ポンコツ妖精さんは、そろそろ転生をやめにしたい

仁川リア(休筆中)

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第十話・ミッドナイトダンスを夜明けまで

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 そんなこんなで、魔石寝台特急『ウェヌス』の豪華個室寝台で迎えた朝。私は当然?ながら自分の個室で目が覚める。
 昨夜、なんだか今までよりずっと仲が深まった感じがして『一緒にお風呂に入ろう』『一緒に寝よう』とイチマルに提案したのだけど、
「そっ、それはまだ上級者向けでっ‼」
 という意味不明な断られ方をしてしまった。何がどう上級者なのか知らないけど、ちょっと焦りすぎたかな。
「ん?」
 カードキーが、俄に点滅を始めた。何だろ?と思って手に取ると、
『イチマルサマ ガ イラッシャイマシタ
 ウケイレマスカ?(YES/NO)』
 という文字が浮かんでいる。
「なるほど、こうなるのかぁ」
 昨日はこっちから訪ねていったわけだけど、イチマル側のカードキーがこうなっていたということなのね。もちろん、答えは『YES』だ。
 自動扉が開いて、そこにはもちろんイチマル。
「おはようございます、ティアさん」
「……」
「ティアさん?」
 違うでしょ、イチマル。
「ティア姉って、もう呼んでくれないの?」
「あっ! ティ、ティア姉……さん」
 何だそれは。まぁこれはこれで。
「おはよう、イチマル」
「朝食、一緒に食べませんか?」
 昨夜は、イチマルの個室に私の分も運んでもらって一緒に夕食を食べたんだ。そのときに、朝食はこっちで食べようって約束したんだっけ。だから『一緒に食べませんか?』ってのは、ちょっと違う気がするんだけど。
「いいよー。とりあえず入っておいでよ」
 そう言って、寝台の中央に座っていたのをちょっと端による。この意味、イチマルはわかってくれると思うけど。
「え、えーと?」
「あ、私は友達ならお布団に座ってもらっても構わない人だから」
 他人はイヤだけどね。
「そっ、とっ、友……あ、はい!」
 イチマル、なんだかちょっと照れくさそうだ。いやそんなに照れられると、私に伝染しちゃうからやめて?
「で、ではお邪魔します」
 で、隣にチョコンと座るイチマルなんだけど……ちょっと距離ないですかね?
(しょうがないな)
 私は立ち上がり、イチマルのほぼ真横に移動。互いのお尻と足がくっつきそうな距離へ。
「はわっ⁉」
 うーん、仕草がいちいち可愛いなぁ。わしゃわしゃと忙しなく動く九本の尻尾が私の羽に触れて、ちょっとこそばゆい……ってあれ? 十一本あるな? 何の用途で顕現させたんだろ。
「到着は午後だっけ?」
「あ、いえ、はい」
 どっちだ。
「正確には十六時二十分ですね」
 あ、そうか。夕刻って言っていたね。
「メグレズ王国は久しぶりだな」
 首都・デルタの郊外に、アルテの住まう天権の塔がある。
「……そうだ、アルテも来るんだった」
 くっそう、絶対私のちんちくりんな男装をバカにされるに決まってる。
「それ言ったら、私だって狐がドレス着てるんですよ。私のほうが微妙すぎます」
「正装してもしなくても悪目立ち姉妹だね、私ら」
 いや、軽い冗談のつもりだったんだけどね。
「しっ、姉妹⁉ あ、はい‼」
 何で嬉しそうなのよ?
「あの、五号車がですね。列車だから狭いですけどダンスフロアになってまして」
 さすが王侯貴族御用達の臨時便、それとも一般の便にもあるんだろうか。
「ちょっと復習していきませんか?」
「それはありがたいな。ねぇ、確認だけどさ?」
「何でしょう?」
「習ってない曲は出てこないよね?」
 これは不安だ。一応『定番』のレパートリーは、軒並み身体に叩き込んではあるんだけど。
「わからなかったら、踊らなければいいんですよ。少なくともその場に於いて、私やティアさんに……ティア姉に、ダンスを強要できる立場の者はおりません」
「ならいいんだけどね。そういや、アルテって何で来るの? あいつ、メグレズの王室が大っ嫌いでしょ?」
 そう、かつて王国軍と一人で睨み合うぐらいには。
「私と似たような事情、ですね」
「って?」
「メグレズの王室としては、アルテ姉と不仲であるという状況は国民に周知されたくないのです」
 ふむふむ?
「そもそもかの騒動は数百年前ですし、それを覚えている王族はとっくに墓の下。でも当時のアルテ姉が国民のために王室にたった一人で挑んだ、というのは今もなお色褪せない伝説としてメグレズの国民を魅了し続けてきました」
 なんだかめんどくさそうというか、生きにくそうだなアルテ。
「王室としてはアルテ姉と仲がいいというのを、国民にアピールしたいんですね」
「まぁそうでしょうね」
 でもアルテなら、イヤなら断ると思うんだけど。
「そうなんですけどね。アルテ姉としても、今の王室は当時より何世代も後。ですので特に嫌っているというわけでもないんですが、『そう思っている国民』が多いのです」
「かの伝説を引きずっている感じなの?」
「じゃないでしょうか。なので反王室派の貴族とかが、アルテ姉と懇意の仲になろうとする向きもあるようで……」
 これ言うの、何度目だろ。ニンゲン、メンドクサイ‼
「なので王室とは仲が悪くありませんよという、まぁ利害の一致といいますか」
「ふーん……私が最後にアルテに会ったときよりは、ずいぶん態度が軟化したんだ」
 最後っていつだっただろ。少なくとも四十年は前だ。
「何でも、王子と王女の家庭教師を務めたそうですよ?」
「へぇ! それは初耳」
 なのは当たり前か。アルテがそうしていたときって、私は異世界でニホン人やってたからね。
「まぁ……私に久しぶりに会えるからというのもあるそうです」
「私が来るのをアルテは?」
「あ、昨夜魔法陣でお伝えしました」
 ……そう。
「アルテ姉も、とっても会いたがってましたよ」
 まぁ私もね? 会いたくないわけじゃない、会いたくないわけじゃないんだけど。
「ティア姉の男装、楽しみにしてるって伝言をいただいてます」
「……うん」
 もう逃げられない。いや、元より逃げるつもりはないんだけど。
「あ、それで……アルテ姉の前で私、ティア姉のことを『ティア姉』って間違って言ってしまったんですが」
 いや、間違ってないでしょ‼
「『へぇ、仲良くなったんだ? 良かったね‼』って言ってもらえました」
「元々、仲悪くはなかったでしょ?」
 それにしても、アルテのオカン属性は相変わらずらしい。
「そうなんですけどね……アルテ姉がいうには、ティア姉は私のことが苦手なんじゃないかって」
「……ソ、ソンナワケナイヨ?」
 くっ、口がうまく動かない!
「そうなんですか?」
 イチマルはそう言ってクスッと笑うと、
「私の塔に来るのを、なんとかスルーしようとしたとターニーさんが……」
 おーのーれー‼ あのお喋りチビガキドワーフがっ‼
「まぁ結果的に、そのなんといいますか。少し仲良くしてもらえるようになった、みたいな。えーとっ⁉」
「あぁ、うん。まぁ一昨日よりは、イチマルのこと倍以上は好きになってるよ」
 言わせないでよ、照れる。
「あ、はい。よかったです‼」
 まぁなんだその、雨降って地固まるみたいな?
「というか、元々私の態度に問題があったわけで」
「それは違う」
「違わないです」
 間髪をいれず否定がきた。
 イチマル、こう見えて頑固だからね。絶対にこれは譲らないだろう。だから、これ以上の反論はやめとくのが吉だ。
「ティア姉の意図するタイミングじゃなかったかもしれませんが、『真実の瞳ヴェリタス・アイ』のおかげもあって、私もずっと心に秘めていたことが言えました」
 うーん。大したことじゃなかったような気もするけど、イチマルにとってはそうなんだろうな。まぁ私も、『ティア姉』って呼んでもらえるようになったし。
「『終わり良ければすべて良し』みたいな?」
「ティア姉、何言ってるんです?」
 え? 外した⁉
「これから『始まる』んですよ!」
 あぁ、そういうことね。いい笑顔しちゃってまぁ。
「イチマル」
「はい?」
「大好きだよっ‼」
 そう言って、はしたなくも抱きついちゃう私。ちょっとテンション高めです。
「はわっ、あ、はい! 私も好きです」
 ちょっと遠慮がちに、私の背中に添えるように腕をまわすイチマル。
「うーん、もふもふ‼」
「はい?」
 うん、これから『始めて』いこう‼


