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第十四話・どこのカンフー映画だ、こりゃよ⁉
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「なんでこうなった……」
いま吉田は、『異空間』にいる。異空間といっても空は晴れわたり風がそよぎ、ときおり聴こえるのは鳥たちのハミング。
そして吉田の目の前にそびえ立つは、七重の塔。和風とも中華風ともいえる、荘厳な外観の高い塔が天高くそびえ建つ。
「ヨシダ。これから私が与える試練を乗り越えたらば、子どもたちはカードから出してあげてもいいよ」
「試練、だと?」
「そっ」
そう言ってリリィディアは、ティーカップのお茶を美味しそうに口に含む。
「……どんな試練だ」
「んー? 私を倒したら?」
「お前を倒すって……いや、かなうわけないだろ」
「だったら子どもたちを助けることもかなわないね?」
「‼」
吉田には、ほかに選択肢がなかった。もとより自分がこの世界に転生したのは、魔皇リリィディアを倒すという交換条件に乗っかったものだ。
「わかった」
「理解早くて助かるわ。それじゃヨシダ、『私の箱庭』へおいでなさい‼」
「箱庭……?」
「『天使の箱庭』‼」
そのリリィディアの魔法をくらい、気づいたら外にいた。だがそこがどこかわからないし、なにより月が一つしかない。
(俺が転生した世界では、七つあったはずだが……)
つまり、吉田が転生した世界。さきほどまでリリィディアと会話をかわしていた世界とはまた違う世界に、吉田は飛ばされたのだ。
『ヨシダ、聴こえる?』
「⁉ リリィディアか‼」
『そうー。いまヨシダの目の前にある七重の塔。そこで待ってるから、ちゃっちゃっと「やっつけて」最上階まで来てちょうだい』
「やっつけるって……」
『まぁ途中で死んじゃったら、そこでゲームはおしまいですよ』
ときおりクスクスと笑いながら、本当に楽しそうなリリィディアの声だけが聴こえる。
『そうそう、それとね。「式」は使えないから単身で頑張って?』
「なっ⁉」
そしてそれきり、リリィディアの声は聴こえなくなった。だがなにより吉田を震撼させたのは……。
「カードが……ない⁉」
内ポケットに入れておいたはずのカードが、見当たらないのだ。念の為に全部のポケットを探したが、カードは入っていない。
周囲に誰もいないので、慌ててベルトを外してズボンをずらし……尻の割れ目を確認するもカードは見当たらなかった。はた目では、外でフルチンになっている変態にしか見えない吉田だ。
『うっわ、変態www』
からかうようなリリィディアの声が聴こえるが、吉田はそれどころではない。
(どこかで落とした? またスられたのか⁉)
だが先ほどまでリリィディアと会話をかわしていたときは、確かに持っていたのだ。
「おい、カードをどうした‼」
なんの確信もなかったが、塔の最上階に向けてそう叫んでみる。リリィディアが、そこで待っている気がしたからだ。
『もともと私が「創った」んだよ、「式」は。だから、ちょっとだけ返してもらうね?』
そして今度こそ、なんど話しかけてもリリィディアの声はそれを最後に聴こえなくなった。
「とりあえず……行くしかねーのか」
吉田は腹を決める。内ポケットからコンテナーギルドを通して、逆刃の妖刀『不殺』を取り出して帯刀。
慎重に一歩一歩あゆみより、まずは一階の扉を開いた。
「やぁ、ヨシダ!」
「タッ、ターニー殿⁉」
見覚えのあるロリ巨乳のドワーフが、一階の奥で仁王立ちして吉田を見ている。そのターニーの背後に、二階へと続く階段が見えた。
「ターニー殿……」
かつての七賢者は一つとなり、魔皇リリィディアとして蘇ったはずだった。だが目の前にいるのは、その一欠片であるはずのターニー。
「さてさて、ヨシダ。ここに取り出したるは――」
ドヤ顔で、ターニーが懐から取り出したのは……七枚のカードだ。
「なっ⁉」
「なんでボクが持ってるのかって? さっき、言ったでしょ」
ターニーはそう言ってニッと笑うと、
「『リリィディア』が、さ?」
そしてカードを扇状に広げると、吉田の目前に掲示する。吉田の側からは裏面になっているので、どのカードにどの『式』がいるのかはわからない。
「さて、一枚選んでもらおうか。ヨシダの『対戦相手』をさ」
そう言って、ズイッと吉田の目前にカードを差し出してきた。
「まさかとは思うが、俺に『式』と戦え……と?」
「勝てたら上に行かせてあげるよ?」
「そんなことができるか‼」
吉田にとって、『式』の七人は我が子も同然だ。なによりその七人を人間に戻してあげたくてここまで頑張ってきたのに、なぜ戦わないといけないのか。
「ここは七重の塔、カードの『式』は七体。ヨシダはこれがなにを意味するか、わかるよね?」
「……ウソだろ?」
「ウソだと思いたければ、思っていなよ。ただヨシダにやる気がないなら、ボクはこの階段を消してこの場を去るのみだね」
そう言ってターニーは、後ろ手で二階へと続く階段を手で指した。
(そんなカンフー映画を子どものころに見たな。一人ずつ撃破しつつ最上階をめざすみたいな、さ)
だが映画は娯楽だ。
「俺には、できねぇ……できねぇけど、やるしかないのか⁉」
「どっちでもいいよ。カードは返してもらったし、クロスが勝手にヨシダに与えたんだから返す義理もない」
「勝手なことをっ‼」
「それと、ボクなら……リリィディアならヨシダ、君を『元の世界』に戻せる」
「え⁉」
からかわれているようだが、ターニーの目は真剣だ。だからこそヨシダも、それが冗談じゃないかと一笑に付すことができない。
「でもそうだね……クロスが言ってた『交通事故の数秒前』に戻すのはおもしろいから、そこは真似させてもらおうかな」
「どういう意味だ?」
「ハンドルをどっちに切るのか、ということだね。ヨシダがどういう選択をするのか、非常に興味がある」
「趣味悪いぜ!」
もちろん、吉田が取るべく道は言わずもがなである。左にハンドルを切って、電柱に衝突して死ぬ……それは、ずっと決めていたことだ。
(だが、『この世界』の七人を助けられないまま帰れん)
吉田には、選択肢がなかった。
「クッ……‼」
空中から吉田に襲いかかってくるのは、ハルピュイア……ハルだ。だが、その瞳はなんの輝きも放っていない。
吉田が『感情』を与える前の、自我を失った状態のいわば魔獣状態なのである。とはいえ不幸中の幸いというべきか、ここは塔の一階……つまり屋内なのだ。
(もし屋外だったらまずかったな)
鳥の羽を持つハルピュイアだからこそ、上下左右自在に舞うことができる。しかしそれも、三メートルほどの高さしかないフロアでは高低差を生かした戦法が使えないのだ。
「とは言っても、これはこれで……っ‼」
突進してきたかと思えば、左右にヒラリと舞ってかわす。逆にこっちが突進していくと、スーッと後ろ向きに飛ぶのだ。
くわえて吉田には、いくら自我を失った状態にあるとはいえハルに剣で斬りかかるにはためらいが大きい。
(逆刃だから助かったぜ)
だが逆刃とはいえど、その峰で『斬られ』たら骨なぞ簡単に砕けるだろう。吉田としては手加減をしているつもりはなかったが、どうしても無意識下でそうしてしまっていた。
「あははは、ほらほらヨシダ! 戦わないとキミ、負けちゃうよ?」
「だまれ、チビロリおっぱいが‼」
「ひどいや」
ハルは鋭利に尖った爪を向けて、捕食者としての牙を吉田に剥く。吉田は防戦一方ながら、どこを攻撃すればハルができるだけ痛くないだろうかとそんなことばかり考えている。
そしてその一瞬の油断が、命とりになるのだ。
ハルの鋭い爪が、吉田の両肩をガシッとつかんだ。長く尖った爪が吉田の両肩、三角筋にズブリと埋まる。
「痛ぇっ‼」
だが、ここは高さが圧倒的に足りない。足りないからハルも、高所へ飛び上がって吉田を落とすという戦法が使えないでいる。
しかたなくハルは、吉田をつかんだまま縦横無尽に飛び回るという作戦にうってでた。吉田の筋肉に両の爪が埋まったままだから、そのまま飛び回られると筋繊維がきしみ悲鳴をあげる。
「くっそっ‼」
なすがままに引きずり回されるしかなかった吉田だが、ふと上を見るとそこには可愛いハルの菊の花(察してください)。
「ハル、ごめんなっ!」
吉田は剣を持っていないほうの手で人さし指と中指を立てると、ハルの『そこ』に思いっきり指を突き入れた。
「ピギィッ⁉」
不意打ちで『生浣腸』をくらってしまったハルは、目をひん剥いて苦悶の表情を浮かべながら床に落ちる。一緒に倒れ込んでしまった吉田、すばやく両肩からハルの爪を抜いて。
そして剣を構えるのだが、肝心のハルが涙目で両手(羽?)でお尻を抑えたまま悶絶の真っ最中だ。
「えっと……」
さすがにこの状態のハルに、自我がない状態とはいえ剣を打ち下ろすのは忍びない。
「……なぁ、ターニー殿。どうすりゃいい?」
「うーん、確かにトドメを刺せとは言いにくい……」
ハルはこちらにお尻を突き出すようにして両ひざをつき、両羽でお尻を押さえながら苦悶の表情を浮かべ声なき声で唸っている。その額には脂汗が、次々と流れ落ちては床を濡らす。
「痛い~、痛いよぅ~……」
「す、すまんっ‼」
「女の子に生で浣腸とか、ほんとひどいや」
まさに地獄絵図である(ハルにとって)。
「そんなこと言われても……」
戦闘が続行中と判断すべきかどうかがわからず、吉田はオロオロするしかできない。ハルを介抱してやりたくもあり、容易に近づいていいものかと途方に暮れる。
「まぁいいや、ヨシダの勝ちでいいよ。このハルピュイアはカードに戻すから、その時点で痛みは消えるしね」
「そ、そうか……」
「じゃあ二階、行ってら~」
「軽いな、おい!」
まだハルが悶絶したままなので後ろ髪を引かれる思いだったが、取り急ぎ二階へと上る。それを見送りながら、
「『痛い』ねぇ……確かに自我がないとはいえ、痛覚は残ってるけど。でも、ハルピュイアが『言葉』にして残すって……⁉」
なおも悶絶するハルを見ながら、ターニーは首をかしげるのだった。
吉田が一気に二階へ駆け上がり、そして到着した途端にその階段は姿を消す。
(戻れないってか。まぁ戻るつもりもないが)
「ヨッシダー! 久しぶり♪」
そして二階フロア奥、三階へと上る階段の手前に『浮いている』のは吉田もよく知るイタズラ好きの――。
「てめぇ、ティア! お前、よくも騙しやがったな‼」
ティアのイタズラで、吉田はアリオト王国では牢に放り込まれたのだ。
「あはは、ごめんね?」
「ったく……」
元・日本人同士というのもあって、吉田の表情に若干の余裕が戻る。だがそれも、ティアが手にしたそれを見て顔面が凍りついた。
「さて、残るは六枚。ヨシダ、どれ……ううん、『誰』にする?」
「チッ!」
ティアがカードを裏返して扇状に差し出すそれの中から、吉田はためらいもせずに中央付近のカードを引き抜いた。
「これは……ヨルムンガンドか」
吉田が手に取ったカードには、大蛇の絵柄。ヨルンと吉田が名付けた、幻獣である。
「ていうかヨシダ、怪我がひどいね?」
「あぁ、ハルにやられちまった。おかげで両肩が上がらねぇ」
「うーん、四十肩はつらいよね」
「違うわっ!」
吉田の両肩には、ハルに抉られた八本の爪痕。そこからいまもなお、鮮血が流れ出している。
「んじゃ、これは大サービスね。『神恵』!」
ティアの両手から無数の光の粒が顕現し、吉田の体躯を包みこむ。そしてそれらがサーッと引いたあと、吉田の傷は綺麗さっぱりふさがっていた。
といって流血で染まった衣服はそのままだし、血管と皮膚がもとどおりになったとはいえ『経験した痛み』までは消えない。正確には『痛み』は消えたが『記憶』は残るのだ。
「治ったんだかどうだかわからねーな」
「そんなことよりヨシダ、もうバトル始まってるからね?」
「‼」
慌てて吉田がヨルンに振り向くのと、ヨルンが飛びかかるのが同時であった。すんでのところでかわしたはいいが、ヨルンはすぐさまグリンッと鎌首を反転させて襲いかかってくる。
だがここでも、地の利が生きた。大蛇にとってはせますぎるその空間において、吉田は難なくその攻撃をかわしていく。
(気をつけるべくは、幻術だな……)
とはいえど、勝たなければ意味がない。吉田が手に持つその剣は、まだ一度も振り下ろされていなかった。
「ヨシダ、逃げるだけじゃ勝てないよー?」
「うるせぇ、黙ってろ貧乳!」
「貧乳じゃないもんっ!」
そんなやり取りののち、逃げ回る一方だった吉田だがさすがに疲労の色が見え始める。息も絶え絶えで、足もともおぼつかなくなってきた。
「あらら、ヨシダ負けちゃう?」
「いや、もう少しで『完成』だ」
「完成?」
ティアがなにごとかとよーくヨルンを凝視する。
「……あー、うん」
その『完成』という吉田の言葉の意味がすぐにわからず、ティアは逡巡する。
(ヨシダには、なにが見えているんだろう?)
そんなことを考えながら、あごに手をやって首をかしげるティアである。
いっぽうで吉田は、ただやみくもに逃げ回っていただけじゃなかった。このせまい場所を利用して、追いすがってくるヨルンの鎌首を誘導し……いまやヨルンは、鞄の奥に入れておいたイヤホンのコードのように全身がもつれ絡まりまくっていたのだ。
その全身のところどころに、『固結び』となったダマが露出している。
「さて、もう動けまい!」
すっかりコンパクトになってしまったヨルンだったが、ティアはちょっと困ったような笑みを浮かべていた。
「さて、俺の勝ち……でいいか?」
そう言ってドヤる吉田に、
「まだ倒してないじゃない?」
とティアの反応は冷たい。
「倒すって、もうヨルンは戦闘不能だろう?」
「身体の自由が奪われただけで、近くによったら噛みつくぐらいはできるでしょ」
「……どうしろと?」
「その剣は飾りなの?」
「……」
思わず、手に持つ逆刃の妖刀『不殺』を凝視する。まだ鞘からも抜いていない、それをマジマジと見つめて――。
「くそったれがっ‼」
もう半ば自棄気味に、吉田は剣を抜くとヨルンに斬りかかった。といっても逆刃の剣だから、誤って斬らないように刃のない部分を向けて。
カウンターでヨルンも鎌首を突き出してきたが、その毒牙を吉田が横にはらった『不殺』で叩き折る。
「グギャーッ‼」
上あごの牙を二本へし折られて、ヨルンが断末魔の悲鳴をあげた。そしてそのまま、バタリと鎌首が地に落ちる。
「ヨッ、ヨルン⁉ 大丈夫か‼」
心配のあまり駆け寄りそうになるも、まだヨルンに息はあったので吉田は警戒して足を止めてしまった。だがヨルンはチラと吉田を見ると、静かにその目を閉じて。
「うーん、ヨシダの勝ち……なんだけど」
「なんだけど?」
「ううん、まぁいいや。ヨルンちゃんは私がカードに戻しとくから、三階へ急ぎなよ」
「あぁ。ヨルンがつらそうだから、早めにカードに戻してやってくれ」
「わかった」
チラと一瞬だけ心配そうに振り返ったが、吉田は意を決して階段を駆け上がる。そして残されたティアがヨルンに振り向いて、
「自我、ないはずなんだけどなぁ?」
そこにいるヨルンはぜんぜん身体がこんがらがっていなく、また吉田にへし折られたはずの牙もちゃんと無事だ。ときおり割れた舌をチロチロと出し入れする様からは、どう見てもヨルンとしての自我があるように見えなかった。
「幻術でヨシダとは戦ったと思わせて……ヨルン君はどうしたかったの」
だがその大蛇は、ティアのその問いにはなにも応えてはくれなかった。
吉田が三階へ到着すると同時に、二階へ到着したときがそうだったように階段が消失する。そしてその最奥、四階への階段の手前にいるのは。
「デュラ殿か」
「もうここまで来たからには、説明は?」
「不要だ」
「オーケー、じゃ選んでくれ」
そう言ってデュラが差し出したるは、扇状に広げた五枚のカード。ここまで、ハルとヨルンをクリアしている。
「これだ」
「迷わないんだな」
「ババヌキやってんじゃねぇんだ」
「はは、違いない!」
吉田が選択したカードに描かれていたのは、獰猛そうな狼の……ヴァナルガンド。つまりフェンのカードである。そしてカードから、白煙を上げてフェンが飛び出してきた。
問答無用で遅いかかってくるフェンに対し、吉田はあえて片腕を噛ませる。というよりはフェンの速度に対応できなかったので、苦しまぎれではあったが。
フェンのあごの力では、吉田の腕は簡単に落とされるだろう。だが同時にフェンも、それまでは吉田をくわえたまま行動範囲が制限される。
腕を噛ませたままクルリとフェンの背後に回ると、『不殺』の湾曲した刃のついている側……といっても鞘を抜いていないのだが、それを腋にはさみ思いっきりヘッドロックで締めあげた。
吉田の力に相まって刀の固さでフェンの頸動脈が締めあげられると同時に、吉田の腕からはドクドクと鮮血が噴き出し始めた。
(ここは我慢比べだな……)
自分が血を失いすぎて失神するのが先か、フェンが『落ちる』のが先か。
だが決着は、意外なほどあっさりとついた。脳への血流が遮断され、ガクンとフェンの頭が垂れる。
「すまねぇな、フェン」
深く牙が食い込んだ腕からフェンの顎を持って引き抜き、吉田は立ち上がって。
「俺の勝ちだ」
「だね。まさか刀を抜かずに、ましてやそういう使い方をするとはターニーも思ってなかっただろうよ」
そう言ってデュラは、後ろを振り向いて。
「四階への階段だ、行きな」
「あ、あぁ」
吉田自身、ヴァナルガンド……フェンリルとも呼ばれる神話級の魔獣に片腕と引き換えとはいえ逆にそれだけですんだことに安堵していた。だがまだ血が噴き出す自分の腕を見下ろして、
(この腕で戦えるか……?)
吉田は一抹の不安を感じえない。だけどここで弱気になるわけにも行かず、階上をバッと見上げると一気に駆け上がっていく。
そしてデュラは、失神しているフェンの口から見える牙を凝視しつつ――。
「っかしいな? ヴァナルガンドが本気で噛んだら、人間の腕くらいはあっさり落ちるんだが」
と納得がいかなさそうにつぶやいた。
吉田は四階へ到着して、その最奥には一匹の白い妖狐……が巫女装束で。
「ここはイチマル殿か」
「そうですね、ふふふ……ブッ‼」
余裕を見せて魔性の笑みをたたえてみせていたイチマルだったが、吉田の顔を見ていきなり噴き出してしまう。
「? なにが可笑しい?」
「いえね、マウンテ教の総本山では有名なんですよ」
「なにがだ」
「プッ……クククッ……湯殿と間違えて、生け簀に‼ あぁもうダメ、我慢できない!」
「……」
もう立っていられないとばかりに、イチマルがしゃがみこんで声なき声で泣き笑い死ぬ。
「勘弁してくれよ……」
それでも必死に、イチマルは四枚のカードを広げて吉田に掲示してみせる。その狐の目からは笑い涙があふれているので、どうにも緊迫感がない。
「笑いすぎだろ」
やや不満げに、それでも吉田は一枚のカードを選択。そこに描かれていたのは、
「あの変態か……いや、自我がないからいいのか?」
「自我がなくても、趣味嗜好は残ってますよ」
「マジかよ!」
(でもそれなら⁉)
ラックとの戦闘は、これまでで最短記録での勝利だった。ラックが口から紡ぎ出す蜘蛛の糸を、これ幸いとフェン戦で負傷した腕にまきつける。
(これでとりあえず止血は完了。要はギプス代わりだ!)
そして吉田は刃の部分で、少し長めに糸を残して切断して。
「おらっ、ラック! お仕置きしてやるから、お尻を向けろ‼」
そんな変態チックな言葉を吉田が口にしたとたん、ラックが少し嬉しそうに硬直する。そしていそいそとお尻(といっても蜘蛛の尻だ)を向けるラックに、腕に巻いた蜘蛛の糸の巻き終わりの少し残した部分を鞭代わりにしてラックのお尻をしばく。
自我がない(?)ので嬌声はあげなかったものの、ジッと絶えてお尻を鞭打たれる痛みに耐えるラック。
「おらぁっ!(ビシッ) おらぁっ!(ビシッ) おらぁっ!(ビシッ)」
「ウグッ……ギィッ……グフッ……」
嬉々として蜘蛛のお尻を鞭でしばくおっさんと、恍惚の表情を浮かべてジッと耐える半蜘蛛半人。
「私はなにを見せつけられているのでしょうか……」
さすがにイチマルも無表情である。
「九十八! 九十九! 百! おらぁっ‼」
鞭打ちがちょうど百回に達したところで、とどめとばかりに吉田はラックのお尻に渾身の蹴りをぶち込んだ。それを合図にして、
「イッ、イグゥ♡」
と初めて嬌声らしい嬌声?を残してラックも達してしまう。
「はぁ……はぁ……はぁ……俺はいったい、、なにをやっているんだ?」
すっかり果ててしまったラックは、グッタリと地に横たわった。そして我に返った吉田がそうボヤくのに、
「私が訊きたいです!」
というイチマルの返答はごもっともだろう。
「とりあえず、俺の勝ちでいいんだよな?」
「知りません!」
頬を赤く染めて、それでもバツが悪そうにイチマルが怒鳴る。
「さっさと五階に上がってください!」
「なんで俺は怒られてるんですかね?」
本当に納得がいかなさそうに、吉田は階段を駆け上がっていった。そしてイチマルは、
「おかしいですね、なんでこの『式』はヨシダの命令に従ったんでしょうか……」
あごに手をやって考え込むも、その答えは出てこない。
五階へ駆け上がった吉田を待ち構えていたのは、ソラだった。
「ふふふ、お疲れ様ヨシダ」
「あぁ、本当にいろいろな意味で疲れてるよ!」
「なんで不機嫌なのよ?」
「ほっといてくれ。それよりカード……」
「あぁ、はい。どうぞ?」
残るカードは三枚、吉田はためらいもなくソラの手で広げられた真ん中のそれを引き抜く。
「半人半魚……マーメイか」
「じゃあ呼び出すわね?」
ソラが指をパチンと鳴らすと、マーメイがその美しい裸体を顕現させる。
だが吉田は、マーメイを相手に『ある意味』でなにをすることもできなかった。
『ビチビチビチッ‼』
陸に水揚げされた魚のごとく、マーメイはその活きの良さを見せつける。だが吉田は、その光景に既視感を感じえずにはいられなかった。
「……」
「……」
ここに、水はない。そしてマーメイは苦しそうに喉をかきむしりながら床に倒れたままビチビチッと暴れるのみで、それを呆然としながらソラと吉田が見下ろす。
「なぁ、苦しそうなんだが?」
「えぇ、私にもそう見えるわ……もしかして、肺呼吸に切り替えるの忘れてるんじゃ?」
「……どっかで聞いた話だ」
そうそれはティアが住まう、揺光の塔での出来事。カードから顕現したマーメイは、エラ呼吸のままだったので非常に苦しそうだったのを覚えている。
「お、おいマーメイ! 聴こえるか⁉ 肺呼吸に切り替えろ‼」
吉田のその叫びを受けて、マーメイがハッとした表情になる。だが自我がないので、その瞳に光は宿っていない。
とはいえ肺呼吸に無事切り替えることができたとみて、呼吸は荒いもののやがてそれも穏やかになっていく。だが窒息時間が長かっただけに、マーメイは呼び出されただけでもうグロッギー状態であった。
「おい、マーメイ……大丈夫か?」
さすがに可哀そうになって、倒れてなおもゼーゼー言っているマーメイのかたわらにしゃがみこむ吉田。まったく警戒している素振りはないようだ。
「……」
だがマーメイからの返事はなく、文字どおり死んだ魚のような目で吉田をチラと見やるだけで。
「俺の勝ち……なんだよな?」
「まぁ、そうね?」
おそるおそるそう切り出した吉田に対し、ソラは少し納得がいかなさそうな表情を見せる。それでも、
「残るカードは二枚。まぁ死ぬ気で適当に頑張りなさいな」
「どっちだよ!」
とりあえずのツッコミを入れて、吉田は六階へと急ぐ。いっぽうでソラはマーメイを見下ろしつつ、
「ヨシダと戦えって命令してるはずなんだけどなぁ?」
そうボヤくと、釈然としない表情で考え込んだ。
「ねぇ、マーメイド。あなた、自我はないままよね?」
なんとなく……本当になんとなくそうつぶやいただけだったが、マーメイが一瞬だけ後ろめたそうな表情を見せてわざとらしく視線を外す。
「……は?」
目をそらしたままのマーメイと、それを見下ろしながら凝視するソラ。だが、
「まぁ、いいけどね?」
クスッと苦笑いのソラだ。これ以上追求するのは野暮とばかりに、階上へ駆け上がる吉田の背中を見つめるその瞳はどこまでも優しかった。
六階にたどりついた吉田の前に立ちはだかったのは、ハイエルフのアルテだ。
「さて、残り二枚。どっちにする?」
「ふん」
さほど迷いもせずに、吉田はアルテの手から一枚のカードを引き抜いた。
「……ボーンか」
そこに描かれていたのは、黒いローブをまとい白骨だけで構成された不死王。
(ということは、上にいるのはドールか)
「じゃあさっさと始めてくれ」
「せっかちな奴だ」
アルテは苦笑しつつ、そのカードからボーンを顕現させる。やはり自我がないと見えて、吉田を前にしてもボーンの態度に変化は見られなかった。
そして戦闘が開始されるのだが、ボーンは戦闘能力に秀でていない。くわえて、かつてイチマルが見抜いたように若々しい軟骨が残っているのだ。
(とすると、ボーン相手には……『アレ』が効くかもしれねぇ。試してみる価値はあるな)
「おらぁっ‼ 四の字固めじゃーっ!」
吉田は、思い出していた。孤児院で子どもたちを相手に、プロレスごっこで遊んだ日々を。
もちろん『ごっこ』なので、吉田も本気を出したわけじゃない。ほどよく負けつつ、
『まいったと思ったら、床を三回叩くんだ!』
そういった細々としたルールと同時に、子どもでもできる簡単な関節技などをレクチャーしつつ。それは男児女児の区別なく、笑顔が満ち溢れる楽しい日々だった。
ボーンの非力な攻撃に倒れたふりをして、上から襲いかかってきたボーンの足を払う。ガッシャーンとガイコツが倒れた音がして、そこをすかさずグラウンドに移行。
しばし床でもみ合ったあとに、吉田はボーンに四の字固めを極めてみせた。
『バンバンバンッ!』
ボーンが苦し紛れ(といっても白骨なのでわかりにくいが)に、床を三度叩く。それを合図にして、吉田はボーンを解放してやった。
「関節技か、考えたなヨシダ」
「死霊とか呼ばれたらやばかったがな、最初に倒れて油断を誘えたのが大きかったよ」
「ふーん、しかしヘンだな……」
アルテが疑わしそうな視線で、その鋭い眼光を倒れているボーンに向ける。
「なにがだ?」
「……いや、なんでもない。次は最上階、最後の一枚だ」
「わかっている。この流れだと上にいるのはドールと……クラリス皇帝か」
「もう皇帝じゃないけどな。ま、死なないように頑張ることだ」
まるで他人事のようにアルテが言い放つものだから、
「チッ、七人が七人とも性格悪いぜ! それより一つ訊いていいか?」
「なんだ?」
「アルテ殿は……魔皇リリィディアでもあるんだよな?」
「そうだな、いまは一時的に再分裂しちゃあいるけど」
「子どもたちをカードから出す方法というのは……存在しているんだよな?」
生唾をゴクリと呑み込み、吉田は決死の表情でそれを口にする。こめかみに、冷たい汗がしたたり落ちていく。
「……それは、最後の試練を乗り越えてから『リリィディア』に訊いてくれ」
「わかった」
どうあっても話してくれそうになかったので、吉田は引き下がることにした。
(もし……もしダメだったら……いや、考えるな! 絶対に助ける‼)
そして吉田は最後の階段を駆け上がる。それを見やり、そして上半身だけを起こして痛そうに膝をさするボーンにアルテは、
「床を叩いたらギブアップって、どこで覚えた?」
そう詰問しつつ疑わしい眼差しでボーンを凝視。ボーンは一瞬だけ硬直したが、すぐになにごともなかったかのようにひざをさすり続ける。
「まぁいっか……。それよりヨシダ、上にいるクラリスは『ほぼリリィディア』だ」
そう言ってアルテは、不敵な笑みを浮かべてみせた。
いま吉田は、『異空間』にいる。異空間といっても空は晴れわたり風がそよぎ、ときおり聴こえるのは鳥たちのハミング。
そして吉田の目の前にそびえ立つは、七重の塔。和風とも中華風ともいえる、荘厳な外観の高い塔が天高くそびえ建つ。
「ヨシダ。これから私が与える試練を乗り越えたらば、子どもたちはカードから出してあげてもいいよ」
「試練、だと?」
「そっ」
そう言ってリリィディアは、ティーカップのお茶を美味しそうに口に含む。
「……どんな試練だ」
「んー? 私を倒したら?」
「お前を倒すって……いや、かなうわけないだろ」
「だったら子どもたちを助けることもかなわないね?」
「‼」
吉田には、ほかに選択肢がなかった。もとより自分がこの世界に転生したのは、魔皇リリィディアを倒すという交換条件に乗っかったものだ。
「わかった」
「理解早くて助かるわ。それじゃヨシダ、『私の箱庭』へおいでなさい‼」
「箱庭……?」
「『天使の箱庭』‼」
そのリリィディアの魔法をくらい、気づいたら外にいた。だがそこがどこかわからないし、なにより月が一つしかない。
(俺が転生した世界では、七つあったはずだが……)
つまり、吉田が転生した世界。さきほどまでリリィディアと会話をかわしていた世界とはまた違う世界に、吉田は飛ばされたのだ。
『ヨシダ、聴こえる?』
「⁉ リリィディアか‼」
『そうー。いまヨシダの目の前にある七重の塔。そこで待ってるから、ちゃっちゃっと「やっつけて」最上階まで来てちょうだい』
「やっつけるって……」
『まぁ途中で死んじゃったら、そこでゲームはおしまいですよ』
ときおりクスクスと笑いながら、本当に楽しそうなリリィディアの声だけが聴こえる。
『そうそう、それとね。「式」は使えないから単身で頑張って?』
「なっ⁉」
そしてそれきり、リリィディアの声は聴こえなくなった。だがなにより吉田を震撼させたのは……。
「カードが……ない⁉」
内ポケットに入れておいたはずのカードが、見当たらないのだ。念の為に全部のポケットを探したが、カードは入っていない。
周囲に誰もいないので、慌ててベルトを外してズボンをずらし……尻の割れ目を確認するもカードは見当たらなかった。はた目では、外でフルチンになっている変態にしか見えない吉田だ。
『うっわ、変態www』
からかうようなリリィディアの声が聴こえるが、吉田はそれどころではない。
(どこかで落とした? またスられたのか⁉)
だが先ほどまでリリィディアと会話をかわしていたときは、確かに持っていたのだ。
「おい、カードをどうした‼」
なんの確信もなかったが、塔の最上階に向けてそう叫んでみる。リリィディアが、そこで待っている気がしたからだ。
『もともと私が「創った」んだよ、「式」は。だから、ちょっとだけ返してもらうね?』
そして今度こそ、なんど話しかけてもリリィディアの声はそれを最後に聴こえなくなった。
「とりあえず……行くしかねーのか」
吉田は腹を決める。内ポケットからコンテナーギルドを通して、逆刃の妖刀『不殺』を取り出して帯刀。
慎重に一歩一歩あゆみより、まずは一階の扉を開いた。
「やぁ、ヨシダ!」
「タッ、ターニー殿⁉」
見覚えのあるロリ巨乳のドワーフが、一階の奥で仁王立ちして吉田を見ている。そのターニーの背後に、二階へと続く階段が見えた。
「ターニー殿……」
かつての七賢者は一つとなり、魔皇リリィディアとして蘇ったはずだった。だが目の前にいるのは、その一欠片であるはずのターニー。
「さてさて、ヨシダ。ここに取り出したるは――」
ドヤ顔で、ターニーが懐から取り出したのは……七枚のカードだ。
「なっ⁉」
「なんでボクが持ってるのかって? さっき、言ったでしょ」
ターニーはそう言ってニッと笑うと、
「『リリィディア』が、さ?」
そしてカードを扇状に広げると、吉田の目前に掲示する。吉田の側からは裏面になっているので、どのカードにどの『式』がいるのかはわからない。
「さて、一枚選んでもらおうか。ヨシダの『対戦相手』をさ」
そう言って、ズイッと吉田の目前にカードを差し出してきた。
「まさかとは思うが、俺に『式』と戦え……と?」
「勝てたら上に行かせてあげるよ?」
「そんなことができるか‼」
吉田にとって、『式』の七人は我が子も同然だ。なによりその七人を人間に戻してあげたくてここまで頑張ってきたのに、なぜ戦わないといけないのか。
「ここは七重の塔、カードの『式』は七体。ヨシダはこれがなにを意味するか、わかるよね?」
「……ウソだろ?」
「ウソだと思いたければ、思っていなよ。ただヨシダにやる気がないなら、ボクはこの階段を消してこの場を去るのみだね」
そう言ってターニーは、後ろ手で二階へと続く階段を手で指した。
(そんなカンフー映画を子どものころに見たな。一人ずつ撃破しつつ最上階をめざすみたいな、さ)
だが映画は娯楽だ。
「俺には、できねぇ……できねぇけど、やるしかないのか⁉」
「どっちでもいいよ。カードは返してもらったし、クロスが勝手にヨシダに与えたんだから返す義理もない」
「勝手なことをっ‼」
「それと、ボクなら……リリィディアならヨシダ、君を『元の世界』に戻せる」
「え⁉」
からかわれているようだが、ターニーの目は真剣だ。だからこそヨシダも、それが冗談じゃないかと一笑に付すことができない。
「でもそうだね……クロスが言ってた『交通事故の数秒前』に戻すのはおもしろいから、そこは真似させてもらおうかな」
「どういう意味だ?」
「ハンドルをどっちに切るのか、ということだね。ヨシダがどういう選択をするのか、非常に興味がある」
「趣味悪いぜ!」
もちろん、吉田が取るべく道は言わずもがなである。左にハンドルを切って、電柱に衝突して死ぬ……それは、ずっと決めていたことだ。
(だが、『この世界』の七人を助けられないまま帰れん)
吉田には、選択肢がなかった。
「クッ……‼」
空中から吉田に襲いかかってくるのは、ハルピュイア……ハルだ。だが、その瞳はなんの輝きも放っていない。
吉田が『感情』を与える前の、自我を失った状態のいわば魔獣状態なのである。とはいえ不幸中の幸いというべきか、ここは塔の一階……つまり屋内なのだ。
(もし屋外だったらまずかったな)
鳥の羽を持つハルピュイアだからこそ、上下左右自在に舞うことができる。しかしそれも、三メートルほどの高さしかないフロアでは高低差を生かした戦法が使えないのだ。
「とは言っても、これはこれで……っ‼」
突進してきたかと思えば、左右にヒラリと舞ってかわす。逆にこっちが突進していくと、スーッと後ろ向きに飛ぶのだ。
くわえて吉田には、いくら自我を失った状態にあるとはいえハルに剣で斬りかかるにはためらいが大きい。
(逆刃だから助かったぜ)
だが逆刃とはいえど、その峰で『斬られ』たら骨なぞ簡単に砕けるだろう。吉田としては手加減をしているつもりはなかったが、どうしても無意識下でそうしてしまっていた。
「あははは、ほらほらヨシダ! 戦わないとキミ、負けちゃうよ?」
「だまれ、チビロリおっぱいが‼」
「ひどいや」
ハルは鋭利に尖った爪を向けて、捕食者としての牙を吉田に剥く。吉田は防戦一方ながら、どこを攻撃すればハルができるだけ痛くないだろうかとそんなことばかり考えている。
そしてその一瞬の油断が、命とりになるのだ。
ハルの鋭い爪が、吉田の両肩をガシッとつかんだ。長く尖った爪が吉田の両肩、三角筋にズブリと埋まる。
「痛ぇっ‼」
だが、ここは高さが圧倒的に足りない。足りないからハルも、高所へ飛び上がって吉田を落とすという戦法が使えないでいる。
しかたなくハルは、吉田をつかんだまま縦横無尽に飛び回るという作戦にうってでた。吉田の筋肉に両の爪が埋まったままだから、そのまま飛び回られると筋繊維がきしみ悲鳴をあげる。
「くっそっ‼」
なすがままに引きずり回されるしかなかった吉田だが、ふと上を見るとそこには可愛いハルの菊の花(察してください)。
「ハル、ごめんなっ!」
吉田は剣を持っていないほうの手で人さし指と中指を立てると、ハルの『そこ』に思いっきり指を突き入れた。
「ピギィッ⁉」
不意打ちで『生浣腸』をくらってしまったハルは、目をひん剥いて苦悶の表情を浮かべながら床に落ちる。一緒に倒れ込んでしまった吉田、すばやく両肩からハルの爪を抜いて。
そして剣を構えるのだが、肝心のハルが涙目で両手(羽?)でお尻を抑えたまま悶絶の真っ最中だ。
「えっと……」
さすがにこの状態のハルに、自我がない状態とはいえ剣を打ち下ろすのは忍びない。
「……なぁ、ターニー殿。どうすりゃいい?」
「うーん、確かにトドメを刺せとは言いにくい……」
ハルはこちらにお尻を突き出すようにして両ひざをつき、両羽でお尻を押さえながら苦悶の表情を浮かべ声なき声で唸っている。その額には脂汗が、次々と流れ落ちては床を濡らす。
「痛い~、痛いよぅ~……」
「す、すまんっ‼」
「女の子に生で浣腸とか、ほんとひどいや」
まさに地獄絵図である(ハルにとって)。
「そんなこと言われても……」
戦闘が続行中と判断すべきかどうかがわからず、吉田はオロオロするしかできない。ハルを介抱してやりたくもあり、容易に近づいていいものかと途方に暮れる。
「まぁいいや、ヨシダの勝ちでいいよ。このハルピュイアはカードに戻すから、その時点で痛みは消えるしね」
「そ、そうか……」
「じゃあ二階、行ってら~」
「軽いな、おい!」
まだハルが悶絶したままなので後ろ髪を引かれる思いだったが、取り急ぎ二階へと上る。それを見送りながら、
「『痛い』ねぇ……確かに自我がないとはいえ、痛覚は残ってるけど。でも、ハルピュイアが『言葉』にして残すって……⁉」
なおも悶絶するハルを見ながら、ターニーは首をかしげるのだった。
吉田が一気に二階へ駆け上がり、そして到着した途端にその階段は姿を消す。
(戻れないってか。まぁ戻るつもりもないが)
「ヨッシダー! 久しぶり♪」
そして二階フロア奥、三階へと上る階段の手前に『浮いている』のは吉田もよく知るイタズラ好きの――。
「てめぇ、ティア! お前、よくも騙しやがったな‼」
ティアのイタズラで、吉田はアリオト王国では牢に放り込まれたのだ。
「あはは、ごめんね?」
「ったく……」
元・日本人同士というのもあって、吉田の表情に若干の余裕が戻る。だがそれも、ティアが手にしたそれを見て顔面が凍りついた。
「さて、残るは六枚。ヨシダ、どれ……ううん、『誰』にする?」
「チッ!」
ティアがカードを裏返して扇状に差し出すそれの中から、吉田はためらいもせずに中央付近のカードを引き抜いた。
「これは……ヨルムンガンドか」
吉田が手に取ったカードには、大蛇の絵柄。ヨルンと吉田が名付けた、幻獣である。
「ていうかヨシダ、怪我がひどいね?」
「あぁ、ハルにやられちまった。おかげで両肩が上がらねぇ」
「うーん、四十肩はつらいよね」
「違うわっ!」
吉田の両肩には、ハルに抉られた八本の爪痕。そこからいまもなお、鮮血が流れ出している。
「んじゃ、これは大サービスね。『神恵』!」
ティアの両手から無数の光の粒が顕現し、吉田の体躯を包みこむ。そしてそれらがサーッと引いたあと、吉田の傷は綺麗さっぱりふさがっていた。
といって流血で染まった衣服はそのままだし、血管と皮膚がもとどおりになったとはいえ『経験した痛み』までは消えない。正確には『痛み』は消えたが『記憶』は残るのだ。
「治ったんだかどうだかわからねーな」
「そんなことよりヨシダ、もうバトル始まってるからね?」
「‼」
慌てて吉田がヨルンに振り向くのと、ヨルンが飛びかかるのが同時であった。すんでのところでかわしたはいいが、ヨルンはすぐさまグリンッと鎌首を反転させて襲いかかってくる。
だがここでも、地の利が生きた。大蛇にとってはせますぎるその空間において、吉田は難なくその攻撃をかわしていく。
(気をつけるべくは、幻術だな……)
とはいえど、勝たなければ意味がない。吉田が手に持つその剣は、まだ一度も振り下ろされていなかった。
「ヨシダ、逃げるだけじゃ勝てないよー?」
「うるせぇ、黙ってろ貧乳!」
「貧乳じゃないもんっ!」
そんなやり取りののち、逃げ回る一方だった吉田だがさすがに疲労の色が見え始める。息も絶え絶えで、足もともおぼつかなくなってきた。
「あらら、ヨシダ負けちゃう?」
「いや、もう少しで『完成』だ」
「完成?」
ティアがなにごとかとよーくヨルンを凝視する。
「……あー、うん」
その『完成』という吉田の言葉の意味がすぐにわからず、ティアは逡巡する。
(ヨシダには、なにが見えているんだろう?)
そんなことを考えながら、あごに手をやって首をかしげるティアである。
いっぽうで吉田は、ただやみくもに逃げ回っていただけじゃなかった。このせまい場所を利用して、追いすがってくるヨルンの鎌首を誘導し……いまやヨルンは、鞄の奥に入れておいたイヤホンのコードのように全身がもつれ絡まりまくっていたのだ。
その全身のところどころに、『固結び』となったダマが露出している。
「さて、もう動けまい!」
すっかりコンパクトになってしまったヨルンだったが、ティアはちょっと困ったような笑みを浮かべていた。
「さて、俺の勝ち……でいいか?」
そう言ってドヤる吉田に、
「まだ倒してないじゃない?」
とティアの反応は冷たい。
「倒すって、もうヨルンは戦闘不能だろう?」
「身体の自由が奪われただけで、近くによったら噛みつくぐらいはできるでしょ」
「……どうしろと?」
「その剣は飾りなの?」
「……」
思わず、手に持つ逆刃の妖刀『不殺』を凝視する。まだ鞘からも抜いていない、それをマジマジと見つめて――。
「くそったれがっ‼」
もう半ば自棄気味に、吉田は剣を抜くとヨルンに斬りかかった。といっても逆刃の剣だから、誤って斬らないように刃のない部分を向けて。
カウンターでヨルンも鎌首を突き出してきたが、その毒牙を吉田が横にはらった『不殺』で叩き折る。
「グギャーッ‼」
上あごの牙を二本へし折られて、ヨルンが断末魔の悲鳴をあげた。そしてそのまま、バタリと鎌首が地に落ちる。
「ヨッ、ヨルン⁉ 大丈夫か‼」
心配のあまり駆け寄りそうになるも、まだヨルンに息はあったので吉田は警戒して足を止めてしまった。だがヨルンはチラと吉田を見ると、静かにその目を閉じて。
「うーん、ヨシダの勝ち……なんだけど」
「なんだけど?」
「ううん、まぁいいや。ヨルンちゃんは私がカードに戻しとくから、三階へ急ぎなよ」
「あぁ。ヨルンがつらそうだから、早めにカードに戻してやってくれ」
「わかった」
チラと一瞬だけ心配そうに振り返ったが、吉田は意を決して階段を駆け上がる。そして残されたティアがヨルンに振り向いて、
「自我、ないはずなんだけどなぁ?」
そこにいるヨルンはぜんぜん身体がこんがらがっていなく、また吉田にへし折られたはずの牙もちゃんと無事だ。ときおり割れた舌をチロチロと出し入れする様からは、どう見てもヨルンとしての自我があるように見えなかった。
「幻術でヨシダとは戦ったと思わせて……ヨルン君はどうしたかったの」
だがその大蛇は、ティアのその問いにはなにも応えてはくれなかった。
吉田が三階へ到着すると同時に、二階へ到着したときがそうだったように階段が消失する。そしてその最奥、四階への階段の手前にいるのは。
「デュラ殿か」
「もうここまで来たからには、説明は?」
「不要だ」
「オーケー、じゃ選んでくれ」
そう言ってデュラが差し出したるは、扇状に広げた五枚のカード。ここまで、ハルとヨルンをクリアしている。
「これだ」
「迷わないんだな」
「ババヌキやってんじゃねぇんだ」
「はは、違いない!」
吉田が選択したカードに描かれていたのは、獰猛そうな狼の……ヴァナルガンド。つまりフェンのカードである。そしてカードから、白煙を上げてフェンが飛び出してきた。
問答無用で遅いかかってくるフェンに対し、吉田はあえて片腕を噛ませる。というよりはフェンの速度に対応できなかったので、苦しまぎれではあったが。
フェンのあごの力では、吉田の腕は簡単に落とされるだろう。だが同時にフェンも、それまでは吉田をくわえたまま行動範囲が制限される。
腕を噛ませたままクルリとフェンの背後に回ると、『不殺』の湾曲した刃のついている側……といっても鞘を抜いていないのだが、それを腋にはさみ思いっきりヘッドロックで締めあげた。
吉田の力に相まって刀の固さでフェンの頸動脈が締めあげられると同時に、吉田の腕からはドクドクと鮮血が噴き出し始めた。
(ここは我慢比べだな……)
自分が血を失いすぎて失神するのが先か、フェンが『落ちる』のが先か。
だが決着は、意外なほどあっさりとついた。脳への血流が遮断され、ガクンとフェンの頭が垂れる。
「すまねぇな、フェン」
深く牙が食い込んだ腕からフェンの顎を持って引き抜き、吉田は立ち上がって。
「俺の勝ちだ」
「だね。まさか刀を抜かずに、ましてやそういう使い方をするとはターニーも思ってなかっただろうよ」
そう言ってデュラは、後ろを振り向いて。
「四階への階段だ、行きな」
「あ、あぁ」
吉田自身、ヴァナルガンド……フェンリルとも呼ばれる神話級の魔獣に片腕と引き換えとはいえ逆にそれだけですんだことに安堵していた。だがまだ血が噴き出す自分の腕を見下ろして、
(この腕で戦えるか……?)
吉田は一抹の不安を感じえない。だけどここで弱気になるわけにも行かず、階上をバッと見上げると一気に駆け上がっていく。
そしてデュラは、失神しているフェンの口から見える牙を凝視しつつ――。
「っかしいな? ヴァナルガンドが本気で噛んだら、人間の腕くらいはあっさり落ちるんだが」
と納得がいかなさそうにつぶやいた。
吉田は四階へ到着して、その最奥には一匹の白い妖狐……が巫女装束で。
「ここはイチマル殿か」
「そうですね、ふふふ……ブッ‼」
余裕を見せて魔性の笑みをたたえてみせていたイチマルだったが、吉田の顔を見ていきなり噴き出してしまう。
「? なにが可笑しい?」
「いえね、マウンテ教の総本山では有名なんですよ」
「なにがだ」
「プッ……クククッ……湯殿と間違えて、生け簀に‼ あぁもうダメ、我慢できない!」
「……」
もう立っていられないとばかりに、イチマルがしゃがみこんで声なき声で泣き笑い死ぬ。
「勘弁してくれよ……」
それでも必死に、イチマルは四枚のカードを広げて吉田に掲示してみせる。その狐の目からは笑い涙があふれているので、どうにも緊迫感がない。
「笑いすぎだろ」
やや不満げに、それでも吉田は一枚のカードを選択。そこに描かれていたのは、
「あの変態か……いや、自我がないからいいのか?」
「自我がなくても、趣味嗜好は残ってますよ」
「マジかよ!」
(でもそれなら⁉)
ラックとの戦闘は、これまでで最短記録での勝利だった。ラックが口から紡ぎ出す蜘蛛の糸を、これ幸いとフェン戦で負傷した腕にまきつける。
(これでとりあえず止血は完了。要はギプス代わりだ!)
そして吉田は刃の部分で、少し長めに糸を残して切断して。
「おらっ、ラック! お仕置きしてやるから、お尻を向けろ‼」
そんな変態チックな言葉を吉田が口にしたとたん、ラックが少し嬉しそうに硬直する。そしていそいそとお尻(といっても蜘蛛の尻だ)を向けるラックに、腕に巻いた蜘蛛の糸の巻き終わりの少し残した部分を鞭代わりにしてラックのお尻をしばく。
自我がない(?)ので嬌声はあげなかったものの、ジッと絶えてお尻を鞭打たれる痛みに耐えるラック。
「おらぁっ!(ビシッ) おらぁっ!(ビシッ) おらぁっ!(ビシッ)」
「ウグッ……ギィッ……グフッ……」
嬉々として蜘蛛のお尻を鞭でしばくおっさんと、恍惚の表情を浮かべてジッと耐える半蜘蛛半人。
「私はなにを見せつけられているのでしょうか……」
さすがにイチマルも無表情である。
「九十八! 九十九! 百! おらぁっ‼」
鞭打ちがちょうど百回に達したところで、とどめとばかりに吉田はラックのお尻に渾身の蹴りをぶち込んだ。それを合図にして、
「イッ、イグゥ♡」
と初めて嬌声らしい嬌声?を残してラックも達してしまう。
「はぁ……はぁ……はぁ……俺はいったい、、なにをやっているんだ?」
すっかり果ててしまったラックは、グッタリと地に横たわった。そして我に返った吉田がそうボヤくのに、
「私が訊きたいです!」
というイチマルの返答はごもっともだろう。
「とりあえず、俺の勝ちでいいんだよな?」
「知りません!」
頬を赤く染めて、それでもバツが悪そうにイチマルが怒鳴る。
「さっさと五階に上がってください!」
「なんで俺は怒られてるんですかね?」
本当に納得がいかなさそうに、吉田は階段を駆け上がっていった。そしてイチマルは、
「おかしいですね、なんでこの『式』はヨシダの命令に従ったんでしょうか……」
あごに手をやって考え込むも、その答えは出てこない。
五階へ駆け上がった吉田を待ち構えていたのは、ソラだった。
「ふふふ、お疲れ様ヨシダ」
「あぁ、本当にいろいろな意味で疲れてるよ!」
「なんで不機嫌なのよ?」
「ほっといてくれ。それよりカード……」
「あぁ、はい。どうぞ?」
残るカードは三枚、吉田はためらいもなくソラの手で広げられた真ん中のそれを引き抜く。
「半人半魚……マーメイか」
「じゃあ呼び出すわね?」
ソラが指をパチンと鳴らすと、マーメイがその美しい裸体を顕現させる。
だが吉田は、マーメイを相手に『ある意味』でなにをすることもできなかった。
『ビチビチビチッ‼』
陸に水揚げされた魚のごとく、マーメイはその活きの良さを見せつける。だが吉田は、その光景に既視感を感じえずにはいられなかった。
「……」
「……」
ここに、水はない。そしてマーメイは苦しそうに喉をかきむしりながら床に倒れたままビチビチッと暴れるのみで、それを呆然としながらソラと吉田が見下ろす。
「なぁ、苦しそうなんだが?」
「えぇ、私にもそう見えるわ……もしかして、肺呼吸に切り替えるの忘れてるんじゃ?」
「……どっかで聞いた話だ」
そうそれはティアが住まう、揺光の塔での出来事。カードから顕現したマーメイは、エラ呼吸のままだったので非常に苦しそうだったのを覚えている。
「お、おいマーメイ! 聴こえるか⁉ 肺呼吸に切り替えろ‼」
吉田のその叫びを受けて、マーメイがハッとした表情になる。だが自我がないので、その瞳に光は宿っていない。
とはいえ肺呼吸に無事切り替えることができたとみて、呼吸は荒いもののやがてそれも穏やかになっていく。だが窒息時間が長かっただけに、マーメイは呼び出されただけでもうグロッギー状態であった。
「おい、マーメイ……大丈夫か?」
さすがに可哀そうになって、倒れてなおもゼーゼー言っているマーメイのかたわらにしゃがみこむ吉田。まったく警戒している素振りはないようだ。
「……」
だがマーメイからの返事はなく、文字どおり死んだ魚のような目で吉田をチラと見やるだけで。
「俺の勝ち……なんだよな?」
「まぁ、そうね?」
おそるおそるそう切り出した吉田に対し、ソラは少し納得がいかなさそうな表情を見せる。それでも、
「残るカードは二枚。まぁ死ぬ気で適当に頑張りなさいな」
「どっちだよ!」
とりあえずのツッコミを入れて、吉田は六階へと急ぐ。いっぽうでソラはマーメイを見下ろしつつ、
「ヨシダと戦えって命令してるはずなんだけどなぁ?」
そうボヤくと、釈然としない表情で考え込んだ。
「ねぇ、マーメイド。あなた、自我はないままよね?」
なんとなく……本当になんとなくそうつぶやいただけだったが、マーメイが一瞬だけ後ろめたそうな表情を見せてわざとらしく視線を外す。
「……は?」
目をそらしたままのマーメイと、それを見下ろしながら凝視するソラ。だが、
「まぁ、いいけどね?」
クスッと苦笑いのソラだ。これ以上追求するのは野暮とばかりに、階上へ駆け上がる吉田の背中を見つめるその瞳はどこまでも優しかった。
六階にたどりついた吉田の前に立ちはだかったのは、ハイエルフのアルテだ。
「さて、残り二枚。どっちにする?」
「ふん」
さほど迷いもせずに、吉田はアルテの手から一枚のカードを引き抜いた。
「……ボーンか」
そこに描かれていたのは、黒いローブをまとい白骨だけで構成された不死王。
(ということは、上にいるのはドールか)
「じゃあさっさと始めてくれ」
「せっかちな奴だ」
アルテは苦笑しつつ、そのカードからボーンを顕現させる。やはり自我がないと見えて、吉田を前にしてもボーンの態度に変化は見られなかった。
そして戦闘が開始されるのだが、ボーンは戦闘能力に秀でていない。くわえて、かつてイチマルが見抜いたように若々しい軟骨が残っているのだ。
(とすると、ボーン相手には……『アレ』が効くかもしれねぇ。試してみる価値はあるな)
「おらぁっ‼ 四の字固めじゃーっ!」
吉田は、思い出していた。孤児院で子どもたちを相手に、プロレスごっこで遊んだ日々を。
もちろん『ごっこ』なので、吉田も本気を出したわけじゃない。ほどよく負けつつ、
『まいったと思ったら、床を三回叩くんだ!』
そういった細々としたルールと同時に、子どもでもできる簡単な関節技などをレクチャーしつつ。それは男児女児の区別なく、笑顔が満ち溢れる楽しい日々だった。
ボーンの非力な攻撃に倒れたふりをして、上から襲いかかってきたボーンの足を払う。ガッシャーンとガイコツが倒れた音がして、そこをすかさずグラウンドに移行。
しばし床でもみ合ったあとに、吉田はボーンに四の字固めを極めてみせた。
『バンバンバンッ!』
ボーンが苦し紛れ(といっても白骨なのでわかりにくいが)に、床を三度叩く。それを合図にして、吉田はボーンを解放してやった。
「関節技か、考えたなヨシダ」
「死霊とか呼ばれたらやばかったがな、最初に倒れて油断を誘えたのが大きかったよ」
「ふーん、しかしヘンだな……」
アルテが疑わしそうな視線で、その鋭い眼光を倒れているボーンに向ける。
「なにがだ?」
「……いや、なんでもない。次は最上階、最後の一枚だ」
「わかっている。この流れだと上にいるのはドールと……クラリス皇帝か」
「もう皇帝じゃないけどな。ま、死なないように頑張ることだ」
まるで他人事のようにアルテが言い放つものだから、
「チッ、七人が七人とも性格悪いぜ! それより一つ訊いていいか?」
「なんだ?」
「アルテ殿は……魔皇リリィディアでもあるんだよな?」
「そうだな、いまは一時的に再分裂しちゃあいるけど」
「子どもたちをカードから出す方法というのは……存在しているんだよな?」
生唾をゴクリと呑み込み、吉田は決死の表情でそれを口にする。こめかみに、冷たい汗がしたたり落ちていく。
「……それは、最後の試練を乗り越えてから『リリィディア』に訊いてくれ」
「わかった」
どうあっても話してくれそうになかったので、吉田は引き下がることにした。
(もし……もしダメだったら……いや、考えるな! 絶対に助ける‼)
そして吉田は最後の階段を駆け上がる。それを見やり、そして上半身だけを起こして痛そうに膝をさするボーンにアルテは、
「床を叩いたらギブアップって、どこで覚えた?」
そう詰問しつつ疑わしい眼差しでボーンを凝視。ボーンは一瞬だけ硬直したが、すぐになにごともなかったかのようにひざをさすり続ける。
「まぁいっか……。それよりヨシダ、上にいるクラリスは『ほぼリリィディア』だ」
そう言ってアルテは、不敵な笑みを浮かべてみせた。
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