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第十四話・そして歯車は回りだす

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 ソラ宅で、携帯型魔電スマートフォンの使い方をリトルスノウちゃんたちに聞きながらいじっていたら、ソラの魔電に着信。ソラの魔電番号は限られた人にしか教えていないってことだから、よっぽど大事な相手からなのだろうと思いつつ。
「あ、マリン?」
 シトリンちゃんのご主人様、マリンさんかららしい。マリンさんにはギルドでは申し訳ないことをしちゃったので、思わずお耳がピクピクの私です。漏れ聴こえてくる分には、マリンさんがこちらに来るとな⁉
(まさか、腐女子だってことを同僚さんにバラしたの怒ってる? 処しに来ちゃう⁉)
 腐女子バレした女の子がどんなに鬱陶……めんどくさいかはアルテで学習した私、
「いいわよ」
 ってソラがマリンさんに承諾したのを全力で阻止!
「待って、待ってソラ!」
「……あ、ん?」
 マリンさんとの通話を中断して、ソラの意識をこちらに向けることに成功。
「あのあのっ、マリンさんこっちに来ちゃう?」
「うん。作ってほしい魔導具があるんだって」
 え? 私をぶっ飛ばしに来るんじゃないの?
「違うってば。マリンはティア姉をこらしめに来るわけじゃなくてね?」
 いやでも……会いづらい、かも。
「あぁ、ごめんごめん。え?」
 私がウジウジとしてたら、いつのまにかマリンさんとの通話に戻るソラ。
「わかったわ、ティア姉に伝えとく」
 何を⁉
「うん、それじゃお待ちしてるわね。じゃ!」
 ソラさん、通話を終えて私に振り向く。怖い怖い! マリンさんが私に何の用なの⁉
「是非ともお礼がしたいから、逃げないで塔にいてくださいって伝言。マリンからよ」
「はて?」
 お礼とな。お礼参りじゃないよね? 前世でお馴染みの、卒業式で先生をふるぼっこにしちゃうやつ。
 私はマリンさんに恨まれこそすれ、お礼どころか会ったこともないんですが。
「シトリンちゃんのことでしょ。ティア姉のおかげでシトリンちゃん、罪に問われずに済んだらしいわね?」
「あ、ソレのことかぁ」
 これはこれで会いづらいな、照れくさい。でも、
「やっぱ怒られるんだろうな」
「考えすぎだってば。マリンはいい子……よ?」
 何、その間は。
「まぁ私たち六人を除けば、この地上で一二を争うハンターだけどね。この大陸に二人しかいないSSランク」
「……やっぱりぶっ飛ばされるのでは」
 震えが止まらない。それともアルテみたいに、『くっコロ劇場』になっちゃうのだろうか。
「その、」
「え、何々⁉」
「あ、ごめん何でもないの……ってこれ、ティア姉の悪い口癖だったわね」
 ですね。チクピンするのでお胸、出してください。
「そのSSランクハンターのもう一人ってのが」
「もう一人ってのが?」
「クラリスなのよ」
 なんと! あれ、でもクラリスちゃんてば人間つか皇女様では。
「そうよ? とんでもないじゃじゃ馬プリンセスみたいね、デュラによると。ちなみにティア姉並みのポンコツとも言ってたわ」
 何、この飛び火は。
「まぁそうね、もしマリンがキレたら私が助けてあげるから」
「うぅ、お願いしますよ……」
 そこらのチンピラにすら喧嘩で負ける私、大陸最強の人間なんてもう恐怖でしかない。そりゃ殺し合いなら秒で倒せるけど、罪のない人を殺すわけにもいかない。
「すぐに来ちゃう感じ?」
「結構離れてるからね、お昼過ぎになるんじゃないかしら」
 ふむ、なら結構時間あるな。まだ朝ごはん食べたばかりだから。
「そう言えば思い出した。ソラに頼み事があるんだった」
「何かしら?」
「アルテがね、ほら『ああいう本』好きじゃない?」
「うん」
 だけどアルテは、内緒にしているつもりだった。皆がとっくに知ってるって気づいてなくて。
「結構、堂々と読んでた気がするけど……」
 ですよねー。そこで私は、塔でのアルテの錯乱ぶりを説明したんだけど。
「ちょ、ちょっと待って。アルテ姉の話をしているのよね⁉」
「わかるよ。私もあんなアルテ見たの面白……戸惑ったから」
「なるほど、それで全員からその腐女子趣味とやらの記憶を消してほしいと」
 そうー。
「イヤに決まってるじゃない。仲間の記憶をいじるとか、私にとっては禁忌も同様よ? 寒気がしちゃう」
 うーん、ソラはまともな感覚の持ち主だった。親兄弟と言えど実験に使うサイコな呪術バカだと思ってたからちょっと意外だな。
「じゃあアルテのことは……」
「私はそんな依頼は受けません」
 はい、終~了‼ アルテさん、残念でした。
「あ、もう一つ。私ね、ソラのこのフェクダに来るのに『アルタス』で来たのね」
 魔石寝台急行、ケーブルカーの『アルタス』。車掌さんの気遣いで前展望席をゲットしたんだけど、その列車がホーンディアを轢いちゃって……おかげで私はその『お肉』がぐちゃんぐっちゃんになるのを間近で目撃することになったのだ。
「もうね、トラウマつーか……お肉食べられないっていうか。この記憶、消すことできる?」
 ソラ、何か氷の表情なんだけど。
「言ったよね? 仲間の記憶をいじるのは私にとって禁忌だって。それに、」
「それに?」
「私はサイコな呪術バカじゃないし」
 あっ!
「口に……出てた?」
「えぇ、思いっきり」
 やっ、やばっ!
「じゃ、じゃあ私の記憶は……」
心的外傷トラウマを乗り越えるの、頑張ってね? フフ!」
 しくじった……まぁまた鼻水が止まらない呪いをかけられるよりは、いっか。
「でもソラ。親兄弟を実験に使うとかは、あながち嘘でもないよね?」
「っていうと?」
 うん、だから呪いを発動しようとしないでください。
「イチマルが断れないのをいいことにさ?」
 そう、何かとイチマルを実験に使うソラ。これは次姉格としてはピシャンと言っておかないと。
「……」
「あ、あの……ソラ?」
「わかった、気をつけるわ」
 あれ? 素直?
「何よ、ティア姉のお説教に大人しく反省しちゃダメなの?」
「あ、ううんそんなことない」
 ちょっと意外だっただけ。ソラは私のことを尊敬してるって言ってたけど、こんなポンコツ姉だから説教されたらウザいんじゃないかって邪推してたんだ。
「ティア姉に説教されるってのも、案外悪くないわね」
「さようで」
 うーん、ソラってば可愛いかも。
「あ、それともう一つ」
「まだあるの?」
 あぅ、ごめんなさい。私的にはこれがメインなので。
「で、何?」
「この妖精の羽、目立たなくするような……あるいは他人から目立たなくするような魔道具、ない?」
「うーん……まぁティア姉からお金いっぱい預かってるから、作れないこともないけど」
「ないけど?」
 ソラ、ちょっと赤面してる?
「私はティア姉の妖精の羽、好きなの。だから隠してほしくないな?」
 え、何それ何それ! うーん、そう言われると……うーん。
「わ、わかった。じゃあこれは無しにする」
 目立つのなんて、もう今さらだと思うし。何より、この妖精の羽を好きって言ってもらえてちょっと嬉しい。
うん。やっぱティア姉は羽がないとね‼ププ―ッ! チョロいなこのヒトwww
「……うん、そうだね?」
 何か言外というか行間で何か言われた気がするけど、気のせいかな。
「うーん、結局ソラへの頼み事は三つともないことになってしまった」
「まぁまた何か相談あったら言ってね、善処するから。それより、」
 ん?
「やっぱ銀行口座はあったほうがいいと思うのね。現金を持ち歩くのって、物騒よ?」
「むぅ……それもそうか。じゃあマリンさんが来るまでに、街に出て口座作ってくるかな」
「そうしてちょうだい。預かってる金、ティア姉に振り込むから」
 あー、一九億九千五百万でしたっけ。
「あ、それはいらな……いや、だからね?」
 鼻水がまた止まらないんですが⁉ 秒で呪うの、やめてくださいホントに!
 まぁそんなこんなで、一人ガンマの街で銀行口座をば。でっかい羽の妖精さんが銀行口座作ってるなんてシュールな光景は、やはり目立つ目立つ!
(やっぱ、隠す魔導具を作ってもらおうかなぁ?)
