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第四幕 アニーの人形劇
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『今回はこんなことになってしまって本当にごめんなさい』
アニーはオデットに向かって神妙な面持ちで頭を下げた。
『そんな悲しそうな顔なさらないで』
オデットは明るく言う。
『誰だってときには間違いをおかしますもの』
『ええ……でも一歩間違えばあなたを再起不能にするところだったわ』
『アニー様はわたくしのアドバイスを忠実に実行しただけですもの。あれはすばらしいターンでしたわ!』
『もう二度とやらないわ』
『まあ、それは残念』
オデットはため息をつき、微笑んだ。
『でもわたくし、あなたの……本体、というの? その方が修理してくださったおかげで、このように元通り、五体満足でいられて有難く思っています』
オデットはくるんと見事なターンを決めお辞儀をした。首の部分にはよく見ると細い亀裂がある。
『つるつるのお肌に傷をつけてしまったわね……』
『考えようによっては、これは幸運のしるしですわ』
オデットはくるるんと回る。
『本来であれば壊れたものは捨てられる運命ですもの。ましてや今回は、わたくしの存在が残るのはアニー様の本体様にとって都合が悪いはず。もしもわたくしが見つかれば本体様の努力が水の泡になりますもの』
『あなたってすごく前向きね。でも“本体様”はちょっと変じゃない?』
アニーは身をよじった。
『アンナでいいよ』
『承知しました。わたくし、アンナ様には感謝してもしきれませんわ』
オデットは夢見るような目つきで、アニーはやはり居心地悪そうに身をよじった。
『お礼を言うのはこっちのほうよ。あなたがどのお店から来たのか教えてくれなければ、この作戦はうまくいかなかったんだから』
『お役に立てて幸いですわ』
『それとね、言いづらいんだけれど、今後あなたを誘って大っぴらに遊ぶことはちょっと……』
『ええ、わかっております』
オデットは静かに答えた。
『アンナ様のお母さまに見つかってしまっては、元も子もありませんものね。でももしひとつ、わがままを聞いていただけるのであれば……ときどきはお母さまの目を盗んで、陽のあたる場所に飾っていただけるよう、アンナ様にお伝えくださいませんか?』
『ええ、もちろん』
アニーはようやく表情をやわらげた。
『伝えておくわ』
ところで、とオデットがアニーの乙女チックな衣装に目を向ける。
『わたくし、そのひらひらしたやたらリボンの多いお召し物は子どもっぽくてエレガンスに欠けると思っていたのですけれど、よく見たらアンナ様のお洋服とおそろいだったのですね。殿方の趣味に女性が合わせる必要はないと申しましたけれど、持ち主の趣味に合わせることこそが着せ替え人形の使命なのだと、学ばせていただきましたわ』
アニーの表情が再びこわばる。
『そ、それはよかったわ……』
アニーはフリルとリボンとレースのついたドレッシーな服の裾をつまみ上げ、しばし無言で見つめた。
アニーはオデットに向かって神妙な面持ちで頭を下げた。
『そんな悲しそうな顔なさらないで』
オデットは明るく言う。
『誰だってときには間違いをおかしますもの』
『ええ……でも一歩間違えばあなたを再起不能にするところだったわ』
『アニー様はわたくしのアドバイスを忠実に実行しただけですもの。あれはすばらしいターンでしたわ!』
『もう二度とやらないわ』
『まあ、それは残念』
オデットはため息をつき、微笑んだ。
『でもわたくし、あなたの……本体、というの? その方が修理してくださったおかげで、このように元通り、五体満足でいられて有難く思っています』
オデットはくるんと見事なターンを決めお辞儀をした。首の部分にはよく見ると細い亀裂がある。
『つるつるのお肌に傷をつけてしまったわね……』
『考えようによっては、これは幸運のしるしですわ』
オデットはくるるんと回る。
『本来であれば壊れたものは捨てられる運命ですもの。ましてや今回は、わたくしの存在が残るのはアニー様の本体様にとって都合が悪いはず。もしもわたくしが見つかれば本体様の努力が水の泡になりますもの』
『あなたってすごく前向きね。でも“本体様”はちょっと変じゃない?』
アニーは身をよじった。
『アンナでいいよ』
『承知しました。わたくし、アンナ様には感謝してもしきれませんわ』
オデットは夢見るような目つきで、アニーはやはり居心地悪そうに身をよじった。
『お礼を言うのはこっちのほうよ。あなたがどのお店から来たのか教えてくれなければ、この作戦はうまくいかなかったんだから』
『お役に立てて幸いですわ』
『それとね、言いづらいんだけれど、今後あなたを誘って大っぴらに遊ぶことはちょっと……』
『ええ、わかっております』
オデットは静かに答えた。
『アンナ様のお母さまに見つかってしまっては、元も子もありませんものね。でももしひとつ、わがままを聞いていただけるのであれば……ときどきはお母さまの目を盗んで、陽のあたる場所に飾っていただけるよう、アンナ様にお伝えくださいませんか?』
『ええ、もちろん』
アニーはようやく表情をやわらげた。
『伝えておくわ』
ところで、とオデットがアニーの乙女チックな衣装に目を向ける。
『わたくし、そのひらひらしたやたらリボンの多いお召し物は子どもっぽくてエレガンスに欠けると思っていたのですけれど、よく見たらアンナ様のお洋服とおそろいだったのですね。殿方の趣味に女性が合わせる必要はないと申しましたけれど、持ち主の趣味に合わせることこそが着せ替え人形の使命なのだと、学ばせていただきましたわ』
アニーの表情が再びこわばる。
『そ、それはよかったわ……』
アニーはフリルとリボンとレースのついたドレッシーな服の裾をつまみ上げ、しばし無言で見つめた。
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