3匹のクズぶた

文月みつか

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火気厳禁 ジローの家

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 ジローは適度に怠け、適度に働く、常識的なブタだった。極端な兄や弟たちの中では常にツッコミで忙しく、ボケる暇などない。一人暮らしを始めてからはそのわずらわしさから解放され、ログハウスで気楽な生活を送っていた。

 ある日、木彫りの美少女ブタを彫っていたときのことである。

「おーい! ジロー、開けてくれ!!」

 血相変えたイチロー兄さんの突然の訪問に、ジローは驚いた。

「どうしたんだい兄さん! その慌てよう、借金取りにでも追われているの?」

「そんなちんけなもんじゃねぇ! 怖ろしいオオカミに命を狙われているんだ。しばらくかくまってくれ!」

「あ、ごめん今ちょっと散らかってるからさ……外で待っててくれない?」

「そんなことしておれがブタの骨だけになったら、後悔してもしきれないだろ。入るぞ!」

 しかしいざ次男の家に足を踏み入れたイチローは、その光景にちょっと引いた。

 テーブルの上にも、床の上にも、ソファーの上にも、木彫りのブタ、ブタ、ブタ。大小のブタがあらゆるポーズを決め、所狭しと並んでいる。しかもそれらはすべて、美少女ブタであった。

「ジ、ジロー、これは……」

「ちがうんだよ、兄さん!!」

 ジローは顔を真っ赤にしながら、彫刻刀をぶんぶん振り回した。

「これは全部商品なんだ! ひとり立ちしたからには稼がなくちゃならないだろう? ぼくは手先が器用だからさ……マニアにはけっこう売れるんだよ」

「そうか、長年いっしょに暮してても知らないことってあるんだな。安心しろ、おれはこんなことでお前を蔑んだりしない。いやむしろ、自分の手で稼いでいるんだから立派なんもんだ」

