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第二章・魔法少女たちの饗宴

第三話『ワルプルギス』

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『キーンコーンカーンコーン♪』
 最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、学院の生徒たちは一様に表情に輝きを取り戻す。
 魔法少女を育成する国の独立機関である『聖ロード魔法少女学院』、その一年二組の教室での光景だ。入学式からはや一ヶ月、今日は四月最後となる三十日。
「終わったぁ~っ‼」
 制服姿のマリィが、両手を上に呼ばして気持ちよさそうに背伸びをしてみせた。そのマリィの一つ前の席では、同じく制服姿のリリィが振り向きはしないものの後方のマリィに少し呆れ顔だ。
 教科書とノートをトントンとそろえながら、
「はしたないよ、マリィ」
 と苦言を呈すのを忘れない。この三人ではマリィがムードメーカーかつリーダー的なポジションだが、そのお目付け役というか姉ポジションがリリィである。
 そして三人目、マリィの後ろの席はララァ。もちろん制服姿で、なにやら深刻そうな表情で卓上カレンダーを手に考え込んでいた。
「ねぇ、リリララ。帰りは甘味処によってかない?」
「誰よ、リリララて。そこはちゃんと呼ぶか、『二人とも』でいいじゃない」
 今日も今日とて、相変わらずボケのマリィにツッコミのリリィは健在である。
「私は遠慮しとくわ、マリィ。魔法演習場で今日習ったことを復習しときたいの」
「リリィは真面目だなぁ。禿げるよ?」
「毛量少ないのコンプなんだから、髪の話はしないでちょうだい!」
「ごめんごめん! それより、今日ってなに習ったっけ?」
「マリィ、あんた……」
「いや、どの授業も退屈だったから。えへへ」
「これだから天才て付き合いづらいのよ……」
 リリィが、面白くなさそうな表情でボヤく。
「私はマリィみたいな天才じゃないですからね。ちゃんと授業も聞くし、復習も予習もするんですっ‼」
 そう吐き捨てると、ぷんすかしながらリリィが席を立つ。
「じゃね、マリララ」
「待て待て、そこはちゃんと呼ぶか、『二人とも』でいいじゃない」
 だがそのマリィの逆ツッコミには、リリィは返事もせずに教室を出て行った。
「ったく、つきあい悪いよねリリィも」
「……」
「ララァ? そういやあんたは今日、どうなの? どうせ暇でしょ」
 能天気丸出しなマリィに対し、さっきから二人の会話にはくわわらず黙りこくっていたララァは射抜くような視線をマリィに向けている。
「ねぇ、マリィに折り入って話があるの」
「なにかな?」
「ほかの人に聞かれたくないから、屋上にきてちょうだい」
「うん? いいけど」
 いつになく思いつめた様子のララァに、マリィは戸惑いを隠せない。
(なんか私、ララァに怒らせるようなことをしたかな?)
 その表情から推察するに、自分に対してララァが怒っているようにマリィには見受けられたのだ。そして鞄に教科書を詰めるララァ、
「マリィ、できれば急いでくれない?」
 ボーッと窓の外を見ているマリィに、ララァが少々イラついた声で咎める。
「ん? 帰宅準備できたの?」
「いましてるよ。てかマリィはしてないじゃない」
「私は教科書なんて重い物は持てないお嬢様だから、学校にいつも置きっぱだよ。だからいつでも準備オッケー!」
「お嬢様はそんなことしません‼」
 もうなにを言っても無駄とばかりに、ララァは学生鞄をパチンと閉める。
「じゃ、来てちょうだい」
「はーいはい」
「返事は一回!」
「さっきからイラついてるなぁ」
「誰のせいよっ‼」
 そんな会話をかわしながら、ララァを先頭に教室を出る二人。屋上へ向かう階段を進みながら、
「ねぇララァ。折り入ってどんな話があるん?」
「屋上で話す」
「ここでいいじゃない。誰も聞いてないよ?」
「そういうことじゃない」
「うーん……」
 そして屋上に出て、ララァは周囲を見渡す。すでに先客が幾人かいて、誰もがおしゃべりに興じていた。
「みんな暇だねぇ」
 のん気にそう言ってのけるマリィに、
「おまいう」
 とララァがツッコむ。そしておもむろに右手のひらを空にかざすと、
黄玉トパーズ・ストゥーパ、アクセス!」
「へっ? なんで変身⁉」
 普段は学院では指定の制服だが、魔術の実技授業のときだけは変身するのだ。逆に言うと、そうじゃないのに変身する機会は滅多にないのでマリィが戸惑うのも当然だった。
 周囲もまた、マリィと同様の反応を見せている。悪目立ちしてしまったこともあり、
「ちょっと、ララァ! なんでこんなとこで変身なんか」
 と少し慌てた様子のマリィだ。だがララァはマリィに耳を貸す様子も見せず、ジロリと一瞥するのみで。
 たんぽぽを思わせる全身黄色ずくめな痴女のごとき衣装に変身したララァは続けざまに、
「『地獄門ネガティブゲート』!」
 と叫ぶ。ララァを中心にして屋上に巨大な魔法陣が顕現し、
「待て待て待て‼ なんで⁉」
 さっぱりわけがわからない様子のマリィである。そしてララァの魔法効果により、屋上にいた生徒たちが一人また一人と逃げるように屋上を出て行った。
「ちょっ、ララァ! なに考えてるの‼」
「二人きりになりたかったの」
「乱暴すぎるってば! 先生に怒られるよ?」
「……とにかく、マリィも変身して。ずっとそのままでいると、私の『地獄門』の影響を受けちゃうよ?」
「むぅ……しかたないな」
 ララァの魔法、『地獄門』。誰もがその場にいることに恐怖を感じ、逃げ出したくなるパニックを誘発させるのだ。
 マリィは天才ゆえになんとか堪えていたものの、変身していない状態ではちょっとした生活魔法が使えるレベルでしかない。もちろんそれは、リリィやララァも同様である。
燐灰石アパタイト・ストゥーパ、アクセス!」
 そしてマリィも、水色ずくめの痴女のごとき衣装の魔法少女に変身してみせた。
「つーかさっきから痴女痴女って……」
 さーせん。
「で? 私に話ってなんなの、ララァ」
「今日……」
「うん?」
「今日って何月何日?」
「ララァ? 四月の三十日でしょ? 明日から五月よ」
「明日から五月、ね。本当に五月が来るの?」
「どういう意味よ?」
「今日が四月三十日なら、昨日は二十九日よね?」
「当たり前じゃない」
 険しい表情で詰問してくるララァに、あくまで強気の態度を崩さないマリィ。だがその顔には、冷や汗がだらだらと浮かんでは流れ落ちる。
「昨日……四月三十日だったよ」
「なに言ってんの、ララァ」
「昨日だけじゃない、おとといも四月三十日だった!」
「……」
「そして明日になったらやっぱり、四月三十日なんだろうね」
「ララァ……」
「マリィ、『あれ』を使ったね?」
「あれって?」
 すっとぼけて見せるマリィだが、どう見ても不審者の様相である。
「『天使の箱庭エンジェルス・ガーデン』。学院も国も巻き込んで物議を起こした、マリィの卒業制作魔法のことだよ」
「……」
標的ターゲットは訊くまでもないよね? リリィなんでしょ⁉」
「ごめん、私はさっきからララァがなんのことを言ってるかわかんない」
「あくまでしらを切るのね……」
 冷たい視線を、ララァはマリィに送る。
「なんで私とリリィが、マリィと同学年なのよ? マリィは私の一学年先輩で、リリィはマリィの一学年先輩だったはずよ?」
「いや、三人が同じ学年だったら三年間ずっと一緒なのにねーってよく話してたじゃない」
「話をそらさないで、マリィ」
 マリィの卒業制作魔法『天使の箱庭』。その存在は、かつて国をも巻き込んだ大騒動にいたったことがあった。
 この魔法はマリィいわく、『傷んでしまった精神ハートを癒す魔法』である。ではなぜララァをはじめとして、その賛否が割れたのか。
 マリィがこの魔法を思いついたのは、近所に住むお婆さんの息子夫婦と孫が、暴走した馬車に轢かれて帰らぬ人になったことに端を発する。愛する家族を一瞬にして全員失ってしまったお婆さんのショックは大きく、精神にも異常をきたす寸前だった。
 そこでマリィは思いついたのだ……『魂を救済する楽園』を。心が砕けてしまった人を癒す楽園を、魔法で『創造』する。
 そしてその楽園では、失ってしまったかつて幸せだった世界が甦る。そこで少しずつ心を癒していく、または癒しきれないなら楽園に閉じ込めて『外の世界』から隔離する。