 って揺れる心。そそくさと銀行を後にしたら、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。
「あ、羽猫そばだ」
 ソラが水色ちゃんに会ったってお店かな? ま、そう何度も水色ちゃんに会ったりはしないだろうし(とかいうフラグを立てつつ)、小腹も空いてたのでお店の中へ。
「ここは券売機なんだな」
 とりあえず、山菜そばを。やっぱ妖精さんなのでね、お肉よりもお野菜なのデス。
 んでもって券をカウンターに置いてセルフサービスのお水をコップに入れてたら、後ろから私の肩をポンと叩かれた。
「お釣り、取り忘れてますよ?」
 そう言って、券売機を指さすのは……水色マリィちゃんだった。
「え、あのっ……⁉」
「お釣り」
 水色ちゃん、ずっと指さしたまま。って並んでいる人が買えなくて困ってるや。
「あ、ごめんなさい!」
 慌てて釣り銭を取って戻り……え、水色ちゃん私の隣?
(こっち見てくれないかな……)
「あの、マリィ?」
 ちょうどお冷を飲んでた水色ちゃん、私が恐る恐る呼びかけると怒涛の勢いで吹いた。
「ゴホッ……ゲホッ……ちょっと!」
「ご、ごめんなさい‼」
 布巾で拭き拭き(ダジャレではない)している水色ちゃん、うーん私前にもやらかしたことあるな? どこでだっけ。
 拭き終えた水色ちゃん、私をジロリと一瞥するも無言。
(うーん、どうしよ?)
 そうこうしていると、水色ちゃんに天そばと巻き寿司(二個)が先にきた。続いて、私の山菜そば。
 魔法少女と妖精が並んで、お蕎麦すすってんの。何コレ。
「ねぇ」
「はっ、はい‼」
 水色ちゃんから話しかけてきた!
「私の名前……どうして?」
 すっごくシリアスな顔で……あれ? ちょっと泣きそう?
「あ、あの……ソラが覚えてて。あ、でも名前だけ」
「そう……」
 えーと。会話が続きません!
「あ、あのね? ソラっていうのは」
 と私が言いかけるのに、
「知ってる」
 と喰い気味に。そしてまた無言。もうどうしろと? お蕎麦が伸びちゃいますよ?
 そしてしばし無言のまま、二人でお蕎麦をすすって。先に水色ちゃんがお蕎麦を食べ終えた。おつゆ、全部飲んでるな。
「じゃあね、リリィ」
 そう言って颯爽と去ろうとする水色ちゃんを、私思わずガシッと掴んでしまう。
「何? ティアって呼ぶほうがよかった?」
 それもあるけど。
「ねぇ、水色ちゃん。あなたとリリィの関係て何?」
「……水色ちゃん?」
 あ、そうか。これ私が勝手につけたニックネームだ。
「えと、名前わからなかったからずっとそう呼んでたの。気に触ったらごめんなさい」
 水色ちゃん、そう言われてしげしげと自分の衣装をセルフ観察して。
「なるほど、水色ちゃんね?」
 そう言って吹き出した。とっても、優しそうな笑顔で。
「マリィでも水色でもどっちでもいいよ」
「うん、でも私のことはティアで……いいかな?」
 何で無言なんですかね?
「いいよ。それじゃ」
 やんわりと私の手をほどいて、水色ちゃんがお店を出ていく。私はそれを、無言で見送るしかできなかった。
 そして再び残りのお蕎麦に取りかかって気づいたんだけど。
(この巻き寿司、食べていいんだろうか)
 どうやら注文したこと、すっかり忘れて出て行っ……って戻ってきた! 何か笑う。
 水色ちゃん、顔を真っ赤にして一個を口に放り込む。
「残り、あげる!」
 そして口をまだモグモグさせながらそう言って、再び出て行った。まぁ巻き寿司、ありがたくいただきますけども。
 水色ちゃんの、マリィの態度から察するに……リリィとは友達同士じゃなかったんだろうかって感じた。でも水色ちゃんは、多分だけどリリィを屠るために……。
(わかんないな……)
 とりあえず、『私の中のリリィ』は何の反応もしなかった。ほかの五人だと違うのかな。
「いや、六人か」
 クラリス……彼女が何か私たちの、リリィ復活のキーになるような気がして仕方がないんだよね。
 とりあえず、予定外の巻き寿司でお腹いっぱいの私。腹ごなしを兼ねて、帰りは飛ばずに徒歩で塔に向かう。
(何か忘れてる気がする……)
 しばらく歩くと、コユキちゃんが空を見ながら小走りに駆けてきた。
「空に何かあるのかな?」
 そう思って見上げるけど、何もない。つーか、コユキちゃんが探してるの多分私だ。
「コユキちゃん?」
「あ、ティア様! どこで何してたんですか‼」
「え?」
 怒るというよりは、何か慌ててる感じのコユキちゃんだけど。
「マリン様がお待ちです!」
 忘れてたー‼
「ごめん、今すぐ戻る!」
 私はそう言って、コユキちゃんの腰に手を回す。
「え?」
「飛ぶよ!」
 ロケットか!と自分でもツッコミたいぐらいの速度で急上昇、強力なGが頬肉を揺らす。そして風を斬り裂きつつ、ソニックブームを発しながら音速飛行。塔まで一瞬でした、ハイ。
 そして、最上階の窓に近づいた瞬間だった。
『バシュッ!』
 ……忘れてた。招かれざる来訪者対策の投網トラップ。
 すでに音速の衝撃で失神済みのコユキちゃんと抱き合う感じの姿勢で、まるでネットに入ったみかんのようにぶーらぶらの私たち。
 上の窓が開いて、……ん、あれは誰だ? 藍色の髪、瞳の眼鏡のお姉さん。
「あ、私一人で大丈夫です」
 そう中の誰かに話しかけると、私とコユキちゃん(失神)を投網ごと引き上げる。怪力だな?
「あ、ありがとう」
 とお礼は私。
「ティア姉、バカでしょ? バカなんでしょ⁉」
 と半ギレはソラ。
「コユキ! コユキ、大丈夫⁉」
 って心配そうに猫獣人の……あ、この子シトリンちゃんだ。てことはこのお姉さんが?
「マリンさんですか?」
「はい、ティア師マスター・ティア。お目にかかれて光栄です」
 いやいや、そんな畏まるのやめて?
(すごい美人さんだな……それにっきい)
 アルテとか夜叉モードのイチマルも大きいのだけど、それに引けをとらない。ちょっと残念な眼鏡をしているけど、それでも迫力のある麗人さんだ。
(胸は……普通か)
 ちょっと安心した。
「まぁ二人とも、ソファで落ち着きましょう。シトリンちゃんは、コユキをお願いできる? あ、誰かコユキの部屋に案内してあげて」
「ハイ」
 コユキちゃんをおんぶしたシトリンちゃんが、メイド猫さんを先導に出ていって。
 ソファに私とソラが並び、対面にマリンさん。
「それでは改めて、ティア師。この度は」
「あぁいい、いい! そういうの」
 って遮ろうとした私の腿を、ソラがギュッと捻り上げる。
「いぎっ⁉」
「マリンに最後まで言わせなさいよ、ティア姉」
 は~い。あ、でもこれだけは言わせて?
「ティアでいいですよ、マリンさん」
「そんなわけにも……」
 そういやマリンさんて、ソラのこと何て呼んでるんだろ?
「あ、ソラ姉って呼んでます」
 なるほど? 私たち六人で序列がソラより下なのはターニーとデュラの二人だけど、そういやソラって呼び捨てにされてんのね。今さらだけど。
「じゃあティアさんで。いい?」
「あ、はい」
 こんな大人っぽい美人のお姉さんに、ティア師なんて呼ばれたら気後れしちゃうよ。見てのとおりのちんちくりんですし。
「お礼をと考えたのですが、とりあえずシトリンが戻……いや、邪魔するの悪いわね」
 何のことだろう?
「あぁ、シトリンちゃんとリトルスノウ、コユキがね。実は昔生き別れになった親友同士だったんだって」
「へぇ!」
 感動的な再会だったんだ。
「感動的……そうかな。何でコユキ、失神してたの?」
「面目ないです」
 あのターニーでさえガクブルだったんだから、コユキちゃんが失神するのは当然だった。私、二人の感動的な再会を締まらないものにしちゃったんだなぁ。本当にごめんね?
「それでティア……さんは、その羽を目立ちにくくしたいとお考えって聞きました」
 うん、そうだね?
「お礼と言ってはなんですが」
 そう言ってマリンさん、両手を前に出して手のひらを上に。何なに?