「兄さん……」

 ジローはほっとして胸をなでおろす。

「ただ、問題はおれが寝転がる場所がないことだ。ちょっとベッド借りるぞ。今日はもう走り回って疲れた。昼寝が必要だ」

「あ、待ってそっちの部屋は……」

 ジローが止めるのも聞かず、イチローは寝室に入った。そこで、絶世の美ブタ……の彫刻と目が合った。大きさは成人したブタと変わりなく、フリルのついたドレスを着ていた。

「わーっ!! やめてーっ!! 見ないでーっ!!」

 イチローは静かに扉を閉める。

「兄さん、あれはね、とあるお得意さんに頼まれて作っただけで、私物じゃないんだよ。こっちの部屋には置き場がないから、寝室に置いてあるんだけど……」

「わかったよ。もう昼寝はあきらめる」

 イチローは他人の家に勝手に入るのは金輪際やめようと心に誓った。

「ところで、どうしてまたオオカミに追われるはめになったの?」

「ああ、それはな……」

 イチローはことの成り行きを話した。

「え、それ悪いの兄さんじゃん! ダメだよ勝手に人の家に住むなんて」

「ぼろっちいから空き家だと思ったんだよ」

「電気もガスも通っていたのに?」

「うん、それはまあ、あとで謝ればいいかなあって」

「もうそれ確信犯じゃん! 怒られて当然だよ。まったく、よりによってオオカミの家に住み着くなんて……」

「巻き込んで悪かったな。ほとぼりが冷めたら出ていくからさ。今度は間違いなく本物の空き家を見つけてみせる!」

「いや、自分で家建てろよ」

 そのとき、ジローの家の戸をたたくものがあった。

「すみませーん。注文品を受け取りに来たんですけどー」

「あ、はいはーい」

 飛んでいこうとするジローにイチローは待ったをかける。

「客のふりをしたオオカミかもしれない。気をつけろよ」

「ははっ、ちがうよ兄さん。あれは本当にお客さんだよ。寝室にあった大きなブタの彫刻を注文した人で、うちの一番のお得意さんだよ。ちょうど今日が引き渡し日なんだ」

 そういうとジローは寝室から木のブタをよっこいしょと運んできて、ドアを開けた。

「はい、こちらご注文の品です」

「ああ、どうもすみませんねぇ、こんなに大きなもの頼んじゃって」

「いえいえ、やりがいがありましたよ。でもここまで大きいと場所もとるでしょう。さぞかし広いお家に住んでいるんでしょうね」

「そんなことないですよ。もう笑っちゃうくらいぼろっちい家で。そろそろ建てかえようかと思ってたくらいです。この木彫りのブタは、当分狭い家の真ん中に置いておくつもりです」

「へえ、真ん中に。それは、ピグ子……失礼、この彫刻も喜ぶでしょう」

「さあ、どうですかね。なにしろサンドバック代わりにするんですから。狩りの練習ですよ。より標的の形に近いほうがやる気が出るでしょう? こんなリアルに作ってくださってありがとうございます」

「へえ、サンドバックですか、あはははは」

「あはははは」

 ジローの中で何かが切れた。

「テメエ俺の力作を傷モノにしようってのか!? そんな奴にこのピグ子を嫁に出すことはできねえ! とっとと帰んな!!」

「はあ!? こっちは金払ってんだぞ! 客のことナメてんのかあああん!?」

「うるせえ! お客様がみんな神様だなんて思ってねーよ! 俺は俺の作品を愛でてくれる客を選ぶ!!」

 ジローはオオカミの鼻先でバーンと扉を閉め、かんぬきをかけた。

「おい、開けろこのヤロウ!!」

 オオカミはドンドンと扉をたたく。

「ジロー、あの客は……」

「兄さんも聞いてた? ひどい奴だよまったく! ぼくが手塩にかけて育てたピグ子をなんだと思ってるんだ! ああ、待てよ、ていうことは、今まで嫁に出したアケミやサチコも奴の毒牙に……」

「いや、そうじゃなくて……あの客、オレが不当に占拠してた家の住人だ。おれのこと追いかけてるオオカミと同一人物だよ!」

 そのとき、ドーンとすごい音がして家が揺れた。オオカミが扉に体当たりしているらしい。

「開けろ! 早く開けないと扉をぶっ壊すぞ!」

 どーん、どーんと体当たりのたび、ログハウスはぐらりと揺れる。

「このヤロウ、せめて代金を返せ!!」

 ジローはピグ子をぎゅっと抱いている。

「そんなもの、もう新しい彫刻刀を新調するのに使っちゃったよ!」

「なんだと!?」

 オオカミの怒り狂ったような声が聞こえ、しばらく沈黙が降りる。

「なあジロー、ここはいったん、ほかに避難したほうがいいんじゃないか? いっしょにサブローの家に行こう。あいつがこのまま引き下がるとは思えないし」

「いやだよ、せっかく住み慣れてきたところなのに。それに、娘たちをおいていくことなんてできない!!」

「娘って木彫りのブタのことか? そんなものまた作り直せるだろ……ん? なんか焦げ臭くないか?」

 イチローはくんくん鼻をうごめかす。それはオオカミがログハウスに放った火の煙のにおいだった。

「大変だ、この家燃えてるぞ! おいジロー、つべこべ言ってないでさっさと脱出しないと、おれたち仲良くブタの丸焼きになっちまう!」

「い、いやだ! 兄さんにはわからないかもしれないけど、同じ彫刻は二度と彫れないんだ。彼女たちは、ぼくの大切な家族みたいなもので……」

「このままじゃ本当の家族にも二度と会えなくなるぞ。ほら、早く!」

「せめてピグ子だけでも……」

「邪魔になるからやめておけ!!」

 イチローはぶうぶう泣きわめくジローを引きずるようにして、火を噴くログハウスの裏口から転がり出た。

 オオカミはそれには気づかず、今夜はごちそうだとひとりキャンプファイヤーに熱中するのだった。
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