 つまりこの世界はマリィが魔法で作り出した、マリィの精神世界なのである。そこにリリィを封印したのだが、運悪くそばにいたララァも巻き込まれてしまったのだ。
「巻き込んでしまったのは悪かったと思ってる。本当は、『この世界のララァ』は私が『創造』するつもりだったんだけどね」
「私がこの魔法に拒否反応を示した理由は、知ってるよね?」
「……」
「私が反対した理由は『悲しみは自分で乗り越えるべき』っていう精神論だけど、まぁそれに対するマリィの『乗り越えられない壁もある』というのはわからないでもない」
 だがララァがこの魔法に反対の立場をとったのは、それだけではなかった。
「まずこの魔法、術者……つまりマリィが生きている間だけ有効なんだよね? マリィが死んだら、『箱庭』に封印された『標的』は問答無用で外の世界に放り出される」
「そうだけど、ここで心のリハビリを終えていれば問題はないわ」
「それだけじゃない、この魔法をかけている間はマリィの肉体は眠り続けてる! マリィ、あなたはそれでいいの⁉ これから何年も眠り続けることになるのよ?」
 先ほどまで険しい表情だったララァが、心底マリィを心配する表情で詰め寄る。
「しかも! もし標的リリィが、この楽園が夢幻フェイクだと気づいてしまったら……この箱庭ごと、マリィの肉体も瓦解して消滅してしまう危険をはらんでる」
「もとより私たちは、リリィを助けるために偽りの命を手に入れたの……忘れた?」
「そうだけどね。私が心配しているのはマリィだけじゃない、リリィのこともだよ」
「言いたいことはわかるよ。もしリリィがこの世界が嘘っぱちなんだって気づいて、私もララァも箱庭ごと消失しちゃったら……ふたたびリリィは悲しみに沈んでしまうかもしれない、でしょ?」
「わかってるなら――」
 ララァは思い出す。魔法少女狩りを目の当たりにして、自分やマリィが処刑されるのを見て哀しみに狂っていった原初の女神の転生体にして大好きな親友であるリリィを。
 そしてマリィのこの方法では、ふたたびその惨劇が繰り返されるリスクがあるのだ。だがマリィは、そんなことはわかってるとばかりに――。
「だから、楽しく過ごすの! あの日、魔法少女狩りでいきなり終わった幸せな日々をなかったことにして続きを始めるの‼ そしてリリィの心を、魂を癒して……今度こそ悲しみに負けない強い女の子にするんだ」
 そう言い切るマリィの表情に、一切のためらいはない。百パーセント自分が正しいと確信しているそれは、ララァにとってとても手ごわい相手だ。
「めちゃくちゃ言ってるわ、話にならない」
「……でもララァも箱庭に閉じ込めちゃったことは謝る。本当にごめんなさい」
 そう言ってマリィは深々と頭を下げて、ララァの返事を待つ。だがララァはひとことだけ、
『聖水大開放』ホーリーウォーター・クラッシュ
 ぼそりとそうつぶやいて、自身も屋上を出て行った。
「ララァ……」
 その背中を見送るマリィのミニスカの股間に地図が描かれ、ふとももを黄金の水がつたって流れ落ちる(※表現をぼかしています)。
「『小』のほうでよかった……」
 ララァの魔法で強制失禁に追い込まれながらも、斜め上の安心をするマリィであった。


「ねぇ、マリィ。なんか悩み事とかあるの?」
「は? なによリリィ、藪からスティックに」
「ツッコまないわよ⁉」
 今日も今日とて四月三十日、その日で最後の授業を終えた放課後。リリィがふと気づいたように振り返り、後ろの席のマリィに怪訝そうな表情を向けた。
 この世界の暦では五月に入ってすぐ、休日と土日をつなげた七連休がある。
「いやだって……もう四月も終わりだというのに、なにも言い出さないんだもの」
「どういう意味?」
「今夜はワルプルギスの夜よね?」
「そうね?」
 魔法少女たちは、長きにわたる少女時代を過ごしたのちに『魔女オトナ』へ昇華する。少女時代だけでも、その生は五百年とも千年とも。
 そして大人になった魔女たちが、四月最後の夜に来る春を祝って夜通し酒宴を行う行事があるのだ。そして翌一日は、二日酔いに効く魔法薬がたいそう売れるという。
「ワルプルギスの夜が明けたら私たち学生は学院あるけど、明後日からは黄金週間アウラムよ?」
「うん」
「うんじゃないが」
「なにが言いたいのよ?」
 リリィがなかなか本題を言わないので、マリィは少しイラついている。だがマリィの後ろの席では、ララァが帰り支度をしながら顔面蒼白になっていた。
(マリィのバカ、うまく誤魔化しなさい!)
 だがリリィの前でそれを言うわけにはいかず、ララァの心臓がどっきんどっきんと激しく脈打ち冷や汗がこめかみを伝う。
「マリィのキャラなら、私やララァに休日の過ごし方を訊いたり、一緒に遊ぶ約束とかしそうだなって。だから私もララァも待ちの姿勢だったんだよね」
「あー……ね。ほら! 私たち同じ『ベル』持ちとはいえど、まだ入学して一ヶ月じゃない⁉ その、なんというかね?」
 そしてマリィもようやく気づくのだ。リリィは、『絶対に来ない明日』の話をしていると。
「マリィて、そんな遠慮するキャラだったかな」
「ええと、そうだね? じゃ、じゃあ……」
 マリィはちらとララァを見やるが、ララァは知らんぷりである。
(た、助けてララァ!)
(知らんがな)
 アイコンタクトだけでそんなやり取りをするが、リリィがこの世界の矛盾に気づいてしまったらこの箱庭は崩壊する。術者のマリィはもちろん、この魔法の標的じゃないララァもこの世界ごと消失してしまうのだ。
「マリィてば、ヘンなところ遠慮するよね。普段は人の領域テリトリーにズカズカと無遠慮で入ってくるのに」
「どういう意味よ、ララァ?」
 ララァのその発言の意図がわからず、マリィの反論にもいつもの元気がない。
「同じ『ベル』同士、親交を深めようよ。まぁタイミングがタイミングだけに、旅行とかはもう予約でいっぱいだろうけどさ」
 そう言いながらララァは、リリィに見えない死角にスッと移動してウインクをパチパチッと意味深にマリィに送る。
「気味悪いわね? 私に色目使ってどうしようというの?」
 だがマリィには全然通じて無く、しかもリリィの前で言ってのけるポンコツっぷりだ。
「あぁ……バカだ、こいつ」
 ララァはガッとマリィの胸ぐらをつかむと、
「嘘でもいいからリリィに遊ぶ約束しなさいよっ! 明日も四月三十日だってリリィが気づいたら、この世界は瓦解するのよ⁉」
「あっ!」
 そんな会話をリリィに聴かれないように小声でかわすのだが、
「そっ、そーね? みんな家族と過ごすほうがいいかなと思って黙ってたんだけど、どっか三人で遊びに行こうか!」
 わざとらしく提案しながら、両手でパンと叩きながらマリィは振り返る。だめだこりゃとばかりにララァが呆れ顔を見せるも、
「あ、ごめん。私は家族と旅行行くから会えないや」
「リリィ、死ねぇっ‼ だったら、なんで訊いた⁉」
「いや。マリィがそのつもりだったら断りをいれないとなぁって思ったんだけど、なかなか言い出さないからさ」
「え?」
「だって会う約束もしていないのに、黄金週間は会えないよって先に言い出すのはヘンでしょ?」
「……確かに」
「ごめんね? じゃあマリララ、休み明けに会いましょう」
 そう言ってリリィは軽やかに踵を返すと、学生鞄を手にとって教室をあとにしていった。その後ろ姿を見送り、リリィが完全に見えなくなったところでマリィとララァはようやく安堵の表情を浮かべる。
「や、やばかったぁ~」
「ったくこのポンコツマリィ! 嘘も方便ていうでしょ⁉」
「だってぇ……」
「だってもくそもない!」
 ララァは、一人ぷんすかしている。そしてマリィはハッと気づいたように、
「はぁー、ドッと疲れた……って。待て待て、マリララ言うな! そこはちゃんと呼ぶか、『二人とも』でいいじゃな」
 と慌ててツッコミを入れながら教室の出入り口を振り返るも、
「もうリリィいないよ?」
「……うん」
 ララァの冷たい視線でツッコミをくらって撃沈してしまう。
「それはそうとマリィ、私は先に屋上で待ってるから来て。話、ある」
「ララァ?」
 そしてララァも、教室を出ていく。遅れてマリィが帰り支度を整えて、屋上へと続く階段を上っていくのだけども。
「ひっ、ひぃ~」
「キャーッ」
「ど、どいてどいてっ!」
 なんと生徒たちが、屋上の扉からいっせいに出てきて必死に階段を駆け下りてきた。
「ちょ、ちょっと⁉」
 マリィは階段を上っているので、あわやぶつかりそうになる。すんでのところでそれを回避することができたが、
(これはララァの『地獄門』……いや内密の話なんだろうけど、ほかに手段はなかったのかな⁉)
