4 / 18
挿話『ダスラ Age.16』
しおりを挟む
「ダスラ?」
え、なんであなたがここにいるのか。てか十六年ぶりだね、お久しぶり……じゃなくて‼
ナーサティヤお嬢様の三歳の誕生日パーティーに目の回る忙しさで、ヘトヘトになって自室に戻ったときのこと。メイクを落とすべくドレッサーの前に座ったら、目の前にダスラがいた。
(いや、ダスラは私なんだけど)
ん? いや、え?
「私が……ダスラ?」
鏡に映る私、金色のブロンドに翡翠のようなエメラルドグリーンの瞳のナーサティヤ・ラーセン……ではなく。そのお嬢様に仕える、くすんだダークグレーの髪と瞳。
見慣れたはずの低い鼻、そばかす。センスのない赤いフレームの地味な眼鏡で、若干十六歳にして女としては正直終わってる行き遅れのダスラが、鏡に映っていた。
人、これを自虐と言う。
(十六歳で行き遅れってのもヘンか)
いやいや。いや? どうしてダスラが目の前に……いや、半分くらいは理解しているのだ。これでも、ダスラとして十六年生きてきたのだから。
「私、ダスラだったのか」
なにをいまさらと思うなかれ。私はダスラとして生きてきながら、自分がダスラであることを今はっきりと認識したのだ。
「……転生した上に、遡ってる?」
てことはなにか、アレか。私は二十九歳でお嬢様を助けにお城の地下にある牢獄に忍び込んで、看守殺して自分も殺されちゃうてか。
『この無限に続くメビウスの環を今度こそ……断ち切ってさしあげたかった』
不意に、牢獄でダスラが私に言った言葉を思い出した。
メビウスの環、もちろん知ってる。紙片をねじってつなぎ合わせると、表裏一体の環ができあがるのだ。
それは永遠に終わらない、表と裏の繰り返し――。
「まさか……私のダスラも⁉」
あの日、牢獄で私を助けるために果てた犬死にダスラ。あいつもまた、ナーサティヤお嬢様の生まれ変わりだった……と?
「うわー、めんどくさー」
誰もがそう思うのかどうか知らないけど、転生を認識したときの偽らざる感想がそうだった。そりゃ十六年もダスラやってきましたからね、あのワガママ怪獣のままの人格ではない。
と、そこまで考えて気づいたのは。
(私のダスラ……)
間違いなく先ほどの自分は、ダスラに対して『私の』なんて思っちゃったけど。私はそんなにダスラのことを好きだったっけ? でも……。
『お嬢様は、本当はお優しい心根を持った方です』
ダスラは、いつもそう言ってくれてた……ただの勘違いバカかドMだったんじゃないかと今でも思っているのだけど。
「ふふっ……」
そこまで思いを馳せて、思わず笑ってしまった。今の私はダスラなのか、それともナーサティヤなのか。
(なんだか、お嬢様だった頃の思考に似てない?)
そんな自問自答をしてみる。
つーか私がナーサティヤだったころのダスラは生真面目が服を着て歩いているような陰キャだったから、どうしても今の私と結びつかなくて。正直、嗜虐性愛の変態だったんじゃないかと。
誓って言うが、これから数年後のお嬢様とのバカみたいな関係というか鞭打たれちゃうそれは、ちっとも嬉しくないってことは念を押しておく。
「まぁ前の私はともかくとして……どうしよう」
なにをどうするかって、そりゃ決まってる。あのワガママ怪獣につきあって、下手に庇護欲が芽生えたら大変だ。
「看守殺してまで、牢獄に助けに行っちゃうんだもんね」
しかも失敗して死ぬわ、当のお嬢様からは犬死にだと心の中で罵倒されるわで。つーか自分もついさっき、ダスラのことを犬死にって。
「さっさと退職届けだして、お屋敷からおさらばすっか」
それがいい。お嬢様は冤罪を被せられて断頭台で死んじゃうけど、私はどこか遠くで幸せに暮らす。優しい旦那様とめぐりあって、子どもを産んでいずれは孫に囲まれて幸せに暮らすのだ。
「さて、そうと決まれば退職届を書こう」
そして紙を取り出して、ペン先にインクを付けて。『退職』まで書いて、指先が止まる。両親には愛されたけどそれは親の欲目もあったろう、だけど。
(パパとママ以外で、私を愛してくれたのはダスラだけだった……)
涙で目の前が滲んで、よく見えない。思い浮かぶのは、あの日の牢獄に助けにきてくれた『私のダスラ』。
結局、私がその紙に記した言葉それは――。
『ナーサティヤお嬢様を、いかにして助けるか』
多分これはきっと、後悔する。絶対する……と思うのだけどね?
