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第十一話『Age.13をもういちど』
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「いえ、セレスヴァティー様のパーティーへのご出席を優先するべきです‼」
いつになく私、口角泡を飛ばして熱弁してる。そのお相手は旦那様・奥様・お嬢様、いわゆるラーセン公爵家のご一行様だ。
来週の十五の日。毎月十五日は、婚約者であるアシュヴィン殿下と親愛を育むために事前に取り決めておいた茶会の日で。
そしてわかっていたことだったがお嬢様の数少ないご友人の一人、セレスヴァティー・ヴェンテ伯爵令嬢の誕生日パーティーとブッキングしてしまったのだ。
それは今から三十年前のこと。私二十六歳にナーシャ時代の四年を足した三十年前、私が前世で十三歳のとき。
(あのときは、殿下は来る早々、『公務があるので』と言って帰ってしまったんだよね)
しかもセレスのパーティーには泣く泣く欠席連絡してたもんだから、荒れた荒れた。ダスラもまた、一緒にぶちギレてたぐらいで。
でもダスラが、せっかく時間ができたのだからとセレスのパーティーに途中からでも飛び入り参加してはどうかと勧めてくれた。セレスのパーティー出席は諦めていたから、そう進言してくれたダスラから後光が差して見えたのを覚えている。
だから復讐ってわけじゃないが、今世ではセレスの誕生日を優先させるべきだと私はお嬢様たちに熱弁しているのである。
一年前にお嬢様へご婚約を伝えた晩餐の日から、親子関係は急速に修復しつつあって。今ではちゃんと食事は一緒にとるし、先日のお嬢様の誕生日パーティーではもちろんご両親ともに出席された。
ただ『私には』困ったことに、殿下とお嬢様の関係がそんなに悪くないのだ。
十五歳で成人とされるこの国において、十七歳の殿下はもう大人だ。だから、若干十三歳のお嬢様とラブラブな関係にはなれないのはわかる。
それでも『未来の王子妃』としてはちゃんと認識してくれていて、月一の逢瀬とはいえど和やかに談笑しながらお茶するぐらいには……だからこそ、困ってる。
「しかしダスラ、今回ばかりはしかたないだろう?」
「ダスラ、相手は王家ですよ? しかもこちらの約束のが先です」
「そうよダスラ、セレスにはちゃんと謝っておくし……」
うがー、なんだこの四面楚歌。今すぐ私の前世をぶちまけたい、そしてお嬢様の破滅の未来を‼
「しかしですね? お嬢……ナーシャ様が殿下に嫁がれたあとは、いかな伯爵令嬢といえどセレス様に頻繁にお会いできなくなります。カーリー様にいたっては男爵令嬢ですから、もっと難しくなるんです」
「ダスラの言うことはわかるのだが、しかしね?」
確かに『先約』『婚約者』『王家』のトリプル役満だ、旦那様としてはラーセン公爵家の当主としてこちらを優先せざるをえない。しかもお嬢様までもがその意向には従う様子をみせているので、私一人が暴れているのである。
「早くてあと三年もすれば、ナーシャ様は数少ない友人と離れ離れになってしまうのですよ⁉」
もう私、顔真っ赤。多分だけど、あの三十年前を思い出して再沸騰している。
「友人少なくて悪かったわね!」
「ナーシャはちょっと黙ってて!」
「え?」
興奮のあまり呼び捨てしたうえに暴言を吐いてしまった……と悔やむ余裕もなかった。それほどまでに、私は熱くなっていたのだ。
お嬢様はもちろん、旦那様も奥様も人格が豹変した私に対してポカーンとしてらっしゃる。
そりゃね? 私が強く反対する理由というのも理由が希薄だ。
残り少ないご友人との懇親の機会を大事にしてあげたいというのは多分、大義名分かもしれない。本当のところは『未来を少しでも変えたい』というのと、あともう一つ。
(じゃあ今回セレスを優先したらなにが変わるのかって、それはわかんない……)
ここは引くべきかどうか迷う。というか平民メイドの身で、すでに解雇されてもおかしくないことやらかしてる。
「で、でもダスラ。来年があるわ?」
私の剣幕に押されて、お嬢様は私の不敬な口ごたえには追求なされない。それどころか、私を宥めようと必死で。
「そうよダスラ、なんでそんなに反対するのか知らな」
奥様がそこまで言いかけたところで、限界キタ。
「うっ……ぐすっ……ひっく……」
いろんなものがあふれてきて、興奮のあまりうまく言葉にできなくて。とうとう私、泣きじゃくり始めてしまった。
「え、ちょっと待ってダスラ⁉」
「ら、来年には、王子妃教育が始まっちゃ……始まっちゃうじゃないですかぁ! セレス様ともカーリー様とも、私とも会えなくなっちゃうじゃないですか……」
私とも、なんて言っちゃったのに気づいたのは後日のこと。まぁ確かに王子妃教育で城詰めになったらそうなるけど、だからって一介の平民メイドとしては思い上がりすぎだ。
両ひざを床に落として泣きじゃくってる私、ダスラ二十六歳。旦那様と奥様そしてお嬢様が、それを困惑した表情で囲む。
「ダスラ、いい加減にしたまえ」
「そうですよ、ダスラ。もう下がりなさい」
さすがに旦那様も奥様も半ギレですよ、もう解雇になっちゃうかもしれない。それでも私、涙が止まらなくてどうしようもなくて。
「ねぇ、お父様。殿下とのほう、今月は取りやめにするのは難しいのでしょうか?」
え? お嬢様?
