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第二章・魔法少女たちの饗宴

第六話『フラワーガーデン①』

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 この世界には男性と女性から成る人間が多数を占めており、国の支配階級はほぼ人間だ。残りはエルフやドワーフ、獣人などのほかに女性のみが存在する魔女と呼ばれる亜人が混住している。
 魔女の平均年齢は人間の五十倍から百倍近くとされ、妙齢の女性になるまでは人間と同じながらそこから数千年はその外見を保つ。同じ長命種でありながら、ドワーフやエルフとはそこらへんとは一線を画していた。
 もちろん女性しか存在しないから、子を生すためには他種族と目合まぐわう必要がある。伴侶が人間か雑多にわたる亜人かによって、産まれてくる女児が使える魔法タイプは種々雑多だ。
 なお産まれたのが男児の場合、父親が人間なら子も人間である。女児であった場合のみ魔女となるのだが、その成長過程で『少女』である時代を限定して『魔法少女』と呼ばれた。
 魔法少女のみが通える、王立アルセフィナ魔法少女学院。ここに通う魔法少女のうち、頭一つ飛び出ているのがいわずもがなのリリィ・マリィ・ララァの三人である。
 彼女たちはそれぞれ『天啓(リリィ)ゴッド・ブレス』・『天才にして天災(マリィ)ジーニアス・ディザスター』・『怪童(ララァ)ファントム』と二つ名があったが、それはあくまで三人に対する畏敬からくる尊称にすぎない。その尊称とは別に、魔法少女たちにはその特殊性を表する『魔号』が在る。
 魔号は魔法少女の誰にでも在るもので、たとえば歌魔法による治癒を得意としたアンダンテは『反魂の魔法少女』と呼ばれていたし、その親友である再現魔法を得意としたモデラートは『水鏡の魔法少女』という魔号を持つ。
 そして『破戒の魔法少女』と呼ばれるのがリリィであり、マリィとララァはそれぞれ『全能の魔法少女』『妖夢の魔法少女』という魔号があった。もっともこの三人は『ベル』の称号持ちなので、魔号よりも称号のほうがグレードが高いことからリリィたち三人には魔号はあってなきが如し状態となっている。
 身分と職名の違いのようなものだといえばわかるだろうか、この三人に魔号で呼ぶのは不敬な行為なのだ。もっとも生徒同士は名前で呼び合うのであまり意識して口から発することはなく、もしあるとすれば――。
「すいません、遅れました」
 そう言って午前の授業も間もなく終わりにさしかかろうとするタイミングで教室に入ってきたのは、『悉皆しっかいの魔法少女』・ヴェリタである。
「まったく、重役出勤なんていいご身分ですね!」
 教師が、ヴェリタに嫌味ったらしく吐き捨てた。
「すいません、急に『お仕事』が入ったもので……」
 ヴェリタが申し訳なさそうに、頭を下げながら詫びを入れる。だが教師は忌々しそうに、無言で早く席につけとばかりに顎でしゃくった。
 この日は教室での座学であるが、その内容が簡単な実践をともなうこともあって魔法少女に変身しての授業だ。だからヴェリタも、変身済みの状態で教室に入ってきたのだが……。
 この授業は移動教室なので、どこが誰の席という決まりがない。だからヴェリタも、空いている席をみつけてその隣に座っている生徒に話しかけた。
「アナベル、ここ空いてる?」
「空いてるけど、ヴェリタに座ってほしくない」
「……うん、ごめんね」
 ヴェリタは、この学院では嫌われている。いや嫌われているというよりは、教師からも生徒からも敬遠されていた。
 その魔法少女衣装は白と黒のツートンカラーで、彼女は学院に通うかたわら王国での警察機能を有する衛兵局員でもある。魔法少女としてのヴェリタが、その異能スキルをフルに生かして従事する職務は『尋問』。
 彼女には、『自分に対して嘘をつかせない』という異能があった。その白黒ツートンの魔法少女衣装が象徴するように、シロかクロかを看破できるのだ。
 だがヴェリタにとってもその周囲にとっても因果なのは、その異能は自動発動型であったことだ。つまり変身している状態のヴェリタに一切の嘘が通じないばかりか、建前をしゃべろうとしても本音をしゃべってしまうという弊害が発生する。
 教師としても二足の草鞋を履くヴェリタに嫌味ではなく『お疲れ様』と言ってあげたかったし、アナベルにしても『ここ空いてるから座りなよ』と言うつもりだった。だが両者の口から出たのは、嫌味と拒絶……決して本人の前では口にしてはならぬとわかっていても勝手にしゃべってしまうのである。
 それはヴェリタもわかっている。わかっているからこそ教師の嫌味は耐えたし、アナベルの拒絶には逆に謝罪も返した。
 こんな調子で家族や周囲から避けられ続けて、もう何年が経っただろうか。いつ終わるともわからぬ暗闇の中で、彼女はもう足掻くことすら諦めていた。
 ヴェリタにだって、本音と建て前はある。口では建前を話したつもりが自分の意思とは無関係に本音をしゃべらされてしまうというのが、どれだけ凶悪であるかは自覚しているつもりだ。
 この異能が発芽してから、ヴェリタはずっと孤独であった。
 彼女の魔号である『悉皆』とは、『ことごとく、すべて』を意味する。ヴェリタの前では、誰であっても心を偽ることができないのだ。
 そんな事情があるから、
「悉皆さんと同じ授業か、イヤだな」
「あと数分で授業終わりなんだから、さぼればいいのに」
 そんな陰口が、ほかの空席を探すヴェリタの背に向かって小声で囁かれる。ヴェリタに関してのみ、その魔号呼びは唾棄されているも同然であった。
(まいったな、ほかに空いている席は……)
 もう慣れっこなので、そんな誹りは意に介さずヴェリタは教室中を見渡す。するともう一ヶ所だけ空席があったが、そこは逆に今度はヴェリタのほうが遠慮したい場所にあるのだ。
(ゲッ‼)
 一瞬、腰が引けてしまった。なぜならばそこには、ヴェリタと別の意味で学院中から敬遠されている存在に囲まれていたからである。
 だがその敬遠は、ヴェリタとは趣を異にした。それは尊敬と畏怖の両方がこもった、『尊すぎて近寄りがたい』ものだった。
 くわえて自分は平民で、『あの三人』は男爵位ながら貴族である。たとえていうならば、自分がウサギとするならばライオンが三匹……なのでヴェリタはこれまでも、できるだけ近寄らないようにしていた。
「あの、ここ……空いてますか?」
 それでも必死の勇気を振り絞り、歩み寄って声をかける。
「……空いてる」
 緊張を隠せない表情で応えたのは、その空席の隣に座っていたリリィだった。リリィの後ろに座っているマリィと前に座っているララァも、ゴクリと生唾を呑み込む。
 リリィたち三人もまた、ヴェリタの異能に対して警戒していたきらいがある。だからリリィも下手なことは考えまい話すまいとして、その返事がぶっきらぼうになってしまった。
「ありがとう、私のことキモいだろうけど我慢してくださいね」
 ヴェリタは弱々しく笑ってお礼を言うと、椅子に腰を下ろす。
「いや、キモいというか下手なことを言ってヴェリタさんを傷つけたくないの」
「え?」
 その言葉が意外だったのか、ヴェリタは驚きの表情でリリィに振り返った。
「それはどういう……」
 その真意を正そうと思ったヴェリタだったが、授業を再開したい教師から無言で浴びせられる視線に気づいて口をつぐんだ。その数分後、午前最後の授業終了を告げる鐘が鳴る。
「リリィ、今日はご飯どこで食べる?」
「んー、裏庭の東屋ガゼボはどうかな」
「いいね。じゃあ席が埋まっちゃう前に早く行こ!」
 教科書とノートをそろえながら、リリィたち三人がそんな会話をかわす。そしてそのすぐ横で、ヴェリタがなにごとかをうつむいたままブツブツとつぶやいていた。
 そして意を決したとばかりにガッと顔をあげると、
「リリィ様、ちょっとよろしいでしょうか!」
 その勢いに、リリィたちはビクッと飛び上がった。周囲の生徒も、その不穏な空気に敏感に反応する。
「え、えっと? な、なに……かな⁉」
 挙動不審ながらも、精一杯の笑みを見せてリリィが応えてみせた。マリィとララァは、ヴェリタの口からなにが発せられるのかと緊張を隠せない。
「あの、マリィ様とララァ様もよろしければなんですが……ランチをご一緒してよろしいでしょうか?」
 そう懇願するヴェリタの必死な形相は、すでに涙目だ。その異様な雰囲気にのまれてか、三人は思わず顔を見合わせる。
 リリィたちは、ほかの生徒と同じように理不尽な理由でヴェリタを忌避していたわけではない。むしろ絶対強者である自分たちすらも凌駕する、ヴェリタの異能を認めていた。
 だがだからこそ彼女を傷つけるような発言をしてしまわないかと、自分たち自身に警戒していたのである。それが結果として、お互いに避け合うという不幸な巡り合わせとなってしまっていた。
「いいよ。それと、『様』はやめてね?」
「いやでも、私は平民ですし……」
「同じクラスメートじゃないですか。それに私だって、平民上がりですよ」
 笑顔でそう応じてくれるリリィに、ヴェリタは若干の探りを入れるような視線を送る。
(どうせこのあと、『平民のくせに声をかけないで』とか『一緒にランチとかキモイ』とか言うんでしょ)
 ヴェリタがそういった考えにいたってしまうのは、彼女のこれまでの人生経験を考えれば無理からぬことだったかもしれない。だがどれだけ待っても、リリィからはヴェリタの心を抉る言葉は飛んでこなかった。
 そしてそれがなにを意味するのかを、ヴェリタは知っている。
「え、本心⁉」
「ですよ? 正直、私たちもヴェリタさんに興味があったんです」
「いやあの……はい、ありがとうございます!」
 よく見ると、リリィの額に冷や汗が浮いていた。それでも必死に平静をとりつくろうとしてて、ややぎこちないながらもヴェリタに笑顔も向けてくれる。
(優しい人だ……)
 ヴェリタは、涙が落ちそうになるのを必死でこらえていた。
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