 いくら窓際に立てた硬貨が倒れないほど揺れないといっても、そこは列車だ。ダンスをするとなると勝手が違った。縦長のフロアなんて行ったり来たりするだけで踊りにくいし、そこそこ揺れも感じる。
 イチマルの尻尾を踏んづけたり、逆にイチマルからヘッドバットをくらったり。あ、ちなみに昨夜からどちらも私服のままですよ。悪目立ちは本番の一回だけで十分だもの。
 高級寝台特急だけあって、浴衣とかないのだ。バスローブはあったけれど。こんなブルジョワな列車を利用する層って、寝間着は持参するのが当たり前なんだろうから。
「いやはや、列車の中ってダンスには不向きだね……」
「何だかすごく当たり前のことをおっしゃってるような気もしますが、確かに……」
 さすがに疲れた。ダンスだけの疲れじゃないというか。とりあえず私が踏んじゃった尻尾は『神恵グラティア』でパパーッとね。
「ありがとうございます。あ、私もティア姉の顔に頭突きを……」
 あぁ、そうだった。なので私にも照射……こっちは『ありがとうビーム』は返ってこないな、当たり前か。
「そういえば……ソラに頼もうと思ってたんだけど、イチマルもできるのかな?」
「何をでしょう?」
「コレ」
 そう言って、背中の羽をパタパタとしてみせる。
「他人からは羽が見えなくなる妖術みたいなの、ない?」
「なくはないですが……」
 え? あるの⁉ ってイチマルだって大陸随一の妖術使いだ、ないほうがむしろおかしい。
「でも、オススメできない理由が二つあります」
 おおうイチマル君、何だねそれは。
「ソラさんの呪術や魔導具ならそれなりに持続はするでしょうが、私の妖術ですと即効性はあっても持続性がないです。効果が切れたら、私自身が再度かけ直す必要があるので……常に私の近くにいる必要があるんです」
「ふむふむ?」
「私はむしろ大歓迎なんですが」
「え、今なんて? よく聴こえなかった」
 ま、聴こえたんですけどね。ちょっと意地悪してみる。だけどそこはイチマル、本調子を取り戻したら海千山千の妖術使いだ。華麗にスルーして、
「もう一つの理由ですが。その綺麗な羽、隠すのはもったいないと思うんです」
 私の魔眼がうずく(中二病)。イチマルは、嘘をついている。
「それ、本心?」
「? と言いますと……あっ、やめてください!」
 あ、気づいちゃった。でももう遅い、私の『真実の瞳ヴェリタス・アイ』のとりこになっちゃいなさいな。
「うっ、あぅ不覚……本当のことを言いますと、抜け駆けはしないでほしいというか」
「どういう意味?」
「ティア姉が目立たなくなったら、私がもっと悪目立ちしちゃうじゃないですか‼」
 それもそう、なんだけど。こんな可愛い理由で抵抗してくんのね。何だか色々なイチマルが見れて、新鮮だなぁとか思ったり。
「それもそうか。ごめんね、諦める。でもイチマルだって、妖術で人化すればいいんじゃないの?」
 言っておくけど、さっきからしている会話はパーティー会場での話なんだ。
「よね?」
「はい、私もそのつもりでした。それで人化の話ですが、あれは云わばあやかしというかまやかしというか。王族主催のパーティーで変装、ということになりますよね」
「あ、そうか。失礼になっちゃうね」
「……これ、ほんっとーにキツいですね」
 ??? 何がだろう。
「『真実の瞳ヴェリタス・アイ』です」
 うん? まだなんか、内緒にしてることあるの?
「私はどんな姿にも人化できるわけじゃないんです。要は『夜叉』にしかなれないんですね。そりゃダンスしたりとかではなく、ただ歩いてるだけでいいならその限りじゃないんですが」
「うん」
「その……これ言っちゃって、私のことを嫌わないでほしいのですが」
 どういうこと?
「ドレスを着た夜叉としての私と、男装をしているティア姉がダンス……ですよ?」
「あっ‼」
 そうだ、身長差はゆうに三十センチ以上はある。おまけに片方は背中にでかい羽のある妖精なんだ、何の奇祭だよってビジュアルになってしまうね。
「ハァ、ハァ……」
「イチマル? 大丈夫?」
「えぇ、それなりに抗ってはみたんですが。やっぱダメですね、口が滑ります。あ! 私のことを嫌わないでください! ティア姉のことを決してチ、小さいと思ってるわけじゃないんです‼」
「わかってる、わかってるから落ち着いて? ね?」
 それよりイチマル。言い淀んだ『チ』がカタカナなの、なんでですかね。
 列車はまもなく国境を越え、車窓から見える家々の形がメグレズ特有の家屋になる。これもまた列車旅の醍醐味だね。思えば遠くに来たもんだ、みたいな感傷に耽ってしまう。
 鏡のようにピカピカに磨き上げられた車窓に、私の顔が映る。
(赤みが少し出てきたな)
 私の寿命のバロメーター、この白金プラチナブロンドの髪。
 なんとなく赤く染まりつつある毛先を弄んでたら、『そういう表情』をしてたんだろうな。察しちゃったのか、イチマルがつらそうな表情で顔を背けてるや。
「光の粒、か」
「ティア姉……」
 車窓にハーッと息を吹きかけて曇らせる。そしてそこに指で書いた歌は。

蜉蝣かげろふの 儚い命の 墓標かな』

 和歌の世界で、『掛詞かけことば』というのがある。まぁぶっちゃけダジャレなんだけど、たとえば百人一首での小式部内侍が歌った、
『大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天橋立』
 なんかがそう。内侍は若くして天才歌人と呼ばれていたんだけど、母親の和泉式部も和歌の達人であったことから、口さがない連中が後を絶たなかった。母親が代作してるとかカンニングしてるとかね。
 そんなある日、母の和泉式部が天橋立で有名な丹後国に出かけていたので、自分一人で歌会に参加したときのこと。意地悪なおっさん貴族が、
「丹後にいるお母様に、ちゃんと代作は頼みましたか?」
 とか、まだ十代の少女である内侍にひどい嫌味を言ったんだ。それに対する内侍の仕返しがそれで、
 『いく野の道』……『生野(途中で通る地名)』と『行く野の道』
 『まだふみも見ず』…『文も見ず(手紙は見ていない)』と「踏みも見ず(行ったことがない)」
 というダブル掛詞の歌を即興で詠い上げ、おっさん貴族はろくに返歌もできずに退散しちゃったって話、好きなんだよね。
 あ、ちなみにだけど。かの内侍に嫌味を言った貴族のおっさんだけどさ? この人もそれなりの歌才があったようで、同じく百人一首の歌仙でもあるよ。
『朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木あじろぎ
 藤原権中納言定頼ふじわらのごんちゅうなごんさだより公。こんな素敵な歌を作れる人が、そういう意地悪をしただなんてちょっとガッカリだよね。
 まぁそれはそれとして自分もそういうの、パパ-ッて作ってみたいなぁって。
「『儚い』と『墓無い』をかけたんだけどね。どう? なかなかの傑作だと思」
『パーンッ‼』
 列車内に、乾いた破裂音が響いた。
「え……?」
 イチマルのビンタが、私に炸裂したのだ。イチマルは……目に涙をいっぱい溜めて、私を見下ろしてて。
「あなたって人は、何だってそう……」
 語尾が詰まって、イチマルはそれ以上の言葉が紡ぎ出せないでいる。
 これは、妖術じゃないね。私は本当に殴られたんだ。私は妖精なんだから血液は流れていないはずなんだけど、どうして口の中が血の味がするんだろう。
「ふふ、初めてイチマルを怒らせちゃったね?」
「あ?」
 いえ何でもないです、ごめんなさいすいません‼ イチマルさん、怖いです……。


「えーと、あのぅ?」
「……」
「イチマル、さん?」
「何でしょう」
「お、怒ってる……よね?」
「はい」
 ひーん! どうしよ⁉
 ダンスの復習を終えて、それぞれの個室に戻る道すがら。イチマルさん、激おこです‼
「えっとー、その。ご、ごめんなさい?」
「何で疑問形なんでしょうか」
 まるでブリザードの真っただ中にいる心地の私、イチマルが目を合わせてくれません……。
「イチマル、ごめんなさい!」
 と今度は深くお辞儀をして謝罪をするものの、先を歩いていたイチマルは気づかずスタスタと進む。
「ま、待ってー!」
 結局、そのまま私の個室扉を素通りして自分の個室に戻っちゃった。
(ど、どないしよう!)
 せっかく仲良くなったと思ったのに、私のポンコツ!
 結局私は目的地、ガンマ駅に到着するまでの数時間は部屋でうじうじ悩みながら悶々と過ごしたのでした。なおイチマル、
「初めて喧嘩しちゃった♡」
 とか自分の個室内で浮かれていたのは、イチマルが墓まで持っていく内緒話である。
 列車がガンマ駅に到着して、特に会話もないままホームへ下車。
「……こちらです、ティア『さん』」
「あ、はい」
 『さん』付けに戻ってるうぅ~っ⁉
「えっと、イチマル?」
「はい?」
「どっ、どうしたらまたティア姉って呼んでくれる、かな?」
 おそるおそる切り出してみるが、イチマルと目が合いそうになるとサッと伏せてしまうチキンな私。いやもうどうすれば?
 その私の仕草が可笑しかったのか、イチマルさんプッと吹き出して。
「わかりましたよ、ティア姉。もう許してあげます。ただし、」
「ハイ!」
「まだ何も言っていません」
 あ、はい。
「ティア姉、って呼んでほしければせめて姉っぽい落ち着きを見せてくださいな」
 ごもっともです。
 まぁそんなこんなで案内されるがまま、駅前から馬車に乗り換える。さすがに貴賓待遇だけあって、メグレズ王室から派遣された馬車はなかなか豪華だ。
 この馬車に乗車するのは私とイチマルだけだったけど、アリオトの王国兵・マウンテ教の官兵にくわえてメグレズ王国軍の騎士隊が警備につく。さながら大名行列。
「いやー、ダンス楽しみだねー!」
 心にもないこと言っちゃう。仲直りしたては、ちょっと気まずい空気だから。
「そうですね。アルテ姉に会えるのが楽しみです」
 ニヤニヤ笑いながらそう反撃?してくるイチマルだったけど、自分のドレス姿も見られてしまうとだけあってすぐに青ざめてしまった。何自爆してんの……。
「まぁでもほら、イチマルの場合は狐の嫁入りって言うしね?」
「初めて聴く言葉ですね。どういう意味でしょう?」
 えーっと、確か?
「前世の言葉でね、火の気のないところに火の玉が一列に並んで現れる不気味な……現……象で、して?」
 私も自爆してしまった。自分で用意した地雷を自分で踏み抜いたというか、イチマルの口角が引きつってます!
「不気味、ですか。なるほど?」
「……もうティアで呼び捨てでいいです。私のほうこそ、イチマル姉って今度から」
 すっかりしょげ返った私のその提案に、
「そっ、それは困ります!」
 と一刀両断でお断りがきた。
「ポンコツでもいいから、お姉ちゃんでいてください!」
 さよか。ここでポンコツ呼ばわりに対して反論したら、先が長そうだ。
「アルテとはすぐに会えそうな感じなのかな?」
「どうでしょうか。どちらもそれぞれの王室から招かれた身ですから、まずは正式な挨拶が先になると思いますよ」
「めんどくさそうね」
 最後に王室の人間と顔を合わせたのはいつだっけ。まだ幼いころの、ベネトナシュのアルカイド王子だったような気がするな? オーティムさんの乳兄弟で、先の国王陛下。
(ヤなこと思い出しちゃったよ)
 今の女王陛下にして、かつての王女・タリタ殿下とフリージアさんの奇縁……そういや、ターニーに聞いてもらって愚痴ろうと思ってたの忘れてた。イチマルは聞いてくれるかな。
「ねぇ、イチマル」
「何でしょう?」
「ベネトナシュからミザールへ向かう車中の中でね……」
 私はオーティムさんと出逢ったこと、図らずも『真実の瞳ヴェリタス・アイ』が発動してベネトナシュ王家の闇を知ってしまったこと。フリージアさんの悲運な生涯と、オーティムさんの最期の話をする。
「そんなことが……」
「私が『一番最初の私』だったときにさ?」
 そう、一万年以上も前の。
「人間の王、というかリーダー的な存在はいたんだけどサル山のボスみたいな感じで。だから求心力とか低下すれば、すぐに違うリーダーに首がすげ変わった。今の世襲する王家とかの形にはなってなくて、実力主義的な部分があったの」
「はい」
「何度かティアを繰り返していくうちに、『王族』とか『貴族』とかが雨後の竹の子みたいにポンポンと……何もないところから出てきたのね」
 何もないところから、というのはちょっと語弊があるけれど。
「それの対比で『平民』ていう搾取される対象が登場して、果ては『奴隷』っていう人間扱いされない身分まで出来た」
「……」
 イチマルは神妙な顔つきで、黙って聴いてくれている。
「王族、って必要なんだろうか。貴族もそう」
「それは……」
「そりゃね? ちゃんと領民を思い国民を思う王侯貴族はいるのは知っているよ? でもその王侯貴族は市井の民から『権力者』であるというだけで税金を召し上げ、領民が何ヶ月も働いてやっと貯められる金額の料理を一晩で消費してる」
 それでいて『この領主様はいい人だ』なんて、不健全極まりないと思う。
「私にも思うところはまぁありますが、ここは聞き役に徹します」
「……うん」
 イチマルの言わんとするところはわかる。たとえば他国から攻められたとき、国軍はどうしても必要になる。軍の整備や維持費もろもろ、これらは絶対的な君主や権力者なくしては形骸化してしまう。
 ほかにも、流通やインフラ整備。これらはどうしても、『仕切り役』となる地位の人間が必要になるだろう。
「まぁ私たちには、不可侵条約があります。わざわざ足を突っ込んで、ティア姉が傷つく必要はないと思うんです」
「うん、ありがとう。でも今回は可愛い妹ちゃんに誘われて私、今どこに向かっているんでしたっけ?」
 メグレズ王城を目指し、馬車は厳かに駆けていく。
「意地悪ですね、もうっ!」
 先ほどまでの不穏な空気(主に原因は私のポカ)もどこへやら、そんなことを言って笑い合ってたら、馬車はメグレズの王城にたどり着いた。何やら色々と煩雑な手続きがあるようで、それぞれ客間に通されたのは半刻後。
「ん?」
「どうしました、ティア姉?」
「何か、ザワついてる?」
 そう、客間の窓の外から見える光景。アリオトの王室側の人間が、何やら慌てた表情で行ったり来たり。
「そういえば、落ち着きがありませんね。何かあったのでしょうか」
 確認してくるとのことで、イチマルは客間を出て行った。
 この客間は私とイチマル専用で奥に寝室、ベッドが二つ。メグレズの王太子とアリオトの王女との婚約披露パーティーは翌夕だ。
 イチマルはすぐに戻ってくると思ったので、二人分のお茶を淹れて待つ。メグレズは紅茶の国だけあって、豊潤な香りが鼻腔をくすぐる。
「イチマル、遅いな?」
 お紅茶、冷めちゃう。結局イチマルが戻ってきたのは、四半刻も経ってから。
「ただいま帰りました、ティアさん大変です!」
 イチマルらしくなく、ノックも無しにいきなり飛び込んできた。しかも『ティアさん』呼びに戻ってるのが、どれだけ『大変』なことが起きたのかを物語っている。
「どうしたの?」
「王女が……こちらの王女が出奔しました‼」
「は?」
 出奔? 逃げたってこと?
かどわかされたとかじゃなくて?」
 もちろん、そうであっても大変なんだけど。
「置き手紙があったようで……侍女を影武者にして馬車に残し、よりによって駆け落ちしたそうです!」
「……へ?」
 待て待て。待って。国力を考えれば、メグレズ王国のほうが格上だ。
 なのでアリオト王国側としてはメグレズとの結びつきを強固にするためにも、この婚約は王女が幼年のころから締結していた経緯がある。
「駆け落ちって……メグレズ側はこのことを?」
「まだ伝えてはいないようなのですが、婚約披露パーティーは明日。一両日どころか本日中に伝えないと、両国関係は悪化の一途を辿ります。最悪……」
「戦争、ね」
 メグレズとしてはアリオト側から請われた婚姻で、王太子の婚約者という席をもう長きに渡り『予約済み』にしていてくれたのだ。それがこんな土壇場で……よりによって駆け落ちって‼
「ニンゲン、メンドクサイ……」
 もう何度目だろうね、コレ。
「今回ばかりは面倒くさがってもいられません。一刻も早く見つけ出さないと! 護衛兵曰くアリオト出国までは確かに王女はいたとのことなので、メグレズ国内にいることは確かなんです」
「それは出奔時点での話でしょ?」
「そうですが、供の者も連れず世間知らずの王女がアリオトに戻ることも、反対側のフェクダ王国側に行くことも国境超えを果たさねばなりませんから」
 なるほど。それぞれの国境では、厳重に入出国が管理されている。同じ『カリスト帝国』なので旅券や査証はいらないとはいえど、さすがにフリーで入出国はできないのだ。
 最低限、身分証明書を掲示しての入出国記録は取られる。それらの手続きを王女という身分を隠して単身、いや駆け落ち相手と二人で通ることは難しいだろう。
「で、王女が……何て名前だっけ」
「ポチャーリ・バルゴ・ザヴィヤヴァ殿下です。御年十六歳になられました」
 ポッチャリ?
「参考までに訊くけど、その王女どんな体型スタイル?」
「? そうですね、胸は少し大きめです。ウエストはコルセットで絞めてるのもあるんでしょうがすごく細く、腕も脚もちょっと発育が足りない感じで細いです。スプーンより重い物を持ったことがなさそう、といいますか」
 何でこの世界の女どもは、ことごとく私の体型を嗤う為に存在するのか(※言いがかりです)。
「で、誰と逃げたの?」
「アリオト城の庭師です」
「――何て」
 待て待て。せめてアリオト王国内の貴族令息と逃げたとか、そういうんじゃなくて?
「庭師、なんです……」
 イチマルの顔色が、青い。
 隣国フェクダやミザールの王子と逃げました、なんてのよりははるかにマシだ。それこそ前世でいう『世界大戦』に発展してしまう。いやだからといって、庭師⁉
「身分は……」
「平民、ですね」
 詰んだ。アリオト王国、詰んだ。
 こんな大失礼、メグレズ王室からすれば面目が丸つぶれだ。ましてや次期国王となる王太子が、未来の王妃に逃げられましたとか外聞が悪すぎる。
 それにそのポッチャリ王女とやら、わかっているんだろうか? 出奔の目眩まし役のために影武者役を務めた侍女は、たとえ不可抗力であっても重罰は免れないだろう。駆け落ち相手なんて、捕まったら良くて死罪で悪くても死罪だ。
 それ以前に、両国間に大きな亀裂が入るのは……避けられないだろうな。
「パーティー、は……」
「当然やらないでしょうね」
 まったく、なんてことをしでかしてくれたのか。ダンスがなくなって安心、というわけにもいかない。私の祖国というか居住するベネトナシュも、無縁じゃいられないくらいの大醜聞スキャンダルだ。
「最悪、戦争は免れても……カリスト皇帝、帝室からの処罰は免れないでしょうね」
「それを回避できたとしても、多額の賠償金を支払うのは避けられないです。どうしましょうか、ティア姉」
 どうもこうも。私のいるベネトナシュ王国とターニーがいるミザール王国は、アリオト王国を挟んでメグレズ王国と向かい合ってるから……。
「ミザールは隣国であるアリオトと友好条約を結んでる。対してベネトナシュはメグレズと友好国の関係にあるんだ。最悪戦争になるとしたら、大陸を分断しかねない」
 そしてミザールが参戦したとして戦争で疲弊したら、今度は海側から『アルコル諸島自治区(ヤーマ諸島連合国)』の目が光っている。
「不可侵条約とか言ってられない、ね」
「ですね。弱りました……」
 二人で青い顔で見つめ合い溜め息をついていると、扉がノックされた。
「どうぞ?」
 もう誰だろ。これ以上悪い報せは勘弁してよ!
「入るよ」
 そう言って入ってきたのは……身長はゆうに一八〇センチを超す、長身の美人女性。
 ひざ裏までまっすぐに伸びた、白銀の髪プラチナブロンドは私のソレと違い、雪のような綺麗な銀髪だ。その瞳は、前世ニホンでは『蛍石』とも呼ばれるエンジェルフェザーフローライトのような透き通った水の色――。
「……久しぶり」
「お久しぶりです……」
 私もイチマルも、とてもじゃないが元気が出てこない。とてもすごく懐かしい顔なのに。
「うん、久しぶり。二人とも、沈んでるね? まぁ無理もないか」
 その女性、メグレズ王国は天権の塔の賢者・ハイエルフのアルテとはこんな気分で再会したくなかったよホント。