 しかたないので、一人その場に取り残された状態でマリィは変身。そしてそのまま屋上へ出る扉を開けた。
「遅い!」
「いやいや、手段は選ぼうよ⁉」
 変身済みのララァがイラッとした表情を見せながらそう吐き捨てるも、マリィもそれなりに不機嫌である。
「この前ので私ら、先生にめっちゃ怒られたじゃん!」
「この前って?」
「だから……今日じゃない今日、同じことをやって二人で朝に職員室に呼び出されて」
「ややこしいわね?」
 そう、マリィとララァにとってそれは四月三十日の放課後のできごと。今日も四月三十日ではあるが、二人にとってそれは過去の出来事だ。
「四月三十日の放課後にやらかしたことを、四月三十日の朝に怒られるってすごいよね?」
お前マリィが言うな!」
「ごめんごめん! で、今日はなんの話?」
「さっきの」
「うん?」
「さっきみたいなことをこれからもちょいちょいやらかしてたら、いずれリリィに気づかれてしまうわ」
「あー、さーせん……」
 完全に自分のポカなので、ここは素直に反省するマリィである。だがララァの表情は険しいままで、
「このままじゃダメだと思うのよ」
「ごめんてば! 今後は気をつける!」
「いや、信用できない」
 ララァはマリィの謝罪を一刀両断すると、
「考えたんだけど、私たちの記憶もクリアしようか?」
「どういうこと?」
「永続させるのは無理だけど、一定期間だけ記憶の改ざんをさせる魔法が私にあるのよ」
「うん? つまり、私やララァからも『箱庭』だってのを忘れさせる……って可能なの?」
「私を誰だと思ってるのよ」
 状態異常魔法の天才・ララァ。その実力は学院史上の天才(または天災)といわれたマリィより勝り、学院史上最強との呼び名の高いリリィに対しては相性もあって抜群の強さを誇る。
 ただしリリィのように攻撃魔法は得意でなく、マリィのように攻守でバランスも取れていないので『状態異常魔法だけ』ではあったが。
「うーん……そうするほうが安全っちゃ安全か。どのくらい持つ?」
「一年ぐらいかな。中等部のときに全校朝礼で屁をこいたとき、全校生徒にかけて一年ぐらいはみな忘れてたから」
「バケモノかな? てか学友に無断で記憶奪うな‼」
 ツッコミながらも、マリィは戦慄する。
(中等部って全校生徒が三千人くらいよね……それを同時がけして一年もたせるのか)
「一年経ったらどうなる?」
「思い出しちゃうけど、また『更新』すればいいだけ」
「ふむ。じゃあお願いしようかな?」
「あら、素直なのね」
「今日みたいにやらかしそうだからね、私」
「マリィにしては殊勝じゃない」
「どういう意味かな?」
 頬をぴくぴくさせながら、それでもマリィはさっきの今だけに強く出られないでいる。
「ちなみにだけど、その魔法は私自身にもかけようと思うんだ」
「できるの? ていうか術者が術をかけた記憶を失うって大丈夫なのかな」
「自分で試したことあるから大丈夫」
「と言いますと?」
「『冥府開門ハデス・ヨシトーレ』をまだ開発中のころに、鏡の自分に向かってかけてたのね」
 この魔法はララァの必殺技で、人間としての尊厳を奪い社会的に抹殺する恐るべき魔法だ。ありとあらゆる状態異常に陥らせ、最後は強制的に脱糞させる。
「……」
「で、その記憶を封印したくて自分にかけたことあるの」
「……そう。なんか臭ってきそう」
「うるさいわね! ただ術者と同時に記憶を封印するってのは、ちょっとやり方がね?」
「ん?」
「ざっくり言うと、私とマリィが濃厚なディープキスをする必要があるんだけど」
「なにゆえに⁉」
「マリィ一人だけにかけるならその必要はないんだけど、私たち二人が同時にってのはそれしか方法がないのよ」
 最初はララァの冗談かと思っていたマリィだったが、ララァは少し頬を染めながらも真剣な表情だ。
「マジ、なの?」
「マジ」
「う、うーん?」
 マリィはしばし逡巡するも、
「わかった。それしか方法がないなら……」
「……うん」
 そしてララァは静かにマリィに歩み寄ると、
「私、キスは初めてなんだけどマリィは?」
「男の子とも女の子ともないわね? 親と猫ならあるけど」
「私も似たようなものよ、マリィ」
 そう言いながら、ララァは両手でマリィの頬を左右から添える。マリィはそのララァの両肩に手を回して。
「い、いくよマリィ?」
「ど、どんとこいっ‼」
「……『飲み干された聖杯デイヴァウアー』」
 静かにララァがつぶやくと、マリィの唇に自身の唇を合わせる。屋上で痴女が二人、抱きしめあってお互いに貪りあうように舌をからめて――そのとき、バンッと扉が開いた。
「ちょっと、ララァでしょ‼ なんで今日も同じ騒動を……え?」
 恐慌状態になった生徒たちを目撃して、その事情を察したリリィが戻ってきたのだ。そしてリリィが目にしたのは、親友二人が魔法少女に変身して濃厚なディープキスをかわしている光景で――。
「ごっ、ごごご、ごめんなさい!」
 そう叫ぶやいなや、慌ててリリィが扉を閉めて駆け去っていく。そしてララァとマリィは、顔面蒼白で。
「ま、待ってリリィ!」
「違うの、誤解なのよ!」
 慌てて追おうとする二人だったが、マリィがふと気づいて足を止めた。
「ララァ、先回りしよう!」
 そう言いながら、魔法の箒を右手に具現化させる。
「‼ わかった!」
 そしてララァも同じく続き、二人はそれにまたがり空中を校門まで一直線に滑空してなんとかリリィが校門から走り去っていくところを足止めできた。
「ごっ、ごめんなさい二人とも! そ、そんな関係だって知らなくて……」
 頬を紅潮させながら、リリィがもうしわけなさそうに顔をそむける。
「違うんだってばリリィ、誤解なの!」
 必死に言い訳をするマリィだったが、その横でララァは怪訝そうに考え込んでいた。
「ララァもなんとか言ってよ、リリィが勘違いしてる!」
「あ、うん……でもマリィ、私たちってなんでキスしてたんだっけ?」
「え? あ、そういえば……なんでだろ」
 無事、ララァの魔法にララァ自身とマリィがかかったようであった。だが肝心のリリィは、
「あ、うん。そっ、そういうことにしとくね? だっ、誰にも言わないから! じゃっ‼」
 狼狽しつつも苦し紛れに二人をフォローすると、電光石火の早業で自身も変身する。そして、
「ご、ごゆっくり?」
 ひきつった表情でそう言うと、あっという間に自身も魔法の箒で空高く消えて。
「違うんだってばー‼」
 取り残されたマリィとララァの虚しい叫び声が、無情にも春の風にかき消されていったのだった。


 この世界は、マリィ・ベルが作り上げた空想の精神世界だ。この魔法の『標的』であるリリィ、そして巻き込まれたララァを除けばマリィが創造したNPC(ノンプレイヤーキャラクター)で。
 そしていかな天才マリィといえど、空想の精神世界は同じ一日をくり返すのが限度……といっても、そんな高度な魔法は現在過去を見渡してもマリィにしかできないだろう。
 だがララァ・ベルによる記憶改ざん魔法で、術者のマリィは自身がその魔法をかけているというのを認識できなくなってしまった。そしてララァもまた記憶改ざん魔法を自身にもかけたため、誰もがこの世界がマリィの創造したものだという真実を知ることがない。
 結果として天才(天災)マリィが選択チョイスした、四月三十日の幸せな一日を未来永劫にくり返すという『枷』が外れてしまうのだ。
 魔女たちが、きたる春を祝い夜通し酒宴にあけくれる『ワルプルギスの夜』。魔導時計の長針と短針が同時に天空を向いたとき、日付のパネルが『五月一日』に切り替わった。
 ワルプルギスの、夜が明けていく――。
「おはよう、マリィ。ララァも」
「おっはー、リリィ」
「リリィ、おはよう」
 明日から七連休を控える、五月の一日。術者のマリィが想定しえなかった、『翌日』がやってきてしまった。
 そして今日も今日とて、女三人寄れば文殊の知恵……ではなく『かしましい』という。授業開始時刻になってもなかなか教師が来ないので、教室中では女子生徒しかいないこともあり賑やかな空気であった。
「五月だねぇ」
「うん、五月」
「もう五月なんだね」
 リリィ、マリィ、ララァがそれぞれ思いに耽る。ただマリィとララァだけは、ふとした違和感を覚えていたがその正体がわからず首をかしげるのみだった。
「そういやリリィ、明日から家族と旅行って言ったよね」
「うん。私は実質平民だからね、『お貴族様』と違って休日はヒマなのだ♡」