「ナーシャ、君も聞き分けなさい」
「なにを言っているのですか、ナーシャ」
あーはいはい、そうなりますよね。仕方がない、私もここが諦めどきだ。
「も、もうしわけありま」
謝罪の言葉を口にして涙を拭いながら立ち上がる私の前に、お嬢様が背を向けて立ちはだかる。
「確かにダスラの言うとおり、王子妃教育が始まったらセレスたちと会う機会も減ってしまいます。カーリーなんて、もう会うこともないかもしれません。王子妃として、信頼できる友人とのつながりは私も大事にしたいのです」
なぜか私寄りの意見を代弁してくれるお嬢様だったけど、
「そうは言ってもねぇ?」
奥様の砦は高く険しい。だがここで一番権力があるのは公爵である旦那様だ、奥様も旦那様に目配せをやりその決断を待つ。
「ふむ……ナーシャの言わんとするところは一理あるが。そうだな、それとなく陛下に進言してみよう」
「お父様!」
嬉しそうに破顔一笑のお嬢様。
「あなた、いいのですか?」
対して奥様は、まだ慎重を期す。
「なぁに、ナーシャから直接おねだりされるのも久しぶりだし。それにダスラの言うとおり、その機会も残り少ないだろう。それにお前、私たちもそうだろう?」
「え?」
「ナーシャが結婚したら、たとえ我が娘であっても『殿下』とお呼びすることになる。もちろん、公の場では敬語だ」
「あ……」
奥様が旦那様のその発言を受けて、ハッとした表情を浮かべる。そりゃそうだ、今はまだ親子関係を修復に向けての途上にあるんだ。
そしてそれは私も考えていなかったな。そうか、そうだよね。
(まぁ私みたいな平民は、お呼びどうこう以前にお会いすることもできなくなっちゃうんだけど)
「だからセレスヴァティー嬢たちとも、ナーシャが対等に笑ってお茶を飲める機会なんてなくなってしまう。そうだな、そこらへんも鑑みて陛下を説得してみるよ」
公爵家というのは貴族の最高峰で、ラーセン公爵家は何代か前では王家と繋がっている。
次に侯爵家。こちらは公爵とは別の意味で貴族の頂点。いわゆる下位や中位の貴族が出世できる最終ゴールともいえる。
そして伯爵家・子爵家・男爵家と続き、セレスは伯爵家令嬢でカーリーは男爵家の令嬢なのだ。
(もし王子妃になったら、密に交際できるのはよくて侯爵家の令嬢までになっちゃう)
それより下位とは、高位貴族を介してということになるだろう。もしほかの公爵家や侯爵家をないがしろにしてセレスたちとの交際を優先したら、王子妃としての品格を問われかねない。
アシュヴィン殿下は第二王子で王位継承権は第二位だけど、王太子である第一王子派としては都合のいい政争の餌だ。第二王子派閥もそれなりの重鎮がそろっているから、下手すると国が割れる。
「お父様、本当ですか⁉ ありがとうございます!」
「まぁあなたがいいとおっしゃるなら……」
大喜びのお嬢様、やっぱりセレスのパーティーのほうに出たかったてのもあるんだろう。だからかな、奥様も渋々ながら折れてくださった。
(良かった……)
と思ったのはここまででした。
「それにしてもダスラ、先ほどから私たちに対するあなたの不敬は看過できません」
クルッと振り返ったお嬢様の顔は、もはや般若である。あ、死んだわ私。
「お父様、ダスラへの罰は私にお任せ願えますか?」
「あぁ、構わないよ」
「ありがとうございます、お父様」
ま、止めろよなんて言いません。さすがに今回、やりすぎたのは自覚しているので。だけど、
「とりあえずダスラ、もう泣きやみなさい」
そう言って、私にハンカチを差し出すお嬢様。
「あ、あい……」
情けない返事をして、それを受け取る。鼻水も出ちゃってるな……このハンカチで拭いたら殺されるだろうか。
まぁそんなわけでお嬢様のお部屋で私、鞭打ちタイム。今日も今日とて、お嬢様の鞭はよくしなる。
「はい、今日はここまでにしときましょう」
「ありがとうございました」
都合十五発。今日は背中を下にして寝られないかもしれない。
「鞭打たれてお礼を言うのなんて、ヘンなの」
(お礼を言ったのはそこじゃないんだけどな)
タイミングが悪かったか。
続けて軟膏塗り塗りタイムだ。軟膏を塗ったお嬢様の小さな指が、私の背中を這い回すまでがルーティン。
「それにしてもダスラ、そんなに泣くようなことだった?」
背後から、お嬢様のごもっともな疑問が飛んできた。
「……呆れましたか?」
「ううん、びっくりしただけ」
あとは、私が黙りこくったのもあって会話が続かなかった。だってね?
(ガネーシャにまだ出会ってない……)
かの四人組がそろったのは、私が十二歳のときだった。お嬢様は過日十三歳になられたけど、まだガネーシャとは友人になっていないのだ。
ガネーシャ・ディヤウス――二つ年上の十五歳。よく癇癪を起こす前世の私の、いつも宥め役に回る損な性分で。そしてガネーシャは、侯爵令嬢なのだ。
(お嬢様の冤罪回避のためには、ディヤウス侯爵家が力強い味方になると思うんだけど……)
そういう目論見があったんだけど、いったいこれはどうしたことだろうか。
(ガネーシャだ……)
出会いってやつは、いつも突然で。セレスの誕生日パーティーにお嬢様と一緒に参加……って平民メイドですからね、会場には入れません。
だからあの日のダスラがそうしてたように、会場となるフロア扉の近くで待機。次々とやってくる招待客に、端っこで頭を下げて挨拶する路傍の石と化してる私。
「あなたは……ダスラ?」
だから、ガネーシャからこんな言葉を投げかけられるのなんて青天の霹靂だった。
「あ、はい! ラーセン公爵家に奉公しているメイドでございます。ナーシャ……ナーサティヤ・ラーセンお嬢様の従者として、本日はまかりこしました」
「……そう」
待て待て、待って? なんでガネーシャが私の名前と顔を知っているの? 侯爵家令嬢が、初見の平民メイドに話しかけるのはなんで?
ガネーシャの顔を二十六年ぶりぐらいに見て、思わず涙が出そうになってたんだけどね。おかげで、すっかりひっこんじゃったよ!
「あの、発言をお許しいただけるでしょうか?」
おそるおそる、小さく手を上げて打診してみる。前世では私の爆弾発言にいつも冷や冷やしてたガネーシャなんだ、身分差ってのもあるけどすっかり逆転してしまったな。
(にらむのやめてよ……わかるけど)
ガネーシャの従者たちがガンくれてやがります、こん畜生! ガネーシャは侯爵令嬢だけど、お前らだって私とそう変わらないでしょ。
「どうぞ」
だけどガネーシャは、にっこり笑ってそう言うんだ。昔からずっと変わらない笑顔で。
「どうして私の名前をご存知なのでしょうか?」
ここは直球で訊いてみる。
「私も侯爵家の者ですからね。失礼のないように尊き方のご芳名はもちろんですが、直近で側仕えする方のことも併せて学んでいるのです」
さすがだなと思ったけど、じゃあなんで私の顔を見ただけでわかったんだって疑問は残る。だけどここは、身分差や状況を考えると掘り下げちゃ駄目なやつ。
「さすがは名門、ディヤウス侯爵家のお嬢様でいらっしゃいます。おみそれいたしました」
そう言って深々と頭を下げるのだけどね? 従者さんたちが鼻息荒くフンスとドヤってるのが、すっげー共感できて思わず吹き出しそうになる。
(私だって、お嬢様が褒められると嬉しいしね)、
ま、そんな機会なんてない……ってボケたいところだけど、お嬢様が取り組んでいる孤児院改革で市井から聴こえてくるのは感謝の声ばかりだ。それが、とってもとっても誇らしい。
(ダスラもそうだったのかな)
私のときの、市井の評判はよくわからない。ただ行く先々の孤児院で歓迎はされてた記憶はあるけど、そりゃ領主にして公爵家の令嬢ですからね……社交辞令として受け止めていた。
というか、子どもたちの笑顔って嘘つかないの。本当に純粋で、だから『お姉ちゃん、待ってたよ!』って言葉がすごく嬉しかったな。
そこらへん、腹に一物も二物も持ってそうな厭らしい笑みをニーッと浮かべるダスラはキモかった。今ではそのダスラが私で、多分だけど同じ笑みをやってるんだろうと思うとちょっと感慨深い。
(あ、カーリー)
ガネーシャが会場扉に入るのを見届けた直後、カーリー男爵令嬢がやってきた。お嬢様と同い年で、公爵と男爵という貴族の頂点と底辺という関係ながら全然遠慮はしない、ある意味でお嬢様とお似合いの怪獣だ。
(ってそれ、ブーメランだな)
思わず苦笑いがもれる。カーリーとは前世で、お互いドレス着てるのによく取っ組み合いをやったもんだ。
「カーリー様、ご機嫌うるわしゅう……」
あ、しまった。身分の低い私から話しかけちゃった‼
「あら、ダスラ。お久しぶりね! ってことはアイツ、もう来てるんだ」
さすがはカーリーというか、全然そんなことにはこだわらないで。っていうかお嬢様をアイツ呼ばわりするのは、後にも先にもカーリーしかいない。
男爵というのは、この国では貴族の底辺だ。下手すると、平民の大金持ちより貧しい暮らしをしてたりする。
だからかどうか知らないけどカーリーには従者がいなくて、一人で会場にやってきたみたい。そういえば前世のカーリー、よくダスラを引き抜こうとしてはお嬢様と喧嘩してたなぁ。
「ところでダスラ、うちで働く気はない?」
お前もかーいっ!