『構築』アセムブリィ
 って呟くと、無数の光の粒がマリンさんの両手を覆って。治癒魔法……ではないな。何だコレ。
「うん、こんなものかな」
 ってえぇ⁉ さっきまでマリンさん、何も持っていなかったのに……今マリンさんの両手には、淡いマゼンタのハーフコート。
「ちょっと着てみてくれます? 羽は畳んでいただいて」
「あ、はい」
 何が何だかよくわからないけど、それに従う。羽は霊体なので油断すると布地くらいは簡単に突き抜けちゃうんだけど、そこは意識して。
「どうでしょうか?」
 メイドさんたち、いつのまにかキャスターの付いた姿見を持ってきてくれてた。それの前に立って前・右・左、後ろを向いてクル~リとな。
「凄い、羽が目立たない!」
 いや、目立たないを通り越して見えない。畳んだ羽の下端がちょっとだけ見えるけど、スカート衣装のアクセントみたいな感じになってて、むしろ可愛い!
「凄い! 可愛い! ありがとう、マリンさんありがとう!」
「どういたしまして」
 ニッコリとマリンさん、いやはや女神はいた! いやまぁ、実際にいますけどね。ロード様が。
「これ、いただいていいんですか? あの、お代は……」
 ついつい訊いちゃう。お金払えってのなら払うよ? 少しは余裕あるし。※例の一九億九千五百万はソラにあげたつもりでいます。
「いえいえ、お礼の品ですってば」
 マリンさん、ちょっと困った顔だな。じゃあありがたくいただくとします。それにしても、
「マリンさんてば、錬金術師アルケミスト?」
「ですね」
 ほぇ~。それでいて大陸最強の女の子。そこにシビれる、憧れるぅ‼
 そして女子三人、しばしご歓談。その後マリンさんはシトリンちゃんが気になるということで、席を外す。
「ねぇ、ソラ」
「何?」
「水色ちゃんに……マリィに会ったよ」
「……街で?」
「うん。会話もした」
「何を取ってあげたの?」
 ソラじゃあるまいし。まぁ逆にお釣りの取り忘れを指摘してくれたんだから、似たようなもんか。
「マリィ、て呼んだら驚いてた」
「へぇ……ほかには?」
 ほかには? ええっと。
「巻き寿司一個、ご馳走になった」
「それで?」
「それだけ」
「……」
 なるほど、よく考えてみればそれだけしかないな。ティアって呼んでほしいってお願いしたぐらいで。
「ティア姉のポンコツぶりって、ときどき殺意が沸くのよね」
 ひえっ!
「だってだってー、いきなりお蕎麦屋さんで出会って心の準備が‼」
「まぁわからなくもないけど、せめて私たち……ううん、リリィとの関係とかね? 何らかの情報を持って帰ってきてほしかったなって」
 ごもっともです。
「それ訊いたんだけど、私が水色ちゃんて呼んでることのほうが気になったみたいで……そっちに話題が移っちゃった」
「ああもうなんだか無性に呪いたい、ティア姉を呪いたい……」
 お願いですから、怖いことをぶつぶつ呟かないで!
「で、まぁリリィバイバイみたいなこと言われたから、ティアって呼んでほしいなみたいなね?」
「……何て?」
「え? いいよって」
「そうではなく」
 と言いますと?
「ティア姉に、『リリィ』って言ったのね? 間違いないわね?」
「え、うん?」
「どっちよ‼」
 ちょっ、ちょっと待って。何で激おこ?
「ティア姉の中で、大事な情報とそうじゃない情報の取捨選択ってどうなってるの⁉」
「うぅ、難しいことわかんない」
 ソラが怒ってるのもあって、私ちょっとパニックで残念な子になっちゃってる。
「マリィがティア姉を、リリィとして認識している……か」
「あの、ソラ? こっち向いて?」
 もう私に興味を失った感じで、思案気なソラさん。うぅ、シカトはやめてください……。


 マリンさんとシトリンちゃんが帰って、その翌日。
 ソラの部屋中央の魔導紋様に顕現しているのは、天璇の塔はデュラ。
「デュラ、クラリスはそこにいるの?」
 そう問うソラに対し、
『いや、ちょっとしごきすぎて死んでる』
 ってどういう意味なんですかね。おたくら二人何してんの?
『何かね? 私を倒したいんだってさ』
「???」
「???」
 私もソラも、事情がさっぱりだ。
「何でクラリスちゃんが、デュラを倒すの?」
 どっちもリリィの欠片でしょ。仲間割れしてどうすんのよ。
『あー、クラリスが言うにはさ? カリスト皇帝、クラリスあいつのかーちゃんなんだけど』
「うん」
 仮にも帝国の皇帝に『あいつのかーちゃん』なんて言うのはデュラぐらいのもんだろうな。
『私ら六人に、次期皇帝として認められて来いって言われてるらしくて』
「どういう意味?」
 私は意味がわからなかったけれど、ソラは何か合点がいった様子。
「あー、もうそんな時期なのね?」
「ソラ、どういうこと?」
 そんな時期、ってどんな時期なんだ。ウナギかソーメンか何か?
「あれ? ティア姉は知らない?」
 何やら訝し気なソラさん、いいから教えてくださいな。
「現皇帝、ディオーレ・カリストに……いや、その先代の皇帝から始まったのだったと記憶しているけど。私たち六人に、『次期皇帝として認められてこい』っていう試練を課せられるのね」
「誰が」
「後継者に指名された皇子・皇女が」
 なるほど?
「だからディオーレも先代皇帝も皇女、皇子時代に来たんだけど。ティア姉のところには来なかったの?」
「うーん、記憶にないな?」
 いや、ホントに。初耳なんですがそれは。
『ティア姉のとこ、居留守の塔だからな。どうせ留守だったんだろ』
「居留守の塔とか言わないでくれないですかね、デュラさん?」
 でもまぁ多分きっと、そういうことなんだろうな。私が揺光の塔わたしんちにいるのなんて、年間で数日がいいところだ。
「あるいは死んでた、とかかしら?」
「あぁ、それもあるかも!」
 私は死んですぐにセルフ転生するわけじゃなくて、ちょっとした空白期間がある場合が多い。それは数日だったり数年だったり。ティア以外に転生したときは、その寿命分だけこの世界をお留守にしてるからね。
 ってよく考えたら、私何十年か異世界で『ニホン人』してたんだった。そりゃ知らないよね。
「ああもしかして、それが理由かしら?」
『何のだ?』
「ほら、クラリスが私たち全員に会いにくるとかいう」
『そういうことだね』
 なるほどね、やっぱりリリィの件とは無関係なんだ?
「てことはデュラもソラも、その先代皇帝たちに何か試練を与えたわけ?」
「そうよ。懐かしいわね」
 ふむふむ。私はめんどいからパスしよっと。
「ちなみにデュラ、あなたはクラリスにどんな試練を考えているの?」
『え、私の弱点見つけろって』
 ないでしょ、デュラには。
「デュラの弱点てあるっけ? 私の『神恵グラティア』すら耐えきるバケモノがさ?」
『バケモノはお互い様だろ、ティア姉』
 まぁそうかもしれないけど、こいつにだけは言われたくないな。
「で、それでクラリスちゃんは日々デュラに戦いを挑んでるってわけね? その試練、勝ったらOKなの? それとも弱点を見つけたら?」
『考えてない』
 おい。
『本当はめんどいから、試練に打ち勝ったってことにしてソラのところに追いやるつもりだったんだけどさ』
「デュラあなた、前回それやったでしょ」
「ソラ、どういうこと?」
「何度倒しても向かってくるディオーレのしつこさに辟易して、『合格』って勝手に決めて逃げ出したのよ」
 なるほどなー。デュラって結構めんどくさがり屋だから。
「ソラは、ディオーレにどんな試練を与えたの?」
「んー、何だったかな。それよりデュラ」
『何?』
「クラリス、こっちに来るの?」
 あ、そうか。そういう流れになるんだったね。
「でもデュラからの試練を勝ち取ってからでしょ。結構時間かかりそうな気がするよ?」
「そうよね。またスルーして投げてくるのかしら?」
『それなんだけどさ、保留てことにしようと思う』
 スルーではなくて?
