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4.シュークリーム1個ください
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こんな時間にひとりで出かけたことはなかった。酔っ払ったおじさんや、派手な格好のお兄さんとすれちがうたび、ぼくはびくついた。それに、夜の闇が街灯のあいだを縫って、ぼくを追いかけてくるような気がした。パパが闇の帝王ならぼくはその息子なのに。暗闇は苦手だ。
商店街に入り、ようやく安寧堂という店を見つけたとき、ぼくはほっとして座りこみそうになった。でも、そんな暇はない。
「いらっしゃいませー」
店員さんの明るい声が響く。どこかで聞いたことのある声だなと思ったら、なんと隣に住んでいたお姉さんだった。
「あらヨシオくん、こんなところで会えるなんて! ごめんね、急な引っ越しだったから、挨拶もできなくて」
「お姉さん! ここの店員さんだったの?」
「ええそうよ。もう暗いのに、ひとりで歩いてきたの?」
「うん。実は今、ぼくのうちが大変なことになってるんだ……」
「知ってるわ」
「えっ、なんで!?」
「店長に聞いたの。パパとママ、仲直りしてくれるといいわね」
「う、うん。ありがとうお姉さん」
もっとしゃべりたい気持ちは山々だったけど、急いでいたので「シュークリーム1個ください」といってお金を出した。財布の中身の半分にあたる、216円。
「よかったね、これ最後の1個よ。あ、そうだ、新作ケーキの試食、してみない?」
ぼくは今にも走り出したかったけど、お姉さんとケーキの誘惑には抗いきれなかった。一口ぐらいならいいよね。
お姉さんがスプーンに乗せて手渡してくれたケーキは、黒と白が混ざり合って、奇妙なことにきらきら輝いて見えた。ぼくはなぜだか少し緊張して、それを口に運んだ。
甘くて、しょっぱくて、クリーミーで、ほろ苦い。
それはいろんな味がする、とても不思議なケーキだった。
「これ、ユーゴーっていう名前なのよ。変わってるでしょ? 昔、仲の悪い家柄どうしの男女が恋に落ちてね、店長がどうにかしてあげたいと思って、ずうっと考えてた作品なの。これを食べると、世界が平和になるんだって」
笑っちゃうよね、というお姉さんの声が遠くなっていく。ぼんやりした意識の中、ぼくは自分の中に拮抗している何かが一つに溶けあっていくのを感じた。
商店街に入り、ようやく安寧堂という店を見つけたとき、ぼくはほっとして座りこみそうになった。でも、そんな暇はない。
「いらっしゃいませー」
店員さんの明るい声が響く。どこかで聞いたことのある声だなと思ったら、なんと隣に住んでいたお姉さんだった。
「あらヨシオくん、こんなところで会えるなんて! ごめんね、急な引っ越しだったから、挨拶もできなくて」
「お姉さん! ここの店員さんだったの?」
「ええそうよ。もう暗いのに、ひとりで歩いてきたの?」
「うん。実は今、ぼくのうちが大変なことになってるんだ……」
「知ってるわ」
「えっ、なんで!?」
「店長に聞いたの。パパとママ、仲直りしてくれるといいわね」
「う、うん。ありがとうお姉さん」
もっとしゃべりたい気持ちは山々だったけど、急いでいたので「シュークリーム1個ください」といってお金を出した。財布の中身の半分にあたる、216円。
「よかったね、これ最後の1個よ。あ、そうだ、新作ケーキの試食、してみない?」
ぼくは今にも走り出したかったけど、お姉さんとケーキの誘惑には抗いきれなかった。一口ぐらいならいいよね。
お姉さんがスプーンに乗せて手渡してくれたケーキは、黒と白が混ざり合って、奇妙なことにきらきら輝いて見えた。ぼくはなぜだか少し緊張して、それを口に運んだ。
甘くて、しょっぱくて、クリーミーで、ほろ苦い。
それはいろんな味がする、とても不思議なケーキだった。
「これ、ユーゴーっていう名前なのよ。変わってるでしょ? 昔、仲の悪い家柄どうしの男女が恋に落ちてね、店長がどうにかしてあげたいと思って、ずうっと考えてた作品なの。これを食べると、世界が平和になるんだって」
笑っちゃうよね、というお姉さんの声が遠くなっていく。ぼんやりした意識の中、ぼくは自分の中に拮抗している何かが一つに溶けあっていくのを感じた。
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