「カーリー様にお仕えするのも楽しそうですが、うちの怪獣のほうが目が離せなくて面白いので、大変光栄ではございますが謹んでお断り申しあげます」
「ブッ‼」
私の遠慮のない物言いに、カーリーが吹き出した。しばらく扇子で口を隠して、無言で泣き笑いをしてて。
「あのね、ダスラ?」
「なんでしょうか」
「後ろ、ナーシャいるわよ。じゃあね?」
「へ?」
ギギギッ……多分、そんな音がしたと思う。いや嘘でしょ、お嬢様は会場に入ったじゃんと思いつつ振り向く。
「あ……ナーシャ様」
「へぇ、怪獣? 誰が? 私が?」
「いやその⁉」
いつ会場から出た? いつから後ろに⁉
「まぁいいわ、罰は帰ってからね」
ですよねー。
「私は慈悲深いから、ダスラに選ばせてあげる。鞭をニ十発と、ニ十一発のどちらがいい?」
なんだその二択は。つーか貴族令嬢が、ニチャアと笑うんじゃない!
「まぁダスラの口の悪さは今さらだけどさ? 少なくともこういう社交の場では控えてほしいの」
ザ・正論。スーパー正論きた‼ もうほんと土下座したいくらいの。
「もっ、もうしわけ……」
私、目の前がひざってくらいに身体を折ってスーパー謝罪。
「本当にもうしわけありません! カーリー様はナーシャ様と雰囲気が似てらっしゃって、ついつい自分を飾るのを忘れてしまうんです‼」
本音半分、おべっか半分。
「そ、そう?」
ちょっとだけ頬を赤くして、照れくさそうに無関心を装ってる……んだろうな、頭下げたままだからわからないや。
「まぁいいけど。一応カーリーも男爵家とはいえ貴族令嬢だからね? そこは忘れないでちょうだい」
「かしこまりました」
私、お嬢様の教育係だなんて思い上がってたな。そりゃ前世で公爵令嬢ではあったけど、今この場で私はお嬢様に教育されている。
「あら、ナーシャ。中に入らないの?」
不意打ちだった。本当に不意打ちで。
「お手洗いに行ってきただけよ、セレス」
(セレスだ……)
セレスヴァティー・ヴェンテ。お嬢様より一つ年上の伯爵家令嬢だけど、カーリーとは違う意味で対等に接してくれる前世での親友。
親友ポジがセレスで、悪友ポジがカーリー。ガネーシャはお姉さんポジだ。
(あっ、やばっ‼)
涙が、止まらない。どんどん洪水のように、とめどなくあふれてきて。
私が強行にセレスのパーティー参加を推したのは、お嬢様付きの平民メイドと立場は変わったけど……みんなの顔を見たかった、会いたかったから。
あと多分だけど、殿下との茶会が予定どおりに開催されたならば。最後までつつがなく進行し、セレスのパーティーには途中参加すらできなかったかもって懸念があったのもある。
前世の私が家人(というかダスラだけ)を助けたくて、司法取引で冤罪を認めるまでの間。この三人はずっと、私の冤罪を主張し続けてくれて牢に拘束された私に毎日のように面会に来てくれて励まし続けてくれた。
だから、私を信じてくれていた三人は驚いただろう。私がありもしない罪を認めたのだから。
冤罪を受け入れたとしたのか、それとも本当に罪を犯してて嘘をついてたと思ったのかはわからない。だけどいずれにしろ、信じてくれた彼女たちの思いを裏切ったのは確かなんだ。
前世を思い出したのは十六歳のとき、お嬢様は三歳だった(すでにもう怪獣だったな)。今自分は二十六歳で、あれから十年が経って。
だからカーリーともセレスとも、今日がダスラとしての初対面というわけじゃない。だけどガネーシャまで揃っちゃったから……私の瞳の奥にある、涙の湖が決壊した。
たくさんの『ごめんなさい』と『ありがとう』が、目からあふれてあふれて止まらなくて。でも謝りたくても、この邸宅にいる彼女たちは私の前世の彼女たちとは別人なんだ。
後悔先に立たず、覆水盆に返らず。私が謝りたかった三人は、もうどこにもいない。
「ダスラ、なんで泣くの⁉」
めっちゃ戸惑ってるお嬢様の声が、遠くから聴こえてくる。涙で滲んだ視界に、心配そうに私を見つめるセレスがいる。
いやこれ……どう言い繕えばいいのだろうか⁉
セレスのパーティーから一週間後、新しく友人になったガネーシャを紹介したいとセレスから打診があった。もちろん、お嬢様にだけど。
まぁあのパーティー会場でも立ち話ながら一応紹介したらしいのだけど、改めて親睦を深めましょうってことで。で、なんでか知らないけど会場はラーセン公爵邸にて執り行うことになった。
一面の花が咲き乱れる園庭にあるお洒落な東屋で公爵令嬢のお嬢様と侯爵令嬢のガネーシャ、伯爵令嬢のセレスに男爵令嬢のカーリーが揃い踏み。かつての社交界で良くも悪くも羨望を集めた、ラーセン派閥の仲良しグループがここに集結した。
ひととおり自己紹介を軽く済ませ、私が淹れる紅茶をたしなむ四人。いずれも十代半ば前後でありながら佳人揃いなので、大変眼福だ。
「ねぇ、ナーシャ」
「なぁに、セレス?」
「『この前』のことなんだけど……」
そう言ってセレスが、私をチラ見する。
(あぅ、やっぱダメだったか!)
私がぎゃん泣きしちゃったあの場で、なんとか強引に誤魔化しきったつもりだったんだけど……やっぱ不思議に思うよね。
「あぁ、ダスラが泣いたこと?」
「そう……あれ、なんだったの?」
四人の八つの瞳が、ジーッと私にそそがれる。
「なんの話?」
カーリーが不思議そうにそう口にすると、ガネーシャも無言で同意する。そっか、あの場にいたのはお嬢様とセレスだけなんだった。
「うん、それがね?」
待って、待ってお嬢様‼ ……って平民メイドの分際で、お嬢様の口は塞ぐことはできない。ナーシャだった二十六年前の最期の日、断頭台で刃が落ちてくるのを静かに待っていたときを思い出したよ。
(くっ、殺せ!)
