メビウスの乙女たち ~二人のダスラ~

仁川リア(休筆中)

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挿話『ダスラ Age.16』

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「ダスラ?」
 え、なんであなたがここにいるのか。てか十六年ぶりだね、お久しぶり……じゃなくて‼
 ナーサティヤお嬢様の三歳の誕生日パーティーに目の回る忙しさで、ヘトヘトになって自室に戻ったときのこと。メイクを落とすべくドレッサーの前に座ったら、目の前にダスラがいた。
(いや、ダスラは私なんだけど)
 ん? いや、え?
「私が……ダスラ?」
 鏡に映る私、金色のブロンドに翡翠のようなエメラルドグリーンの瞳のナーサティヤ・ラーセン……ではなく。そのお嬢様に仕える、くすんだダークグレーの髪と瞳。
 見慣れたはずの低い鼻、そばかす。センスのない赤いフレームの地味な眼鏡で、若干十六歳にして女としては正直終わってる行き遅れのダスラが、鏡に映っていた。
 人、これを自虐と言う。
(十六歳で行き遅れってのもヘンか)
 いやいや。いや? どうしてダスラが目の前に……いや、半分くらいは理解しているのだ。これでも、ダスラとして十六年生きてきたのだから。
「私、ダスラだったのか」
 なにをいまさらと思うなかれ。私はダスラとして生きてきながら、自分がダスラであることを今はっきりと認識したのだ。
「……転生した上に、遡ってる?」
 てことはなにか、アレか。私は二十九歳でお嬢様を助けにお城の地下にある牢獄に忍び込んで、看守殺して自分も殺されちゃうてか。
『この無限に続くメビウスの環を今度こそ……断ち切ってさしあげたかった』
 不意に、牢獄でダスラが私に言った言葉を思い出した。
 メビウスの環、もちろん知ってる。紙片をねじってつなぎ合わせると、表裏一体の環ができあがるのだ。
 それは永遠に終わらない、表と裏の繰り返し――。
「まさか……私のダスラも⁉」
 あの日、牢獄で私を助けるために果てた犬死にダスラ。あいつもまた、ナーサティヤお嬢様の生まれ変わりだった……と?
「うわー、めんどくさー」
 誰もがそう思うのかどうか知らないけど、転生それを認識したときの偽らざる感想がそうだった。そりゃ十六年もダスラやってきましたからね、あのワガママ怪獣ナーサティヤのままの人格ではない。
 と、そこまで考えて気づいたのは。
(私のダスラ……)
 間違いなく先ほどの自分は、ダスラに対して『私の』なんて思っちゃったけど。私はそんなにダスラのことを好きだったっけ? でも……。
『お嬢様は、本当はお優しい心根を持った方です』
 ダスラは、いつもそう言ってくれてた……ただの勘違いバカかドMだったんじゃないかと今でも思っているのだけど。
「ふふっ……」
 そこまで思いを馳せて、思わず笑ってしまった。今の私はダスラなのか、それともナーサティヤなのか。
(なんだか、お嬢様だった頃の思考に似てない?)
 そんな自問自答をしてみる。
 つーか私がナーサティヤだったころのダスラは生真面目が服を着て歩いているような陰キャだったから、どうしても今の私と結びつかなくて。正直、嗜虐性愛マゾヒズムの変態だったんじゃないかと。
 誓って言うが、これから数年後のお嬢様とのバカみたいバイオレンスな関係というか鞭打たれちゃうそれは、ちっとも嬉しくないってことは念を押しておく。
「まぁ前のダスラはともかくとして……どうしよう」
 なにをどうするかって、そりゃ決まってる。あのワガママ怪獣につきあって、下手に庇護欲が芽生えたら大変だ。
「看守殺してまで、牢獄に助けに行っちゃうんだもんね」
 しかも失敗して死ぬわ、当のお嬢様からは犬死にだと心の中で罵倒されるわで。つーか自分もついさっき、ダスラのことを犬死にって。
「さっさと退職届けだして、お屋敷からおさらばすっか」
 それがいい。お嬢様は冤罪を被せられて断頭台ギロチンで死んじゃうけど、私はどこか遠くで幸せに暮らす。優しい旦那様とめぐりあって、子どもを産んでいずれは孫に囲まれて幸せに暮らすのだ。
「さて、そうと決まれば退職届を書こう」
 そして紙を取り出して、ペン先にインクを付けて。『退職』まで書いて、指先が止まる。両親には愛されたけどそれは親の欲目もあったろう、だけど。
(パパとママ以外で、私を愛してくれたのはダスラだけだった……)
 涙で目の前が滲んで、よく見えない。思い浮かぶのは、あの日の牢獄に助けにきてくれた『私のダスラ』。
 結局、私がその紙に記した言葉それは――。

『ナーサティヤお嬢様を、いかにして助けるか』

 多分これはきっと、後悔する。絶対する……と思うのだけどね?
 あの日、三本四本の槍に貫かれて倒れたダスラ。血の泡を吹きながら、私に何かを伝えようとしていた。
(なにを言おうとしてたんだろう)
 私を助けられなかった謝罪だろうか、それとも……。
「失敗したからこそ見える、修正すべき点を伝えようとしてたのでは?」
 どこだろう。どこにそのターニングポイントが?
(一番楽なのは、王子との婚約を阻止することかな)
 と一瞬だけ思って、それが一番難しいことなのだと思い当たる。
 今の私は、十六歳の平民メイドなのだ。なにをどうやったら、公爵家と王家の婚約をぶち壊せるというのか。
「となると、王子との結婚はしょうがないとして……王子の浮気を阻止する?」
 殿下と蜜月になるように誘導するべきか。
 お嬢様のためを思えば、それが一番平和な方向なんだろう。でも、でも。
『おい、ナーサティヤは生け捕りにしろ。メイドは殺せ』
 いや、ないわー。あいつだけはないわ。私とお嬢様、どちらも幸せになる方法を模索するか……って、なにも思いつかないんですけどね。
(ねぇ、ダスラ。私はどうすればいい?)
 このメビウスの、哀しい輪廻の環を断ち切るためになにをすれば――。
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