あの日、三本四本の槍に貫かれて倒れたダスラ。血の泡を吹きながら、私に何かを伝えようとしていた。
(なにを言おうとしてたんだろう)
私を助けられなかった謝罪だろうか、それとも……。
「失敗したからこそ見える、修正すべき点を伝えようとしてたのでは?」
どこだろう。どこにそのターニングポイントが?
(一番楽なのは、王子との婚約を阻止することかな)
と一瞬だけ思って、それが一番難しいことなのだと思い当たる。
今の私は、十六歳の平民メイドなのだ。なにをどうやったら、公爵家と王家の婚約をぶち壊せるというのか。
「となると、王子との結婚はしょうがないとして……王子の浮気を阻止する?」
殿下と蜜月になるように誘導するべきか。
お嬢様のためを思えば、それが一番平和な方向なんだろう。でも、でも。
『おい、ナーサティヤは生け捕りにしろ。メイドは殺せ』
いや、ないわー。あいつだけはないわ。私とお嬢様、どちらも幸せになる方法を模索するか……って、なにも思いつかないんですけどね。
(ねぇ、ダスラ。私はどうすればいい?)
このメビウスの、哀しい輪廻の環を断ち切るためになにをすれば――。
え、なんであなたがここにいるのか。てか十六年ぶりだね、お久しぶり……じゃなくて‼
ナーサティヤお嬢様の三歳の誕生日パーティーに目の回る忙しさで、ヘトヘトになって自室に戻ったときのこと。メイクを落とすべくドレッサーの前に座ったら、目の前にダスラがいた。
(いや、ダスラは私なんだけど)
ん? いや、え?
「私が……ダスラ?」
鏡に映る私、金色のブロンドに翡翠のようなエメラルドグリーンの瞳のナーサティヤ・ラーセン……ではなく。そのお嬢様に仕える、くすんだダークグレーの髪と瞳。
見慣れたはずの低い鼻、そばかす。センスのない赤いフレームの地味な眼鏡で、若干十六歳にして女としては正直終わってる行き遅れのダスラが、鏡に映っていた。
人、これを自虐と言う。
(十六歳で行き遅れってのもヘンか)
いやいや。いや? どうしてダスラが目の前に……いや、半分くらいは理解しているのだ。これでも、ダスラとして十六年生きてきたのだから。
「私、ダスラだったのか」
なにをいまさらと思うなかれ。私はダスラとして生きてきながら、自分がダスラであることを今はっきりと認識したのだ。
「……転生した上に、遡ってる?」
てことはなにか、アレか。私は二十九歳でお嬢様を助けにお城の地下にある牢獄に忍び込んで、看守殺して自分も殺されちゃうてか。
『この無限に続くメビウスの環を今度こそ……断ち切ってさしあげたかった』
不意に、牢獄でダスラが私に言った言葉を思い出した。
メビウスの環、もちろん知ってる。紙片をねじってつなぎ合わせると、表裏一体の環ができあがるのだ。
それは永遠に終わらない、表と裏の繰り返し――。
「まさか……私のダスラも⁉」
あの日、牢獄で私を助けるために果てた犬死にダスラ。あいつもまた、ナーサティヤお嬢様の生まれ変わりだった……と?
