海の向こうの永遠の夏

文月みつか

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序章 姉の話

後編

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 一年前、私は大学へ入学し、アパートで一人暮らしを始めた。中、高と走ることに明け暮れた私は陸上に見切りをつけ、文芸サークルに入った。せっかくの自由なキャンパスライフなので、何か新しいことを始めたかったんだと思う。といっても、友人の作品を読んでばかりで、自分で書くことはほとんどなかったけれど。

 その年の誕生日はサークルの子たちがお祝いしてくれた。大学生だけで居酒屋に行って、なんだか大人になったような気分だった。私はまだ19歳だからお酒は飲めなかったけれど、ジンジャーエールを一気飲みして、すっかり浮かれていた。

 アパートへ帰ると、自転車置き場に見覚えのあるクロスバイクが駐輪してあった。まさかと思って自分の部屋に行ってみると、玄関に酔っ払いがうずくまっていた。

「……お姉ちゃん!」
「おお……やっと来た」

 姉は酒瓶を抱えたまま私の帰りを待っているうちに、そのまま居眠りしてしまったらしい。どうやら、まだ酔ってはいないらしい。

「いや~、家に帰ったら晴夏はいないっていうから、びっくりしちゃってさあ。そうか、もう大学生になったんだねえ。というわけで、ほら、プレゼント」

 姉は誇らしげに酒瓶を掲げる。

「あの、私まだ19なんだけど……」
「真面目だなあ。せっかく会いに来た姉に一杯くらい付き合ってくれたっていいのに」
「絡むなあ。本当に飲んでないんだよね?」

 私は重たい酒瓶を受け取り、姉を引っ張り上げて立たせた。私よりも目線が低い。いつかの姉の予言通り、私はぐんと背が伸びてむだに大きくなった。それに対して、姉は6年前に失踪したあの日からそれほど変わっていないように見える。「あいつの中では時間が止まっているようだな」という父の言葉を思い出した。たとえとかではなく、本当にそんな感じがする。いったいこの6年間、姉はどこで何をしていたんだろう?

「大学、楽しい?」
「うん……まあまあかな。忙しいし、思ったより嫌いな授業も多いけど、なんとかやってるよ。そうだ、私文芸サークルに入ったんだよ」

「へえ」と姉は意外そうな顔をする。

「晴夏にそんな趣味があったなんて、知らなかった」
「私はもっぱら読むの専門だけどね。気の合う人も多いし、楽しいよ。友だちには何か書けってせっつかれるけど」
「そっか。成長したんだね……」

 実は友人に姉のことを小説に書こうか迷っていると話したら、面白いから絶対にやるべきだといわれたばかりだった。
 そこで、勇気をふりしぼって聞いてみることにした。

「あのさ、お姉ちゃんは最近何してるの?」
「…………」

 しかし姉はグラスを握ったまますうすうと寝息を立てていた。
 私はあきらめて、ひとりで物思いに沈んだ。
 いったい姉はどこから来て、どこへ消えていくのだろう?


 だんだん、夜も更けてきた。今年も姉は来てくれるのだろうか?
 1年前プレゼントにもらったお酒は、この日のためにとっておいた。裂きイカ、枝豆スナック、つまみもいろいろ用意した。準備万端、いつでも来い!という感じ。でもそういうときって、待っていてもなかなか来なかったりする。

 そんなわけで、私は暇つぶしに姉の物語を書いている。多分に想像力をはたらかせて書いたので、実際に姉がしてきたこととはかけ離れているだろう。本人が読んだら大笑いするかもしれない。そうして、本当はどんなことがあったのか話してくれるかもしれない。

 姉の姿を思い浮かべ、ペンを走らせる。

 色あせてきた紺色のキャップと、ピカピカに磨き上げられたクロスバイクの真っ赤なフレーム。しなやかな細い脚で愛車にまたがり、力強く地面を蹴りだす。
 リリーンとベルを鳴らし、さっそうと光の世界へ繰り出す。風を切って、誰にも追いつけない速さで走る、走る。何かに突き動かされるように、何かを求めるように。季節さえも追い抜いていく。

 だけど、毎年妹の誕生日にだけは帰ってくる。このときだけは、自分の冒険を一時休戦して、私に会いに来る。

 そのとき、耳の奥で本当にリリーンと音が聞こえたような気がした。
 私はハッとしてペンをおき、玄関へ向かう。
 今年のプレゼントはなんだろう? いっしょに何を話そう?
 なんだってうれしい。なんだって話せる。
 二人でお酒を飲みながら、一晩語りつくそう。根掘り葉掘り、聞いちゃおう。

 プレゼントの箱を開けるときのようなわくわくした気持ちで、私はドアを開けた。

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