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30 ジャスティン視点
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小さな頃の君は、本当によく笑い、よく怒る表情がくるくると変わる女の子で。
俺を見て頬を染め、照れたように笑う君が無性に気になって。
婚約を結んだ時から、君は俺の唯一なんだと幸せだった。
母上を裏切った父、人の想いは変わる事もあるんだと知ったあの日から俺は他人に興味などなかった。
流れて霞のように消えていくなら、愛とは何だと。
もちろん、いつかは妻を娶り、世継ぎを残すのは義務でそれも公務の一環なんだと思っていたんだ。
ミリオネアはいつも俺を見つめてくれる。
他の誰でもない、俺「だけ」を。
愛を信じられない俺を見てくれる人は存在すると、心底幸せだった。
そんな俺の純粋な「好き」は徐々に形を変えていった。
一度、唯一を知ってしまえば今度はそれを手放したくなくなり、もっともっとと欲が出る。
君の笑顔を、気持ちを、全てを自分だけのものにしたい。
特にそれが顕著になったのは、精通があった頃くらいから。
歳を重ねるにつれ、誰にも言えない汚れた想いが膨らんでいく。
君を穢して、俺の色に染め上げたい。
俺がいなければ生きていけなくなればいいのに。
君の胎内を俺で埋めて、白濁を流し込んで孕めばいい。
そんなドロドロとした気持ちを持て余し出した頃、当然のように君も成長し、美しい女性になっていく。
そりゃ綺麗に決まってる、俺が惚れた女なんだから。
けれど、そうなれば君に向けられる視線も気になり出すわけで。
君に憧れを抱いている男共を根絶やしにしてやりたい。
君を妬んで嫌がらせをしようとしている女達を潰してやりたい。
君は俺のなんだから、手を触れていいのは俺だけだ。
明るい君は誰からも好かれていて。
隣にいるのに、婚約もしているのに、不安になった。
君の愛も、もしかしたら消えてなくなるのかも知れないと。
幼い頃に亡くなった母上の形見である結婚指輪は、年々どす黒く変色が進んでいて。
自分の抱く想いと似ているような気がした。
君は俺が、違う女と一緒にいたら一体どんな顔になるのだろうか?
あまりにも周りに嫉妬してしまう自分はおかしいのかと思い、君はどうなるのかが気になった。
俺が好きなら、もちろん悲しげな顔になるだろう。
いや、怒るのかも知れない。
どちらにせよ、君の表情がいつもの笑顔を崩す様が見たかった。
最初はただ、それだけだった。
わざと君が見えるように近付いてきた令嬢と学園の庭園を散歩した。
君は、さっと顔色を変え、表情は凍りついたみたいに動かなかった。
ただ、赤紫色の瞳は不安げに揺れて。
愛されている、と俺は喜んでいた。
泣いた君を甘やかして、もっと俺に堕としてやりたい。
愚かにもそんな事を思って、何度も女を替えて見せつけてしまうくらいに君が好きで仕方なかった。
そんな独占欲が抱えきれない程に大きくなった頃、俺は君が欲しくて仕方なくなる。
君を暴いてぐちゃぐちゃに啼かせたい。
17歳くらいから進めてきた婚儀の準備もあともう少しで終わる。
もうすぐ念願の夫婦になれる。
女神への誓いは二種類あるが、迷わず二つ目の誓約を選んだ。
綺麗な光みたいな君には蛾みたいに群がる男が多いから。
君が他の男に触れられないように。
俺も他の女には触れたくない。
閨教育も始まっているが、講師になど触れたくもなく、かといって相手をミリオネアにすれば絶対に寸止めなど出来るはずもない。
それに、講師が言った一言が俺に重くのし掛かった。
殿下の性器はとても立派ですから、ミリオネア様をよく解して差し上げないと意識を失うくらいの痛みを伴う場合がございます、と。
加えて、その痛みが原因で行為自体が嫌になる女性もいるから挿入前には必ずよく解すようにと教えられた。
自分の性器が立派かそうじゃないかはどうでも良いが、ミリオネアに避けられたら耐えられない。
俺の性器は、君の中に入るためだけに在るのだから。
子種も全て君の物。
俺は君に見せておこうかと考えた。
でもいきなり見せるわけにもいかない…。
そこで君にも「したい」と思わせ、かつ嫉妬心を煽れば君の方から求めてくれるのでは、と思い付く。
一歩引いて見れば碌な計画ではないと気付くはずなのに、その時の俺は君に対する嫉妬が頂点に達していたのだ。
君の幼馴染、ネオダール公爵令息によって。
俺は昔からネオダール公爵令息が嫌いだった。
何故なら、ミリオネアと仲が良い…いや、良すぎるからだ。
内緒話をしたり、いつもは淑女な君が大笑いしたり、アイツといる時は自然な表情が多くて。
どっちが婚約者なのかわからない時があるくらいだ。
一方的に俺が嫌いなだけで、向こうは俺に礼儀正しく接してくる。
対外的に冷静に対応をするが、内心は消し去ってやりたかった。
そんな時、魔獣討伐の隊員を決めなければならず今回は魔法が不得手でも参加できると募集した所、アイツが応募して来た。
本来なら魔法が苦手な人は後方部隊に入れるのだが、俺はわざと第一部隊に彼を配置した。