「じゃあ改めて……会いたかったよ、アルテ」
「ティア、生きとったんかワレ」
「一度死んだわっ!」
 まぁそんなバカみたいなやり取り。いつもはターニーとやってんだけど、まだ三女格のイチマルが誕生(というか顕現)する前の二人きりだったとき。アルテとね、よくやってたんだ。
「アルテ……もう時間の問題だろうけど、かの件はメグレズ王室側には?」
 苦虫を噛み潰すようにして、アルテがティーカップのお茶をあおる。それ私のカップなんだけど。
「メグレズ側も上へ下への大騒ぎだよ。まー、激怒してるね。当たり前だけど」
「だよねぇ」
「ですよね……」
 そして賢者の姉貴三人衆、同時に嘆息。
「今日はティアがいて助かったよ」
 ん?
「イチマルは公式にはアリオトに住んでるってだけで、アリオト寄りの人間じゃないってことになってる。マウンテ教の姫巫女だからね。翻って私は、メグレズの……まぁ象徴的なさ」
「うん」
 弱きを助け強きを挫く、メグレズ国民にとっての伝説の勇者だもんね。
「だから、アリオトはやばいことになるところだった」
「アルテ姉、今もまずいのでは?」
「そうなんだけどね、イチマル。ティアがいることによって、『塔の賢者たちはどう動くだろう?』とちょっと様子見されてるきらいがある」
「不可侵条約あるでしょ?」

・塔の賢者は内政干渉をしない。
・王室政府は塔の賢者に不利益な干渉をしない。

 この場合、『内政干渉』になってしまう。イチマルがパーティーに呼ばれて参加しました、というのとはまったく別個のレベルになってしまうのだ。
「だからと言って、ティアは不可侵条約を遵守するつもりはないだろう?」
「ま、ね」
「ティア姉は、何か名案でも?」
 何かも何も、王女を捕まえてアリオトの王室に引き渡す。
「これなら内政干渉にはならないでしょ?」
「まぁそういう解釈はできるね。ティアは抵抗ないのかい?」
「どういう意味?」
「愛する二人を引き裂く的なさ?」
 あぁ、そういう。
「冷たいようだけど、ないね。アルテ、イチマルは?」
「常に最適解を。その視点でいくとね、ティアの言うとおりなんだよね」
「『高貴なる者の責任と義務ノブレス・オブリージュ』、これを忘れてしまうような方には興味を示せません」
 イチマルのその言葉で、元男爵令嬢だったフリージアさんを不意に思い出した。彼女もその精神の元に、ベネトナシュを身体を張って守ったんだ。その末路は儚いものだったけれども。
「ただアルテ姉、ティア姉。問答無用というのではなく、お話しぐらいは聞いてあげてもとは思いますが」
 うーん……私は、イチマルのほっぺを痛くないように軽くつまむ。
「フィアふぇえ?」
 手を離して、今度はイチマルのもふもふの頭部をなでなで。
「あ、あの?」
「王女の一つまみのお肉、そして毛の一本一本に至るまで……全部アリオトの国民が汗水流して働いた税金あってのものなんだ」
「……はい」
「税金が払えず、家を失った家族もあると思う。泥棒に身をやつした一家もいれば、餓死した子どもだっていると思うのね」
 だから権力者としての特権を甘受するだけしておいて、義務を果たさず権利を主張するのは受け入れられない。
 そりゃ私だってね? 全然抵抗ないわけじゃないよ。だけど、だけどさ。
「王室には、国民領民を我が身を張ってでも守る義務ってもんがあるでしょ? そりゃ好きな人と結婚したい、なんて女の子は誰でも夢見るんだろう。でもメグレズとの婚姻は、これから先のアリオトの繁栄をもたらすもの。それを個人の恋愛沙汰で、国同士が政争するトリガーになっちゃダメだ」
「はい、それはわかります」
 アルテは無言で頷いて。
「ポチャーリ王女殿下を探す、見つけたら……そうだね、さっきイチマルが言ったように引き渡す前に話ぐらい聞いてもいいだろう。話を聞いたところで結果は変わらないと思うけど、とりあえず問答無用で引き渡すのはなしってことでいいかい?」
「よくないけど多数決には従うよ、アルテ」
「よし、決まりだ。イチマルもそれでいいね?」
「はい、アルテ姉。ただ……私たちより先にメグレズかアリオトのどちらかに拘束されてしまう可能性もありますよね?」
 それもそうか。もしそうなったら?
「メグレズが先に見つけるとしたら、自国の王太子から逃げた隣国の婚約者だ。アリオトが先に見つけたとて、国を守るための約束を反故にして自分勝手に振舞った王女様ってことになる。どっちであっても、あまりいい扱いはされないとみたほうがいい」
 となると、私たちが先に見つける必要があるね!
「それなんだけど、ティアだけが探してもらうわけにはいかないだろうか?」
 ほぇ? 何故に⁉
「ティアは羽があるから、フットワークも軽い。ただ闇雲に私たち三人が城を留守にしたところで、どちらかの陣営が拘束に成功した場合は迅速に動く必要があって……イチマルは逆に、マウンテ教の姫巫女としてどちらかに肩入れはできない立場なんだ」
 ふむ、それはわかる。
「それじゃ私、何の役にも立てないじゃないですか」
 イチマルはちょっと不本意そうだ。
「そうでもないよ、イチマル」
「と言いますと?」
 アルテが何言いたいか、わかった。場合によってはアルテは、メグレズ側としての立場に立たざるを得ないだろう。逆にアルテがアリオト側に立つ理由やメリットは、何もないのだ。
「そんなとき、イチマルの存在が大きくなるんだ」
「なるほど……委細、承知いたしました。要は猿芝居をやれってことに」
 まぁそうなんだけど、言っちゃうのね。ていうかそれもあるけど、妖術の出番になるかもしれないし。
「そうと決まれば……『矮小化プミリオ』!」
 例によって例のごとく、無駄に露出の多い妖精衣装に変身トランス。実は完全な霊体になるだけあって、身長は十分の一以下になったとはいえ飛ぶのはこっちのが早いのだ。まるで『妖精とはこうあるべき』みたいなおめでたい『事案』な衣装とは云えど、小さいから目立たないしね。
「頼むよ、ティア」
「きゃわわ!」
「うん、任せて」
 ん? 今の誰?
「んっ、んんっ、何でもありません。ティア姉、よろしくお願いします」
 あ、はい。
「アルテ、連絡手段はどうしよう? いきなり拉致ってくる?」
「あ、それならちょうどいいのがあります」
 そう言ってイチマルが取り出したのは、カシューナッツみたいな形の綺麗な石。イチマルの瞳と同じ小金色の……勾玉まがたま
「これがあれば、念話で会話できます。アルテ姉にもお貸ししておきますね。握って頭の中で言葉を念じれば、その言霊ことだまを同じ石を持っている方に飛ばすことができます」
「かたじけない」
「イチマル、ありがとー!」
 ソラの魔道具とはアプローチが違うのかな。イチマルもイチマルで、有能オブ有能さん。治癒魔法だけの私とはわけが違うね。
「大量殺戮兵器みたいな魔法持ってて何言うかね、このポンコツは」
 人のこと、爆弾扱いはやめてくれませんかね? あくまで『神恵グラティア』でそういうことができるという可能性の話であって、治癒魔法ですから‼
 多人数に対して、実際に試したことはないですよーだ‼


 かの駆け落ち脳内お花畑王女を探しに、『ミニティア』が窓から飛び出して行ったのを受けて、イチマルが少し不安そうに言うのは。
「ティア姉、闇雲に飛び出していきましたが大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫だろう。アレの『ミニティア』モードは、デュラにも匹敵する索敵能力がある」
「と言いますと?」
 そう、あの子――ティアは、何かと『治癒能力しかない』と自虐的だけど、本人曰く『カウントするまでもないスキル』というのが結構な品揃えなのだ。その最たるものが『真実の瞳ヴェリタス・アイ』だろう。
 真祖の吸血鬼トゥルー・ヴァンパイアであるデュラの『魅了眼チャーム・アイ』のほうがかかりが強いが、あれはデュラ自身の意思によって自在に発動するから回避の手立てはある。だがティアのは無意識に出してくるから、本当に性質たちが悪い。
 まぁティアに内緒にするようなことなんてほとんどないので、あまり警戒はしたことがない。それに私自身、ティアのそれに対する抗魔力を持っているのだ。
「私はティア姉に、まんまとくらいましたよ?」
 そう言ってイチマルは笑うが、私とて完璧じゃない。何よりティア自身がかけているという認識がないので、私自身にも自覚がなかったりするケースがあるからね。
「『追尾する星屑ホーミングスターダスト』、ってティアは呼んでたっけね。あれはもう凶悪としかいいようがない」
「初めて耳にします」
「だろうね。彼女はそのスキルを、『落とした財布がどこにあるか』なんて用途でしか使わないから」
「どういう能力なのでしょうか?」
「手のひらから、無数の星屑……光の粒みたいなのを出してさ、それを自在に操ってる感じかな」
「光の粒、ですか」
 何故かイチマルが暗い顔になったが、理由は訊いてほしくなさそうだと直感したのでここはスルーしとこう。
(イチマルは一度、見たことあるんだっけ)
 多分だけど、ティアが『消滅』したあとのアレを思い出したんだろうな。私も何度か見たことがあるが、忘れたくても忘れられない光景だ。
 それはともかくティア……特に本当の妖精モード、いわゆるミニティアの状態ではアレはとんでもないバケモノなのだ。
「デュラの超音波による索敵は、ダイレクトにそれこそミリ秒単位で結果がわかる反面、直線での索敵になる。デュラの何が凄いって、一つの山に向けて『隠れている人』を見つけることができる」
「はい、あれは真似できませんね」
 ティアのそれは、デュラほど結果がすぐにわかるわけじゃない。だけど、かの妖精が『星の数ほど無数に』空中に出す光の粒は、ありとあらゆる曲線や角を自在に曲がる。山中とか海上はデュラの独壇場だが、街中に隠れている者を探す用途ではティアのが数段勝る。
「少なくとも、アレから逃れる手段は私にはないね」
「アルテ姉でも、ですか?」
 イチマルがびっくりして目を見開いているが、私はそんなに凄い存在か?
「少なくとも、かくれんぼをしたら百パーセント負けるだろうね」
「……からかってます?」
 そうじゃないよ。
「イチマルが妖術を使って隠れたとして、ティアのそれとどっちが勝つかは私にもわからない。それぐらいやばいのさ」
 だけど、ティアにはとっても残念な一面があって。
「多分、そろそろ来るだろうよ」
「誰がでしょう?」
「もちろん、ティアだよ」
「???」
 私がそう言うと同時に、ティアが出ていった窓から当の本人がちょっと気恥ずかしそうに帰ってきた。
「ティア姉⁉ もう見つけたんですか‼」
 いや、違うね。私の予想が当たってるなら、多分ティアは。
「あの、イチマル? その王女ってどんな顔してるの?」
「……は?」
 そりゃそうだ。往路は列車と馬車とで別行動だったから、ティアはポチャーリ王女の顔を知らない。いったいどうやって探すつもりで、飛び出したんだか。
 『目は口ほどにモノを言う』という。イチマルがティアを見る目は、まさに……。
『バカじゃねーの、こいつ?』
 というそれだった。ま、その表情を見せたのは一瞬だけだったのはさすがはイチマルといったところか。
「私の手を握ってください。『記憶』を『流し』ます」
 ソラの呪術も凄いが、イチマルの妖術はそれ以上だ。こんなことを平気でやってのける。
「あ、うん。ありがとー‼」
 そう言ってイチマルの手を両手で握るティアなんだが、イチマル? 何故どうして顔が紅潮しているんだ?
「ふむふむ、なるほどなるほど? 何か性格が悪そうな顔だね? 先入観もあるかもだけど。とりあえず、委細承知。ちなみに訊くけど、ポッチャリ王女ってどんな性格?」
 ポチャーリな。ポッチャリって何だ?
「そうですね……デュラさんとティア姉を足して、二で割るのを忘れた感じです」
 イチマルも、なかなかの毒舌だと思う。
「うへぇ、めんどくさそう」
 特にティアは反論もなさそうだから、ある程度は自分が破天荒である自覚はしているのか。
「庭師のほうは、イチマルは存じているのか?」
「そちらは知りません……一度二度はすれ違ったことがあるかもですが」
 まぁ王城の庭師なんて、顔を覚えようとも思わないだろうからそれは仕方がない。
「あー多分、そいつ。茶髪でヘーゼルの瞳だと思う」
「なんだそれは、ティア?」
「あー、うん。とりあえず場に似つかわしくない高級な服を来ている女の子を、二~三見繕ってたんだけどね」
 普段ポンコツなくせに、たまに意外性を発揮するんだよなティアは。
「少なくとも女性のほうは、イチマルが流してくれた記憶とほぼ合致してる。多分間違いないかなと思うんで、引き続き追尾してみるね。じゃっ‼」
 そう言って、羽をパタパタさせて出ていくティアを見送りながら。
「あの人……バカなんだかクレバーなんだか、わからないですね」
 私は、イチマルがよくわからないのだけれど? イチマルはティアから避けられているかもしれないというのをここ数百年だか数千年だか気にしてて、でも自分からは何かしようとはしてなくて。
 意外とチキンだなとか思ったりしたものだけど、『今世のティア』には何故か『ティア姉』と呼ぶようになったりして距離が縮まったようだ。いやつーか、ティアのほうもちょっと避けてたきらいがあるな。
 この二人に、いったい何があったんだろうね?
 でも、ティアとイチマルの仲ってのはそれなりに懸念事項だったから、ちょっとだけ今回の騒動に感謝している、なんて言ったら罰当たりかねぇ?


「ねぇ、ファトゥ。寒い……それに、何だか臭うわ」
「ポーチャ、我慢してくれ。普通の宿に泊まれば衛兵に密告されてしまうし、君を野宿させるわけにもいかないんだ」
 とある農家の馬小屋の片隅に、男女が藁を編んだ粗末な敷物を被って寒さと臭さに震えている……のを、天井の梁から(呆れた表情で)眺めているミニマムな私。
(庭師の名前がファトゥウスだから、間違いなさそうね。っていうか王女様、逐電の途にあるなら偽名くらい名乗りなさいよ……)
 バカなのかな? というか私は妖精だから寒いとかないけど、臭いのはね。ここは馬糞の臭いがこもってるので、自然とともにある妖精の私ならまぁなんとか許容範囲だけど人間にはキツいだろう。特に、箱入りのお姫様とあっては。
「それにお腹が空きました」
 さっきからこの王女様、わがまましか言ってないな? 本気でこの駆け落ちが成功すると思っているんだろうか。よしんば逃げ切ったとして、平民もしくはそれ以下の生活に耐えられるとはとても思えない。
「わかった、これを食べるといい」
 ファトゥ青年が手渡したのは、硬い硬い平民御用達のパン。いや、平民でも比較的裕福な層は、柔らかいパンを入手するんだけど……柔らかいのは、それなりのお値段なんだよね。
(逃走資金、どれくらい用意してるんだろ)
 ってそれ以前に王女様、あなた一時間前も同じこと言ってパンをもらってませんでした⁉
「またコレですかぁ? まるでサンダルのようです」
 うーん、サンダル。言い得て妙で、ちょっと笑ってしまった。
(にしたってねぇ。お金と食料は有限なんだから、ご利用は計画的に!)
 さて、こいつらどうしようか。一応拘束してお話しを聞いてやった後で、アリオトの王室に投げる手はずにはなっているけど。
「……朝になれば、もっといいパンを買ってくるよ。今はそれで食いつないでくれ」
「わかったわ、ファトゥ。それにこんなサンダ……パンでも、お紅茶に浸ければ柔らかなくなって食べられるかもしれないわ」
 そうかもしれないけど、この状況で紅茶?
「お水ならあるけど、もう残り少ないんだ」
 何だか面白そ……じゃなくて見てられないので、しばらくは見守ってやるか。どうせ明日のパーティーは中止だしね(ラッキー!)。
 遠くから、鳥の啼き声が聴こえてくる。あれは梟かな?
「ねぇ、あの鳥は寝ないのかしら?」
「そうだね、夜になって起きる鳥もいるよ」
 私は、あなたたちのおしゃべりがうるさくて眠れません。
「寒くて眠れそうにないわ。ねぇ、ファトゥ? 私を抱きしめてくれる?」
「あぁ、ポーチャ。これでいいかい?」
「えぇ、とても暖かいわファトゥ!」
 うーん、砂糖吐きそう。これはこれで、こいつら幸せそうだな。
 今の私、天井の梁の太さよりも小さいので…下からは死角になって見えない。何より暗いから、向こうからは梁すらハッキリとは見えないだろう。
(私も寝ようかな)
 両手を挙げて、大きくあくびをした……ときに、これは私のくせなんだけど羽がパタパタパタッと震える。その羽音に反応した王女様、ビクッと身を震わせて。
「怖いわ、虫がいるみたい」
 あ?
「そりゃ虫くらいいるよ。馬小屋だから、馬糞にたかる虫が集まるんだ」
 はい? 核の発射ボタンが目の前にあったら私、十六連射してるよ‼ よりによって虫って……馬糞に何してるって⁉
 ねぇアルテ、イチマル。申し訳ないけど、やっぱ私優しくなれないかもしれない。
 くっそイライラしながら目をつぶって梁に横になってたら、いつの間にか寝ちゃったらしい。瞼を照らす陽光の眩しさに目が覚めて……ん? あいつらどこ行ったのかな。
 私の周囲を舞う『追尾する星屑ホーミングスターダスト』の光の粒が発する光は、彼女たちがすぐ近くにいることを教えてくれている。なので、そこらへんに焦りはないんだけど。
 パタパタパタっと馬屋の外へ。結構陽が高いな、寝すぎた?
(家の中からは気配がするな。ここの家の人たち、これから畑に出るところだろうか)
 と思って窓から覗いたら、まぁ呆れた。
(何してんのアレ……)
 どうやら家主はとっくに農作業に出たようだ。視認できる距離に畑はないので、離れたところにあるのだろう。朝早くからご苦労様‼
「で、マジで何してんの⁉」
 窓から中を覗き込んで見えた光景は……ファトゥ青年が、この家の備蓄食料を一生懸命に鞄に詰めていた。
(おいおいおいおいっ‼)
 しかも王女様は、テーブルに座って紅茶を飲みながらファトゥ青年をウットリしながら見つめてんの。その紅茶、まさかこの家のじゃないよね? てか炉に火が入ってるんですけど⁉
(おまわりさんこっちです……‼)
 いやほんと、どうしてくれよう。他人の馬小屋で勝手に寝泊まりしたあげく、家にも勝手にあがりこんで食料強奪な上、炉に火を入れてティータイムですよ。
(理解が追いつかない……)
 正直ね、愛する二人を引き裂くのに若干の抵抗はあったんだ。異世界のニホンでは平民でしたからね? 『高貴なる者の責任と義務ノブレス・オブリージュ』とか偉そうなことは言っていても、やっぱちょっと恋を応援したいなって部分もゼロじゃなかった。
(たった今、ゼロになったよ……)
 というかすごいメンタルだな。厚顔無恥というか。
 ここの家主、昨晩ちょっとチェックしてみた限りでは老夫婦の二人暮らしだった。それ知っててやってるんだったら、鬼畜にも勝る所業。
(まぁ別に老夫婦じゃなくても酷いけど)
 ファトゥ青年、また何かを見つけた様子だ。また、てか人んちだから何でもあるよね。今思えば、前世ニホンでのロールプレイングゲームって野盗が主人公だったんだなぁ。
「あ、お酒があるよポーチャ」
「ワインかしら?」
「いや、見たことがない色をしているね。しかもドロドロだ」
「それ、本当にお酒なの?」
 どぶろくだろうな。てかお酒だったらどうする気よ?
「ふむ……これは濁り酒だね」
 瓶に少し口を付けて、ファトゥ青年……そのままカバンへしまい込む。一切の迷い無し‼
「ポーチャ、そろそろおいとましよう。見つかってしまう前に」
「わかったわ、ファトゥ」
 そう言って席を立つ王女様。その王女様の使ったティーカップを洗うファトゥ青年。そのファトゥ青年の後ろで所在なさげに突っ立っている王女様。
 ……お前らそれでいいのか。ガチのマジで通報しようかしらん。
「じゃ、行こう」
「あ、ちょっと待ってファトゥ」
 王女様はそう言ってペンを取り出すと、テーブルの上に何ごとかを書き込む。そして自らの指にハメられている石のでっかい指輪を外すと、その上に置いた。
「何て書いたんだい?」
「ありがとう、ご馳走様って。勝手に飲み食いしてしまいましたから……」
 そこは『ごめんなさい』だし、テーブルに落書きも同然じゃないでしょうか。置手紙じゃないのかな、そこは普通。
 でも王女様が置いた指輪、あれ金剛石ダイヤモンドだ。この二人が飲み食いした分が、数百いや数千日分は買える価値があるのだけど。
(老夫婦にとってはありがたいんだろうけど、この先を考えると無駄遣いは控えてたほうがいいよ?)
 ああん、じれったい‼ まず、逐電中の王女様がそんな目立つ高級品を指にハメたままウロつくな‼ それと、そんな高級指輪もらっても老夫婦じゃ換金の方法なんざ知らないだろうし、そこから足が付くよ?
(ツッコみ死んじゃう……)
 でもまぁ、心の底から性根の悪い子じゃないんだろう……かな? よくわからなくなってきた。
 とりあえずここまでの流れ、アルテとイチマルに勾玉通信で報告。間髪を入れず、アルテの大笑いが聴こえてきたんですけどね? イチマルは絶句しております。
『ティア、そのお笑いコン……じゃなかった、バカップルだけど。私はもうちょっと様子を見たいと思う』
 アルテ、絶対面白がってる。お笑いコンビと言いかけて訂正したくせに、バカップル呼ばわりは訂正しないのね。仮にも片方は隣国の王女様なんですけどね?
 そして、その家を後にするお二人を見送りながら思うのは。
(さてさて、この先どうするのかな)
 私もちょっとだけ、楽しくなってきたかもしれない。ただね?
「炉の火は消していきなさいよっ‼」
 先が思いやられます、本当。


 もう溜め息しか出ないけど――ヤツらいうところの『虫』のまま、ちょっと上空から俯瞰で眺めながら追尾。やれ花が綺麗だの、いや君のほうが綺麗だのいい加減にしてほしい。
 もし捕まったら、ポチャーリ王女はともかくとしてファトゥ青年は断頭台だ。メグレズとアリオトの、どちらで首を刎ねられるか知らないけどさ。
 もうちょっと、周囲を警戒したらどうなんだろう。
(街へ入るのか……)
 ここはメグレズの、東の地方。水の匂いがするな、多分国境にある川の匂いだろう。
「国境は越えられない、だろうから……」
 うーん、何を考えているのだろう。
(何も考えてないっぽいな)
 こんな大騒動を起こして、国境の街に入るとかもうね。アボカドバナナアホかとバカかとですよ。
 まぁこの二人の珍道中も、あの街で終わるんだろうな。お気の毒だけど、この二人には最悪の結果が待っていると思う。いやそれだけで済めばいいというか、それだけで済んでほしいの。
 政争になれば、アリオトにはメグレズからの報復措置が待っているだろうし、賠償金も請求されるだろう。帝国のカリスト皇帝は黙っちゃいないだろうし、何より最悪な――戦争になるかもしれないから。
 二人はテクテクと、呑気に……じゃなくて。
「ねぇ、ファトゥ。私は歩き疲れました」
 まぁ蝶よ花よと育てられた王女様からしたら、そうなんでしょうね。もうツッコむ気もおきません。
「ポーチャ、もう少しの我慢だ。ほら見えるだろう? あそこの街まで行けば、ワーカーギルドがある。住み込みの仕事はきっと見つかるから、もう少しの辛抱だ」
 いや、ギルドにあなたたち登録できませんよ? 指名手配されてる身でギルド行くとか、自殺行為もいいとこだ。それに住み込みのお仕事って、それなりに競争率高いんですけどね?
 そんなことを思っていたら、途中で大荷物の行商人とすれ違う。
「あ、おじさん!」
 ファトゥ青年が呼び止めると、何か一言二言。行商人は満面の笑みを浮かべながら、何か……服かな? そしてお金を払って、行商人は足早に去っていく。
「ポーチャ、これに着替えるんだ」
「これは……雑巾でしょうか」
「……いや、君の服だ。今の服だとどうしても王族貴族の令嬢だと邪推されかねない。変装する必要があると思う」
 うん、『返送』する必要があるね。アリオトに。
 今ごろになってやっと気づいたのか。まぁおかげでコイツラを簡単に見つけることができたわけだけど、よく私以外にバレなかったな⁉
(というか服を変えただけでは、変装とは言わないよ……)
 ファトゥ青年はともかくとして、王女様に決定的に足りないモノ――それは『覚悟』だ。
 少し街道を離れた森の中に入り、新たに購入した服に着替える王女様。それを見ないように、後ろを向いているファトゥ青年……なんだかな。微笑ましいのだけど、王女様の背後から狼が数匹近づいてるの気づいてる? 王女様に照準を定めてますけど?
(世話のやけるっ‼)
 私はミニ妖精のまま狼の目の前に飛び出すと、おちょくるように曲芸飛行を披露。狼の興味が私に移ったので、そのまま低空飛行で引きつけてヘイトを集める。
(よしよし、ついてきた‼)
 王女様から見えない距離まで稼ぐと……本当にごめんね‼
「『神恵グラティア!』」
 私の中の魔力のほんの一部……それでも普通の生物にとっては持て余すほどの魔力量が、瞬時にして狼の体躯に詰め込まれる。
『パンッ‼』
 何だかイヤな音がして、狼たちは全部『破裂』してしまった。といってもスプラッタ的なことになってるんじゃなくて、無数の光の粒が粉のように舞い……やがて風に飛ばされて消滅する。
「あー、イチマルが言ってた私の最期ってこんなんかぁ。ぐっちょんぐっちょんになるよりは、こっちのが綺麗でいいよね」
 何気なくつぶやいたら、かの勾玉を片手に握ってたの忘れてた。
『ティア姉、お帰りになったら二人きりで話があります』
 ドスの効いたイチマルの声が、地獄の底……じゃなくて勾玉から。え、私が悪いの⁉ てか勝手に念話飛ばさないで‼
 まぁ気を取り直して元に戻……ん? んんっ⁉
「ちょっ、ちょっと待つんだポーチャ‼」
 慌てて制止しようとするファトゥ青年と、ナイフ片手の王女様。何する気だろうと推測する間もなく王女様は……綺麗で長い髪、自分で切っちゃった。私よりも短くなったんじゃないかな⁉
「これで、もう王女には見えないでしょう?」
 なるほど、結構思い切ったな。多少は『覚悟』があるのかもしれない。確かに、あのクルンクルンした髪では悪目立ちするだろうし。
「それではファトゥ、行きましょうか‼」
「すまない……すまない……」
 カラッと元気に言ってのける王女様と、両膝両手を着いて落涙のファトゥ青年。
「髪なんて、いつでも生えてきますよ。泣かないでください、ファトゥ」
(ふーん?)
 抜いてハゲにしたんじゃないんだから、『生えてくる』じゃなくて『また伸びる』のほうがいいかな。
『ティア』
 ん? アルテの声が、勾玉から。何か王城側で動きがあったのかな。
「アルテ、何?」
『王女の影武者となって、馬車に残った侍女だけど』
「うん」
 嫌な予感しかしないな。
『先ほど、アリオトからメグレズ側に身柄が引き渡されたそうだ』
「そう。メグレズ側で裁きを受けるのね」
『いや、そうはならないみたいだ』
 どういうことだろう?
『要は……好きにしてくれ、って意味合いが強いな』
「煮るなり焼くなり、て意味で受け止めてよい?」
『だね』
 その侍女さん、王女様の恋を応援して手助けをしたのか……それとも命令に逆らえなかったか。いずれにしろ、私たち賢者六人衆の立場では内政に干渉できない。
 公式な裁きを受けさせれば、その侍女さん側は弁護人をつける権利があるのだけれど。
「せめて裁判、とはならない?」
 アルテからの、返事はなかった。
 ソラが住んでるフェクダ王国は奴隷制度があるから、そこだったら犯罪奴隷落ちってルートもある。人権は剥奪されるけど、人権に準ずる地位は保証される。
 だけどメグレズやアリオトには奴隷制度がないから……気の毒だけど、その侍女さんに未来はないだろう。特に手続きもなしに身柄を投げたということは、アリオト王国側としては心底怒っているか(そりゃ怒る)、その姿勢を先方に見せる必要があるのかもしれない。
(あの王女様に、そこまでの思慮はあったのかな)
 それとも侍女さん側にも覚悟があって、二人はその屍を乗り越えていく覚悟を決めている……ってのはちょっと考えすぎかな。もしそうだったら、私はあの王女様を好きになれない。
「それよりファトゥ、急ぎましょう。日が暮れてしまいますわ」
「あ、あぁ」
 一旦それは忘れよう。というわけで追尾続行です。
 街に入ると、保安局員や衛兵の数が目立つ。
 いつもこうなのか、それとも……ただ王女様は髪を切って服も替えてるもんだから、一人二人にちょっと職務質問されたぐらいでうまく乗り切ってみせた。なかなかやるなぁ。だけど……ワーカーギルドに入るのだけはダメだ。
(ああっ、もうっ‼)
 二人してワーカーギルドに入ろうとしたので、慌てて元の大きさに戻り二人の首根っこを掴んでダッシュ。隣の建物との間の狭いスペースに放り投げて、二人の前で仁王立ちの私。
「ファトゥさん、ポチャーリ殿下‼ 追われている身でギルドに入るとか、何考えてんですかっ‼」
 二人の顔が青ざめる。
「なっ、どっ、どうしっ、え⁉」
 おいおいファトゥ青年よ。こんなときに愛する人を守れなくてどうする? そして王女様は……黙ってこちらを見上げている。
「今ギルドに入ったら、お二人とも即座に身柄を拘束されますよ」
 知らんけど。
「あなたは? ……あ、申し遅れました私は」
「状況が状況ですので、自己紹介は結構です殿下。壁に耳ありと申しますから、どこで誰が聴いているかわかりません」
 私がそう言うと、ハッとして口を押える王女様……なんだけど。あれ、何で私この二人を助けてるの?
「私はティ……んっ、テディと申します。妖精族の平民です」
 名前は、言わないほうがいいな。平民なのは嘘じゃないし。身分なんて元よりいらないけどね。
「とりあえず、お二人ともご自身が何をなされているか自覚はされていますか?」
「説教ですか⁉」
 そうだよ‼ 鼻息荒く反論してくるファトゥ青年だけど。
「声が高いです。建物の外とはいえ、ここはワーカーギルドです。とりあえず場所を変えて話しませんか?」
 あー、結局話を聞く流れになっちゃったな。
「話すことは何もない、と言ったらどうしますか?」
 とは王女様。そのときは、当初の予定を遂行するだけだ。お身柄拘束させていただきます。
「わかりました、行きましょう」
「しかしポーチャ‼」
「この方、テディさんは今すぐにでも私たちを通報できるのにしなかった。その義には報いねばなりません」
 ふーん、腐っても王女様だね。そのとき、横目でチラと見えたのは。
(アレは……)
 そうか、そうなる可能性があったよね。
「ちょっと確かめたいことがあります。この先に、ちょっと小さ目の開けた場所があります。かつてこの街では広場だった場所ですが、そこでお待ち願えますか?」
「うまいこと言って、罠だろう‼」
「ファトゥ、およしになって!」
 んなわけないでしょ。
「反対側の方角に新しく広い広場ができたために、旧広場だったそこは人もまばらです。人に聴かれたくない話をするにはうってつけなんです」
 この騒動も、間もなく終わる。願わくば――。


 今私は、アルテとイチマルとともにアルテの住まう天権の塔に向かっている。私の左頬は、イチマルの渾身のビンタで手のひら形に腫れあがっていて、イチマルからは『私が許すまで自己治癒禁止』とのお達しです。
 光の粒の話は、当分イチマルの前でしないほうがいいと学んだ今回……まだ頬が痛い。
「こんな幕引きになるとはね」
 アルテが、嘆息しながらつぶやく。
「まぁある意味、よい結果になったともいえましょう」
 イチマルが慰めるように声をかけるが、そのイチマルの表情も心なしか暗い。最悪の結果だけは免れたけど、それでも。
 あの日、私が見た光景――あの農家の老夫婦が衛兵に拘束され、保安局に連行されている真っ最中だった。両腕に枷をはめられ、腰縄で引っ張られて。
 老夫婦は家に泥棒が入ったこと、お礼のメッセージが残されていたこと、指輪が置いてあったことを知人に相談したのだけれど………一般庶民じゃ手の届かない高額な宝石だったことから、盗みを働いたという嫌疑をかけられ逮捕されたのだった。
 老夫婦にとってはまったく事情がわからないわけで、取り調べで何を言っても否定されただろう。そして、身に覚えのない冤罪で罰せられたはずだ。
 私は取り急ぎ二人の元へ急ぎ、それを王女様に話した。
「年齢が年齢ですからね、死ぬまで牢からは出られないことになるでしょうね?」
「そんな……私はそんなつもりでは」
 わかってるよ。でもね?
「それだけじゃありません。殿下方の駆け落ちを『手助け』した侍女の方も、その身柄は拘束されました。コトがコトだけに、その身柄は裁きを受けることなく引き渡されたんです。この意味がおわかりですか?」
「ちょっと待ってください! 彼女は私の命令に従っただけ、逆らえなかっただけです!」
 ふーん、そう。だけどそれで無罪になれば、法律はいらないんだ。というかね、侍女さんは法律で裁かれることもない。
「つまり、王女殿下の罪ですよね」
「何言ってるんだお前は!」
 その言葉、そっくり返すよファトゥさん。
「どうしますか? このまま逃げ続けますか? 侍女さんと老夫婦の屍を乗り越えて、お二人だけの幸せを探しますか?」
「もちろんだ‼ 俺たちはその覚悟で逃げだしたんだ、今さら引き返せない‼」
 呆れた。今さら引き返せないのは、処罰が怖いからでしょうが。
「王女様も同様ですか?」
「もし……もし、そうだと言ったらどうなりますか?」
 もちろん、ここで捕縛してアリオトの王室に放り投げて終了。ニンゲンなんて面倒くさいしね。
 だから、当初からの予定どおりに……でも、ちょっとだけ信じてみたくなったんだ。何度ニンゲンに裏切られたら、私は学習するんだろうね。
「そうですね、ぶっちゃけどうでもいいです。私はファトゥさんもポチャーリ殿下も見つけられなかった。諦めて帰りましたということにします」
「それはありがたい!」
 黙れバカチンが。
(ん?)
 大勢の……人がこちらに向かって走ってくる足音が聴こえる。あらかじめ保安局の周囲に撒いていた『追尾する星屑ホーミングスターダスト』たちも、こちらに近づいている。
(どのみち、この二人はここでジ・エンドか)
 もういいや、うん。
「では私はこれで」
 これから先、この二人には艱難辛苦な道のりが待ち構えているだろう。でもそれは、多くの人を道連れにしたあなた方への罰だ。同情はしないよ。
 そして私が、きびすを返した瞬間ときだった。
「私を……保安局に連れて行ってください」
「ポーチャ⁉」
「どうなされるおつもりです?」
「老夫婦をお助けせねばなりません」
「どうやって助けるおつもりですか?」
 そんなの、一つしかない。
「私が……私がポチャーリ・バルゴ・ザヴィヤヴァであることを明かすのです」
 そう言って王女様は、懐から懐剣を……アリオト王家の家紋が入ったそれを取り出した。
「……二言は?」
「ありません」
 王女様の頬を、涙が伝う。やっと理解したんだろうな、この騒動が終焉に向かっていることを。
「ちょっと待ってくれ、ポーチャ‼ そうなったら俺は逮捕されてしまう! 死刑になるんだ‼」
「そうならないよう、あらゆる手段を尽くします。ごめんなさいファトゥ、私を連れ出してくれて本当に嬉しかった。あなたを愛せて、本当に楽しかった。私は生涯、この日のことを忘れずに生きていきます」
 そう言って微笑わらう王女様の涙がつたう表情からは、確かにこれまでに感じたことのない『覚悟』を感じた。
「いっ、いい加減にしろ‼」
 だけどかの青年は違ったみたいで……そう吐き捨てると、いきなり走って逃げだしたんだ。
「ファ、ファトゥ⁉」
 ちょうどこちらに向かっていた衛兵と鉢合わせして、ファトゥ青年はアッという間に身柄を捕捉され……衛兵たちがこちらを向いたときには、すでに王女の姿はなく。
「何を考えておいでですか?」
 はるか上空、私に後ろから腰を抱かれてフライアウェイな王女様。恋人に土壇場で逃げられたというのに、眼下に広がる街やメグレズの領民を見下ろすその表情は不自然なくらい穏やかだ。
「私はこの街の……この国の人々を幸せにする責務から、逃げ出したのですね」
 私はそれには応えず、保安局の前で王女様を降ろす。
「もしここから逃げ出しても、もう私は追いかけません。ご自身のなさりたいようになさってください」
「ありがとう、テディさん。私は、もう覚悟を決めております」
 そう言って王女様は踵を返し、単身保安局の門をくぐっていった――。
「結局、侍女さんの身柄はアリオトに差し戻し。改めて裁判を受けることになったのは僥倖だったよ」
 アルテのその言葉に、私もイチマルも大きく頷く。ただ、裁判結果がどうなるかは神のみぞ知る、だけどね。
「その老夫婦も疑いが晴れて、王室からは賠償金をいただけるようです。ただ、かの指輪は固辞したそうですが」
「うん、イチマル。あの老夫婦にとってはとばっちりもいいところだったから何よりだよね」
 だけど、ファトゥ青年に関しては死罪を免れない――はずだったのだけど。
「メグレズの王太子としても、改めて婚姻というわけにはいかないからね。結局アリオトの王女様は、ドゥーベ市国沖のイトゥーク島にある修道院送りが内定しそうだ。王族貴族の罪を犯した令嬢が押し込まれる、戒律の厳しい修道院でね。死ぬまで出られないし、死んでも出られない」
 そう。その修道院の敷地の外には、一歩も出ることができないのだ。唯一の例外として、修道院が火事になったときを除いて。
 そして天命を全うして亡くなったら、そのまま修道院内に埋葬される。
「そういう事情の修道院だけに、『本人の同意』がなくては入れない場所です。殿下は、自らそこへ入ることに同意するのと引き換えに、庭師の青年の命乞いをしたそうです」
 ただファトゥ青年も、死刑を免れただけにすぎない。どこへ収監されるかは知らないが、一生その外に出ることは叶わないだろう。
 若い二人が起こした騒動は、結局誰も幸せになれなかった。両国間に大きな爪痕だけを残して、幕を閉じたんだ。
「アリオトはこれから大変だね」
 賠償金はどうなるか、帝国にいらっしゃる皇帝の判断は。まだまだ懸念事項は山積みなのだ。
 やがて私たち三人が塔に到着したときは、すっかり陽も暮れてあたりはもう真っ暗になっていた。
 天権の塔はハイエルフのアルテが住まうだけあって、塔周辺は開けた野原になっている。色とりどりの花が月灯りを反射していて、とても幻想的な舞台ステージだ。
「結局、ティア姉とダンスはできませんでしたね」
 イチマルが、残念そうにつぶやく。そうだ、いいことを思いついた!
「ここで踊ろうよ、イチマル!」
「え?」
「いいね。演奏は私がやろう」
 そう言ってアルテが、腰に差していた横笛を手に取ってみせる。
「え? え? え?」
 何がなんだかわからないといったイチマルの手を引いて、ダンスの衣装に着替えるためにアルテの居室をお借りするべく塔へ入る。
 そして着替え終えて、アルテの待つ星空の下のステージへ向かう私とイチマル。
「うーん、結局この格好アルテに見られちゃうのか」
 とは思ったけれど。でもアルテは私たちのダンス衣装を見た瞬間に、
「うっ……ぐっ……⁉」
 突然お腹を押さえて、苦しそうな表情で両膝から崩れ落ちた。ど、どうしたの⁉
「アルテ姉⁉」
「どうしたの、アルテ⁉ お腹が痛いの?」
「あぁ、すまない。腹がよじれてしまってな?」
 死ねバーカ。
「ひどいですよ、アルテ姉」
「ははは、すまないイチマル。ティアを笑っただけなんだ」
 そうすか、ハイハイ。
「いいからさっさと演奏始めてちょうだい!」
 そんなこんなで始まった、妖精と妖狐とハイエルフ三人だけのダンスパーティ。
 このままずっと、朝まで踊りましょう! 嫌なことを、今だけは忘れて。
 月灯りのランプに照らされて、星々がシャンデリア代わり。横笛一本だけのオーケストラに乗せて、ダンスパーティーはこれからだ‼


 ここで一句。
短夜みじかよの 星の輪舞曲ロンドと 夜もすがら』
 うん、イマイチ!
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