もうほんとに、そんな心境。いっそのこと、ね。
お嬢様とセレスがカーリーとガネーシャに詳細を伝える間、私の脳はフル回転だ。いわく、どんな言い訳をしようかと。
でも焦りばかりがつのって、冷や汗が止まらない。ぐーるぐると思考が定まらない。
「なるほどねぇ。ダスラ、なんで泣いちゃったわけ?」
くっそ、こういうときに口火を切るのはいつもカーリーだな⁉
「えっと……勘弁してください」
そう返すのがやっとだ。この平民メイドの身では、男爵令嬢といえど貴族のカーリーに強く出られない。
「見てのとおり、ダスラってば言ってくれないのよ。無理やり言わせようとアレコレやってみたんだけど、ダスラって頑固でさぁ?」
テーブルに肘をついてビスケットをつまみながら、お嬢様が嘆息しながらおっしゃる。こらこら、はしたないですよ。
「参考までに訊くけど、ダスラに白状させるためにどうしたわけ?」
あ、カーリーその質問ダメ!
「もちろん、これよ?」
お嬢様、悪びれもせずに鞭を振るうジェスチャーだ。そして、
「あの日は私も熱が入っちゃって、三十発ぐらい入れたんだけどしゃべってくれなくてね?」
いやだからこれ、貴族令嬢のお茶会でやる話題かな?
「三十発を越えたあたりで、ダスラがぴくぴくと痙攣して動かなくなったからやめてあげたんだけど」
それ、言わんでいいやつ。三人とも青い顔でどん引きしてらっしゃるんですが。
(確かにあれは死ぬと思った……)
でも床に額をつけて突っ伏し、もうほぼ半失神。意識は朦朧としている中で聴こえたお嬢様の――。
「ねぇ、ダスラ言ってよ! 私には力になれないことなの?」
あぁ、そうか。お嬢様としては私を心配してのことだったのか。
『実は……前世で私はナーシャで、そのときの友人たちが勢揃いしたので懐かしくて泣いちゃったんです!』
って言えるかそんなん。
「実は目にゴミが入って……」
わかってる。こんな大嘘丸出しの言い訳、通じないことは。
(うぅ、その視線やめてください!)
見目麗しい貴族令嬢×四から無言でジト目られてる私、針のむしろですよ。
「懐かしかった、とか?」
え? ガネーシャ? そ……それ、どういう意味で。
「懐かしいってなにが?」
お嬢様のその質問はごもっともだ。というか、代わりに訊いてくれてありがとうございます。
「ん……実は会いたかった人があの会場にいたのかなと」
いやそのとおり、そのとおりなんだけど……ガネーシャの、その発言の真意がわからない。偶然? それとも、なにか知ってるの?
「ダスラが会いたかった人? あの場に?」
お嬢様、キョトンとしてらっしゃるな。でもここは、それに乗っかるべき?
「そうなんですよ、久々に顔を見たもんだから!」
って嘘ぶこうとして、ガネーシャの視線に気づいた。なにか、とっても言いたいことを押し隠している……そんな瞳で。
なんだかすべてを見透かされてる気がして、口が動かない。多分だけど、いま私の唇は震えている。
「もしかして、ダスラが好きな人がいたとか?」
能天気そうに、カーリーが茶々を入れてきた。
「え、本当に⁉」
カーリーのその発言を受けて、お嬢様の顔がパーッと華やぐ。
「まぁダスラもいい歳だし、好きな人ぐらいいるわよね。片思いでしょうか?」
セレスも、少し楽しげで。そこから先は、私を置いてけぼりで恋バナに花が咲く。
ときおり、
「相手の身分は? 貴族かしら⁉」
「キャーッ! 禁断の恋‼」
だの、
「どこかの家の従者かもよ! ねぇ、ナーシャは心当たりない?」
「実はセレスの家人に一目惚れの可能性もあるわ‼」
だのと、にわか探偵さんたちが各々の推理をぶつけ合う。
「ダスラは、今年で何歳になるの?」
「二十六です、セレス様」
もうさっきから恋バナの槍玉にあげられて私、顔が真っ赤ですよ。前世も含めて、恋らしい恋はしたことなかったので免疫はゼロだ。
「すっかり行き遅れね」
ほっとけよ、カーリー。
「で、誰なの?」
いや待ってお嬢様、私が思慕する方をお見かけして泣いちゃったというのはもう既定路線なんですか⁉
「だ、誰だっていいじゃないですか!」
もうやめて、私のライフはゼロです。その後もしばらく私いじりが続き、いつになくお茶会は長丁場に。
私は矢継ぎ早に飛んでくる探偵さんたちの推理結果を、ほうほうの体で否定しまくるのが精一杯で。
(なんでこうなった⁉)
いやほんとに。それにしても、友人になったばかりで馴染みがまだないというのもあってガネーシャの口数は少ない。
(一番年長だからかな?)
お淑やかっていえばそうなんだけど、どことなくちょっと遠慮気味。まぁいずれ、馴染んでいくだろう。
「ちょっと、花を詰んでまいります」
そりゃあれだけ紅茶飲みまくれば、お腹もタプンタプンだろう。というかこいつら、早く帰らないかな。
「ご案内いたします、ガネーシャ様」
彼女にとっては初めて訪れる公爵邸だ、お手洗いまで私が先導する。邸内に入り、二人無言で並んで歩くのだけど。
「ねぇ、ダスラ」
「なんでしょうか?」
「ダスラが泣いた、本当の理由だけども」
「もう勘弁してくださいよ~」
やっぱガネーシャも女の子、恋バナは大好きなんだろうなと思わず苦笑いがもれるのだけどね? でもガネーシャの次の言葉で、私は凍りついてしまった。
「ダスラは、自分の人生を二度繰り返したことある?」
「え……」
ガネーシャの瞳が、まっすぐに私を見つめる。
「私もね、ダスラの顔を久しぶりに見たなぁって懐かしくなったの」
「それはどういう……」
いま私の心臓が、早鐘を鳴らしている。ガネーシャにも聴こえそうなほどに、ドックンドックンと。
「……あ、こちらになります」
いつのまにかお手洗いに到着したので、扉に手を指し示して。情けないことに、自分でもわかるぐらいに手が震えている。
そしてその私の震える手を、ガネーシャがジッと見つめていた。
「沈黙は、肯定と受け止めていいかしら?」
「なんの話かわかりません」
「そう……」
私は、ダスラとしての私は一度目の人生だ。そりゃ前世ではナーシャだったけど、ナーシャで二度目というわけじゃないよね。
(じゃあガネーシャは、二度目のガネーシャだったりするの?)
お手洗いから出てきたガネーシャは、もうそれ以上はそれに触れなかった。だから私も、半分助かったけど半分モヤモヤしてて。
そして東屋に戻る途で、お庭に出たとき。
「人生が二周目という意味がよくわからないですが、これから三年後にナーシャ様に降りかかる災いをよく知っている……と言ったら通じますか?」
私のその意を決した発言で、ガネーシャの足がピタッと止まった。
「そう、『あなたも』なのねダスラ」
もう間違いないんだろう。私はナーシャとして産まれて生き、そして死んでダスラとして人生をやり直している。
(だけどガネーシャは……再びガネーシャとしての生をやり直してる?)
「ねぇダスラ、機会があったら改めてお話ししませんか? 二人だけで」
「……かしこまりました」
ああ、なんということだろう。思わぬところでお嬢様を救う味方をゲットできたかもしれない。
(でも前世がナーシャだっていうのは、内緒にしておこう)
ややこしいからね、二回目のダスラだとするのがスマートだ。でも願わくばガネーシャ、あなたにだけは言っておきたい。
『私はなんの罪も犯していない。冤罪だったんだよ』
って。そして、そしてね?
