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最終話・お前っ『○○○の×××』だったのかよ!

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「久しぶりですね、ヨシダ」
「……」
 最上階、七階で待ち構えていたのはかつてこの帝国の皇帝だったクラリス。そしてその手には、最後の一枚――ドールのカードが握られていた。
(ノエル……)
 やっとここまで来た、と感慨に耽てもいられない。
「約束は、守ってくれたんだな」
「まぁそうですね、私じゃない私で申し訳ないですけど」
「魔皇リリィディア、か」
「ん」
 吉田は、チラとクラリスの手にあるカードに目をやる。
「やっぱり、戦わないといけないのか?」
「『この子ドール』と?」
「そうだ」
「そうね、どうしましょうか」
(からかってやがる‼)
 そのとき、クラリスがなにかに気づいたようにピクッと小さく震えた。
「あ、戻ってきたみたい」
「誰がだ?」
「『みんな』が」
「⁉」
 次の瞬間、クラリスの身体からドス黒い瘴気が噴き出し始める。それはクラリスの体躯を多い、完全に見えなくなって。
 そしてその瘴気が晴れたとき、吉田の目の前にいたのは――。
「ふふ、やっぱこっちの身体がしっくりくるわ」
 かつて吉田の目の前に現れた、黒髪の魔法少女。リリィディアの真の姿が、吉田の目の前に顕現していた。
「階下の六人と再合体てか」
「そ!」
「……確認だが、ドールを倒したら子どもたちを全員もとに戻してもらえるのか?」
「んー、気がのらないけど約束はしてあげる。その代わり?」
「お前の配下になれってか」
「うん。決断できた?」
 ずっと、ずっと考えていた。だが『優先順位』を考えると、吉田の答えは一つしかなくて。
「もちろんだ。もとより、最初から決めてたことなんだ……ただ、俺の覚悟が足りなかった」
 吉田のその発言を受けて、リリィディアが少し寂しそうに笑った。だがすぐに口角を上げてニッと笑ってみせると、
「じゃあ頑張って!」
 手に持ったカードにキスをして、ピッと投げてみせるリリィディア。そして顕現したドールは、冷たい目で吉田を見つめている……気がした。
(人形だからわかりづれぇな)
 吉田は、思わず苦笑いが漏れる。
「行くぜ!」
 そう言って吉田は剣を鞘から抜くが、もちろんドールを斬るつもりはない。要は無策のまま突っ込んでいったのだ。
 対してドールは、しょっぱなから『大砲』を吉田に放つべく口をカパッと開ける。
「早速かよ⁉」
 思わず立ち止まり、吉田は自身の身を護るように刀を目の前で立てた。刃側をドールに向けるのと、ドールが大砲を放つのが同時で。
 もちろん吉田とて、剣で大砲を防げるなんて思ってはいない……なんてことはなく、前世のテレビで見た『銃弾を日本刀で斬る』を応用してみようと考えたのだ。
(もしこの刀で飛んでくる大砲の弾を斬ることができたら、せめて直撃は防げるかも?)
 そんな浅はかで無謀な考えながら、奇跡というのはいつでも突然にやってくる。なによりその刀、リリィディアの一欠片だったターニーが鍛えた業物である。
「へっ、嘘⁉」
「え、マジかよ‼」
 大砲が吉田に直撃する寸前、その弾が刃に当たるとサクッと二分割して吉田の後方へ飛んで行く。ドガーンと大きな音がして、後方の壁に穴が開いた。
「なんでヨシダまで驚いてんのよ!」
「知るかよ! お前が作った刀だろうが‼」
 リリィディアとそんな口論をしている最中、ドールが二発目を放つべくパカッと口を開ける。さすがに二発目も同じ方法で防げるとは、吉田も思っていないので――。
「ドールの淹れてくれた紅茶、また飲みてーなっ‼」
 どうしようもない作戦だとは、吉田もわかっている。だがその吉田の発言で、ドールの動きが止まった。
 気のせいだろうか、ドールの頬が少し赤く染まっている気もして。
「え、自我はないはずなんだけど……」
 困惑するリリィディアを後目に、吉田はダッシュでドールとの間合いを詰めると一気に……抱き着いた。そして、びっくりして口を閉じたドールの唇に自らの唇を合わせる。
「ア、ア、ア、アルジ!?!?!」
 大パニックに陥ったドール、身体中を真っ赤にして……。
『プシューッ‼』
 髪の間から関節から、着物の隙間から白煙を立ててドールは完全に停止してしまった。
「俺の勝ちだ!」
「うそーん……」
 呆然とするリリィディアの前で、吉田がフンスとドヤる。
「信じらんない!」
「お前が信じようが信じまいが、事実は事実だ。まずはさっさと、子どもたちをカードから出してやってくれ!」
「……」
 言葉遣いは偉そうだが、必死に懇願する吉田の表情は少し泣きそうに見えた。だがリリィディアはフフンと鼻で嗤うと、指をパチンと鳴らす。
 そして次の瞬間、ドールの姿が消えて……リリィディアの手元には七枚のカード。
「そんなに必死になって、バカじゃないの?」
 そう言って……こともあろうに、リリィディアは七枚のカードを一つの束に戻すと両手で思いっきり――左右に引きちぎった。
『ビリビリビリッ‼』
 七枚のカードが、中央で破れて二つにわかれる。
「なっ! ちょっ? おい‼」
 顔面が蒼白になった吉田が、信じられないものを見たという表情で凍りついた。
「別に私の仲間になれなんて言わないよ。世界を滅亡させるなんて、そんな気は本当はないし」
「……戻せ」
「だからヨシダも安心していいよ? 全世界の敵にならずに済んだわけだしね」
「戻せよ」
「もちろん戻してあげるよ? 『元の世界』へさ」
「そっちじゃねぇ‼ カードを戻せって言ってんだ‼」
 激憤のあまり、吉田はリリィディアの胸ぐらをつかむ。だがリリィディアは涼しい表情で、
「いや、もう破っちゃったから無理? みたいな?」
「無理とか言ってんじゃねぇ、戻せ‼」
 そのあまりにも人をバカにしたような態度のリリィディアに、吉田の目が血走る。噛みしめた歯が、ギリギリと音をたてる。
「痛いってば」
 そう言ってリリィディアは、自身の胸ぐらをつかむ吉田の手を両手で握ると――。
「うをっ⁉」
 それはさながら合気道のごとく、吉田の身体を時計回りに一回転させた。そして軽くバックステップで吉田から距離を取る。
「私のこと、許せないんだ? 人間のくせにさ」
「き……貴様……」
 怨嗟の炎を瞳に宿して、吉田がユラリと立ち上がった。
「カードはほら、ごらんのとおり。もう子どもたちは完全に死んじゃったから、ヨシダも後顧の憂いが取れたでしょ? じゃあ日本に返してあげ」
「黙れ」
「ん?」
「黙れぇっ‼」
 人をおちょくる態度を終始くずさないリリィディアに対し、吉田の剣が一閃する。それは逆刃の刀『不殺』の『刃』側を使った、この世界で初めて吉田が『人』に向けた殺意であったかもしれない。
 袈裟懸けに振り下ろされた刀は、リリィディアの左肩から右大腿までを大きく切り裂いた。呆然とした表情のリリィディアから、大量の鮮血が噴き出す。
 そして力なく、両ひざが地面に落ちて。
「子どもたちの仇だ‼」
 血を噴き出しながら地に両ひざを付けて立っているリリィディアの心臓めがけて、吉田が刀を振り上げた。
「ヨシダ、ちょい待ち!」
「死ねぇっ‼」
「違うっ、そうじゃないヨシダ! 私の血を使えば子どもたちをカードから出せるの‼」
 いまにもリリィディアの心臓に突き立てようとした刀が、ピタッと止まる。
「……なんだと?」
「子どもたちをカードから出すのに、私の大量の血が必要になるの」
「なんの話だ」
「言葉どおりよ?」
 普通の人間なら、ひん死の重体ともいっていい斬られ方と出血量である。だが少し顔が青ざめて冷や汗が垂れているぐらいで、リリィディアは多少やせ我慢には見えるものの慈愛の笑みをたたえてみせる。
「ただ、『私が自分で意図して流した血』は使えないの。だから、どうしても斬ってもらう必要があった……」
「え? いや、ちょっと待て……じゃあお前、俺にわざと斬られようと⁉」
 戸惑う吉田を前に、両ひざをついたままのリリィディアが力なくうなずいた。
「ちなみにカード、破れちゃったけど……テープでつなげるとオッケーだよ?」
「造りが雑だな、おい!」
 だがリリィディアは、ハァハァと呼吸も荒い。
「さすがにさ、私も早く治癒魔法かけたいから……このカードに私の血を!」
 そう言って、リリィディアは両手に持っていた七枚のカード――破っているので合計十四枚を一つにまとめて両手で吉田に差し出す。
「ど、どうすりゃいいんだ⁉」
 戸惑いながら受け取る吉田に、
「焼肉にまんべんなくタレをつけて、すべらせる感じ?」
「ほかにたとえ方ないのかよ!」
 リリィディアのここらへんのセンスは、元日本人として生きた記憶を持つティア由来であろう。
「そんなことより……早く……」
 体力が残っていないのか、ついにリリィディアは両手も床についた。四つん這い状態になってしまったものだから、床に向かってさらなる出血が促進される。
「わ、わかった!」
 そして吉田は、十四枚の紙片をその血だまりにひたそうとして。
「あ、待ってヨシダ!」
「なんだ?」
「カード、そのままじゃダメなの! これを使ってちょうだい‼」
 そう言ってリリィディアが差し出したのは、セロハンテープ。
「……」
「ほら、さっき言ったじゃん? テープでつなげたらオッケーて」
「もうやだ、こいつ……」
 吉田は泣きそうな顔でそれを受け取ると、十四枚の紙片を七枚のカードに戻す。そして、
「この血だまりに、カードを浸すといいんだな?」
「うん。皿から取った焼肉にタレをつけて、その端でちょっとつけすぎたタレを落とす感じで」
「それはもうええわ!」
 とりあえず吉田はハルピュイアのカードを選び、四つん這いになっているリリィディアの腹部下にたまっている血だまりに腕を差し入れた。そして裏表まんべんなく、カードにリリィディアの血を塗り広げて。
 すると、そのカードから蒸気にも似た白煙が立ち込め始めた。
「あはは、本当に焼肉みたい!」
 なぜかバカ受けしているリリィディアに、
「言ってろよ」
 吉田はもう苦笑いしか出てこない。そして白煙はたちまちのうちに人をすっぽり呑み込めるほど大量に育ち、やがてその白煙が後方に穴が開いた壁からの風で吹き飛んでいく。
「あ、あれ……私?」
「リッサか‼」
 孤児院最年長のリッサは十六歳。料理が得意な、孤児たちのお姉さん代わりだった。
「あ、ヨシダ! ってあれ、ここどこ? 火事は⁉」
 火事の現場からの記憶がないのだろう、不思議そうにリッサがキョロキョロと周囲を見渡す。そして感極まった吉田が、その小さな身体を抱きしめた。
「リッサ、よかった……よかった……‼」
「えっとぉ、あれ?」
 わけがわからないまま、それでも少し照れくさそうに困ったようにリッサが笑う。
 そして次に吉田が選んだのはマーメイのカード。同じように手順を踏み、そして姿を顕したのは。
「ユーリア!」
「え、ヨシダ? ていうか、私は火事で……」
 十二歳のユーリアは、リッサにつぐ次女ポジション。だがその大人びた顔つきと性格は、リッサと同年代に見える。
 ユーリアにもひとしきり抱擁すると、次に吉田が選んだのはヴァナルガンド……フェンのカードである。
「シリウス!」
「え、ヨシダ? え、え、ここどこ⁉」
 十五歳の少年、シリウス。だがその見た目はユーリアとは逆に二つ三つ若く見え、こちらのほうが十二歳に見えるくらいで。
「さて、この『変態』はいったい誰なんだろうな?」
 吉田が続けて手に取ったのは、半蜘蛛半人アラクネーことラックのカードだ。被虐趣味の変態で、あの七人の誰がそんな嗜好を秘めていたのか吉田には興味があった。
 そして姿を見せたのは、吉田にとっては予想外……いや、誰であっても予想外ではあるのだけれど。
「キャロルかよ!」
「えっと、ヨシダ? ここ……どこ……?」
 十歳の少女、キャロル。清楚で大人しい子で、吉田からすればとっても真面目な印象だった。
(この子が将来……⁉)
 人は見た目ではわからないものだと、吉田はちょっと複雑な表情である。
 残る三枚の中から続けて選んだのは、不死王リッチことボーンとヨルムンガンドことヨルンのカード。二枚同時に選んだのは、ドールだと思われるノエルを除くと、双子の男の子だから同時に出してあげたいという親心である。
「やっぱりカストルとポルクスだったか!」
「ヨシダ?」
「あれ、火事は?」
 だが、ここで吉田は腑に落ちない点に気づいた。
「ボーンは女の子だったが、じゃあ『式』のときには性転換してたのかな?」
 目の前にいる、顔が瓜二つのカストルとポルクスはともに五歳。孤児院では最年少だった。
「え、ヨシダなに言ってるの?」
「リリィディア?」
 ここまでずっと無言で四つん這いのまま見守っていたリリィディアが、不思議そうに首をかたむける。
「その双子ちゃん、片方は女の子でしょ」
「へっ?」
 さっぱりわけがわからないといった様子の吉田だったが、リッサが少し半笑いで横入りしてくる。
「あ、まさかヨシダ……ポルクスのことも男の子だと思ってたの?」
 そしてユーリアも少し苦笑いを浮かべつつ、
「二人は男女の双子だよ、ヨシダ」
 と補足を入れる。
「マジかよ!」
 つまり残る一枚はドール=ノエルは確定なので、
(最初から女児五人、男児二人であってたのか)
 そんなことを思いながら、最後の一枚――ドールのカードをリリィディアの血液にひたしながら、
「てっきり、女の子が四人で男の子が三人だと思ってたよ」
 とボヤいていたら、不思議そうにキャロルが口を開いた。
「え、合ってるけど?」
「へ?」
 そして最後に姿を見せたのは、懐かしいノエルの顔だ。吉田がこの世界に転生してきて、最初に出会った女の子。
 キャロルと同じ十歳で、そのキャロルとは対照的におてんばな元気っ娘。
「熱い、熱いっ! ヨシダ助けて、火が‼」
「ノエル、落ち着け!」
 ノエルは、炎上しているときにカードに入れられたのだ。そのときから記憶が中断しているものだから、てっきり自分が燃えている錯覚を起こして混乱している。
 そして吉田は、そんなノエルを安心させようと思いっきりギュッと抱きしめて。
「あれ、ヨシダ? って燃えてない! なな、なんで⁉」
 自分が燃えていないことを自覚したはいいものの、今度は目の前の状況がわからなくてノエルは軽くパニックに陥る。
「落ち着け、ノエル。お前は、お前たちはみんな助かったんだ!」
「ヨシダ……本当に?」
 ノエルを含め、それまで全員が状況が把握できなくてハイになっていた。だが吉田の『みんな助かった』という言葉で我に返り、初めて自分たちが火事から助かったのだと自覚する。
 子どもたちの目に涙が次々と浮かび、
「ヨシダ!」
「ヨシダー‼」
「うええええんっ!」
「よかった、よかったよぅ~‼」
 全員が口々に喜びの言葉を紡ぎ、吉田に抱き着いてきた。
「あぁ、あぁ! 助かった、助かったんだ‼」
 吉田の両目からも、涙があふれでて止まらない。ひとしきり泣いたあと、
「ねぇ、もういい?」
 そう声をかけてきたのはリリィディアだ。役目は果たしたとばかり、治癒魔法をかけたのか斬られた痕はきれいさっぱりなくなっている。
 といっても流れた夥しい血液はその白い肌を染めていたし、斬られた魔法少女衣装はそのままだ。切り裂かれた衣装の胸あたりに、その下にある白い谷間がチラチラと見えている。
「あぁ、リリィディア。ありがとう、本当にありがとう……」
「どういたしまして。それでヨシダ、どうする?」
「どう、とは?」
「『元の世界』に、帰してあげるよ」
「あ……」
 吉田は、すっかり忘れていた。
 だが目的は果たしたのだ、当初に約束したのはクロスとだったがリリィディアとて神の一柱である。というよりクロスを創造した女神なのだから、格上のリリィディアにとっては吉田を元の世界に戻すのはたやすいことだった。
「そうだな……頼む」
「わかった」
「え? ヨシダ? もとの世界に帰っちゃうの⁉」
「ノエル……すまねぇ!」
 吉田にとっては名残惜しいし、後ろ髪が引かれる思いである。だが吉田が戻らないと、前世で吉田が起こした事故で失われた七人の子供と二人の大人の計九人は死んだままで。
 赤信号の横断歩道を渡り始めた女子高生を轢きそうになって、吉田は右にハンドルを切った。結果として、対向車線を走っていた幼稚園のバスと正面衝突したのだ。
 その事故で七人の幼児と運転手、幼稚園の先生――合計九人が帰らぬ人となった。吉田はその罪悪感に潰されて、遺児の保護者が見ている前で病院の窓から飛び降りたのだ。
 そして死んで、この世界にやってきて。
「じゃあヨシダ、あなたが『右』にハンドルを切る直前まで戻してあげる。そのまま『直進』すれば、赤信号に気づかず歩きスマホで渡り始めた女子高生を轢いちゃう。『左』にハンドルを切れば、ヨシダのトラックは電柱に衝突してヨシダだけが死ぬ……。私はさ、ヨシダ? あなたが直進してもそれは女子高生が前を向いてないのが悪いのだし、ヨシダを責めもしないし軽蔑もしない」
「リリィディア……」
「だからヨシダ、本来あの事故で死ぬべきはその女子高生だった……そういう決断をするのもありだと思うよ」
「気持ちはありがてぇけどな」
 だが吉田は、もうとっくに決意を固めているのだ。誰かを殺してしまうのなんて、どんな理由があってももうたくさんだと。
(死ぬのは俺だけでいい)
「まぁそういうわけでさ、お前らとはお別れだ」
「ヨシダ!」
「ダメだよ、行かないでヨシダ!」
 子どもたちは、ヨシダが異世界から来たことは知っている。だがそれ以上の事情は知らなかったから、吉田が『死ぬため』に戻るのだとは思い至らない。
 でもそれでも、吉田との別れは子どもたちにとっては受け入れがたい悲しみだった。
「そういやさっき、キャロルだっけ? 女の子が四人で男の子が三人で合ってるって言ってたよな? どういう意味だ?」
 するとなぜか、ノエルがギクッとした表情を見せる。だが吉田はそれを見落とし、
「リッサ、ユーリア、ノエル、キャロルが女の子だろ? ポルクスも男の子だと思ってたけど、実は女の子なんだった。でもってシリウスとカストルが男の子で、女の子は五人いるし男の子は二人しかいないぜ?」
 さっぱりわけがわからないとばかりに首をかしげながらボヤく。そしてなぜか、リッサ・ユーリア・シリウス・カストル・ポルクス・キャロルの視線が『ある一人』に集中した。
「ん? なんだ? ノエルがどうかしたか?」
 戸惑う吉田に、後ろめたいとばかりに冷や汗がだらだと流れるノエル。そしてリッサがちょっと怪訝そうに、
「ねぇ、ノエル。もしかしてあなた、自分が男の子だってヨシダにまだ言ってないの?」
「うん……」
「へっ⁉」
 吉田は、ギョッとしてノエルに振り向いた。
 頭には大きくて赤いリボンが映えていて、その長い金色の髪は背中の中ほぼまで伸びている。白いブラウスが、赤いスカートと赤い革靴に相まって眩しく光る。
 もはや見慣れたノエルの、それは『いつもの』様相だ。
「あ、えへへ! 私、女の子の服が好きなの」
 そう言って、少し気まずそうにノエルが笑った。
「えっと……ノエルが、男の……『』ぉーっ⁉」
 吉田はこの世界に転生してから、今が一番驚いたかもしれなかった。


 ふと気づいたら、懐かしい排ガスの匂いが立ち込める大都会。目の前は青信号だが、歩きスマホの女子高生が歩道側の赤信号に気づかず堂々と歩き始める。
「くそっ‼」
 遠目に、対向車線側から幼稚園のバスが来るのが見えた。かつて自分は、女子高生を轢くまいと右にハンドルを切ってあのバスに正面衝突したのだ。
 いま自分は、『やり直し』の刻にいる。そのまま直進すれば、女子高生はほぼノンブレーキに近い状態で轢かれてしまう。
 吉田はチラと左側に目をやった。そこには、歩道側信号が装着されている太い電柱。
「南八幡大菩薩! ろくでもない人生だったぜ‼」
 そう叫ぶやいなや、吉田は大きく左にハンドルを切った。ガシャーンと大きな音を立てて、トラックが電柱に衝突して止まる。
 横断歩道をの真ん中で、歩きスマホ中の女子高生がびっくりして振り返った。トラックは運転席に電柱がめり込む形となっていて、中にいるドライバーはそれに押しつぶされるような形になり大量の出血をしながら意識を失っていて――。
「ひっ‼」
 この時点で、女子高生はまだ自分が原因で起きた事故だとは認識していない。ただその目の前の陰惨な状況に、驚いて腰を抜かしてしまった。
(助かった……のか?)
 短時間で血を失いすぎて、吉田は運転席で意識が朦朧としている。電柱が己が身体を押し潰し、吉田の命のカウントダウンが始まっていた。
「助か……う……だな」
 吉田が心配したのは、自分の命ではなく女子高生の命。事故の原因となった女子高生をかばい、あえて左にハンドルを切って自損事故にとどめたのだ。
 だがその代償として、吉田はこの世界からふたたび旅立つ。それはもう、生者としては戻ることのできない冥府への片道切符で。
 そして次に吉田が目を覚ましたのは――。
「ここは……どこだ?」
 自分はトラックで電柱に衝突して死んだはずだ、なのに怪我一つないまま吉田はあおむけで草原に横たわっていた。ついでにいうと、衣服を一枚たりとも身に着けていない全裸で。
「死後の世界、てやつかな」
 そんなことを思いながら大の字のまま全裸でボーッとしていると、一人の女性が怪訝そうにヨシダのすぐそばでしゃがみこんでいるのに気づいた。
「あ、気づいた! ふふ‼」
 そこにいた女性は、二十代前半ぐらいだろうか。町娘といった容姿風体で、籐製のかごの取っ手に片腕をとおしている。
 白銀の白金プラチナブロンドの髪が肩につくほどの長さで、その瞳はアイスブルーとアイスグリーンのオッドアイが愛らしい顔立ちだ。
「あ、こっ、こんにちは?」
 わけがわからないまま、とりあえず吉田は両手で股間を隠しながら挨拶をする。いくら不可抗力でも、若い女性の前で全裸はいただけない。
「こんにちは、ヨシダ。久しぶりね!」
「え? えっと?」
 その女性は、吉田を知っているらしかった。だが吉田には、心当たりが……ないこともなかった。
 特にその特徴的なオッドアイは、一度見たら忘れるはずもない。
 また薬草が入ったかごを腕に通したその姿は、吉田の既視感デジャ・ヴュを強く刺激する。ただ吉田の記憶と唯一違うのが、その女性はまだ十歳だったはずである。
(って、一番違う部分がほかにあるんだが!)
 吉田はとりあえず気を取り直し、
「なぁ、俺がもとの世界に帰ってから……何年が経ったんだ?」
「んっと、十……ちょっと越したから十一年かな」
「そうか。確認したいことが一つと、ツッコミたいことが一つある」
「なに?」
「お前はノエルだよな?」
「うん」
(やっぱりか‼)
 だがノエルだとしたら、吉田はどうしてもツッコまずにはいられない。
「ノエルは男の子だったはずだが」
「そうだよ!」
「そうだよじゃないが」
(相変わらず女装趣味は治ってないのか)
 吉田はため息をついた。こうなると、同じ十歳だったキャロル(=ラック)がどう成長しているかを想像して背筋が凍る心地である。
「……ん? 背中がいてーな?」
 なにやらゴリゴリとした感触を覚え、吉田は初めて上半身を起こした。その際に両手が股間から離れて吉田の吉田が『こんにちは』してしまい、
「キャッ‼」
 と恥ずかしそうにノエルが両手で顔を覆う。そして、
「やだ、変態!」
 なんて言われたもんだから吉田も黙ってはいられない。
「お前が言うな!」
「てへ!」
 だがノエルは、悪びれもせずに笑う。
「そういやノエルは、女の子に産まれたかったのか?」
「ううん! 女の子になりたくてなってるだけ」
「やっぱ『男の』なわけね。ところで背中のコレ、なんだ?」
 先ほどまで自分の背中が押しつぶしていたゴリッとした感覚、それがなにかと後ろ手で探る。そして手に取ったそれは――。
「これは……『不殺』じゃねーか」
 そう、前々世(つまりこの世界)で吉田が所持していた逆刃の妖刀『不殺』である。
「うん。カードにもちゃんと、刀を持った剣士の絵が描いてあったからね」
「ふーん……いや待て、なんの話だ?」
「え、だからさ。ほら!」
 そう言ってノエルは、自身のスカートの中に手を突っ込んだ。そしてお尻あたりをまさぐり、一枚の――白紙のカードを取り出してみせる。
「なるほど、ヨシダを呼び出したからカードが白紙になるんだ?」
「待て待て待て待て‼ だからなんの話だ!」
「うん。だから先日に夢でね、クロス様に会って」
「クロスに?」
「そう。で、異世界でヨシダが死んだことを教えてくれたの。私はとっても悲しくてね、孤児院のみんなで泣いちゃった」
「ノエル……」
 本当にノエルが泣きそうな顔でそう言うものだから、吉田は目頭が熱くなる。
「でもなんとかヨシダを助けてください、生き返らせてくださいってクロス様にお願いしたらさ。ヨシダを私専用の『式』としてなら、蘇らせてもいいってクロス様が」
「……なんて?」
 草原のど真ん中、女装男子と全裸で刀を持ったおっさんの会話はなおも続く。
「――というわけでね。かつてヨシダが私たちをそうして助けてくれたように、今度はヨシダが私の『式』として蘇ったのでした‼」
「嘘だろ、おい!」
「で、さっきなんだけど。初めて『式』を呼び出してみたのね? そしたらカードが消えて、突然お尻の割れ目に出現したからびっくりしちゃった!」
「それはわかる」
 かつて吉田も通った道だ。
「というわけでヨシダ、とりあえず孤児院に戻ろう。今後は私の『式』として、孤児院の護衛をやってほしいな‼」
「いや、それはやぶさかじゃないが……呼び出されるのは最長で六時間、次回呼び出すまでに三時間開けないといけないとかは同じなのか?」
 今度は逆に、自分が呼び出される立場として。
(カードの中に入っているときって、記憶や自我はあるのかねぇ?)
 呑気にも、吉田はそんなことばかり考える。
「詳しいことはヨシダに訊けってクロス様が」
「くっそ、あの駄神が!」
 そんなことをボヤきながら、とりあえず吉田は立ち上がる。
「って全裸はまずいな!」
 しかも刀を持っているのである、どこからどう見ても変態だ。
「ふーん、『式』だった私たちはこのお尻に戻ってきてたんだねぇ」
 そう言ってノエルが吉田のお尻の割れ目をなでた。
「うひゃぁっ‼」
 不意打ちだったものだから、ヘンな嬌声をあげて吉田が飛び上がる。
「でも次からはヨシダが、私のお尻に戻ってくるのって不思議!」
「言ってろよ‼ ていうか男のケツかよ!」
「女の子だよ?」
「男だろうが!」
 とにもかくにも、吉田の新たな『式』としての生活が幕を開けたのだった。(完)
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

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