『クラリス、ちょっと面白いやつでさ。皆の試練にどう打ち勝つか見届けたくなったんだ』
「見届ける、とな? もしかしてデュラ、クラリスちゃんについてくる気?」
 もしそうならば、クラリスちゃんとの対面は当分拒否したい私。デュラとの再会も断念せざるを得ないのだけど。
『そのつもりー』
 いやいやいやいや。
「デュラ、すぐに来んの?」
『クラリスが目覚めたら、すぐにでも出ようかと思ってる』
せわしいわね。クラリスへの試練、まだ何も考えてないんだけど」
 ソラさん、少し苛立ってるな。デュラっていつもこう、突然だから。
『ディオーレのときと同じでいいだろ』
「ま、何も考えつかなかったらそうするわ」
 ソラ、そう言ってチラリと私を見る。私は無言で頷いて。
(うん、ここだな)
 デュラとの、正確にはクラリスとのすれ違い大作戦。向こうが来るのと同じタイミングで、メラクをすっ飛ばしてドゥーベに直行する。
 まだクラリスちゃんに会う心の準備ができてないのもあるけど、このリリィにまつわる騒動でのんびり?してられない。私は長生きがしたい。
 ここんとこ魔法使う機会があまりないから、ちょっと急がないとね。この身体が破裂しちゃうのを、少しでも先延ばしにするべく魔法を使う機会を……少しでも多く。
(まぁドゥーベに行ったところで、その機会があるかどうかは未知数だけど)
 病院巡りでもするかな?
『ティア姉とも久しぶりに会えるね。楽しみだよ』
「え……あ、はい」
『ん? どうした?』
 どうしよ。私もそりゃ会いたいよ、会いたいんだけど(デュラには)。
「あのね、デュラ?」
『何』
「私が旅している理由、知ってるよね?」
『何だっけ』
 ……ポンコツって、決して私だけの代名詞じゃないと思う。
「魔力過多をなんとかするために、魔力を使う機会を探しまわる旅だよ」
『あ、そーだったね。そうしないとティア姉、死んじゃうもんな』
 こいつは本当に、オブラートに包むってことをしない。
(ま、デュラのそういうところは嫌いじゃないけど)
 六者六様、みんな違ってみんな鬱陶しい。
「デュラには申し訳ないんだけどさ、今回は会えないと思う」
『へ? 何で?』
 どうしたものか。正直に言うべき?
「あのね、デュラ。ちょっとドゥーベに急ぎの用があるらしいのよ」
『ティア姉が?』
「そう」
 ソラさん、ナイス助け舟! 嘘も方便というか完全な嘘じゃないしね。
『ふーん、しょうがないな。ま、揺光の塔にも行く予定だしそんときはいてくれよ?』
 まぁ、そうなるよね。ここ天璣の塔、アルテの天権の塔、イチマルの玉衡の塔、ターニーの開陽の塔と巡るわけだからまだ時間はたっぷりある。
(クラリスちゃんにとっての時間であって、私の時間じゃないけどね……)
 彼女らが揺光の塔に来るまで、私の寿命は持つだろうか?
「うん、それは約束する。クラリスちゃんにも会いたいしね」
 多分そのころには、覚悟もできてるだろうから。よしんば寿命が持たなくて死んじゃったとしても、私が死んでいる間はリリィの復活はありえなくなる。
 それはそれでね、いっかなって。
『あ、クラリスが起きてきたみたいだ。話す?』
「何当たり前のように言ってるのよ。私たち六人の間でしか使えないのよ、コレ」
 ソラが言うように、そういう仕様なんだけどね。だけどあの日、クラリスちゃんはこの魔導通信に干渉してきたんだ。
『デュラ、誰と話してるんですか?』
 あ、これクラリスちゃんの声だ。私はソラにもデュラにも気づかれないようにそそくさと窓から外に出る。今はまだ、ちょっと心の準備が……ね。
 そして――。
『バシュッ!』
 聞き慣れた投網トラップの音。これ、内側から外への移動でも発動するんだ?
 ネットみかんのように塔からぶーらぶらの私、本当に学習しません。そしてソラさん、怖い顔でナイフを持って網を切り離そうとするのやめてくれませんか⁉
 落ちちゃうってば‼


 天璣の塔の最上階、屋根の上。ソラの機嫌が(私のせいで)すっごく悪いので、一時避難している私。
 風がちょっと強くて、私の羽がパタパタと小刻みに強く揺れる。寒くはないけど、ちょっと痛いな。
(毛先、結構赤くなってきたな)
 さっき自分で頭の中で何気なく思ったことに、今さらながらびっくりしてるんだ。
『私が死んでいる間は、リリィの復活はありえなくなる』
 ということは逆に、私が生きている間は常にリリィ復活の危険が伴う。まぁリリィが復活したとて、普通に黒の魔法少女ちゃんが誕生するだけかもしれないけども。
 これまで何度死んだろう。そういや揺光の塔わたしんちで死んだこと、一度もないなと思い当たる。
 思えばこの世界は、私の世界じゃなかったかもしれないな。
(何だっけ、このフレーズ……)
 自分で言っておいてなんだけど、何だかちょっと思い当たる節があって。必死に自分の知識を総動員してみる。
「あ!」
 そうだ、この世界じゃなくて『あちら』の……前世でそういう古典作品があったな。確か平家物語『敦盛の最期』の、スピンオフみたいな感じの。
「幸若舞、だったかな」
 確か民俗芸能。平敦盛を討った熊谷次郎直実くまがいじろうなおざねの心境を歌ったそれは、確かこんなの。

「思へばこの世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし
金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる
南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり」

 結構覚えてるもんだな、私。古典文学、好きだったからね。
 源氏側の直実が、まだ若干十七歳の敦盛を討つお話。自分の息子と同年代の敦盛に対し、斬りたくないけど斬らなきゃいけないという葛藤がとっても泣けるの。
 結局泣く泣く首を斬って落とし、罪の呵責かそれとも敦盛の菩提を弔いたかったのか……出家してお坊さんになっちゃったんだ。
 だけどこの『敦盛』で有名なのは、この次に続くフレーズだと思う。

人間じんかん五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度ひとたび生を享け、滅せぬもののあるべきか
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ」

 かの織田信長がよくこれを舞っていたらしくて、『人間五十年……』の部分は色々なメディア作品でクローズアップされたんだ。
(五十年、か)
 今回ちょっと持ちそうもないな、五十年は。
「天上での時の流れに比べれば、人間やってる五十年なんて夢や幻みたいなもの。
一度生まれて死なない生き物なんかないでしょ。
これを悟ることができないとか、アホじゃないの? ……みたいな意味だったような」
 意訳だけどねー。つか天上人じゃないんだから、天での時間の流れと比べたってしょうがないと思うの。それに、
(悟れって言われてもね)
 私は悟ってるのかな? 割と自分の死は受け入れてる気がするけど、悟ってるってのとはちょっと違うかもしれない。
「そうか、諦めてるんだ……」
 何度も死んで死んで死んで、そして転生する。どんなに死にたくなくても、死んじゃう。どんなに抗っても抗っても、延命するだけで精一杯で。
 これがリリィの意思だというならば、リリィは私に何を望んでいるのだろう?
ティアには、何も望んでないのかもなぁ」
 ただただリリィは、自分が復活したいだけかもしれない。そこへ私がポンポン死ぬもんだから、『めんどくさいなぁ!』って思いながら私を都度この世界に引きずり戻してたりして。
(とりあえず今は忘れよう!)
 うん、そうしよう。
「あ、エーゲ山だ」
 遠くに、雄大なエーゲ山が見えた。ポラリス山脈中で三番目くらいに高いんだったかな? ここフェクダにくるときに、あの山の山頂を経由して『アルタス』で来たんだ。
「まだ雪はない、か」
 ころは晩夏、あの山頂に雪が積もるのは秋の半ばころだ。前世のニホンにあった富士山みたくなって、その姿はとても綺麗なんだよね。
「ベネトナシュからも見えるぐらいだし」
 でも雪がないからなんだっていうんだ、夏のエーゲ山もまた良し!
(あれは枕草子だったかなぁ?)
 冬のある日のこと。清少納言が仕えるご主人様がドヤ顔で、
『香炉峰の雪ってどんなん?』
 と清少納言になぞかけを出したんだ。周囲の誰もが意味がわからずキョトンとする中で清少納言は、
『こんなんだよー』
 つーてすだれを巻き上げて、外の様子をご主人様にお見せしたのだという。
 これは中国の古い詩で『香炉峰の雪は簾を撥げて看る』て記述があるんだけど、見事ご主人様の言いたいことを察してみせたという清少納言の武勇伝。かっこいいよね!