(たくさん謝りたい……)
最期まで、信じてくれたあなたたちに。セレスやカーリーには言えないから、代わりに聴いてほしいな。
いつになく私、口角泡を飛ばして熱弁してる。そのお相手は旦那様・奥様・お嬢様、いわゆるラーセン公爵家のご一行様だ。
来週の十五の日。毎月十五日は、婚約者であるアシュヴィン殿下と親愛を育むために事前に取り決めておいた茶会の日で。
そしてわかっていたことだったがお嬢様の数少ないご友人の一人、セレスヴァティー・ヴェンテ伯爵令嬢の誕生日パーティーとブッキングしてしまったのだ。
それは今から三十年前のこと。私二十六歳にナーシャ時代の四年を足した三十年前、私が前世で十三歳のとき。
(あのときは、殿下は来る早々、『公務があるので』と言って帰ってしまったんだよね)
しかもセレスのパーティーには泣く泣く欠席連絡してたもんだから、荒れた荒れた。ダスラもまた、一緒にぶちギレてたぐらいで。
でもダスラが、せっかく時間ができたのだからとセレスのパーティーに途中からでも飛び入り参加してはどうかと勧めてくれた。セレスのパーティー出席は諦めていたから、そう進言してくれたダスラから後光が差して見えたのを覚えている。
だから復讐ってわけじゃないが、今世ではセレスの誕生日を優先させるべきだと私はお嬢様たちに熱弁しているのである。
一年前にお嬢様へご婚約を伝えた晩餐の日から、親子関係は急速に修復しつつあって。今ではちゃんと食事は一緒にとるし、先日のお嬢様の誕生日パーティーではもちろんご両親ともに出席された。
ただ『私には』困ったことに、殿下とお嬢様の関係がそんなに悪くないのだ。
十五歳で成人とされるこの国において、十七歳の殿下はもう大人だ。だから、若干十三歳のお嬢様とラブラブな関係にはなれないのはわかる。
それでも『未来の王子妃』としてはちゃんと認識してくれていて、月一の逢瀬とはいえど和やかに談笑しながらお茶するぐらいには……だからこそ、困ってる。
「しかしダスラ、今回ばかりはしかたないだろう?」
「ダスラ、相手は王家ですよ? しかもこちらの約束のが先です」
「そうよダスラ、セレスにはちゃんと謝っておくし……」
うがー、なんだこの四面楚歌。今すぐ私の前世をぶちまけたい、そしてお嬢様の破滅の未来を‼
「しかしですね? お嬢……ナーシャ様が殿下に嫁がれたあとは、いかな伯爵令嬢といえどセレス様に頻繁にお会いできなくなります。カーリー様にいたっては男爵令嬢ですから、もっと難しくなるんです」
「ダスラの言うことはわかるのだが、しかしね?」
確かに『先約』『婚約者』『王家』のトリプル役満だ、旦那様としてはラーセン公爵家の当主としてこちらを優先せざるをえない。しかもお嬢様までもがその意向には従う様子をみせているので、私一人が暴れているのである。
「早くてあと三年もすれば、ナーシャ様は数少ない友人と離れ離れになってしまうのですよ⁉」
もう私、顔真っ赤。多分だけど、あの三十年前を思い出して再沸騰している。
「友人少なくて悪かったわね!」
「ナーシャはちょっと黙ってて!」
「え?」
興奮のあまり呼び捨てしたうえに暴言を吐いてしまった……と悔やむ余裕もなかった。それほどまでに、私は熱くなっていたのだ。
お嬢様はもちろん、旦那様も奥様も人格が豹変した私に対してポカーンとしてらっしゃる。
そりゃね? 私が強く反対する理由というのも理由が希薄だ。
残り少ないご友人との懇親の機会を大事にしてあげたいというのは多分、大義名分かもしれない。本当のところは『未来を少しでも変えたい』というのと、あともう一つ。
(じゃあ今回セレスを優先したらなにが変わるのかって、それはわかんない……)
ここは引くべきかどうか迷う。というか平民メイドの身で、すでに解雇されてもおかしくないことやらかしてる。
「で、でもダスラ。来年があるわ?」
私の剣幕に押されて、お嬢様は私の不敬な口ごたえには追求なされない。それどころか、私を宥めようと必死で。
「そうよダスラ、なんでそんなに反対するのか知らな」
奥様がそこまで言いかけたところで、限界キタ。
「うっ……ぐすっ……ひっく……」
いろんなものがあふれてきて、興奮のあまりうまく言葉にできなくて。とうとう私、泣きじゃくり始めてしまった。
「え、ちょっと待ってダスラ⁉」
「ら、来年には、王子妃教育が始まっちゃ……始まっちゃうじゃないですかぁ! セレス様ともカーリー様とも、私とも会えなくなっちゃうじゃないですか……」
私とも、なんて言っちゃったのに気づいたのは後日のこと。まぁ確かに王子妃教育で城詰めになったらそうなるけど、だからって一介の平民メイドとしては思い上がりすぎだ。
両ひざを床に落として泣きじゃくってる私、ダスラ二十六歳。旦那様と奥様そしてお嬢様が、それを困惑した表情で囲む。
「ダスラ、いい加減にしたまえ」
「そうですよ、ダスラ。もう下がりなさい」
さすがに旦那様も奥様も半ギレですよ、もう解雇になっちゃうかもしれない。それでも私、涙が止まらなくてどうしようもなくて。
「ねぇ、お父様。殿下とのほう、今月は取りやめにするのは難しいのでしょうか?」
え? お嬢様?
「ナーシャ、君も聞き分けなさい」
「なにを言っているのですか、ナーシャ」
あーはいはい、そうなりますよね。仕方がない、私もここが諦めどきだ。
「も、もうしわけありま」
謝罪の言葉を口にして涙を拭いながら立ち上がる私の前に、お嬢様が背を向けて立ちはだかる。
「確かにダスラの言うとおり、王子妃教育が始まったらセレスたちと会う機会も減ってしまいます。カーリーなんて、もう会うこともないかもしれません。王子妃として、信頼できる友人とのつながりは私も大事にしたいのです」
なぜか私寄りの意見を代弁してくれるお嬢様だったけど、
「そうは言ってもねぇ?」
奥様の砦は高く険しい。だがここで一番権力があるのは公爵である旦那様だ、奥様も旦那様に目配せをやりその決断を待つ。
「ふむ……ナーシャの言わんとするところは一理あるが。そうだな、それとなく陛下に進言してみよう」
「お父様!」
嬉しそうに破顔一笑のお嬢様。
「あなた、いいのですか?」
対して奥様は、まだ慎重を期す。
「なぁに、ナーシャから直接おねだりされるのも久しぶりだし。それにダスラの言うとおり、その機会も残り少ないだろう。それにお前、私たちもそうだろう?」
「え?」
「ナーシャが結婚したら、たとえ我が娘であっても『殿下』とお呼びすることになる。もちろん、公の場では敬語だ」
「あ……」
奥様が旦那様のその発言を受けて、ハッとした表情を浮かべる。そりゃそうだ、今はまだ親子関係を修復に向けての途上にあるんだ。
そしてそれは私も考えていなかったな。そうか、そうだよね。
(まぁ私みたいな平民は、お呼びどうこう以前にお会いすることもできなくなっちゃうんだけど)
「だからセレスヴァティー嬢たちとも、ナーシャが対等に笑ってお茶を飲める機会なんてなくなってしまう。そうだな、そこらへんも鑑みて陛下を説得してみるよ」
公爵家というのは貴族の最高峰で、ラーセン公爵家は何代か前では王家と繋がっている。
次に侯爵家。こちらは公爵とは別の意味で貴族の頂点。いわゆる下位や中位の貴族が出世できる最終ゴールともいえる。
そして伯爵家・子爵家・男爵家と続き、セレスは伯爵家令嬢でカーリーは男爵家の令嬢なのだ。
(もし王子妃になったら、密に交際できるのはよくて侯爵家の令嬢までになっちゃう)
それより下位とは、高位貴族を介してということになるだろう。もしほかの公爵家や侯爵家をないがしろにしてセレスたちとの交際を優先したら、王子妃としての品格を問われかねない。
アシュヴィン殿下は第二王子で王位継承権は第二位だけど、王太子である第一王子派としては都合のいい政争の餌だ。第二王子派閥もそれなりの重鎮がそろっているから、下手すると国が割れる。
「お父様、本当ですか⁉ ありがとうございます!」
「まぁあなたがいいとおっしゃるなら……」
大喜びのお嬢様、やっぱりセレスのパーティーのほうに出たかったてのもあるんだろう。だからかな、奥様も渋々ながら折れてくださった。
(良かった……)
と思ったのはここまででした。
「それにしてもダスラ、先ほどから私たちに対するあなたの不敬は看過できません」
クルッと振り返ったお嬢様の顔は、もはや般若である。あ、死んだわ私。
「お父様、ダスラへの罰は私にお任せ願えますか?」
「あぁ、構わないよ」
「ありがとうございます、お父様」
ま、止めろよなんて言いません。さすがに今回、やりすぎたのは自覚しているので。だけど、
「とりあえずダスラ、もう泣きやみなさい」
そう言って、私にハンカチを差し出すお嬢様。
「あ、あい……」
情けない返事をして、それを受け取る。鼻水も出ちゃってるな……このハンカチで拭いたら殺されるだろうか。
まぁそんなわけでお嬢様のお部屋で私、鞭打ちタイム。今日も今日とて、お嬢様の鞭はよくしなる。
「はい、今日はここまでにしときましょう」
「ありがとうございました」
都合十五発。今日は背中を下にして寝られないかもしれない。
「鞭打たれてお礼を言うのなんて、ヘンなの」
(お礼を言ったのはそこじゃないんだけどな)
タイミングが悪かったか。
続けて軟膏塗り塗りタイムだ。軟膏を塗ったお嬢様の小さな指が、私の背中を這い回すまでがルーティン。
「それにしてもダスラ、そんなに泣くようなことだった?」
背後から、お嬢様のごもっともな疑問が飛んできた。
「……呆れましたか?」
「ううん、びっくりしただけ」
あとは、私が黙りこくったのもあって会話が続かなかった。だってね?
(ガネーシャにまだ出会ってない……)
かの四人組がそろったのは、私が十二歳のときだった。お嬢様は過日十三歳になられたけど、まだガネーシャとは友人になっていないのだ。
ガネーシャ・ディヤウス――二つ年上の十五歳。よく癇癪を起こす前世の私の、いつも宥め役に回る損な性分で。そしてガネーシャは、侯爵令嬢なのだ。
(お嬢様の冤罪回避のためには、ディヤウス侯爵家が力強い味方になると思うんだけど……)
そういう目論見があったんだけど、いったいこれはどうしたことだろうか。
(ガネーシャだ……)
出会いってやつは、いつも突然で。セレスの誕生日パーティーにお嬢様と一緒に参加……って平民メイドですからね、会場には入れません。
だからあの日のダスラがそうしてたように、会場となるフロア扉の近くで待機。次々とやってくる招待客に、端っこで頭を下げて挨拶する路傍の石と化してる私。
「あなたは……ダスラ?」
だから、ガネーシャからこんな言葉を投げかけられるのなんて青天の霹靂だった。
「あ、はい! ラーセン公爵家に奉公しているメイドでございます。ナーシャ……ナーサティヤ・ラーセンお嬢様の従者として、本日はまかりこしました」
「……そう」
待て待て、待って? なんでガネーシャが私の名前と顔を知っているの? 侯爵家令嬢が、初見の平民メイドに話しかけるのはなんで?
ガネーシャの顔を二十六年ぶりぐらいに見て、思わず涙が出そうになってたんだけどね。おかげで、すっかりひっこんじゃったよ!
「あの、発言をお許しいただけるでしょうか?」
おそるおそる、小さく手を上げて打診してみる。前世では私の爆弾発言にいつも冷や冷やしてたガネーシャなんだ、身分差ってのもあるけどすっかり逆転してしまったな。
(にらむのやめてよ……わかるけど)
ガネーシャの従者たちがガンくれてやがります、こん畜生! ガネーシャは侯爵令嬢だけど、お前らだって私とそう変わらないでしょ。
「どうぞ」
だけどガネーシャは、にっこり笑ってそう言うんだ。昔からずっと変わらない笑顔で。
「どうして私の名前をご存知なのでしょうか?」
ここは直球で訊いてみる。
「私も侯爵家の者ですからね。失礼のないように尊き方のご芳名はもちろんですが、直近で側仕えする方のことも併せて学んでいるのです」
さすがだなと思ったけど、じゃあなんで私の顔を見ただけでわかったんだって疑問は残る。だけどここは、身分差や状況を考えると掘り下げちゃ駄目なやつ。
「さすがは名門、ディヤウス侯爵家のお嬢様でいらっしゃいます。おみそれいたしました」
そう言って深々と頭を下げるのだけどね? 従者さんたちが鼻息荒くフンスとドヤってるのが、すっげー共感できて思わず吹き出しそうになる。
(私だって、お嬢様が褒められると嬉しいしね)、
ま、そんな機会なんてない……ってボケたいところだけど、お嬢様が取り組んでいる孤児院改革で市井から聴こえてくるのは感謝の声ばかりだ。それが、とってもとっても誇らしい。
(ダスラもそうだったのかな)
私のときの、市井の評判はよくわからない。ただ行く先々の孤児院で歓迎はされてた記憶はあるけど、そりゃ領主にして公爵家の令嬢ですからね……社交辞令として受け止めていた。
というか、子どもたちの笑顔って嘘つかないの。本当に純粋で、だから『お姉ちゃん、待ってたよ!』って言葉がすごく嬉しかったな。
そこらへん、腹に一物も二物も持ってそうな厭らしい笑みをニーッと浮かべるダスラはキモかった。今ではそのダスラが私で、多分だけど同じ笑みをやってるんだろうと思うとちょっと感慨深い。
(あ、カーリー)
ガネーシャが会場扉に入るのを見届けた直後、カーリー男爵令嬢がやってきた。お嬢様と同い年で、公爵と男爵という貴族の頂点と底辺という関係ながら全然遠慮はしない、ある意味でお嬢様とお似合いの怪獣だ。
(ってそれ、ブーメランだな)
思わず苦笑いがもれる。カーリーとは前世で、お互いドレス着てるのによく取っ組み合いをやったもんだ。
「カーリー様、ご機嫌うるわしゅう……」
あ、しまった。身分の低い私から話しかけちゃった‼
「あら、ダスラ。お久しぶりね! ってことはアイツ、もう来てるんだ」
さすがはカーリーというか、全然そんなことにはこだわらないで。っていうかお嬢様をアイツ呼ばわりするのは、後にも先にもカーリーしかいない。
男爵というのは、この国では貴族の底辺だ。下手すると、平民の大金持ちより貧しい暮らしをしてたりする。
だからかどうか知らないけどカーリーには従者がいなくて、一人で会場にやってきたみたい。そういえば前世のカーリー、よくダスラを引き抜こうとしてはお嬢様と喧嘩してたなぁ。
「ところでダスラ、うちで働く気はない?」
お前もかーいっ!
「カーリー様にお仕えするのも楽しそうですが、うちの怪獣のほうが目が離せなくて面白いので、大変光栄ではございますが謹んでお断り申しあげます」
「ブッ‼」
私の遠慮のない物言いに、カーリーが吹き出した。しばらく扇子で口を隠して、無言で泣き笑いをしてて。
「あのね、ダスラ?」
「なんでしょうか」
「後ろ、ナーシャいるわよ。じゃあね?」
「へ?」
ギギギッ……多分、そんな音がしたと思う。いや嘘でしょ、お嬢様は会場に入ったじゃんと思いつつ振り向く。
「あ……ナーシャ様」
「へぇ、怪獣? 誰が? 私が?」
「いやその⁉」
いつ会場から出た? いつから後ろに⁉
「まぁいいわ、罰は帰ってからね」
ですよねー。
「私は慈悲深いから、ダスラに選ばせてあげる。鞭をニ十発と、ニ十一発のどちらがいい?」
なんだその二択は。つーか貴族令嬢が、ニチャアと笑うんじゃない!
「まぁダスラの口の悪さは今さらだけどさ? 少なくともこういう社交の場では控えてほしいの」
ザ・正論。スーパー正論きた‼ もうほんと土下座したいくらいの。
「もっ、もうしわけ……」
私、目の前がひざってくらいに身体を折ってスーパー謝罪。
「本当にもうしわけありません! カーリー様はナーシャ様と雰囲気が似てらっしゃって、ついつい自分を飾るのを忘れてしまうんです‼」
本音半分、おべっか半分。
「そ、そう?」
ちょっとだけ頬を赤くして、照れくさそうに無関心を装ってる……んだろうな、頭下げたままだからわからないや。
「まぁいいけど。一応カーリーも男爵家とはいえ貴族令嬢だからね? そこは忘れないでちょうだい」
「かしこまりました」
私、お嬢様の教育係だなんて思い上がってたな。そりゃ前世で公爵令嬢ではあったけど、今この場で私はお嬢様に教育されている。
「あら、ナーシャ。中に入らないの?」
不意打ちだった。本当に不意打ちで。
「お手洗いに行ってきただけよ、セレス」
(セレスだ……)
セレスヴァティー・ヴェンテ。お嬢様より一つ年上の伯爵家令嬢だけど、カーリーとは違う意味で対等に接してくれる前世での親友。
親友ポジがセレスで、悪友ポジがカーリー。ガネーシャはお姉さんポジだ。
(あっ、やばっ‼)
涙が、止まらない。どんどん洪水のように、とめどなくあふれてきて。
私が強行にセレスのパーティー参加を推したのは、お嬢様付きの平民メイドと立場は変わったけど……みんなの顔を見たかった、会いたかったから。
あと多分だけど、殿下との茶会が予定どおりに開催されたならば。最後までつつがなく進行し、セレスのパーティーには途中参加すらできなかったかもって懸念があったのもある。
前世の私が家人(というかダスラだけ)を助けたくて、司法取引で冤罪を認めるまでの間。この三人はずっと、私の冤罪を主張し続けてくれて牢に拘束された私に毎日のように面会に来てくれて励まし続けてくれた。
だから、私を信じてくれていた三人は驚いただろう。私がありもしない罪を認めたのだから。
冤罪を受け入れたとしたのか、それとも本当に罪を犯してて嘘をついてたと思ったのかはわからない。だけどいずれにしろ、信じてくれた彼女たちの思いを裏切ったのは確かなんだ。
前世を思い出したのは十六歳のとき、お嬢様は三歳だった(すでにもう怪獣だったな)。今自分は二十六歳で、あれから十年が経って。
だからカーリーともセレスとも、今日がダスラとしての初対面というわけじゃない。だけどガネーシャまで揃っちゃったから……私の瞳の奥にある、涙の湖が決壊した。
たくさんの『ごめんなさい』と『ありがとう』が、目からあふれてあふれて止まらなくて。でも謝りたくても、この邸宅にいる彼女たちは私の前世の彼女たちとは別人なんだ。
後悔先に立たず、覆水盆に返らず。私が謝りたかった三人は、もうどこにもいない。
「ダスラ、なんで泣くの⁉」
めっちゃ戸惑ってるお嬢様の声が、遠くから聴こえてくる。涙で滲んだ視界に、心配そうに私を見つめるセレスがいる。
いやこれ……どう言い繕えばいいのだろうか⁉
セレスのパーティーから一週間後、新しく友人になったガネーシャを紹介したいとセレスから打診があった。もちろん、お嬢様にだけど。
まぁあのパーティー会場でも立ち話ながら一応紹介したらしいのだけど、改めて親睦を深めましょうってことで。で、なんでか知らないけど会場はラーセン公爵邸にて執り行うことになった。
一面の花が咲き乱れる園庭にあるお洒落な東屋で公爵令嬢のお嬢様と侯爵令嬢のガネーシャ、伯爵令嬢のセレスに男爵令嬢のカーリーが揃い踏み。かつての社交界で良くも悪くも羨望を集めた、ラーセン派閥の仲良しグループがここに集結した。
ひととおり自己紹介を軽く済ませ、私が淹れる紅茶をたしなむ四人。いずれも十代半ば前後でありながら佳人揃いなので、大変眼福だ。
「ねぇ、ナーシャ」
「なぁに、セレス?」
「『この前』のことなんだけど……」
そう言ってセレスが、私をチラ見する。
(あぅ、やっぱダメだったか!)
私がぎゃん泣きしちゃったあの場で、なんとか強引に誤魔化しきったつもりだったんだけど……やっぱ不思議に思うよね。
「あぁ、ダスラが泣いたこと?」
「そう……あれ、なんだったの?」
四人の八つの瞳が、ジーッと私にそそがれる。
「なんの話?」
カーリーが不思議そうにそう口にすると、ガネーシャも無言で同意する。そっか、あの場にいたのはお嬢様とセレスだけなんだった。
「うん、それがね?」
待って、待ってお嬢様‼ ……って平民メイドの分際で、お嬢様の口は塞ぐことはできない。ナーシャだった二十六年前の最期の日、断頭台で刃が落ちてくるのを静かに待っていたときを思い出したよ。
(くっ、殺せ!)
もうほんとに、そんな心境。いっそのこと、ね。
お嬢様とセレスがカーリーとガネーシャに詳細を伝える間、私の脳はフル回転だ。いわく、どんな言い訳をしようかと。
でも焦りばかりがつのって、冷や汗が止まらない。ぐーるぐると思考が定まらない。
「なるほどねぇ。ダスラ、なんで泣いちゃったわけ?」
くっそ、こういうときに口火を切るのはいつもカーリーだな⁉
「えっと……勘弁してください」
そう返すのがやっとだ。この平民メイドの身では、男爵令嬢といえど貴族のカーリーに強く出られない。
「見てのとおり、ダスラってば言ってくれないのよ。無理やり言わせようとアレコレやってみたんだけど、ダスラって頑固でさぁ?」
テーブルに肘をついてビスケットをつまみながら、お嬢様が嘆息しながらおっしゃる。こらこら、はしたないですよ。
「参考までに訊くけど、ダスラに白状させるためにどうしたわけ?」
あ、カーリーその質問ダメ!
「もちろん、これよ?」
お嬢様、悪びれもせずに鞭を振るうジェスチャーだ。そして、
「あの日は私も熱が入っちゃって、三十発ぐらい入れたんだけどしゃべってくれなくてね?」
いやだからこれ、貴族令嬢のお茶会でやる話題かな?
「三十発を越えたあたりで、ダスラがぴくぴくと痙攣して動かなくなったからやめてあげたんだけど」
それ、言わんでいいやつ。三人とも青い顔でどん引きしてらっしゃるんですが。
(確かにあれは死ぬと思った……)
でも床に額をつけて突っ伏し、もうほぼ半失神。意識は朦朧としている中で聴こえたお嬢様の――。
「ねぇ、ダスラ言ってよ! 私には力になれないことなの?」
あぁ、そうか。お嬢様としては私を心配してのことだったのか。
『実は……前世で私はナーシャで、そのときの友人たちが勢揃いしたので懐かしくて泣いちゃったんです!』
って言えるかそんなん。
「実は目にゴミが入って……」
わかってる。こんな大嘘丸出しの言い訳、通じないことは。
(うぅ、その視線やめてください!)
見目麗しい貴族令嬢×四から無言でジト目られてる私、針のむしろですよ。
「懐かしかった、とか?」
え? ガネーシャ? そ……それ、どういう意味で。
「懐かしいってなにが?」
お嬢様のその質問はごもっともだ。というか、代わりに訊いてくれてありがとうございます。
「ん……実は会いたかった人があの会場にいたのかなと」
いやそのとおり、そのとおりなんだけど……ガネーシャの、その発言の真意がわからない。偶然? それとも、なにか知ってるの?
「ダスラが会いたかった人? あの場に?」
お嬢様、キョトンとしてらっしゃるな。でもここは、それに乗っかるべき?
「そうなんですよ、久々に顔を見たもんだから!」
って嘘ぶこうとして、ガネーシャの視線に気づいた。なにか、とっても言いたいことを押し隠している……そんな瞳で。
なんだかすべてを見透かされてる気がして、口が動かない。多分だけど、いま私の唇は震えている。
「もしかして、ダスラが好きな人がいたとか?」
能天気そうに、カーリーが茶々を入れてきた。
「え、本当に⁉」
カーリーのその発言を受けて、お嬢様の顔がパーッと華やぐ。
「まぁダスラもいい歳だし、好きな人ぐらいいるわよね。片思いでしょうか?」
セレスも、少し楽しげで。そこから先は、私を置いてけぼりで恋バナに花が咲く。
ときおり、
「相手の身分は? 貴族かしら⁉」
「キャーッ! 禁断の恋‼」
だの、
「どこかの家の従者かもよ! ねぇ、ナーシャは心当たりない?」
「実はセレスの家人に一目惚れの可能性もあるわ‼」
だのと、にわか探偵さんたちが各々の推理をぶつけ合う。
「ダスラは、今年で何歳になるの?」
「二十六です、セレス様」
もうさっきから恋バナの槍玉にあげられて私、顔が真っ赤ですよ。前世も含めて、恋らしい恋はしたことなかったので免疫はゼロだ。
「すっかり行き遅れね」
ほっとけよ、カーリー。
「で、誰なの?」
いや待ってお嬢様、私が思慕する方をお見かけして泣いちゃったというのはもう既定路線なんですか⁉
「だ、誰だっていいじゃないですか!」
もうやめて、私のライフはゼロです。その後もしばらく私いじりが続き、いつになくお茶会は長丁場に。
私は矢継ぎ早に飛んでくる探偵さんたちの推理結果を、ほうほうの体で否定しまくるのが精一杯で。
(なんでこうなった⁉)
いやほんとに。それにしても、友人になったばかりで馴染みがまだないというのもあってガネーシャの口数は少ない。
(一番年長だからかな?)
お淑やかっていえばそうなんだけど、どことなくちょっと遠慮気味。まぁいずれ、馴染んでいくだろう。
「ちょっと、花を詰んでまいります」
そりゃあれだけ紅茶飲みまくれば、お腹もタプンタプンだろう。というかこいつら、早く帰らないかな。
「ご案内いたします、ガネーシャ様」
彼女にとっては初めて訪れる公爵邸だ、お手洗いまで私が先導する。邸内に入り、二人無言で並んで歩くのだけど。
「ねぇ、ダスラ」
「なんでしょうか?」
「ダスラが泣いた、本当の理由だけども」
「もう勘弁してくださいよ~」
やっぱガネーシャも女の子、恋バナは大好きなんだろうなと思わず苦笑いがもれるのだけどね? でもガネーシャの次の言葉で、私は凍りついてしまった。
「ダスラは、自分の人生を二度繰り返したことある?」
「え……」
ガネーシャの瞳が、まっすぐに私を見つめる。
「私もね、ダスラの顔を久しぶりに見たなぁって懐かしくなったの」
「それはどういう……」
いま私の心臓が、早鐘を鳴らしている。ガネーシャにも聴こえそうなほどに、ドックンドックンと。
「……あ、こちらになります」
いつのまにかお手洗いに到着したので、扉に手を指し示して。情けないことに、自分でもわかるぐらいに手が震えている。
そしてその私の震える手を、ガネーシャがジッと見つめていた。
「沈黙は、肯定と受け止めていいかしら?」
「なんの話かわかりません」
「そう……」
私は、ダスラとしての私は一度目の人生だ。そりゃ前世ではナーシャだったけど、ナーシャで二度目というわけじゃないよね。
(じゃあガネーシャは、二度目のガネーシャだったりするの?)
お手洗いから出てきたガネーシャは、もうそれ以上はそれに触れなかった。だから私も、半分助かったけど半分モヤモヤしてて。
そして東屋に戻る途で、お庭に出たとき。
「人生が二周目という意味がよくわからないですが、これから三年後にナーシャ様に降りかかる災いをよく知っている……と言ったら通じますか?」
私のその意を決した発言で、ガネーシャの足がピタッと止まった。
「そう、『あなたも』なのねダスラ」
もう間違いないんだろう。私はナーシャとして産まれて生き、そして死んでダスラとして人生をやり直している。
(だけどガネーシャは……再びガネーシャとしての生をやり直してる?)
「ねぇダスラ、機会があったら改めてお話ししませんか? 二人だけで」
「……かしこまりました」
ああ、なんということだろう。思わぬところでお嬢様を救う味方をゲットできたかもしれない。
(でも前世がナーシャだっていうのは、内緒にしておこう)
ややこしいからね、二回目のダスラだとするのがスマートだ。でも願わくばガネーシャ、あなたにだけは言っておきたい。
『私はなんの罪も犯していない。冤罪だったんだよ』
って。そして、そしてね?
(たくさん謝りたい……)
最期まで、信じてくれたあなたたちに。セレスやカーリーには言えないから、代わりに聴いてほしいな。
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