「うわー、めんどくさー」
誰もがそう思うのかどうか知らないけど、転生を認識したときの偽らざる感想がそうだった。そりゃ十六年もダスラやってきましたからね、あのワガママ怪獣のままの人格ではない。
と、そこまで考えて気づいたのは。
(私のダスラ……)
間違いなく先ほどの自分は、ダスラに対して『私の』なんて思っちゃったけど。私はそんなにダスラのことを好きだったっけ? でも……。
『お嬢様は、本当はお優しい心根を持った方です』
ダスラは、いつもそう言ってくれてた……ただの勘違いバカかドMだったんじゃないかと今でも思っているのだけど。
「ふふっ……」
そこまで思いを馳せて、思わず笑ってしまった。今の私はダスラなのか、それともナーサティヤなのか。
(なんだか、お嬢様だった頃の思考に似てない?)
そんな自問自答をしてみる。
つーか私がナーサティヤだったころのダスラは生真面目が服を着て歩いているような陰キャだったから、どうしても今の私と結びつかなくて。正直、嗜虐性愛の変態だったんじゃないかと。
誓って言うが、これから数年後のお嬢様とのバカみたいな関係というか鞭打たれちゃうそれは、ちっとも嬉しくないってことは念を押しておく。
「まぁ前の私はともかくとして……どうしよう」
なにをどうするかって、そりゃ決まってる。あのワガママ怪獣につきあって、下手に庇護欲が芽生えたら大変だ。
「看守殺してまで、牢獄に助けに行っちゃうんだもんね」
しかも失敗して死ぬわ、当のお嬢様からは犬死にだと心の中で罵倒されるわで。つーか自分もついさっき、ダスラのことを犬死にって。
「さっさと退職届けだして、お屋敷からおさらばすっか」
それがいい。お嬢様は冤罪を被せられて断頭台で死んじゃうけど、私はどこか遠くで幸せに暮らす。優しい旦那様とめぐりあって、子どもを産んでいずれは孫に囲まれて幸せに暮らすのだ。
「さて、そうと決まれば退職届を書こう」
そして紙を取り出して、ペン先にインクを付けて。『退職』まで書いて、指先が止まる。両親には愛されたけどそれは親の欲目もあったろう、だけど。
(パパとママ以外で、私を愛してくれたのはダスラだけだった……)
涙で目の前が滲んで、よく見えない。思い浮かぶのは、あの日の牢獄に助けにきてくれた『私のダスラ』。
結局、私がその紙に記した言葉それは――。
『ナーサティヤお嬢様を、いかにして助けるか』
多分これはきっと、後悔する。絶対する……と思うのだけどね?
あの日、三本四本の槍に貫かれて倒れたダスラ。血の泡を吹きながら、私に何かを伝えようとしていた。
(なにを言おうとしてたんだろう)
私を助けられなかった謝罪だろうか、それとも……。
「失敗したからこそ見える、修正すべき点を伝えようとしてたのでは?」
どこだろう。どこにそのターニングポイントが?
(一番楽なのは、王子との婚約を阻止することかな)
と一瞬だけ思って、それが一番難しいことなのだと思い当たる。
今の私は、十六歳の平民メイドなのだ。なにをどうやったら、公爵家と王家の婚約をぶち壊せるというのか。
「となると、王子との結婚はしょうがないとして……王子の浮気を阻止する?」
殿下と蜜月になるように誘導するべきか。
お嬢様のためを思えば、それが一番平和な方向なんだろう。でも、でも。
『おい、ナーサティヤは生け捕りにしろ。メイドは殺せ』
いや、ないわー。あいつだけはないわ。私とお嬢様、どちらも幸せになる方法を模索するか……って、なにも思いつかないんですけどね。
(ねぇ、ダスラ。私はどうすればいい?)
このメビウスの、哀しい輪廻の環を断ち切るためになにをすれば――。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる