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第1章 海の向こう
6.ピカピカのギャングスタ―
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あたしは小学生になった。傷一つないランドセルを背負った、ピカピカの一年生。新しい友だちがたくさんできる、はずだったんだけど。クラスで1,2を争うかわいい女の子を泣かせてしまったり、からかってくるお調子者の男の子のお腹にパンチを食らわせてしまったりして、入学してけっこう早めの段階でヤバイやつだと周りに認識されてしまった。誰が言い出したのか、あたしのことをギャングスターと呼ぶ人までいた。
「全然、そんなことないのに」
木の上で枝をぴしぴしたたいてむくれると、海は笑った。
「腹パンはだめだろ。そりゃ、恐れられるよ」
「だってあれは、向こうがあたしの机にバッタをおこうとしたから……」
「じゃあ女子を泣かしたっていうのは?」
「休み時間に大なわやろうって誘われたんだけど、鉄棒の練習したかったから断ったの。そしたら、急に泣き出すんだもん。あたしが悪者みたいになっちゃってさ」
海はまたくすくす笑っている。もう、笑いごとじゃないんだってば。
「それは、千夏のことが気になってるんだな」
「えっ、あたしが? なんで?」
「かわいいからじゃないの?」
「えへっ、そうかなぁ」
「それか、変なやつだから」
「なにそれ、ひどっ」
人の気持ちを上げたり落としたりして、海は大いに楽しそうだ。
「千夏と同じクラスだったら、退屈しないだろうな」
海がぼそりとつぶやく。
「……うん。あたしもそう思う」
海の学年は一つ上だ。近所の公園でよく会うくらいだから、学区は同じ。
でも学校で会うことはほとんどない。ずいぶん前から、不登校というやつらしい。少し残念だけれど、放課後はこうしてよく遊んでいるから寂しくはない。
ほかに変わったことといえば、海の口数が増えたことかな。最初に会ったときはあたしばっかりしゃべっていた気がするけれど、今じゃこんなふうにいい相談相手のふりをして、軽口をたたいている。まあ、別に悪い気はしないけど。
それから……
「いーたん」
「さぁて、いーたんはどこにいるんでしょうねぇ?」
妹を抱えた母さんが、公園に入ってきた。
「おい、あれ千夏の妹だろ。呼んでるぞ」
海が下界を指さして言う。
「しっ! 見つかったら終わりだからね! 木登りなんて危ないからやめろって怒るに決まってるんだから」
あたしは身を縮めて声を潜める。
最近、妹は公園デビューをした。それ自体はかまわないけど、海とふたりで遊んでいるところを監視されるのは問題だった。あたしが楽しいと感じることは、たいてい母さんの気に入らないことだから。アリの巣をほじくり返しているところとか、すべり台を猛スピードで駆け下りているところとかを見られたら、非常にまずい。出入り禁止になっちゃうかも。
「どうして、いーたんなんだ?」
海がどうでもいいことを質問する。
「ああ……ママがあたしのことをちーちゃんって呼ぶから、そのマネをしているようなんだけど。まだうまく言えないみたい」
「いいのか、知らんぷりして」
「いいのいいの。家でしつこく追いまわされてるんだから。振り切るの大変なんだよ。今日もお昼寝してるあいだにさっと出てきたの」
「ふうん……」
母さんは妹を膝にのせて、ブランコをこぎはじめる。
「いーたん?」
「さあねー。どこだろうねぇ?」
キコー キコー ゆっくりとブランコが揺れる。
と、そのとき、妹の視線がこっちに向いて、ぴたりと止まった。
「いーたん!」
えっ、なんでバレたの!?
「えー、あそこにはいないでしょ。はるちゃん、あれは木だよ」
「あー、いーたん!!」
妹がじたばたするので母さんは仕方なく妹を抱き上げ、こっちに向かって歩き出した。
「おい、どうする? 近づいてくるぞ」
「しっ、絶対動かないで。木の一部になりきるの!」
「もう自分から行ったほうがいいんじゃないか?」
「二度といっしょに木登りできなくなってもいいの?」
「………」
母さんたちはすぐ下まで迫ってきていた。妹が木の幹に手を伸ばすと、「だめだめ、登れないよー」と引きとめている。
「千夏」
海がささやく。
話しかけないで。あたしは今木になりきっているの。
「どうしても見つかりたくないんだな?」
そうだよ。だから黙ってなるべく静かにしてて!
「ひとつだけ方法があるんだけど、どうする?」
「えっ、なにそれ!?」
ハッ……しゃべっちゃった。
「あら、今本当に千夏の声が聞こえたわね……」
「いーたん!」
母さんが、ゆっくりとこっちを仰ぎ見る。
「なんでもいいから海、よろしく!!」
「了解」
海がすばやくあたしの片方の手をつかむ。ま、まさか飛び降りるの!?