 でも雪はなくとも、香炉峰の価値は不変だ。雪がないから香炉峰でなくなるわけじゃない。
 夏のそれも、今のエーゲ山みたいに青々とした雄大さで見る者の目を楽しませてたんじゃないだろうか。
 というわけで、ここで一句。
「簾上げ 雪は無くとも 香炉峰」
 うーん、やっぱイマイチ。季語がないから、川柳になるのかなコレ。
「そろそろ戻ろっかな?」
 もうソラも怒って(呆れて?)ないかもしれないし。
 私は立ち上がり、パタパタと空中を飛んで窓から入……ろうとして。
『バシュッ!』
 えぇ、さすがに自分で自分に呆れましたよ。もう何度目だコレ⁉
(うわっ…私の脳のシワ、無さすぎ…?)
 いかん、ソラに見つかる前に脱出しないと! そう思ってジタバタしてたら、ますますロープが絡んで……ジタバタすらもできない状態になってしまった。
 もうね、蜘蛛の巣にひっかかった蛾ですよ。立派なものです。
 そして恐る恐る、上を向くと……窓からこちらを見下ろす無表情のソラと目が合う。
「……」
「……」
 何か言ってください、怖い!
 そしてソラさん、何も言わないでそのまま窓を閉めちゃいました。たっ、助けて‼
「あ、そうか。『矮小化プミリオ』!」
 ちっちゃい妖精さんモードに変身トランス。この手があったなぁ、そういや。
 網が緩んだのでなんとか抜け出し、窓まで上昇。んでもって、中から鍵かけてらっしゃる。
(ハハ……)
 どうしよ? 仕方ないから、ソラの頭が冷えるまで街で時間潰すかな。って原因、私なんだけどね。
 そのままパタパタと地上まで降りて、元の姿に。
「あれ?」
 私の足元、何か黒い影……がどんどん大きくなって⁉ ハッとして上を見る。
「ギャーッ!」
 私のキャリーケース、ソラが窓から放り出したみたいで。それが今、私の目の前まで迫ってきてるうぅ~!
 なんとかガシッとラグビーボールのように両手でキャッチし、地上でバラバラは避けることができた。できたけど、手のひらがジンジン痺れて痛いんですが。
 そしてさらに追い打ちをかけるように、キャリーをお姫さま抱っこしてる私の上からファサッと……。
(何コレ?)
 って、マリンさんに作ってもらったハーフコートだ。
「出ていけってか」
 いいですよーだ、出ていくもんっ!
 ソラとの別れがこんなのは寂しいけど、まぁそこは私の自業自得。今度会うときは、もう忘れてくれてるといいなぁ……。
 そしてテクテクと歩いて塔を離れる。ちょっと離れたところで振り返り、最上階をチラと見やるとソラと目が合った。
 呆れたようにそれでも笑いながら、無言で手を振るソラ。私も手を振り返して。
(バイバイ、ソラ。久しぶりに会えて嬉しかったよ!)
 とは心の中で。でも結局要するに出ていけってのは変わらないようで、タハハ……。
「さて、どうすっかな」
 いや、どうするも何もデュラとクラリスちゃんを避けてメラクはスルー。一路、帝都・ドゥーベ市国へ。
 マリンさん謹製のハーフコート、知ってはいたけど本当に羽が目立たない。これは本当にいい買い物をしたな(金は払っていない)。
 馬車を乗り継ぎ、フェクダの首都・ガンマ駅に到着。
「さて、どんな寝台列車があるかな?」
 時刻表をチェックしてみると、結構遅い時間ながらありましたよ。行きで最初に乗った『ダエグ』もあるんだけど、違うの乗ってみたいからこれはスルー。
 その名も『モーニンググローリィー』。どんな列車だろ、ワクワクするな。これは乗ってからのお楽しみってことで、切符を買ったあとは時間を潰すべく駅構内をうろうろ。
 羽猫そばがあったけど、さすがに水色ちゃんはいないみたい……と思ったら。
(くっそう、フラグ立てちゃった)
 なんと、奥のほうにいた。でも今はスルー推奨だな、うん。向こうも気づいてないみたいだしね?
 そして散策続行……したら、何故かあるんですよ。ベネトナシュにあった私のソラ版、ソラの銅像が‼
「ソラのもあるんだぁ!」
 何か嬉しくなってしまう私。だってこんなん、生き恥もいいところだしね?
 そしてツカツカと歩みより、その銅像の下にある説明書きが彫ってある説明文をば。
『フェクダ王国が誇る、偉大なる魔導士・ソラ師』
 ふむふむ。で、説明書きはまぁありふれたソラ賛辞。私のところと似たりよったりなのね。
 仕方ないので(?)髪かざり兼用の羽ペンを頭から外し、『定礎』と書いて四角で囲む(二回目)。
「これでよし!」
 とかドヤってたら、誰かにガシッと腕を掴まれちゃった。何すか⁉
「お客様、ちょっとこちらへ来ていただけますか?」
 てっ、鉄道警察ぅ‼
 かくして私、バックヤードに連れていかれてお説教。涙目で始末書書いて罰金を払い、ようやく解放される。
「って、出発時間までもう残り三分じゃん!」
 かくしてポンコツ妖精のフェクダ王国滞在は、こうしてグダグダのまま幕を閉じたのでした。


「来た来た!」
 ホームに入線してきた『モーニンググローリィー』は、少し車体が大きめの魔石機関車がけん引する『普通』の寝台列車だった。
 まぁこれまでがバラエティに富んでたというか、富みすぎてただけで。目の前を減速しながらスルスルと流れていく車両を簡単にチェックする限り、個室寝台客車、開放型の二等寝台客車、食堂車に……。
(リビングカーかな?)
 最初に乗った『ダエグ』のシャワー室と喫煙室が併設されていた、誰もが利用していい憩いの場みたいな。で、ここまで私『普通』だなぁとか思ってたんだけど。
「にしても車体、豪華ね?」
 ピカピカの車体、個室車両なんて五室ぐらいしかないように見える(つまり一室がかなり広い!)。二等寝台なんて、『ダエグ』の二倍まではいわないでも一・五倍くらいは寝台の幅が広いんじゃないかな。
 そのせいか、一両あたりの寝台数がちょっと少ないんだよね。
(贅沢な仕様の寝台列車だな?)
 ……そう思っていたことが、私にもありました(二~三分ほど)。
「あれ?」
 ゆっくりと入線してくる列車の半ばあたりから、いきなりボロッちくなったというか見慣れた車両に。構成も、個室から始まって食堂車やリビングカーがあるのも同じ。
 ただ明らかにグレードが下げられているというか、前半分が贅沢なだけというか?
「どういう構成になってるんだろ?」
 まるで、贅沢バージョンと普通バージョンの列車を繋げたみたいな感じなんだ。私が買った座席は十号車、普通バージョンのほう。
「まぁいっか、中に入って確かめてみよう」
 そう思って。列車は完全に停止し、前のほうの車両の自動扉が開くのが見える。気のせいか、客層が……お金持ちつーか貴族つーか?
 ボーッとしてたら、後ろから肩をポンと叩かれた。
「早く入ってくれませんか?」
 え? まだ扉開いてませんよ?
(あ、まさか……)
 うん、手で開きました。手動のようですね、こっち。
「すいません!」
 その人にお詫びを言って、さらに後ろに並んでる人にも小さく会釈。またやっちまったと赤面しつつ車内に入るのだけど……何かおかしい。
 前半分と後ろ半分、『お金持ち用』と『貧乏人用』に分かれてる気がする。貧乏人は違うな、平民用?
(どういうことだろう?)
 とりあえず、いそいそと座席へ。
 私の座席は二等客車で、一段ベッドが向かい合う形になっている。すでに『道連れ』さんはこの駅以前から乗ってきてたようで、寝台に寝そべって本を読みながら浴衣姿でリラックスしていた。
「こんばんは!」
「おう、こんばんは!」
 声をかけると、こちらを振り返り向こうも挨拶を返してくれた。
 二メートル近い長身で、筋肉の塊の……ダークエルフのおっちゃん。いや、まだ若いかな? 人間でいう三十歳前半ぐらいだろうか。
 とりあえず荷物を置いて、私もそのままうつぶせに寝そべってみる。洗い立てのシーツは石鹸の匂いだ。
(訊いてみようかな?)
 この列車の謎について。でも男の人だし、ちょっと気後れしてしまう私。
 その一歩が踏み出せなくてチラチラと横目で見ていたら、
「あー、汚らわしいか? すまねぇ、カーテン閉めるから勘弁な」
 お兄さんはそう言って、カーテンを閉めてしまった。
「???」
 汚らわしい? 何の話だろう???
「あっ、あの!」
「ん?」
 カーテン越しに話しかけてみる。多分、何か誤解されたっぽい?
「お顔を見てお話、だめでしょうか?」
「……」
 お兄さん、無言でカーテンを開けてくれた。
「あの、何か私……失礼なことをしたでしょうか? もしそうなら謝ります!」
 やっぱチラチラと意味深に見てたのは失礼だよね、でも汚らわしい云々て何の話だろう?
「いや失礼つか。俺、ダークエルフだぜ?」
「ですね?」
 だからどうしたというのだろう。
(あ!)
 そういやアルテが言ってたな。ダークエルフにはその長い歴史の中で被差別種族だった時期があって、今もなおその差別意識と偏見は根強く残ってる部分があるって。
 人間族からはおろか、エルフからも差別されてたって。
 粗暴で力こそ正義という信念に凝り固まってて、残念ながら民度が低い……というデタラメが、まことしやかに囁かれてた時代があったんだ。
 私がチラチラ見てたのを、
「うわぁ、ダークエルフだ。イヤだなぁって思ったと、きっと勘違いしたに違いない!」
「え? あ、うん?」
「あ、声に出てた……」
 うぎゃー、恥ずか死ぬ‼
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! そういうんじゃなくて、そういうんじゃなくてですね⁉ えーとだから訊きたいことがあって、でも私大きい男の人が苦手でそれでですね? つまりなんというかその」
「待て待て、お嬢ちゃん。とりあえず落ち着け!」
 お兄さん、困ったように笑って寝台に座りこっちに向き直る。
「ダークエルフでも平気なんなら、まぁ嬉しいわな」
「平気も何もって、私だって『亜人』なんです!」
 そう言い放つと私、マリンさんからもらったハーフコートを脱ぐ。そして左右にフワッと広がる淡いマゼンタの妖精の羽。
「妖精族か! 初めて見るわけじゃないが、これまで見てきた妖精の中では一番綺麗な羽だな」
「ありがとうございます!」
 私を評するのに『一番』という単語は『ポンコツ』へ繋がることが多いので、一番綺麗とか言われて思わずはにかんじゃう。
 「で、あのとりあえず誤解は解けましたでしょうか?」
 おそるおそる上目遣いで私。あちらは私の二倍近くでかいので、まるで仏像でも見上げてる気分。
「おう、気にしてないぜ? 俺ぁ、アトラスっていうんだ。今年で四百歳とちょっと、よろしくな!」
「あ、私はティアです。今年で」
 この姿のままで転生してきたから、ゼロ歳なんですが。どうしよ?
「えーと、見えないかもですけど一万年とちょっとです」
 とっさの嘘がつけない妖精トラップ、久々に発動‼ うーん、今度から嘘の設定を作っておこう。
(あらかじめ決めてた嘘なら、つけるからね!)
 うん、そうしよう。まったく我ながらありがたくない仕様だなぁ。
「ほぇ? そりゃ人生の大先輩だな‼ あ、いや敬語のほうがよいでしょうか?」
「え、やめてやめて! 私は見た目どおりの少女やっていたいんです!」
 何言ってるんですかね、私。
「そ、そうか? 俺としちゃ抵抗あるけど、まぁそう言うなら」
 うーん、この人。脳筋つか、体育会系だな?
「じゃあせめて俺にも、タメ口でいてくれや。名前は呼び捨てで構わんからよ」
「わかった。よろしくね、アトラス」
「おう、ティア……って呼んでいいんだよな?」
「どうぞ?」
 思わずクスッと笑ってしまった。男友達っていないから、何か新鮮だな。
(でもアトラス、どっかで聴いたような……)
 思い出せないな。
「で、何か訊きたいことあるって言ってたような」
「あ、そうなの。ねぇアトラス、あなたこの列車に詳しい?」
「列車には詳しくないが……」
 うーん、でも一応ダメ元で。
「何かね、前半分が豪華で後ろが普通みたいなさ?」
「あぁ、そういうことか!」
 アトラス、何か思い当たったようで。
「五両目から前が『お貴族様専用』だな。俺ら平民は立ち入ることが禁じられてんだ」
「なるほど、そういうことなのね……」
 だから、『あっち』はいちいちグレードが高い仕様になってんだ?
「ちなみに、ティア……って、『あの』ティアなんだよな? 一万年以上生きてるって言ってたし」
 あー、やっぱバレちゃいますか。『人にして人にあらず、神にして神にあらず』だの、『悠久の時空ときを生きる賢者』だの云われてんだよね、私たち六人。
 そりゃアトラスも四百年以上生きてるし、ハンター業やってるみたいだから私のこと知ってますわな。でも私、そんなガラじゃないんだ。
「チンチクリンでがっくりした?」
「チンチクリンでびっくりした」
「そこは否定してよ!」
「わはは、悪い悪い!」
 バカみたいな会話だけど、何だか楽しいな。『ティア師マスター・ティア』なんて言われて畏まられちゃうより、よっぽどいい。
「あ、アトラスごめん。ちょっと浴衣に着替えるから」
「おうよ。着替え終わったらまた話そうぜ」
「うん!」
 そしてカーテンを閉めて、ササッと着替える。毎度のことながら、浴衣姿の妖精+羽ってシュールですな。
「お待たせー、待った?」
 そう言いながらカーテンを開ける私に、
「おう、結構待ったぞ」
 とはアトラス。この人、私とノリが似てる!
 本当は待たせてないのにそう応えるっていうネタなんだけど、私の着替えにかかった所要時間は本当に待たせたかもしれないんだけどね。
 女の子の着替えは時間がかかるんです、許してください。
「なぁ、ティア?」
「何?」
「何でこっちの切符買ったんだ?」
 と言いますと? こっちも何も、二等寝台切符くださいつーてお金払っただけなんですが。
「あー、もしかしてティアだってこと内緒で切符を買ったのか?」
「どういう意味?」
「えーとだな……」
 ぼりぼりと頭をかきながら気まずそうにアトラスが言うには、いわゆる『お貴族仕様』のほうの切符を買うには身分証明書を掲示して購入するらしいのだ。つまり、そうしない乗客は平民用の車両てわけ。
 で、私ってば平民のつもりでいるんだけど帝国的にはそうじゃないらしくて。
「侯爵同等?」
「俺は小さいころから、そう習ったな。だから塔の六賢者には失礼な態度を取ってはいけない、敬いなさいて。……何で本人が知らないんだよ?」
 いや、知らないもんは知らないです。初耳!
「私、めんどくさい扱いされてんなぁ」
 思わずそう呟いたら、ブーッと吹き出すアトラス。
「おいおい、普通お貴族様扱いされたら喜ぶもんだぜ?」
 そう言って、涙目でクックックと笑う。いや、笑いすぎでしょ!