 リリィにしては、珍しくハイテンションだ。なぜならば、『ベル』の称号を賜った者は身分の上下に関わらず家族の籍から離脱することを国から強要される。
 そしてかつての大魔女であり学院の創設者にして初代理事長の、ミリアム・ベルの養女として籍を移さないといけない。ミリアムはすでに一万年以上前に没した故人ではあるものの、その『遺言』は悠久のときを経たいまも生きている。
 それすなわち、『この魔法水晶を光らせた者は、私の家族である』という。その魔法水晶は一万年の時を経て幾多もの魔法少女が挑戦したものの光ることはなく、いつしかその遺言は形骸化していた。
 その沈黙を一万年ぶりに破って初めて魔法水晶を光らせたのが、リリィ。しがない平民の田舎娘であったリリィが、リリィ・ベルとなったのだ。
 当初リリィは、自分がそうなるとは露ほどにも思っていなかった。当然ながら、『一代男爵』をも賜わう『ベル』姓を名乗ることに拒否反応を示した。
 ファーストネームしか持たない自分がファミリーネームを持つことはどうでもよかったが、自分を慈しんで育ててくれた両親の籍から抜けるのがたまらなくイヤだったのだ。
 だが学院の理事長により、それは公的なものであってこれまでどおり家族関係を維持してよいとの言質を経て、公的には男爵であるリリィもこれまでと変わらぬ平民ライフを満喫していたのである。
 それに対し実はマリィ、伯爵令嬢なんである。もしリリィがマリィと同じく貴族令嬢であったらば、このアルセフィナ魔法少女学院(高等部に該当)以前に貴族が通う中等部でもウザ絡みしてたであろう。
 事実、数億年前の実際の歴史の中で。一年遅れで入学したマリィことマリィ・ベルは、一学年先輩のリリィことリリィ・ベルにことあるごとに決闘を申し込む問題児だったのだ(第三話参照)。
 平民リリィと違い、ベル姓を賜ることでマリィは逆に男爵へと降格……とはならない。なぜならば、マリィは一代限定とはいえ本人が男爵位を賜るのだ。
 翻って、それ以前は伯爵家の産まれといえど『伯爵令嬢』でしかない。論理的にはともかく、物理的にはマリィはそれまで持っていなかった爵位を賜ったわけである。
「貴族つーてもなー。『ベル』姓を賜ってからは、特に公務らしい公務ないじゃん? 一代男爵だから領地を貰えるわけじゃなし」
「でもマリィは伯爵家令嬢でしょ? 外見と中身はともかく」
「外見と中身って、全部じゃないかいっ‼」
 マリィによる本気のツッコミチョップをおでこに受けて、涙目ながらもリリィは笑ってさする。
「ごめんごめん!」
「伯爵様と奥様……って私たちしかいないから取り繕う必要ないか、つまりパパとママとの関係はこれまでどおりでいいんだけど決定的な違いが一つ」
「と言いますと?」
「伯爵令嬢ではなくなったから、その務めを果たさなくていいんだよね。社交界のパーティーに出席したりとかさ」
「うん?」
「でもリリィみたいに、両親がヒマじゃないわけよ。仮にも伯爵様だからね」
「あ、うん。なんかごめん……」
 貴族には、貴族の事情がある。リリィには想像できない苦悩が、貴族令嬢だったマリィにはあるのだ。
 たとえば公式の場では、かつての父は伯爵で自分は男爵。どうしても親子だったときのように接することは許されない。
 言葉遣いに態度にマナー。身分が低い者から先に話しかけてはいけないなど……そういう意味では、マリィもまた親子の縁を引き裂かれたといえた。
「ララァんとこは子爵だっけ」
 ここまで不自然なまでに会話にくわわらなかったララァの生家のことをリリィが口にしたとたん、ララァの表情が瞬時にこわばった。
「ララァ?」
「あ、うん。子爵……」
「ララァはトパーズ子爵の三女だよ、リリィ。っても不思議なんだよね」
「なにが?」
「私の家は結構、子爵家や男爵家とつきあいあるしトパーズ子爵家と互いにパーティーに呼びあうくらいには仲いいの」
「うん」
 リリィとマリィは、気づいていなかった。マリィのその発言で、さらにララァの表情が一変したことを。
「私もその縁で、結構たくさん友達いるのよ貴族に。だけど、ララァのことってララァがここに入学するまでに知らなかったんだよね」
「ふーん」
 貴族のことは、リリィにはよくわからない。だからどうしても、生返事になってしまう。
「そういやさ、リリィって昔からリリィ?」
「? そうだけど」
「ほら、『ベル』持ちになるとさ? 男爵位を賜るってのもあって、一回だけ改名が認められるじゃん?」
「ああ、それね。別に名前を変える必要もないから、私は昔からリリィだよ」
「そうなんだ。私がアパタイト伯爵令嬢だったころの名前、マリエルなんだよね」
「えっ⁉ し、知らんかった……」
「だけど『ベル』持ちになったら、令嬢とはいえ伯爵家の人間が男爵になる……まぁ世間体というか外聞が悪いわけよ」
「そういうもん?」
「そういうもん。だから、それを機にマリィに改名したんだ。あ、ひょっとしてララァもした? もしそうなら、私が知らなかった理由も説明でき……ララァ、どうしたのっ⁉」
 それまでリリィに向かってしゃべっていたマリィが、ララァのほうへ振り向いたときだった。ララァが涙を目いっぱいにためて、唇を震わせている。
「ララァ、どうしたの? どこか痛いの?」
 リリィが心配して声をかければ、
「なんか私、ララァを傷つけること言った? だったらゴメン‼」
 とマリィも、わけわからないものの頭を下げて。
「……した」
「え?」
「改名、したよ」
 そうぼそりとつぶやくララァの頬に、涙がつたった。
「そ、そう……ってなんで泣いているのか、教えてもらっていい? 私のせい?」
 とりあえず自分が原因じゃないかと、マリィがおそるおそる訊ねる。
「ゴミクズ」
「は?」
「だから、ゴミクズ」
「ちょっと待って、なんで私は喧嘩売られてるのかな⁉」
 ゴミ呼ばわりされて、でもララァが悲しそうに泣いているのでマリィも初動に困る。
「マリィのことじゃないよ、私のこと」
 さきほどまでの泣きそうな表情が消えて、ララァが無表情で応じた。
「攻撃魔法の雄・トパーズ子爵家に於いて、状態異常魔法しか使えない私は『いらない子』だったの。両親や兄弟からも家族扱いされたことがなくて、いつもメイド服を着て使用人として働いてた」
「……なにそれ」
 にわかに、リリィが殺気立つ。そして、
「トパーズ子爵の三女であるララァが社交界に出てこなかったのって……そういう事情だったの⁉」
 マリィもまた、その理不尽な話が信じられず。でもララァの告白したとおりなら、その説明もつくとあって合点がいく。
「そして中等部へ入学前に、入学通知書が来たのね……そこに記されている私の名前、『ゴミクズ』に変更されてたの」
「……」
「……」
「もっとも家では、家族からも『使用人仲間』からもゴミクズって呼ばれてたけど。でも中等部は王立、つまり氏名も公的に戸籍に記載されている名前で来るのね」
 絶句してなにも言えないでいる二人に、ようやくララァが弱々しいながらも笑みを見せた。
「私の知らない間に……名前、勝手に改名手続きされてたんだ。おかしいでしょ、あはは」
「なにそれ! なによ、それ‼」
 完全にキレた表情のリリィが、机を両手でバンッと叩いて立ち上がった。
「それは、ララァの両親が……?」
 マリィは静かに怒りに震えながら、それでも両こぶしをギュッと握りしめて。そしてララァが、無言でうなずいた。
「法律で、改名は一回限りって決められてる。だから私は、死ぬまで『ゴミクズ』って名乗らなきゃいけなかったの。実際、貴族なのに平民の学校に入れられた私はゴミクズって名前で通ってた……笑えるよね」
「笑えないよっ、ララァ‼」
「あ、そうか。じゃあララァがララァになったのは、『ベル』の称号持ちになったから……」
「そうだよ、マリィ。法律の抜け穴というか『ベル』持ちになることで、改名する権利がそれより以前に改名済みであっても与えられるのね」
「ごめん、ちょっと用ができた」
「え、リリィ?」
 突然リリィが、まるで不倶戴天の敵にでも出会ったような鬼面で教室を出ていこうとする。慌ててマリィとララァが追いかけて、足止めをして。
「ちょ、ちょっとリリィ。どこに行くのよ?」
 そのあまりにもなリリィの殺気に、マリィが離すものかとリリィの腕をつかむ。まだ最初の授業前で教師がやってくるのを待っている段階なのだ、リリィの行動は明らかにおかしかった。
「あ、あのっ! 結局、あの家とは縁が切れたわけだし私は大丈夫だからっ‼」
 ララァが、すがるようにしてリリィを宥める。
「離してちょうだい。ララァの両親、ぶっ殺してくるんだから!」
