さんは仕方なく妹を抱き上げ、こっちに向かって歩き出した。
「おい、どうする? 近づいてくるぞ」
「しっ、絶対動かないで。木の一部になりきるの!」
「もう自分から行ったほうがいいんじゃないか?」
「二度といっしょに木登りできなくなってもいいの?」
「………」
母さんたちはすぐ下まで迫ってきていた。妹が木の幹に手を伸ばすと、「だめだめ、登れないよー」と引きとめている。
「千夏」
海がささやく。
話しかけないで。あたしは今木になりきっているの。
「どうしても見つかりたくないんだな?」
そうだよ。だから黙ってなるべく静かにしてて!
「ひとつだけ方法があるんだけど、どうする?」
「えっ、なにそれ!?」
ハッ……しゃべっちゃった。
「あら、今本当に千夏の声が聞こえたわね……」
「いーたん!」
母さんが、ゆっくりとこっちを仰ぎ見る。
「なんでもいいから海、よろしく!!」
「了解」
海がすばやくあたしの片方の手をつかむ。ま、まさか飛び降りるの!?
ふわっと体が浮き上がるような感覚。
あたしは悲鳴を上げた。
けれど、それは虚空に吸い込まれた。……あたしたちの体ごと。
「全然、そんなことないのに」
木の上で枝をぴしぴしたたいてむくれると、海は笑った。
「腹パンはだめだろ。そりゃ、恐れられるよ」
「だってあれは、向こうがあたしの机にバッタをおこうとしたから……」
「じゃあ女子を泣かしたっていうのは?」
「休み時間に大なわやろうって誘われたんだけど、鉄棒の練習したかったから断ったの。そしたら、急に泣き出すんだもん。あたしが悪者みたいになっちゃってさ」
海はまたくすくす笑っている。もう、笑いごとじゃないんだってば。
「それは、千夏のことが気になってるんだな」
「えっ、あたしが? なんで?」
「かわいいからじゃないの?」
「えへっ、そうかなぁ」
「それか、変なやつだから」
「なにそれ、ひどっ」
人の気持ちを上げたり落としたりして、海は大いに楽しそうだ。
「千夏と同じクラスだったら、退屈しないだろうな」
海がぼそりとつぶやく。
「……うん。あたしもそう思う」
海の学年は一つ上だ。近所の公園でよく会うくらいだから、学区は同じ。
でも学校で会うことはほとんどない。ずいぶん前から、不登校というやつらしい。少し残念だけれど、放課後はこうしてよく遊んでいるから寂しくはない。
ほかに変わったことといえば、海の口数が増えたことかな。最初に会ったときはあたしばっかりしゃべっていた気がするけれど、今じゃこんなふうにいい相談相手のふりをして、軽口をたたいている。まあ、別に悪い気はしないけど。
それから……
「いーたん」
「さぁて、いーたんはどこにいるんでしょうねぇ?」
妹を抱えた母さんが、公園に入ってきた。
「おい、あれ千夏の妹だろ。呼んでるぞ」
海が下界を指さして言う。
「しっ! 見つかったら終わりだからね! 木登りなんて危ないからやめろって怒るに決まってるんだから」
あたしは身を縮めて声を潜める。
最近、妹は公園デビューをした。それ自体はかまわないけど、海とふたりで遊んでいるところを監視されるのは問題だった。あたしが楽しいと感じることは、たいてい母さんの気に入らないことだから。アリの巣をほじくり返しているところとか、すべり台を猛スピードで駆け下りているところとかを見られたら、非常にまずい。出入り禁止になっちゃうかも。
「どうして、いーたんなんだ?」
海がどうでもいいことを質問する。
「ああ……ママがあたしのことをちーちゃんって呼ぶから、そのマネをしているようなんだけど。まだうまく言えないみたい」
「いいのか、知らんぷりして」
「いいのいいの。家でしつこく追いまわされてるんだから。振り切るの大変なんだよ。今日もお昼寝してるあいだにさっと出てきたの」
「ふうん……」
母さんは妹を膝にのせて、ブランコをこぎはじめる。
「いーたん?」
「さあねー。どこだろうねぇ?」
キコー キコー ゆっくりとブランコが揺れる。
と、そのとき、妹の視線がこっちに向いて、ぴたりと止まった。
「いーたん!」
えっ、なんでバレたの!?
「えー、あそこにはいないでしょ。はるちゃん、あれは木だよ」
「あー、いーたん!!」
妹がじたばたするので母さんは仕方なく妹を抱き上げ、こっちに向かって歩き出した。
「おい、どうする? 近づいてくるぞ」
「しっ、絶対動かないで。木の一部になりきるの!」
「もう自分から行ったほうがいいんじゃないか?」
「二度といっしょに木登りできなくなってもいいの?」
「………」
母さんたちはすぐ下まで迫ってきていた。妹が木の幹に手を伸ばすと、「だめだめ、登れないよー」と引きとめている。
「千夏」
海がささやく。
話しかけないで。あたしは今木になりきっているの。
「どうしても見つかりたくないんだな?」
そうだよ。だから黙ってなるべく静かにしてて!
「ひとつだけ方法があるんだけど、どうする?」
「えっ、なにそれ!?」
ハッ……しゃべっちゃった。
「あら、今本当に千夏の声が聞こえたわね……」
「いーたん!」
母さんが、ゆっくりとこっちを仰ぎ見る。
「なんでもいいから海、よろしく!!」
「了解」
海がすばやくあたしの片方の手をつかむ。ま、まさか飛び降りるの!?
ふわっと体が浮き上がるような感覚。
あたしは悲鳴を上げた。
けれど、それは虚空に吸い込まれた。……あたしたちの体ごと。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる