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第二章・魔法少女たちの饗宴

第五話『ガーディアン④』

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「ねぇ。リリィ、ララァ……」
 呆然と『それ』を見上げながらマリィが呟く。
「……なに? マリィ」
 リリィもまたマリィと同じく、視線がはるか斜め上を向く。
「今日って、私らの命日だったりするのかな?」
 まるで悟りを開いた宗教家のようにそう漏らすマリィに、
「縁起でもないこと、言わないでくれる⁉」
 そう返すララァもまた、『それ』を青ざめた表情で見上げていた。
 かの浮遊城レリックキャッスルに降り立った三人――といっても島のように土地ごと浮遊しているので、正確には城の敷地内に降り立ったというべきだろうか。
 そしていざ廃城へ足を向けようとした三人の前に立ちはだかったのは……巨大な黒龍ドラゴン。その体長は、ゆうに五十メートルを超えている。
「とりあえず、倒そう‼」
 なんていう結論を出したのは、脳筋リリィだ。
「いやいや?」
「なに言ってんの、リリィ……」
 当然ながら、マリィとララァは追従するはずもなく。
「こんなに大きい魔獣モンスター、どうやって倒すのよ?」
 黒龍が放つ膨大な強圧プレッシャーの前で、マリィはすっかり『生きること』を諦めてしまっていた。リリィはともかくとして、天才だからこそわかる実力差はいかんともしがたい隔たりがあるのだ。
 隣でララァが、コクコクと無言でうなずく。もっともララァはリリィのように好戦的ではなく、マリィのように割り切ってもいない。
(なんとか逃げる方法を考えないと……)
 そう思って、周囲を見渡して――。
「ねぇ! リリィ、マリィ。よく聞いて!」
 ララァは黒龍を刺激しないように、小声で二人に耳打ちする。
「あの黒龍の大きさだと、城には入れない。だからとりあえず、城内へ逃げるというのはどう?」
「なるほど……じゃあとりあえず、合図と同時にダッシュで飛ぼう!」
「え? 戦わないの?」
 最後の台詞が誰のものだったかはお察しである。
「リリィはちょっと黙ってて? とりあえず、三人がばらけて飛ぼう! まとめて一網打尽にされたらたまんないからね。それと」
「それと?」
「誰か一人が捕まったり倒されても……見捨てる、というのを約束しない?」
「マリィ⁉ なに言ってるの!」
 ララァは血相を変えて詰め寄るが、マリィの表情は真剣だ。リリィは、
「一人でも生き延びる、ってことだよね。了解!」
 こちらはすぐさまマリィの意図を理解する。それに対してララァが、なにかを言おうとして口を開きかけたときだった。
『私を魔獣と一緒にしないでもらえないだろうか』
 なんと黒龍から、声が聴こえたのだ。
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ‼」
「リリィ、うるさい!」
 マリィとララァが、両手で耳をふさぎながらリリィに抗議する。
『まったく、女子おなごというものはいつの時代も姦しいものだ……』
 黒龍が、呆れたような表情でつぶやいた。
「ってこの黒龍、知的レベル高いの? 会話できたりする?」
 リリィのその問いに、同じくとばかりにマリィとララァも黒龍を見上げる。
『我は悠久の刻を生きてきたのだ……そなたたちよりも、よっぽど知的レベルは高いぞ?』
「さーせん」
「リリィ、軽っ‼ えっとじゃあ、黒龍さん? 私たちは敵じゃない、というのを理解してもらえますか?」
 マリィが代表して、黒龍にそう問いかける。黒龍はしばし無言で三人を見下ろしていたが、
『速やかにこの場を去る、というならば認めよう。だがかの霊柩を荒らすとあっては、生かして帰すわけにはいかぬ』
 黒龍のその言葉に、リリィたち三人はキョトンとして顔を見合わせた。
「霊柩、ですか。あのお城には、どなたかが眠っているんですか?」
 黒龍が、マリィのその問いに無言で深くうなずく。
『我が名はアストライオス。真祖の女神にして創造主である、かの城で眠る我が主……リリィディアを守護する聖龍なり』
「リリィディア?」
 自分を指さしながら、リリィが首をかしげた。
「リリィのことじゃないでしょ」
 マリィが苦笑いを浮かべてツッコむが、黒龍・アストライオスは驚愕の表情でリリィを見下ろしている。
『ま……まさか、あなた様は‼』
「へ?」
「え?」
「なになに⁉」
 態度が急変したアストライオスに対し、リリィたちは困惑しきりだ。そう、かつてリリィが『女神』にして『魔皇』だった前世でアストライオスは忠実なしもべとして仕えていたのである。
 無論、リリィとして転生した現世に於いてはリリィにその記憶はないのだけれども。
『よもや、記憶はないのか……』
「なんの記憶でしょうか?」
『いや、こっちの話だ。ところでそなたたちは、なんの用向きがあってここに参ったのだ?』
 気を取り直したといった体で質問をしてくるアストライオスに、リリィはこれまでの経緯を説明した。アストライオスはときおりうなずきながら聴いていたが、
『なるほどな……それはかつて小鬼ゴブリン豚人オークを、『魔界』の『皇帝』たるリリィディアが創造したときのことだ。その二つの種族は、小鬼豚レッサーゴブリンにとっては天敵となってしまい滅びかけたことがある』
「なんかすごい話が始まったよ……」
「リリィ、シッ‼」
『そこで魔皇リリィディアは自分の過失というのもあって、かの種族に「種存続」の加護ギフトを与えたのだ』
「うわー、すっげー迷惑な魔皇さん」
 と他人事のようにボヤくのは、リリィ本人である。
『お前が言うな』
「え?」
『あ、いや……』
 ゴホンとわざとらしい咳をして、アストライオスはごまかした。
「では、小鬼豚の種を取り込んでしまった人間の女性をもとに戻す方法は……ないのですか?」
 マリィのその問いに、アストライオスは無言で首を振ってみせる。
『結論から言えば、ある』
「‼」
「マジで?」
「やった!」
 思わず三人で、手を取り合ってしまうリリィたちだ。もちろんそれは、喜びのあまりで。
『あの城……リリィディアの霊柩を訪ねるといい。主なき城ではあるが、その玉座の裏側に聖遺物とでもいおうか。古代の書物が収蔵されている部屋がある』
「古代の……」
「書物?」
『うむ。どの種族にどの加護を与えたかが、克明に記録されている……いわばリリィディアの日記のようなものだな。それを見つけるとよい』
「あの……創造の女神様だか魔皇様だか? いずれにしても、神様クラスの聖遺物ですよね? それを私たちが見てもよいのですか?」
 怪訝そうにマリィがそう質問にするのに対し、アストライオスは優しく微笑んでみせた。
「それに、アストライオスさんはあの城を守っているとおっしゃいましたよね? 私たちが入っても?」
 続けてララァが疑問をぶつけてみるが、
『案ずるにはおよばん……ただし、条件がある』
 アストライオスのその返答に、三人の表情がこわばった。どんな無理難題をふっかけられるのかと、生唾をゴクリと呑み込んで。
「ど、どうしよう? なんかすごい条件がでてきそうだよ?」
 マリィが青い顔で言えば、
「落ち着こう、マリィ。とりあえず聞いてみようよ」
 ララァも表情が固いものの、マリィよりは冷静だ。
「まさか……エッチさせろとか?」
 でもってリリィはこんな奴なのである。当然ながら、
『そんなこと言わんわっ‼』
 とアストライオスからのツッコミが返ってくるのであった。
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