 そうリリィが怒鳴るように言い放つと、マリィはリリィを拘束していた腕を解いた。
「オーケー、リリィ。手伝う」
 マリィもまた、ギリリと歯ぎしりをしながらリリィに同調する。
「ちょっ、マリィも落ち着いて‼」
「大丈夫よ、ララァ」
 マリィが優しく微笑みかけながらそう言ってくれたので、ララァはとりあえず一安心……。
「バレないように殺るから」
 それに対してリリィが、無言でうなずく。
「だからダメだってばぁっ‼ 私たちは男爵だけど、あの人たちは子爵家なのよ⁉」
「知ったこっちゃないわね」
 必死で止めるララァに対し、リリィは聞く耳をもたないとばかりに冷たく言い放つ。
「リリィ! マリィなら、元伯爵令嬢だからわかるよね⁉ 上の身分の人間を害したら、私たちは未成年といえども処刑は免れないの!」
「だから上手く殺るって言ってるじゃない」
「あぁっ、もうっ‼」
 そして一分後、そこには変身済みのララァが座り込んでいるリリィとマリィを見下ろしていた。
「こんなことは、本当はしたくなかったんだけどね」
「うぅ、ララァ~……」
 制服姿のリリィが、半泣きになりながら女の子座りでペタンとお尻を床につけている。そしてそれは、マリィも同じくだ。
 力なく床に座りこんだ二人のお尻を起点に、黄金の聖水が広がっていく(※表現をぼかしています)。
 二人を止めるためとはいえ、ララァの凶悪な魔法ホーリーウォーター・クラッシュがリリィとマリィに炸裂したのである。
「と・に・か・く‼ 私のためであっても、犯罪にはゼッタイ手を染めないって約束してちょうだい! でないと今度は、『大』いくわよ‼」
「わ、わかったから……トイレ、連れてって?」
 クラスメートが注視している教室内でのできごとだったものだから、強制失禁させられた怒りよりも恥ずかしさが勝つ。そのリリィの懇願に、マリィも涙目でコクコクとうなずいた。


 実はこの出来事やりとり、かつて実際にあったのだ。それは悠久の昔――リリィが魔皇リリィディアに覚醒する前の、マリィとララァの生前の話。
 だがマリィとララァが自ら『忘却』を選択したがゆえに、魔法少女たちは同じ歴史を過去をなぞる。楽しかった学院生活の中で起きた、ほんの一コマ――。
「さて、マリィ」
「えぇ、リリィ」
 この学院では、一限だけ選択授業がある。リリィとマリィは攻撃魔法の、ララァは補助魔法とわかれたためにこの授業だけはララァとは離ればなれになるのだ。
 一人ひとりが的に攻撃魔法を当てるという授業で、順番待ちの二人。先生が順番の子を指導しているかたわらで、ひまで手持ち無沙汰なのもあって作戦会議である。
 実技の授業だけあって、リリィとマリィはもちろんクラスメートは全員変身済みだ。
「確かにララァの言うとおり、私たちは男爵でトパーズ家は子爵。いくら『ベル』持ちでも身分制度は絶対だわ」
「私たちが止めなければ、リリィはぶっ殺しにいってたじゃない」
「同調したのは誰だっけ?」
 リリィとマリィは、比較的ながら落ち着きを取り戻していた。
「だからリリィ、『バレなければ』いいのよ」
「まぁね。どうする? たまとる?」
 いや、取り戻していなかった。
「まぁさすがにね……『大きいこと』をやらかしたら、ララァによって『大きいこと』をやらされるからそれは避けたい」
 乙女の尊厳を破壊して社会的に抹殺し黒歴史を精製するアレを思い出し、リリィとマリィは震え上がった。
「ララァの補助魔法て、たとえば強化の場合。通常は一・五倍にすれば『凄い』この世界で、五倍十倍とかやってのけるじゃない?」
「うん、さすがに天才て呼ばれるだけあるわよね。私も四倍までが精一杯よ」
「まぁマリィも十分、規格外なんだけどね。それでいて攻撃魔法もこなすんだから」
 攻撃魔法に特化しているのがリリィ、どれも万能にこなすのがマリィで補助魔法はララァ。魔法少女たちが住まうこの世界では、『ベル』の三人が集えば一国の軍事力に匹敵する。
 なお魔法が使えない、いわゆる『人間』が人口の大半を占める。その中にあって、悠久のときを生きて大人になったら魔女となる魔法少女たちは異端な存在でもあった。
「トパーズ家は攻撃魔法の名門だけどさ、ララァだって貴重な戦力だと思うんだよねぇ」
 リリィが不思議そうに首をかしげるが、
「あんたみたいな平民出が、貴族の機微を理解できるわけないでしょ」
「まぁそうなんだけどさ」
 一見すると、マリィが厭味ったらしく言っているようにも見える。だがそこは伯爵家の令嬢と平民なのだ、育ち方などを勘案するとしかたない部分もあった。
 しかし肝心のリリィがそれを受け入れているというのもあって、マリィも遠慮がなくなっている部分もある。むしろリリィの、ツッコミ・反論待ちで言っているのだ。
 だがなによりリリィ自身がマリィがいいヤツだって知っているので、特にリアクションを起こさない。よって、本当は仲良しなのにそうじゃないみたいな会話が成立してしまう。
「まぁそのトパーズ家の矜持も、ここんとこ落ち目だけどね」
「そうなの?」
「だからこそ、トパーズ子爵はララァに……なんだと思う」
「クソったれだね!」
 リリィもマリィも、それぞれ身分など置かれた立場は違うとはいえど両親に愛されて育った。だからこそ、ララァの家庭環境を思ってやるせなくなる。
「ララァの家って、味方いないのかな?」
「うーん、ララァには兄が一人と姉が二人いるんだけど……とても妹を虐げるように見えなかったな」
 アパタイト伯爵家とトパーズ子爵家は交流があるのもあって、マリィはララァの兄姉と面識があった。といっても、パーティーや茶会で世間話をかわす程度ではあったが。
「あー、お貴族様ってそういうドロドロしたところあるよね。丁々発止の世界で生きてて、息が詰まらないのかな」
「生き馬の目を抜くことができないようじゃ、しっぽ巻いて逃げるしかないのよ」
 先ほどとは逆に、今度はリリィが貴族社会を卑しめる。元・伯爵令嬢であるララァに面と向かって言ってるのだが、先ほどかわしたそれと同じ理由でマリィも特に強く反発はしないのだ。
 もちろん、リリィ以外に言われたら烈火のごとく怒るだろう。お互いの貴族・平民という育ちを揶揄するのは、もはや二人にとって言葉遊びぐらいの感覚しかなかった。
「次、リリィ・ベル。前へ!」
 教師の呼ぶ声がして、
「はーい!」
 リリィが立ち上がる。『ベル』持ちの中にあって攻撃魔法特化型のリリィだ、周囲にザワッと緊張が走った。
 また授業は校庭で行われているのだが、リリィの出番とあって各クラス窓際の席にいる生徒たちが一斉に注視する。厚さ十センチほどの的が、教師の指示によって厚さ一メートルの的に交換された。
「あんな分厚い的に交換されて大丈夫かしら?」
「いくらリリィさんでも、あれは無理なんじゃ」
「これって先生のいじめ?」
 まわりがひそひそと囁きあうが、
(リリィなら、鼻くそでも貫通させるわよ)
 とマリィは一笑に付す。本当にこいつは、伯爵令嬢だったのだろうか。
 ――そして、案の定。
『ドゴォッ‼』
 リリィが放った魔法により、瞬時に的が雲散霧消する。それどころかさらに先まで伸び、校外に被害が及ばないようにと張られた防御魔法陣の十枚中九枚を完全に破砕せしめた。
 その的の外にある民家の住民たちが、音に驚いて蜘蛛の子を散らすように慌てて玄関から飛び出してくる。
「リリィさんっ‼ ちゃんと手加減してくれないと困ります!」
 顔を真っ赤にして、教師が怒鳴る。
「したのに……」
 バツが悪そうな表情でリリィがうなだれるが、リリィが本気になれば防御の魔法陣はたとえ百枚あっても貫通しただろう。
「……バケモノ」
「いまバケモノって言ったの誰⁉」
 ぼそりとマリィがつぶやき、グリンッとリリィが振り向く。マリィは横を向いて知らんぷりだ。
「はぁ……とりあえず防御の魔法陣を貼り直します。あなたたちは次の的の用意を、マリィ・ベルは次だから待機しておくように」
 教師は嘆息しながら、助手たちとマリィに指示を出した。助手たちの半数が防御の魔法陣を貼り直し、残りが的を用意する。
 リリィのときと同じ、厚さが一メートルのそれだ。当てる部分は通常の大きさなので、横から見ると長方形のブロックにしか見えない。
「先生、準備が整いました」
「はい、ご苦労さん。ではマリィさん、あの的に向かって……くれぐれも・・・・・手加減を忘れないようにね⁉」
「へーい。私はそこの脳筋とは違うんで」
 そう軽口を叩くマリィに、リリィは渋面を見せる。
「じゃ、いきます!」
 そしてマリィが放った魔法。的に当たるのだが、物音一つ立たず的もそのままで。
「失敗⁉」
「でもあのマリィさんよ?」
「手加減しすぎたのかも……」
 そんなひそひそ話がする中で、
「うわマリィ、えっぐ‼」
 リリィがどん引きである。
 そのとき一陣の風が吹いて、的が腐食していった。一部は粉末と化し、サラサラと風に乗って飛んでいく。
 先ほどまで艶光りしていた的は、遺跡から数千年ぶりに発掘されたのかと見誤うほどに劣化してしまった。誰もがその結果が信じられず、背筋がゾッと寒くなるのを覚える。
「あれ、生き物に対して使ったらどうなるのやら」
 リリィもまた、冷や汗がこめかみをつたった。天才にして天災ジーニアス&ディザスター、マリィの本領発揮である。
「マリィ、お疲れ」
「ふふん、見た? 私は脳筋リリィと違ってスマートなのよ」
 ドヤるマリィではあるが、どっちもどっちのバケモノである。畏怖を込めたクラスメートたちの視線が、それを証明していた。
「はいはい……」
「にしてもリリィ、あなた魔法を放つ前になんかした?」
「なんかって?」
「はっきし言ってリリィ、手加減しすぎてた。でも的と防御陣を破壊した力は、それ以上のものだったじゃない」
「目ざといね。実はね――」
 リリィとて、単純な攻撃魔法しか使えないわけではない。魔法を放つ前に、『威圧』を前方に放射していたのだ。
「それするとどうなんの?」
「相手が敵だとして、心身ともに私に恐怖を覚えるようになって……今回の場合は無機物だったから、強烈な波動をくらって魔法を放つ前からボロボロにされた感じ?」
「脳筋……」
「うるさいわね! でもこれって、成功確率が低い状態異常魔法と組み合わせるとすごいんだよ?」
「確率が上がるの?」
「一瞬だけ相手の注意力を無に帰するから、成功率をほぼ百パーセントにまで上げることが可能なわけ」
 成功率が低くなるのは、相手側のそれに抗おうとする気力に比例する。なのでまったくの無気力状態にすることができれば、その成功率は莫大に跳ね上がる。
「なるほどね……そうか、もしかしたら」
「マリィ?」
 ララァばかりが目立つが、マリィとて状態異常魔法も難なくこなす天才だ。中には、成功確率が低いもののえげつない魔法もある。
「ねぇ、いいこと考えたんだけど」
「マリィのいいことって、ろくなことじゃ……」
「まぁ聞きなさいよ」
 そしてマリィ、リリィの耳に口をよせてひそひそと内緒話。最初は怪訝そうだったリリィも、それを聴いて口角がニィッと上がる。
「うっわ、ゲスい!(褒めてる)」
「でしょ?(嬉しい) これなら、トパーズ子爵家を社会的に抹殺できるのよ‼」
 かくしてララァを虐げたその家族に対する、社会的な死までのカウントダウンが始まったのであった。


 翌日から、『黄金週間アウラム』が始まった。
 入学して一ヶ月、すぐに始まるこの七連休は多くの生徒がホームシックにかかるといわれている。だからリリィのように、家族と過ごす予定を立てる生徒が多いのだ。
「私、黄金週間は帰省しないことにした」
「は?」
「え?」
 だからその日の放課後、突如としてそうリリィが言い出したものだからマリィとララァは呆然である。
「なんでまたいきなり?」
 マリィが怪訝そうに問えば、
「もしかして、私たちとの時間を作ろうとして?」
 ララァが少しもうしわけなさそうに、その真意をうかがう。だがリリィは、
「うーん、まぁそんな感じ?」
 あまりにもリリィがあっけらかんに言うものだから、
「まぁリリィがいいならいいけど……」
「なんかごめんね?」
 マリィとララァは少しもうしわけなさそうだ。だが不敵に笑うリリィを見て、ララァに気づかれないようにマリィもほくそ笑む。
(なるほどね、善は急げってか)
 と、妙に納得した表情で。
「だからマリララ、どっか遊びに行かない?」
「マリララ言うのやめろ。でもそうね、どこがいいかな……さすがに泊りがけは、どこも予約でいっぱいだと思うけど」
「本当にいいの?」
 ララァだけがまだ、リリィのことを気にかけている。自分と違い家族仲がいいリリィを気遣ってか、少し表情も重い。
「だーいじょうび、だいじょび!」
「『び』ってなんだ」
 そんなかけあい漫才をやるリリィとマリィの二人を見て、ようやくララァもホッとしたように笑みを浮かべてみせた。
「どっかおすすめある? アパタイト領はどうかな、マリィ」
「んー、この国で第二の都市ではあるけど……わざわざこの王都から出向くような場所じゃないよ? まだ王都のほうが娯楽多いし」
「そっかぁ。じゃあトパーズ領は?」
 リリィのその提案を受けてララァの顔が強張ったが、二人は見なかったフリをする。ここはかの『作戦』を遂行するために、トパーズ領へ出向く必要があったからだ。
「えっと……ビーチがあるし気候が温暖だから、もうこの時期でも海水浴ができる、けど」
「へぇ、いいじゃない! マリィ、トパーズ領にしようよ‼」
「賛成! 水着買わないとだね」
「えっ、でもっ……」
 複雑そうな表情を浮かべて躊躇うララァに、
「もちろん、日帰りでね。さすがにどこぞのクソ貴族の家には行きませんて」
 リリィが少し怒気を含んだ表情で言い切る。そしてマリィも、
「そうそう、殴っちゃいそうだしね」
 なんて応じるものだから、
「もうっ、二人とも!」
 そう言って、ララァも笑うしかない。もっとも、のちに訪れるその結果を考えれば『彼ら』としては殴られたほうが一兆倍マシであっただろう。
「じゃあそういうことで二人とも、今日はこれから水着を買いに行かない?」
「いいね、行こ行こ!」
「気が早いなぁ……」
 リリィとマリィに乗せられて、それでもララァも承諾する。
 制服姿で三人、街の中心街でルンタッタ。途中で乗り合い馬車の売り場で、運賃を御者に払って乗り込む。
 馬車の内装は現代の通勤電車スタイルで、両側に長椅子が添えつけられており乗員定数は二十名とかなり広い。
「マリィは水着どんなの買うの?」
「ビキニかなぁ。胸はともかく、お腹は自信ある!」
「いや、胸もそれなりにあるでしょ。巨乳とまではいかないけど」
「胸ならララァでしょ。もっともララァぐらいあったら、逆に恥ずかしくてビキニ着れないよねー。まさに歩く猥褻物陳列罪!」
「私も胸で悩んでみたいよ……」
「リリィは標準はあるじゃない?」
「そうなのかなぁ。でも二人に比べると見劣りするしさ?」
「それ言ったらさっき、私はお腹に自信あると言ったけどリリィには負けるよ?」
「私のお腹なんてバリバリに割れてて、女の子っぽくないでしょ」
 この会話、ずっとリリィ&マリィである。しかも声が高いものだから、乗り合わせた十名以上の乗客――とりわけ男性客は、必死で聞いてないフリをしつつ。
 とある老紳士は気まずそうに頬を染めつつ聞いてないふりを、顔が真っ赤な男子学生たちは必死で股間を両手で押さえてたりなんかする。小さな子ども連れの母親らしき人が、不快そうに我が子の耳を両手で押さえてシャットアウトだ。
 だがこの場で一番かわいそうなのは、ララァであろう。さっきから小さい声で、
「ねぇ、もうやめて……」
「声、大きいから!」
「……私、わいせつ物じゃないし」
 と反論は入れているのだが、自分も同じ声量になると悪目立ちする上に自身も迷惑な乗客とのそしりは免れない。だから真っ赤な顔でうつむきつつ、他人のふりをするしかなかった。
 そして馬車を降りてデパートへ向かう道すがら。
「ねぇ、マリィ」
「なに、リリィ」
 ズカズカと不機嫌そうに先頭を歩くララァの後ろで、二人は声をひそめる。
「なんでララァ、怒ってんの?」
「情緒不安定なんでしょ」
 そのマリィの無遠慮な発言に、ララァが鬼の形相で立ち止まって振り返る。
「違うわっ‼」
「おお、怖い……」
「マリィ! リリィもだけど‼ 公共の場でああいう話はしないでちょうだい! してもいいけど声が大きいの‼」
「え、そうだった?」
 リリィがキョトンとすれば、
「普通だよねー」
 とマリィは悪びれない。
「百歩譲ってそれはいいとしても、私の胸……がっ、猥褻物て」
 唇をぷるぷる震わせながら、ララァは涙目である。
「えっと、ごめん?」
 さすがにマリィも、申し訳無さそうな表情を浮かべるもとりあえず謝っておいた感じだ。しかたないのでデパート内の甘味処に直行、リリマリの奢りということで手を打った。
「ええっと、ここからここまでと……あ、これは全種類ください」
「かしこまりました」
 奢りとあって、その注文内容には遠慮がない。たちまちのうちに、ララァの前にスイーツの皿がズラリと並ぶ。
「うぅ、見てるだけで吐きそう」
「あ、リリィは甘い物は苦手だっけ」
「マリィは好きなほうだよね」
「いや、さすがに私もこんなには……」
 先ほどまでの不機嫌はどこへやら、二人のそんな言葉なぞ耳に入りませんとばかりにララァはご満悦である。
「こんだけ食べるからさ、ほら」
「あぁ、なるほどね」
 そんなことを言いながら、リリィとマリィの視線はララァの……制服姿でもわかる、立派な胸に行く。
「うるさいよ、そこ!」
 スプーンを口に放り込んだまま、ララァがジロリとにらんだ。
「ララァは、そんなに食べて太らないの?」
 不思議そうにリリィが口にするが、
「甘い物は別腹って言うでしょ」
「いやいやララァ、その別腹もララァのお腹の中じゃん」
 そうツッコみつつマリィは呆れ顔だ。その大量のスイーツがララァの胃袋に消え、かなり目減りした財布の中を難しい顔で覗き込む二人。
「うぅ、水着代……足りるかな」
 リリィは難しい表情で、マリィは涙目である。そんな二人をよそに、
「それじゃみんな、れっつらごー♪」
 すっかり機嫌の治ったララァであった。なにはともあれ水着売り場へ、さすがに色とりどりのそれが並ぶ雰囲気の中ではリリィとマリィもララァにならってハイテンションに戻る。
 ああでもないこうでもないと悩みに悩んだあげく、リリィが選択したのは黒のモノキニ。割れた腹筋が逆にコンプレックスなリリィらしく、胸と腹は隠れているものの脇腹と背中がオープンになったタイプである。
 ご立派なのは腹筋だけじゃなく、その脇腹も脂肪一つ見せないぐらい締まっていて。最初はシンプルなワンピースタイプの黒の水着を試着してみたのだが、いかんせんリリィは黒髪黒瞳だ。
「ねね、これはどうかな?」
 最初に選んだのはワンピースタイプながら決して地味ではなくかわいいデザインであったものの、
「なんかゴキブリみたい……」
 というマリィの心無い発言でテンションがだだ下がり、
「モノキニはどう? 脇とか背中の肌を見せたら、リリィて肌白いしそのコントラストが映えるんじゃないかな⁉」
 というララァのフォローでなんとか立ち直った次第。
 マリィが選んだ水色のホルターネック・ビキニはその健康美を押し上げブーストしていて、胸の大きさが逆コンプなララァが選んだのは黄色のタンキニ。
 胸回りがフリルになっているから胸の大きさが目立たず、また胸だけじゃなく大きめのお尻もそれなりに悩みの種だったララァらしくボトムもミニスカートタイプのものを選択した。
「私がララァだったら、思いっきりエッチなビキニ着るんだけどなぁ」
 とマリィがボヤけば、
「ね、もったいないよね」
 リリィも同調する。
「私、猥褻物なんで」
 そして憮然としてララァがそう愚痴るもんだから、
「だからごめんてば‼」
 マリィは地雷を踏んだとばかりに、以後はその話題を口にしなくなった。ララァが、
「私、あともう十皿は入るよ⁉」
 なんて脅しをかけてきたのもあるが。
 その帰り道、ふとリリィが気づく。
「私、別に黒が好きなわけじゃないんだよね」
「そういや私も、特に水色にこだわりはないかも」
「黄色……まぁ無難かなと思って」
 なぜか自分の魔法少女カラーを選んでしまった三人。
「水着ぐらい、好きな色を買えばよくなかった⁉」
 と代表してリリィが気づいたが後の祭り。
「えっと! マリィの水色ビキニは海の色にマッチしてるし、可愛くて素敵だったよ‼」
「ララァのタンキニも黄色なのが、ビーチに映えていいよね! 私そういうの似合わないから‼」
「リリィは身体のラインがかっこいいから、黒のモノキニってベストチョイスだと思う‼」
 順にリリィ・マリィ・ララァが互いに褒め合うが、その嘘くさい雰囲気で気まずくなってしまう。そしてしばしの沈黙のあと、いっせいに吹き出す三人なのであった。


 そして翌日、三人は馬車に揺られてララァの故郷・トパーズ子爵領へ。国内有数のビーチリゾートだけあって、温暖な気候もあり海岸は五月だというのに夏の賑わいだ。
 脳筋リリィだけじゃなく、そこは体力バカの天才魔法少女三人組。レンタルでビーチボール、シュノーケリング、砂遊びと限られた時間をしゃぶり尽くす。
 シュノーケリングで潜った海底で、変顔をして笑かしにかかるマリィのせいで溺れかけたリリィがガチぎれしたり。顔を残してビーチに埋められたララァの胸を、必要以上に砂で豊満に盛ったあとにあえて遠ざかるという羞恥プレイ。
 半泣きですっかりいじけてしまったララァの機嫌を取り戻すため、またもやスイーツを奢りで散財させられたリリィとマリィである。
「ララァ、寝ちゃったね」
 ビーチに三人、パラソルの下で海を眺めながら横になる。ジュースの入ったグラスから伸びたストローに口を運び、すっかり寝入ってしまったララァを眺めながらリリィが安心したようにつぶやいた。
「うん……さっきね、ララァが海水浴がこんなに楽しいって知らなかったなんてって言ってて。私、はらわたが煮えくり返りそうだったよ」
 マリィが、忌々しげに吐き捨てる。
「初めてだって、言ってたよね。海水浴」
 それを受けて、リリィの表情も険しい。
 ビーチリゾートが売りの領地で、その領主の娘として産まれながら海水浴が未経験――それがなにを意味しているかを考えると、ララァが満面の笑みで嬉しそうにそう言うのが二人にはやり切れなかった。
 そして二人、ビーチから見える小高い丘の上の屋敷を見上げる。
 まるで海水浴客を偉そうに見下ろしているその屋敷は、トパーズ子爵邸だ。ララァが、一度も家族扱いをされず使用人として過ごした場所。
「マリィ。そろそろ、行く?」
「んっ。先ほどララァのジュースに睡眠薬入れといたから、夕方まで目を覚まさないと思う。急ごう‼」
「……いやいや、親友に薬を盛るな‼」
 そして二人、スックと立ち上がる。日焼けしすぎないように、念の為ララァの身体には大きなタオルをかけておいた。
「仇、取ってくるからね!」
「ララァの痛み、思い知るといいんだ」
 物騒な言葉を残し、二人は足早に更衣室へ急ぐ。といっても制服姿に戻るのではなく、魔法少女に変身。
 魔法の箒に乗って、トパーズ子爵邸へひとっ飛びだ。その庭先に降り立つと念の為リリィは黒の、マリィは水色のローブに身を包む。
 フードも深めに被って、素顔を見られないようにする。ほどなくして、中にいたトパーズ子爵とその衛兵数人が庭先に飛び出してきた。
「何者だ!」
 子爵をかばうようにして、衛兵が立ちはだかった。
「何者? そうです、私が――」
 ヘンな女の子ですと言いかけて、
「『空虚イナニス』!」
 カッとリリィの瞳が見開き、その黒瑪瑙オニキスの瞳が威圧を放つ。その瞬間、闖入した二人組に対し居合わせたすべての人間の警戒心が一瞬だけ吹っ飛びゼロクリアされて。
(はは、私に対してかけられてるわけじゃないのに巻き込まれそう……さすがはリリィね)
 驚嘆の笑みを浮かべるマリィだが、ここからはマリィの出番だ。
「『舞踊人形ダンシング・マリオネット』!」
 マリィがそう詠唱した瞬間に、子爵と衛兵の瞳からスゥーッと眼光が消える。まるで死んだ魚のような目となり、呆然と立ち尽くすのみだ。
 マリィのこの魔法、膨大な魔力を消費するわりには成功率が〇・〇一パーセントと格段に低い。だがいったんかかると、その標的はマリィの操り人形としていかなる命令をも従ってしまう。
 人を思いどおり操れるとなると、それは他国のみならず自国の権力者からも警戒されてしまうだろう。だがその成功率とコスパの低さゆえに、たいして問題視されていなかった。
 だがリリィの魔法と組み合わせると、その成功率は限りなく百パーセントに近くなるのだ。リリィとマリィがその気になれば、世界を征服できるといっても過言ではなかった。
 もちろん、リリィとマリィにそのつもりはない。マリィは虚無の表情で立ち尽くすトパーズ子爵の横に立ち、なにごとかを耳打ちする。
 その隣で、リリィが必死に両手で口を押さえて声なき声で泣き笑い死んでいた。だがマリィが青い顔でフラッと倒れそうになると、慌ててその身体を支える。
「マリィ、大丈夫⁉」
「ん……さすがに魔力を消費しすぎちゃった」
「帰りはおぶってあげるから、ゆっくり休んで」
「ありがとう、リリィ。仕上げはごろうじろ、だね」
 ぐったりしたマリィを背負って、リリィは魔法の箒にまたがる。そしてまだマリィの魔法が解けてないトパーズ子爵を冷たい視線で一瞥し、
「同情はしないよ、子爵。ララァの痛み、思い知るといいんだから」
 そう吐き捨てると、天高く飛び去っていく――。
 楽しい時間もあっという間にすぎて、連休を海に山にと遊び倒した三人。そして連休明けに飛び込んできたニュースは、学院どころか国中で大騒ぎとなった。
 王城から発行される官報に載ったのは、こんなセンセーショナルな記事。
『xxx年x月xx日 トパーズ子爵家はウンコゴキブリ子爵に改名』
 ララァがかつて無断でそうされた改名が人生で一度きりしか許可されていないように、ファミリーネーム(姓)も一度きりしか変更できない。その貴重な一枠を、トパーズ子爵家は自らウンコゴキブリ子爵家と改名したのである。
「ちょっ、ちょっと待ってwww」
 校内の掲示板を見ながら、マリィが涙をポロポロこぼしながらバカウケである。
「まさかっ、王家が許可するなんて‼」
 マリィとしては、(どうせ認可されないだろうけど)改名しようとして粘って恥をかけばいいと。王家に反対されて怒られればいいぐらいにしか思っていなかった。
 当然リリィもそのつもりだったし、二人にとってはまさに予想外の結果なのだ。
 だが呆然と掲示板を見上げるリリィの顔はそれでもとても嬉しそうで、笑いたそうに頬がヒクついている。まるで合格発表の掲示板で、自分の番号を発見したかのようだ。
 そして当然ながら、顔面蒼白でドン引きしているのがララァである。二人の作戦は知らされていなかったので、突如として元実家がとんでもない改名をした事実を突きつけられたわけで。
 ララァはリリィやマリィと同じく『ベル』家の養女扱い、名誉一代男爵なので実家のそれに影響は受けない。だがかつての父が母が、兄が姉が今後の人生に於いてウンコゴキブリというファミリーネームを名乗るという事実は驚天動地どころではなかった。
「マリィ、ううんリリィもなんか知ってるね? なにしたの……」
 呆然とつぶやくララァに、泣き笑いが治まらないマリィとドヤ顔のリリィがそれぞれ左右からララァの肩にポンと手を置いた。
「仇、討ったよ!」
「いやはや、まさかの結果だったけどね?」
 まるで悪びれない様子の二人に、ララァは――。
「オーバーキルな気がするなぁ」
 こちらも他人事のように苦笑いを浮かべるララァである。
「どこがよ、ララァ!」
「まだまだやりたりないって‼」
「あ、うん……ていうか、もうやめてあげてね?」
 自分のために憤ってくれる親友二人に、ララァの目尻に涙が浮かぶ。それでも、もしバレたら二人が逮捕されるかもしれないとあってララァも気が気じゃない。
(いやでもホント、なにしたの⁉)
 頼もしい反面、とっても怖い人たちなんだなと再認識したララァであった。
 トパーズ子爵家にとって……というよりはリリィ・マリィにとっての(嬉しい)誤算が、今回の事態を巻き起こしたのだとあとで知る。トパーズ子爵は貴族と平民の選民意識が強く、ひどく平民を差別する圧政を強いていたことに端を発した。
 当然ながら領民の反発も大きく、王家としても一度まかせた領地だけあって悩みの種で。そこへ今回の改名願いは、王をいたく感心させたのだ。
 王家としてはトパーズ子爵が自らの家名を貶めることで領民と同じ目線に立とうとしたのだと斜め上の解釈をして、『その意気やよし!』と改名許可するにいたって。
 マリィのかけた魔法が切れたのは、ちょうど改名手続きが終わったころ。トパーズ子爵あらためウンコゴキブリ子爵は大慌てで修正に奔走したが、王家がノリノリで認めたとあってその成果は芳しくなく。
 果てはファミリーネームを変更した場合、そのお祝いダンスパーティーを主催しなければいけないという『死体蹴り』ともいえる地獄が子爵家に待ち構える。
 そして『ベル』の三人も男爵位にあるので、当然ながら形式だけとはいえ招待状が届いた。もちろん、リリィとマリィはノリノリだ。
 ララァは複雑そうだったが、自分だけ欠席なのもと思い三人で出席することを了承。
「ねぇ、マリィ。私……ドレス持ってない」
 困ったようにもらすリリィに、
「私らは『ベル』家の男爵として出席するんだから、魔法少女衣装だよ」
「あ、そうなんだ。助かる!」
 貴族のしきたりとは無縁なリリィにとって、それはありがたい話だった。
「ダンスとかしなきゃいけない?」
 それでもなお不安そうに次の疑問をぶつけるリリィだったが、
「ちょっ、シュール! ウンコゴキブリに改名したお祝いで全員がダンス‼」
 そのマリィのツッコミには、さすがのララァも噴いた。
「大丈夫だよ、リリィ。ちょっとあいさつして料理食べて、さっさとおさらばしちゃおう」
 安心させるようにララァが諭すが、
「あいさつ……ウンコゴキブリに改名おめでとうございまーす‼」
 マリィの渾身のボケに、三人でしゃがみこんで両手でお腹を押さえ声なき声で泣き笑い死ぬ。ララァとしては一度も愛してくれなかった、むしろ虐げてきた『元』家族に対してもう愛情は微塵も残っていなかった。
 そしてパーティー当日。青い顔で来賓の挨拶を受けるトパ……ウンコゴキブリ子爵とその令息に令嬢。
 王家からは代表して王子が出席し、
「そなたの平民の目線に立とうする此度の改名、まことに立派であると陛下も感嘆しておられました」
「こ、光栄の至りにございます殿下」
 満面の笑みの王子に対し、ウン……子爵は顔面が引きつりっぱなしだ。王子があいさつに出向いてきたというのにララァの元・兄は呆然と立ち尽くし、元・姉たちは人目もはばからず泣きじゃくる。
(改名が成って喜んでいるのだな。本来ならば、こんな頓痴気な改名は認可されない)
 そう勘違いして、にこやかに微笑む王子殿下だ。こいつもかなり頓痴気ではある。
 そこへバーンと扉が開いて入ってきたのは――リリィ・ベル、マリィ・ベル、そして子爵の元・娘だったララァ・ベル。三人とも魔法少女衣装の上に、それぞれ黒・水色・黄色のマントを羽織っていた。
 三人はツカツカと歩み寄り、
「こたびは招待に預かり、ありがとうございますウンコゴキブリ子爵」
 リリィが慈愛のこもった視線でマントの両端を持ってカーテシーをすれば、
「改名おめでとうございます、ウンコゴキブリ子爵」
 マリィが背に隠していた花束を子爵に手渡し、遅れてカーテシー。そして――。
「お久しぶりにございます、父上……いえ、ウンコゴキブリ子爵」
 そう言ってララァは、右手甲をスッと差し出した。
「あ、あぁ……よ、よく来てくれました」
 爵位は自分のほうが上であるとはいえ、『ベル』持ちは国宝ともいっていい存在だ。王子の目もあって無碍にできず、子爵は精一杯の引きつり笑いを見せながらも差し出されたララァの手にキスをする。
 カーテシーのポーズのまま視線を床に向けているのでその表情をうかがうことはできないが、リリィとマリィの背中がぷるぷると小刻みに震えていた。
「大変恐縮ですがウンコゴキブリ子爵、私たちは明日も学院がありますので今宵はあいさつのみにて失礼させていただきます」
 代表してララァがそう言うのへ、
「いえ、多忙な中出席していただきゴミク……ララァ男爵たちには感謝のいたりでございます」
 子爵の言い間違いにリリィとマリィの表情が一瞬こわばったが、ララァは微笑みを崩さない。
(こんなヘンな名前にしちゃって、もうこの家は終わるな……)
 妙な躁状態に陥ってる王家も、やがては冷静になるだろう。住まう領民たちも領主がそんなヘンテコな名前とあっては、他領への転出が雪崩のように続出して歯止めが効かなくなる。
 そしてその先にウンコゴキブリ家が待つのは、王家による粛清という破滅の道だ。そしてそれは、ほかならぬ子爵自身もまた自覚していた。
「ではゴキブリウンコ子爵……失礼。ウンコゴキブリ子爵、『もう会うこともございません』でしょうが、これにて――」
 サッとマントをひるがえして踵を返すララァに、リリィとマリィが続く。三人とも無表情だが、ララァの天然の言い間違いを受けてその唇が波打つ。
 ララァの捨て台詞に歯ぎしりをしながら見送る子爵であったが、リリィとマリィに操られた記憶がないので自主的に改名したとあってはどうにもならない。
 そして子爵邸の外で、笑い過ぎてグロッギーになった魔法少女たちの屍がゼーゼーと荒い息をもらしながらピクピクと道に横たわっていたのであった。



☆第一話を書く前に貯めてたプロットは、これで最終話分を除き使い切りました。
とりあえず40万文字くらいを着地点にして書き足していく予定です。
なので以後ペースは落ちると思いますが、なにとぞご了承のほどを――。
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