ふわっと体が浮き上がるような感覚。
あたしは悲鳴を上げた。
けれど、それは虚空に吸い込まれた。……あたしたちの体ごと。
「全然、そんなことないのに」
木の上で枝をぴしぴしたたいてむくれると、海は笑った。
「腹パンはだめだろ。そりゃ、恐れられるよ」
「だってあれは、向こうがあたしの机にバッタをおこうとしたから……」
「じゃあ女子を泣かしたっていうのは?」
「休み時間に大なわやろうって誘われたんだけど、鉄棒の練習したかったから断ったの。そしたら、急に泣き出すんだもん。あたしが悪者みたいになっちゃってさ」
海はまたくすくす笑っている。もう、笑いごとじゃないんだってば。
「それは、千夏のことが気になってるんだな」
「えっ、あたしが? なんで?」
「かわいいからじゃないの?」
「えへっ、そうかなぁ」
「それか、変なやつだから」
「なにそれ、ひどっ」
人の気持ちを上げたり落としたりして、海は大いに楽しそうだ。
「千夏と同じクラスだったら、退屈しないだろうな」
海がぼそりとつぶやく。
「……うん。あたしもそう思う」
海の学年は一つ上だ。近所の公園でよく会うくらいだから、学区は同じ。
でも学校で会うことはほとんどない。ずいぶん前から、不登校というやつらしい。少し残念だけれど、放課後はこうしてよく遊んでいるから寂しくはない。
ほかに変わったことといえば、海の口数が増えたことかな。最初に会ったときはあたしばっかりしゃべっていた気がするけれど、今じゃこんなふうにいい相談相手のふりをして、軽口をたたいている。まあ、別に悪い気はしないけど。
それから……
「いーたん」
「さぁて、いーたんはどこにいるんでしょうねぇ?」
妹を抱えた母さんが、公園に入ってきた。
「おい、あれ千夏の妹だろ。呼んでるぞ」
海が下界を指さして言う。
「しっ! 見つかったら終わりだからね! 木登りなんて危ないからやめろって怒るに決まってるんだから」
あたしは身を縮めて声を潜める。
最近、妹は公園デビューをした。それ自体はかまわないけど、海とふたりで遊んでいるところを監視されるのは問題だった。あたしが楽しいと感じることは、たいてい母さんの気に入らないことだから。アリの巣をほじくり返しているところとか、すべり台を猛スピードで駆け下りているところとかを見られたら、非常にまずい。出入り禁止になっちゃうかも。
「どうして、いーたんなんだ?」
海がどうでもいいことを質問する。
「ああ……ママがあたしのことをちーちゃんって呼ぶから、そのマネをしているようなんだけど。まだうまく言えないみたい」
「いいのか、知らんぷりして」
「いいのいいの。家でしつこく追いまわされてるんだから。振り切るの大変なんだよ。今日もお昼寝してるあいだにさっと出てきたの」
「ふうん……」
母さんは妹を膝にのせて、ブランコをこぎはじめる。
「いーたん?」
「さあねー。どこだろうねぇ?」
キコー キコー ゆっくりとブランコが揺れる。
と、そのとき、妹の視線がこっちに向いて、ぴたりと止まった。
「いーたん!」
えっ、なんでバレたの!?
「えー、あそこにはいないでしょ。はるちゃん、あれは木だよ」
「あー、いーたん!!」
妹がじたばたするので母さんは仕方なく妹を抱き上げ、こっちに向かって歩き出した。
「おい、どうする? 近づいてくるぞ」
「しっ、絶対動かないで。木の一部になりきるの!」
「もう自分から行ったほうがいいんじゃないか?」
「二度といっしょに木登りできなくなってもいいの?」
「………」
母さんたちはすぐ下まで迫ってきていた。妹が木の幹に手を伸ばすと、「だめだめ、登れないよー」と引きとめている。
「千夏」
海がささやく。
話しかけないで。あたしは今木になりきっているの。
「どうしても見つかりたくないんだな?」
そうだよ。だから黙ってなるべく静かにしてて!
「ひとつだけ方法があるんだけど、どうする?」
「えっ、なにそれ!?」
ハッ……しゃべっちゃった。
「あら、今本当に千夏の声が聞こえたわね……」
「いーたん!」
母さんが、ゆっくりとこっちを仰ぎ見る。
「なんでもいいから海、よろしく!!」
「了解」
海がすばやくあたしの片方の手をつかむ。ま、まさか飛び降りるの!?
ふわっと体が浮き上がるような感覚。
あたしは悲鳴を上げた。
けれど、それは虚空に吸い込まれた。……あたしたちの体ごと。
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