「アトラスはそうされて、嬉しいわけ?」
「……確かに微妙だな」
「でしょ?」
 二人、ちょっと変な無言の間で見つめあって……今度は二人で同時に吹き出した。
 うん、いいね。今度の列車旅はダークエルフのお兄さんが旅の道連れ、久しぶりの男友達ができるかもしれない。
 帝都までの二泊三日車中泊は、退屈しないで済みそうです‼


 それは、本当に突然のことだった。深夜、誰もが寝静まる静寂の中で――。
『ボボボーッ‼』
 聴いたことのない、消魂けたたましい連打される汽笛の音。と同時に急ブレーキと、耳をつんざくレールと車輪の摩擦音。
 私は進行方向側の寝台だったので、自然と身体が寝台の壁に押し付けられるように転がった。だけど向かいのアトラスは落下防止の手すりはあるもののカーテンで仕切られているもんだから、
「うげっ‼」
 といううめき声と同時にドサッと何かが、というかベッドから転がり落ちた音。
(何なに⁉)
 しばらく? それともすぐだった? 私も寝ぼけててよくわからないけど、しばしその状態が続いた後に遠くで『ガシャーンッ!』という衝撃音。そして列車は停まって。
「アトラス、大丈夫?」
いてて……ティアこそ大丈夫か?」
「何が起きたんだろう?」
 寝台から落ちた人はほかにもいたようで、あちこちから小さく呻く声。そして私たちと同じように、何があったのかと心配そうに囁く声がちらほら聴こえてくる。
「何か、動物にでもぶつかったのかな?」
 ってイヤなこと思い出しちゃったよ。『アルタス』で前展望の座席にいた私、列車前に飛び出したホーンディアが轢かれちゃって……スプラッタショーを最前で見ちゃったんだ。
「いや、動物じゃねぇな。あの音は多分馬車だ」
「馬車って……」
 私、慌てて通路に飛び出して窓から前方を確認するのだけど。夜で暗いのと、ゆるいカーブになっているせいで先頭の機関車が見えない。
 そしたら車内放送、
『お休みのところ、大変申し訳ありません。ただいま当列車は踏切で馬車と接触したため、急停止させていただきました。再開まで、しばらくお待ちくださいますようお願い申し上げます』
 接触って……文字どおりかすったとかならいいんだけど、あの衝撃音だと結構な被害が出ているはずだ。
「アトラス、私行ってくる!」
「お、おいティア⁉」
 私、身体を霊体化させて列車の窓をススッと透過。そのまま前方へ一目散に飛ぶんだけど。
(顔がザラザラするなぁ)
 アレだな、機関車の煙突から出ている黒煙の煤。私の顔、身体とか煤だらけになってんじゃなかろうか。そんなことを思いながら、機関車まで飛んできたんだけど。
「た、大変‼」
 馬車がへしゃげて、線路上に倒れてる。そして中から、うめき声。とにかく駆け寄って中を確認! って開かない⁉
 列車と衝突というか接触した衝撃で、扉が壊れててなんとかニ十センチほど開くことはできたんだけど。
「大丈夫ですか⁉」
 馬車は夜通し走る路線馬車のようだが、寝台はついていなくて。椅子に座ったまま寝るしかない、云わば『貧乏人御用達』の馬車だ。
 中には、人間や亜人が七人ほど見えた。皆、血だらけで呻いているのだけど。
「とっ、とりあえず……『神恵グラティア!』」
 私の治癒魔法で、六人はなんとか治癒できたっぽい。ただ痛みまでは引かないからね。
 たとえば腕がないのに腕が痛いと感じちゃう『幻肢痛』じゃないけど、傷が治ったからといって痛かった記憶までは消せないから。
「怪我は治っています! 気をしっかり持ってください‼」
 と声をかけてはみるものの。
(この子は、今治癒するわけにはいかない……)
 倒れて地面に接している側で、子どもの片足が窓から出てて……馬車に潰されているんだ。この状態で治癒なんて意味がない、まずは馬車をどかさないと‼
「うーん! うーんっ‼」
 必死で馬車を持ち上げようと頑張ってみるも、私は別に怪力でもなんでもない。ここにデュラかターニーでもいたらとは思うけど、ないものねだりをしてもしょうがない。
(どうしよう……どうしようか)
 つーか、何で誰も列車から出てこないの? 手伝ってよ‼
(何やってんの、アレ……)
 こっから見える先頭の客車。貴族らしき乗客が数人、車掌に詰め寄ってる。扉を開けるように抗議してるのかなと思ったけど、そんなことなかった。
「何で急に停まるんだ、ひじを打ったじゃないか! 慰謝料を請求する!」
「事故だなんて怖いわぁ。早く出発してちょうだい‼」
「明日は大事な会議があるのだ。君は責任を取れるのかね?」
 とかなんとか聴こえてくるんだよね、バカかこいつら。
(くっそう、くっそう……私は非力だ。こんなときに何の役にも立たない)
 馬車をどかさないと、治癒しても馬車に潰されたままだから意味がない。そして馬車をどかすことができても、さらなる悲劇が待っている。
 挫滅症候群クラッシュ・シンドローム。押しつぶされたことによって、壊死した細胞の毒素が筋肉に溜まる。それが解放されると同時に血流にのって急激に全身に広がるのだ。
 確か前世で、大震災による瓦礫の下敷きになりながら救出されたのにそれが元で亡くなった人も大勢いたと記憶してる。
(でも私がいるから、それはなんとか防げる……問題はこの倒れた馬車なんだけど)
「誰か……誰か手伝ってよぅ……」
 必死で馬車を持ち上げながら、微動だにしないそれを見下ろしながら泣きべその私。思わずね、夜空を見上げて叫んじゃった。
「アトラーッス‼」
 何で彼を呼んだのか自分でもわからないのだけど、間髪を置かずに『バキョッ‼』と何かが吹っ飛んだような音が聴こえた。続いて、タッタッタッと駆けてくる足音。
 そして宵闇の中から現れたのは、褐色のマッチョマンだった。
「ティア、呼んだか⁉」
「アトラス、お願い! 手伝って‼ 子どもの足が潰されてるの」
 彼は、涙目の私が必死で馬車を持ち上げようとしているのを見てすぐに察してくれた。
「そこをどけ、ティア! 俺が一人でやる‼」
 私は速やかにあとをアトラスに任せたのだけど。
「ふんぬらばっ‼」
 と気合一閃、中に人が七人入っている大型の馬車をググッと持ち上げて……なんと元に戻してしまった。車輪が歪んでるので車体は斜めってるけど、なんとか自立は可能なようだ。
「ありがとうアトラス!」
 私はすぐさま反対側の窓に回り、挫滅した子どもの足に治癒魔法を速やかに投射。気を失ったままだけど、呼吸音と心音は確かなようだ。
「ま、間に合った……」
 ヘナヘナと座りこんでしまう私、かっこ悪いね。
「お疲れ、ティア。立てるか?」
 アトラスが、心配そうに中腰で私の顔を覗き込む。そして、私を立たせるべく片手を差し出してくれて。
「んっ……なんとか」
 私、アトラスの手を引っ張るようにして気合で立ってみせる。それにしても――。
「アトラス、凄いねぇ‼ この馬車って何百キロ、ううん一トン以上あるんじゃないの⁉」
「あぁ、『ちょっと』重かったな」
 そう言ってニカッと笑うこのイケメン、惚れちゃいそうです!
(凄いのはティア、あんたもだぜ?)
 そう言いたげに、アトラスは苦笑いを浮かべるのだけど。
「とりあえず救急衛兵を呼んで……」
 と私が言いかけたそのときだった。
『ガタンッ……シューッ!』
「あ?」
「え、何で?」
 列車が動き始めた⁉ そりゃアトラスが馬車を立て直したから、線路上の障害物は無くなったけど?
「おいおい待てよ、俺たちを置いていく気か‼」
 アトラスが顔を真っ赤にして怒鳴るけど、列車は無常にも加速していく。私はポカーンとして、それを見送るしかなかった。
「荷物……」
 え、どうすりゃいいの⁉ っていうかあいつらマジでか‼
「何かね、車掌さんが貴族らしき面々に詰め寄られてたんだよね」
「だからって事件処理もせずに、俺らを置いて行くのか⁉」
 障害物をどけてくれたアトラスと、負傷者の治癒にあたった私。その列車の乗客でもあるんですけど‼
 アトラス、忌々し気に小さくなっていく列車を見送って馬車を振り返る。
「平民用の馬車だったから、見捨てられた……⁉ クソったれが‼」
「うっそだぁ……」
 私、もうキレた。本当にキレた。だからといって何かするわけでもないんだけど、
「アトラス、ちょっと待ってて!」
「ティア?」
 私、羽を超高速振動させて列車を追尾する。そしてそのままススーッと透過して車内に入り、私の荷物とアトラスの荷物を手早くまとめる。
 私の身体は霊体モードにすれば外に出られるからいいけど、この荷物どうしよと思ってたら扉が一つないでやんの。
(ここの扉をぶっ飛ばした音かぁ!)
 いやはや、彼の怪力っぷりは感嘆しちゃいますね。ありがたくそこから外に出て、二人分の荷物を抱えて文字どおり飛び戻る。
「荷物取ってきたよー」
「おぅ、悪いな!」
 ま、荷物の懸念はなくなったけど……もう、悔しいなぁ。
「本当に、胸クソ悪いぜ」
「うん……」
 本当にニンゲンってクダラナイですね⁉
 さすがにひき逃げはしなかった(いや、厳密にはしてるが)みたいで、列車からの通報があったみたい。しばらくすると、救助隊の馬車数台がやってきた。
 怪我人は全員完璧に治癒はしたけど、馬車はもう走れない状態。
(以前、粉々になった乗車券を『神恵』で復元したことがあったなぁ)
 と思い出してはみたが、無機物相手に治癒魔法は使いたくない。あれはイレギュラーケースだ。
 馬車の乗客はとりあえず、救助隊の馬車で最寄りの街の病院まで搬送されることになった。まぁ治癒したから病院へ行く必要はないのだけど、そこは念のため。
 そして私たちも同乗させてもらえることになったんだけど、衛兵さんに事情聴取を受けながらだ。すっごく眠いんですけど!
「ティア……列車内でした俺との会話、覚えてるか」
「どれのこと?」
 アトラス、先ほどまでの怒りはどこへやら。何やら悪ガキのような表情で、ニヤニヤしてんの。
「ティアは乗客の立場だけど、列車が起こした人身事故の負傷者を全員治癒して救った。にも拘わらず、そのティアを置いて列車は走り去った。荷物を座席に残したままでな?」
「うん、そうだね?」
 事実を並べ立てて、それが何だというのだろう?
ティア師マスター・ティアの出番じゃないか?」
「あっ!」
 そうだ、私たち六賢者は侯爵同等の扱いだって話。つまりあの列車に乗っている乗客の中で、私が一番身分が高いことに?
「そうなる」
「なるほどね。鬼のような抗議砲クレームをぶっ放しちゃう?」
「遠慮はいらねぇ、やっちまえ!」
 折しもここはまだ、フェクダ領だ。私は魔電でソラに電話をかけて、事情を説明。
『……それ、本当なの?』
「うん、私もまだ信じられないもん」
 深夜の魔電で最初は怒られたけど、事情を説明したらソラの怒りの矛先は鉄道会社に。
『ティア姉、災難だったわね。とりあえず、衛兵と魔電を代わってもらえる?』
「りょ!」
 私の差し出す魔電を、怪訝そうな表情で受け取った衛兵さん。ソラと会話を重ねるうちに、気の毒なくらい顔が真っ青になってんの。そして、
「マ、マ、ティア師マスター・ティア、お、お魔電をお返しします‼」
 お魔電て何だ? とりあえず、ソラとの会話を引き継ぐ。
『その鉄道会社、私の商会とターニーから絶縁をチラつかせて厳重抗議入れとくわ。その列車の乗務員全員と取締役員のクビは全員挿げ替えるから、それで矛をおさめてくれる?』
 私は隣のアトラスにも聴こえるように、魔電を耳から少し離してたの。ちゃんと聴こえたみたいで、アトラスってば両手で会心のガッツポーズしてる。
 すっごく嬉しそうだな⁉ うん、私もその気持ちわかるよ!
 列車の車体は、ターニーが製造してソラの商会から卸してる。ターニーは鉄道会社の大手株主だって言ってたけど、ソラの影響力も計り知れない。
 だからさっきソラが言った報復は、必ず行われちゃうんだろう。いい気味です。
「うん、ありがとうソラ。夜分に本当ごめんね?」
 そして通話を切って私、そのままアトラスとハイタッチ!
 天網恢恢疎にして漏らさず、そして粗にして野だが卑ではない豪傑・アトラスとの出会い。不思議と気分も高揚してくるというもの。
「ねぇ、アトラス?」
「何だ?」
「残り乗れなかった分、というか切符は全額払い戻しにしてくれるみたいなんだけど」
 そう、ソラが話を通しておいてくれるって。
「そりゃそうしてもらわな、気がおさまらんわな」
「アトラスは帝都へ行くんだったよね?」
「あぁ、そうだ」
 今晩の宿は、この馬車が連れて行ってくれる街の宿に泊まるとして。
「鉄道会社から払い戻しを受けて、そこからどうする?」
「うーんそうだな。またあのクソ会社を利用するのも癪に障るが、馬車だと何日かかるか……」
 そうなんだよね。多分だけど、高速列車への切符も快く発行してくれるんだろうけど。
「私、せっかくできた友人のアトラスとまた列車の旅がしたいな」
 結構大胆なこと言ってるな、私。でも色恋のそういうんじゃなくて、ただ純粋に。
「アトラスさえ良ければ、残りの道程も寝台列車で行かない?」
「ティアが構わねえなら、まぁ。でもこんなムサいおっさんと一緒でいいのか?」
 こっちはチンチクリンのチビガキだからね、お互い様です。
「んー、旅は道連れ世は情けってね。私、まだアトラスと全然話したりないやと思って」
 あごに手をやって、しばし思案のアトラスだったけど。
「ティアは、酒呑むよな?」
「うん、好きだね」
「よし決まりだ、残りの道連れもよろしく頼むぜ!」
「合点承知‼」
 そんなこんなで話はまとまったのだけど、国家権力っていうか衛兵さんたちが用意してくれた代替の宿で。
「ふざけるなよ、おい! 女の子と一緒の部屋で寝ろっていうのか‼」
 まともやアトラス、顔を真っ赤にして憤懣やるかたない様子。そのぶっとい腕で、宿屋の支配人さんの胸倉を掴んで捻り上げる。
「アトラス、落ち着いて!」
 馬車での私たちの雰囲気で気を利かせたのか勘違いしたのか、二人用の部屋が用意されちゃったんだ。うーん、この。
 深夜だから空き部屋のある宿を探すのが難しかったのもあるし、いくら事情が事情とはいえすでに宿泊している人を追い出して空き部屋を作るわけにもいかないよね。
「そ、そう申されても空き部屋が……」
 筋骨隆々のダークエルフの大男に凄まれて、支配人さんは真っ青です。
「いいよアトラス、私は外で寝るから。だから部屋はアトラスが使って?」
 妖精ですからね。夜空の下、自然の中で寝るのは抵抗がないのデス。
「そういうわけにはいくか! 女の子を外に放り出して自分だけベッドを使うわけにはいかねぇよ!」
 うーん、その男気はありがたいのですけど。
「でもアトラスは私と一緒の部屋で寝るの、イヤだよね?」
「いや俺は構わねえんだが、ティアがイヤだろ? ダークエルフと一緒の部屋だなんて、誤解されちまうし。何より若い(?)男女が同じ部屋つーのは」
 私、ちょっとムッとしてしまう。選民意識を持ったやからは論外だけど、差別されちゃってる側がその思考はどうなのか。
「アトラスがイヤじゃないなら一緒に寝よう! 誤解なんて、したい奴にはさせとけばいいんだよ」
「おいおい……」
 困惑するアトラスの手を引っ張って……ってもこの巨体を私の力で引きずることは不可能。だからアトラスもやむなく、私に手を引かれるままお部屋へ。
「結構広いね!」
「あ、あぁそうだな?」
「……」
「……」
 いや、二人用つーからベッドが二つあると思うじゃん⁉ ダブルベッドなんですが‼
 さすがにこれは想定外、一緒の部屋で寝るのは寝台列車の中とあまり変わらないからいいのだけど……同じベッドかぁ。
「じゃあ私は……そこのソファーで、」
「男のセリフを取るな、この野郎」
 私の言葉を遮って、アトラスはドカッとソファに寝転がる。いやいやいや、身体の大きさを考えたらアトラスがベッドでしょ!
「……膝から先がはみ出してるよ?」
「構うな、捨て置け」
 そう言ってクルッと背を向けるアトラス。うーん、気持ちはありがたいのだけど。
「私は一緒でもいいよ?」
 不思議と、本当に何故かそう思ったんだ。未婚の女性が、彼氏でもない男性に言うことじゃないのはわかってるつもりだけど。
「アトラスならいいよ」
 うーん、無反応。いや、耳が真っ赤になってるな。
「誰にでもそういうこと言うんじゃねぇぞ、おやすみ‼」
 そう言ってアトラス、豪快に寝息を立て始めた。早いな⁉
(仕方ない……)
 私、アトラスに毛布をかけてあげる。んでもってずっと気になってたんだけど、黒煙被ってるからこのままベッドに入るのは抵抗あるな。
(シャワーでも浴びようかな)
 アトラスを起こさないように、浴室へ。そしていそいそと服を脱いで、誰も得しない裸体を晒す。
 そして大きな鏡に映る私は、顔も羽も身体も案の定真っ黒でした。
「あ、着替え持ってくるの忘れた」
 アトラスは寝てるからいっか?って思った数分前の私、本当にマジ死んでください。替えの服を取りに裸のまま部屋に戻った私、キャリーから服を取り出してたら……。
「ティア、本当に気にしなくていいからな?」
 そう言いながら何故か起きてたアトラスが、こっち側に寝がえりをうって。
「あ……」
「え?」
 申し訳程度にちょっとだけ盛り上がったお胸と、蒙古斑でも浮いてそうなちっちゃな幼いお尻を見せつけてる痴女の私です。立派なものです。
 そしてそんな私を、目が点になって見つめているダークエルフのマッチョマン。
 お互いフリーズしちゃったんだけど、大パニックになった私は急いで服を掴んで浴室へダッシュ!
(何コレ何コレ何コレ‼)
 顔が真っ赤で熱いです! いやもう、どうしてくれようね?
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