4 / 5
第4話 最後の一軒
しおりを挟む シミのある天井、壁の落書き、使い古した学習机、セミシングルのベッド、文庫で埋められた小ぶりの本棚。
「なんだ、私の部屋じゃん」
最初に来た実家に戻ってきただけだった。さっきはあまりにも変化のない母にがっかりして、部屋まで来なかったけど。
「ここがどうしても見せたかったの?」
「さようです」
私はベッドに腰かけた。生前よくそうしていたように。部屋の様子は少しだけ私の記憶と違っていた。一人暮らしをするさいに持って行った本が本棚に収められていたことと、1冊読みかけの本が机の上においてあったこと。それから、カーテンレールに吊るされた、スーツのかかったハンガー。大学の入学式で着ただけだから、ほとんど新品だ。
お母さん、ここで本を読んでたのかな……私のスーツを見ながら。
なんだか急に切なくなって、しばらくそのまま座っていた。
不動さんは何も言わず、ただ静かに待ってくれていた。
きれいすぎるスーツ。本当はこれを着て、就活をがんばって、時にはへこんだりもしながら、それでも何とか内定をもらって、お母さんにどんなもんだい!って自慢したかった。
あふれた涙が、ベッドと床に落ちては染みることなく消えていく。私は魂だけの存在だから、見たり感じたり触れたつもりになることはできるけれど、物質的に干渉することはほとんどできない。そのことを考えたら、余計に涙があふれてこぼれた。
ひとしきり泣いたあと、不動さんに連れられて居間へ向かった。今日もカレーの匂いがしている。
お母さんが台所から二つお皿を運んできて、「しまった」とつぶやいた。
「今日は松田さん、来ない日だった」
来ないほうが珍しいくらい、松田さんはこの家に入り浸っているらしい。仲良くやってるみたいで何よりです。
「じゃあこれは、かなでの分にしよう」
と言って、お母さんは私の指定席だったテレビの正面の位置にカレーを一皿おいた。そしてテレビを見て、またあーだこーだしゃべりだした。
「この俳優さん、かなでが好きそうな顔してる。隣にいたらぜったいに画面にくぎ付けになっていたね」
「よくわかったね」
「やっぱり? そうだと思った」
お母さんも私も、一瞬「えっ?」という顔で見つめあった。見えてるのかなと思ったけど、お母さんはまばたきしてからまたテレビのほうに顔を向けた。
私は、ちょっとおかしかったけど、お母さんのテキトーな独り言にあーだこーだと口を挟んで、しばらく楽しんだ。不動さんはここでも、静かに見守ってくれていた。
それから仏間へ行って、おじいちゃんとおばあちゃんとお父さんに、もうすぐそっちに行きますと挨拶をした。
仏壇にはずんだ餅が備えてあった。きっと松田さんだ。
ありがとう。母をよろしくお願いします。
私はずんだ餅に向かって手を合わせた。
「これでよし。不動さん、行こう」
「よろしいんですか。こちらに決めなくて」
「うん。お母さんは私がいなくてもきっと大丈夫だよ。松田さんもいるし。まあ、ときどきは様子を見に来たいけど……」
「なるほど」
不動さんは腕を組む。
「ここがお気に召さないとあれば、奥の手があります」
「うん? 何それ?」
「抜け道、と言いますか……」
不動さんは床にぐるっとまた例の魔法陣を描いた。
「ついてきてください」
「なんだ、私の部屋じゃん」
最初に来た実家に戻ってきただけだった。さっきはあまりにも変化のない母にがっかりして、部屋まで来なかったけど。
「ここがどうしても見せたかったの?」
「さようです」
私はベッドに腰かけた。生前よくそうしていたように。部屋の様子は少しだけ私の記憶と違っていた。一人暮らしをするさいに持って行った本が本棚に収められていたことと、1冊読みかけの本が机の上においてあったこと。それから、カーテンレールに吊るされた、スーツのかかったハンガー。大学の入学式で着ただけだから、ほとんど新品だ。
お母さん、ここで本を読んでたのかな……私のスーツを見ながら。
なんだか急に切なくなって、しばらくそのまま座っていた。
不動さんは何も言わず、ただ静かに待ってくれていた。
きれいすぎるスーツ。本当はこれを着て、就活をがんばって、時にはへこんだりもしながら、それでも何とか内定をもらって、お母さんにどんなもんだい!って自慢したかった。
あふれた涙が、ベッドと床に落ちては染みることなく消えていく。私は魂だけの存在だから、見たり感じたり触れたつもりになることはできるけれど、物質的に干渉することはほとんどできない。そのことを考えたら、余計に涙があふれてこぼれた。
ひとしきり泣いたあと、不動さんに連れられて居間へ向かった。今日もカレーの匂いがしている。
お母さんが台所から二つお皿を運んできて、「しまった」とつぶやいた。
「今日は松田さん、来ない日だった」
来ないほうが珍しいくらい、松田さんはこの家に入り浸っているらしい。仲良くやってるみたいで何よりです。
「じゃあこれは、かなでの分にしよう」
と言って、お母さんは私の指定席だったテレビの正面の位置にカレーを一皿おいた。そしてテレビを見て、またあーだこーだしゃべりだした。
「この俳優さん、かなでが好きそうな顔してる。隣にいたらぜったいに画面にくぎ付けになっていたね」
「よくわかったね」
「やっぱり? そうだと思った」
お母さんも私も、一瞬「えっ?」という顔で見つめあった。見えてるのかなと思ったけど、お母さんはまばたきしてからまたテレビのほうに顔を向けた。
私は、ちょっとおかしかったけど、お母さんのテキトーな独り言にあーだこーだと口を挟んで、しばらく楽しんだ。不動さんはここでも、静かに見守ってくれていた。
それから仏間へ行って、おじいちゃんとおばあちゃんとお父さんに、もうすぐそっちに行きますと挨拶をした。
仏壇にはずんだ餅が備えてあった。きっと松田さんだ。
ありがとう。母をよろしくお願いします。
私はずんだ餅に向かって手を合わせた。
「これでよし。不動さん、行こう」
「よろしいんですか。こちらに決めなくて」
「うん。お母さんは私がいなくてもきっと大丈夫だよ。松田さんもいるし。まあ、ときどきは様子を見に来たいけど……」
「なるほど」
不動さんは腕を組む。
「ここがお気に召さないとあれば、奥の手があります」
「うん? 何それ?」
「抜け道、と言いますか……」
不動さんは床にぐるっとまた例の魔法陣を描いた。
「ついてきてください」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
angel
綾月百花
ライト文芸
楸と愛梨は幼稚園からの幼なじみだ。両親の都合で二人は一緒に協力して暮らしてきた。楸の母親がバイオリストだったこともあり、楸はバイオリンが弾けた。幼い愛梨も楸の母にピアノを教わっていた。二人で合わせると綺麗な曲が生まれることを幼い頃から気付いていた。二人の遊びは歌を歌いながら演奏することだった。高校に入った頃に、愛梨がバンドを作ろうと言い出して、ギターとドラムを演奏できる男子を探し始めた。初めは愛梨を守るようにいつも側にいる楸に友達を作って欲しくて始めた活動だったが、一緒に活動するうちに、愛梨も仲間になっていた。愛梨は楸の声を欲し、楸は愛梨の声を欲する。バンド結成からプロになるまでを描いた青春ラブストーリーです。
「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨
悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。
会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。
(霊など、ファンタジー要素を含みます)
安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き
相沢 悠斗 心春の幼馴染
上宮 伊織 神社の息子
テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。
最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*)

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる