メビウスの乙女たち ~二人のダスラ~

仁川リア(休筆中)

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挿話『それは蛇足かもしれないエピローグ』

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 私はナーサティヤ・ラーセン。女盛り?の三十四歳だ。
 夫であるガルーダ・ラーセン公爵の妻で十八年前、十六歳のときに結婚した。夫の妹・ガネーシャは二つ歳上の親友で私の姉のような存在だったが、今では私が義姉なんだから本当に人の縁とは奇異なもので。
 義姉妹となったけれども、ガネーシャとは定期的に茶会に招きあう関係は変わらない。忙しい公務の間を縫って、良好な関係を築けている。
 当初はアシュヴィン殿下の婚約者だったのもあり、ラーセンの家に子どもは女児である私一人だったから養子を迎える算段だった。
 だけどその婚約がポシャり、ガルーダを婿養子に迎えて彼に公爵家を継いでもらった経緯があって。彼には、本当にすごく感謝しているの。
 私の元婚約者、アシュヴィン殿下。よりにもよって父王である陛下への暗殺未遂で捉えられ、その首は公開処刑で断頭台の餌食になった。
 すっかりミソのついてしまった私は、結婚のアテのない高齢の低位貴族を婿に迎えてラーセンの家を継ぐしかなくて。そんな中、ガネーシャを始め父や母そして陛下が私の新しい伴侶探しに尽力してくれたの。
 殿下の兄、第一王子からもプロポーズされたけどそれは丁重にお断りさせてもらった。もう王族はこりごりだったからね。
 そのドタバタの中で、ガネーシャの兄・ガルーダとお互いを気にする関係になったのは本当に偶然というか不思議なめぐり合わせだったように思う。 
 優しく頼りがいのある夫で結婚後すぐに長男、翌年に長女を授かった。結婚して十八年、私は愛する家族にかこまれて幸せなのだけど。
 私が十六歳のとき、当時の婚約者であるアシュヴィン第二王子殿下に卑劣な罠をしかけられた。私という婚約者がありながら、身分的には不釣り合いな伯爵令嬢と浮名を流したのだ。
 そして殿下は、その当人であるスーリヤ嬢との婚姻を望む。と同時にスーリヤ嬢の父であるヴリトラ伯爵も、私の父・ラーセン公爵の失脚を望んだ。
 両者の思惑がピタリとハマり、二人は私の家族を標的にしたのだけど……天網恢恢疎にして漏らさず。『誰か』の素晴らしい手腕のおかげで、その危機を乗り越えた。
 動かぬ証拠を携えて父とともに殿下を断罪し、王宮玉座の間を飛び出した私は――。
「***‼ やったわ、やったわよ!」
 その『誰か』にすごく報告したくて、悦びを分かち合いたくて。でもそこには誰もいなくて、今ではその『誰か』の名前はおろか顔すら思い出せない。
 不思議なもので、ラーセンの家には寸前まで誰かが住んでいたであろう部屋があった。メイドたちの寮の一室なのだけど、そこに住んでいたのが誰なのか誰しもが思い出せないという。
 居室に残された物からは、それが誰かをうかがい知ることはできなかった。そしてまた、ラーセン家の帳簿にはその誰かをメイドとして雇っていた記録が残っている。
 ちゃんと給金を支払った記録も残っているし、制服を支給したことを始めたくさんの痕跡がある。だけど不思議なことに、その誰かの名前がいずれもインクが滲んでいて読み取れないのだ。
 私の部屋にあった一本の鞭。大変使い込まれていて、年季が入っていた。
 だけど私は全然身に憶えがない反面、なんだかとても懐かしくて切なくて。それが誰を打つために使われていたのか、思い出せないのがやるせなくて。
 ある日、グリップ部分に巻かれていたテープが剥がれた。巻き直そうと思ったら、柄の部分になにか文字が掘ってあったの。
『ナーシャ&***』
 後半が、潰れて読めなくなっていた。ここになにが、誰の名前が刻まれていたのだろうか。
 この、心にぽっかり穴の空いたムズムズする感覚。いま私の隣に、いるべき人がいない違和感が気持ち悪い。
「奥様、お嬢様がお帰りになりました」
 侍従が、自宅で公務中の私に報告にきた。
「そう、早かったわね」
 長男は次期公爵として、十七歳の若干ながら王宮で目まぐるしい活躍を見せている。眉目秀麗・才色兼備の我が息子には、婚約の打診が次から次へと舞い込んできて後をたたない。
 外見は私に似て、金髪のブロンドにエメラルドグリーンの瞳。ところが性格は夫似で、天然の人たらしだ。
 女性ばかりか男性をも虜にするその美丈夫っぷりは、母じゃなければ惚れてた絶対。
 翻って、今年十六歳になったばかりの長女。こいつは『誰か』がそう言ってた『怪獣』という二つ名がお似合いの、若かりし頃の私そっくりのいい性格をしている。
 ただ外見は夫のガルーダに似ていて、光を当てるとキラキラ光る灰色の髪と瞳。宝石のプラチナルクォーツを彷彿とさせる色彩で、その瞳は見る角度によってはスミレ色にも見えるのが神秘的なの。
 菫青石アイオライト、別名をコーディエライトというのだけどまさにそれ。親友のセレスやカーリーが言うには、隠れファンも多いのだとか。
 あの子は、先年に隣接する他領に短期留学に出した。ラーセン公爵家が推進する、『孤児院総公営計画』の一貫で研修に送り込んだのだけどね?
 親バカだけど言わせてほしい。学ぶ立場ではなく、教える立場として派遣したの。
(あれが人に教えるとか世も末だ)
 自分で送り込んでおいてそう思ってたのは、もっぱら娘には内緒である。
『バタバタバタッ……』
 誰かが、廊下を走っている音が聴こえる。いや誰かなんて、もうわかってる。
 ほどなくして、扉がバンッと開いた。いやノックしなさいよ……。
「お母様っ、ただいま帰りました‼」
「まったく騒々しい……もっと静かに扉を開けることはできないのですか? それよりノックしなさい、ノック!」
「うへぇ、さっそく説教ですか」
 本当にこの子はっ‼
「でもまぁ、元気そうでなによりです」
「んっ。ってお母様? 私、帰ってきたんですよ?」
「見ればわかります」
「そうじゃなくて!」
 めんどくさいな。なにが言いたいのだろうと思って、なにか言ってもらいたそうな我が娘に気づく。
 ……あぁ、そうか。
「ごめんなさい、忘れてたわ」
「うん」
 そりゃね、母としては久々に愛娘の顔が見れたのです。廊下走ってくるはノックもなしに扉開けるはのじゃじゃ馬であっても、愛する我が娘――。
「おかえりなさい、ダスラ」
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