剣技の腕はいいらしいから、実力を見てやろうと。
同時に、魔獣に襲われて死ぬ確率もある事は理解した上で。
なんなら、そうなる事を願っていた。
ミリオネアの前から、消えて欲しかった。
そして…予想通り彼はふいに出て来た魔獣に引き裂かれて死んだ。
あ、と思った時にはもう遅く、また、助ける気もさらさらなかった。
見事に俺の望んだ結果になったわけだ。
湧いて出る魔獣を倒しながら、俺は笑いが止まらなかった。
しかし。
彼の訃報を知った君は延々と泣き暮らし、俺も帰って来ていると言うのに会いに来てもすぐに帰ってしまう。
泣き腫らした目を隠しながら。
俺は怒りに震えた。
婚約者は俺で、君の最愛も俺なのにと。
自分が君に散々した愚かな行為など忘れて、君の涙が他の奴に向けて流されていることに酷く苛ついた。
そこで、君の心を彼から自分だけに向けさせたくて、幻影魔法を君に見せ続けた。
日に日に無くなる君の笑顔。
背けられる顔…伏せられた瞳。
君はネオダール公爵令息の死にきちんと向き合い、悲しみを乗り越えたのに、俺がした最低な行いでまた笑顔を失った。
とうとう隣にいなくなった君を失うのが怖くて、あの男爵令嬢を隣に置き…君に婚約破棄を…。
「…その後は…君の知っている通りだ…」
俺は前を向けなかった。
ミリオネアがどんな顔をしているのか、見るのが怖すぎて。
ネオダール公爵令息にした酷い事…もうあれは殺人だな…と他人事みたいに呆れる。
彼女から飛んでくるのは怒声か、それとも軽蔑の表情か。
これで婚約を破棄したいと言われたら…俺は離してやれるだろうか…。
ミリオネアと交わした『約束』は、必ず守り通したい。
それでも、彼女に拒絶されたら俺は…もう…。
「ジャスティン、こっちを見て」
「っ!!!」
びくり、と身体が揺れる。
耳を塞ぎたい衝動に駆られるが、自分が悪いんだからちゃんと聞こう。
それに、君に話しかけかれるのは、もうこれが最後かも知れないから…聞き逃したくない。
「…ミ、ミリオネア……」
視界が歪む。
後悔、呆れ、悔やんでも悔やみきれない愚かな自分。
ぽろりと溢れた雫が無くなり、彼女の顔が見えた。
「あ…な…何で……笑って……?」
彼女は微笑んでいた。
女神のように穏やかに。
聖女とは、顔まで女神に似てくるのか…?
「ロイ兄様の件は驚いたけれど…」
「ご、ごめ…」
頭に浮かぶのは、ロイ兄様を殺した人なんて許せない、と冷たく言われる未来ばかりで。
また、ぱたりと涙が落ちた。
「辛かったわね、ジャスティン」
「え……」
にこりと笑い、優しい言葉が彼女の口から溢れる。
まさかそんな事を言ってくれると思ってなかった俺は、ぽかんと口を開けたまま固まった。
「子供の頃から一人で耐えていたのね。ごめんね…私が早く言えば良かったわ…」
「なっ…ミリオネア…こんな…クズの為に…謝らないでくれ…」
「確かに…前のあなたはクズだったわ。でも、私達はあの時…一度…死んだのよ」
「え…?」
ミリオネアから告げられた事と、自分の夢の最後の場面が一致する。
燃え盛る炎の中、俺の意識は突然真っ黒になる。
それは…死んだという事なのか…。
「私も、あなたも二度目の人生なのよ。女神様の希望もあって、時を遡ってるの」
「は…?女神の…?希望…?」
「そう、私達、生まれた時から女神様の愛し子だったんですって。あまりにも…悲惨な末路だったから…女神様がやり直せって言って下さって…だから、私達は過去の記憶はあれども前とは違う生き方をしている…そうでしょ?」
ミリオネアが言っている事はあり得ないような事実なのだろう。
彼女が、こんなふざけた嘘を吐くわけもない。
「実は、私、ジャスティンの最期の瞬間を女神様と見ていたの」
「俺の…最期…?」
泣いて喚いて後悔と悲しみと自分に対する憎しみが渦巻いていた事だけ覚えている。
「悲痛な顔で…自分を呪いながら命を絶ったと女神様は言っていたわ。女神様の要望もあって…私はあなたとの関係をやり直す為…いいえ、二人が幸せになる為に時を遡ったの」
「君は…全て、知っていたんだな…」
「そうね、でも、前と同じでない事も多かったから毎日新鮮だったけど」
ふふふ、と穏やかに笑いながら君はゆったりと話す。
俺は、いつも君に見守られていたんだな。
あんな酷い事しかしなかった俺を、変わらず愛してくれて…なのに、俺はまた君を泣かして。
「ジャスティンはいつから記憶が戻っていたの?」
「君がネオダール公爵令息の為に、討伐に参加した日の夜に…」
「記憶が戻るような事でもあったの?」
「…君が、彼と一緒にいると思ったら耐えられなくて…眠る事も出来なそうだから、意識を失うまで酒を飲んで…その時に全て夢で見た…」
「…困った人ね…本当に…」
彼女の目が呆れている。
君がいないと、自分はダメ人間に一瞬で転がり落ちれる自信がある。
「それで、記憶が戻って…それが、私を避けていた理由?」
「君が帰って来た日は我慢が利かなくて…でも、もう触れられないと思ったのは…カタギリ嬢に言われたからだ」
「…へぇ、何を?」
不謹慎だけど、ムッとした声を出すミリオネアを誰よりも愛おしく思う。
「カタギリ嬢を図書室に案内している時に…あなたのその曖昧な態度はハーヴェスト様を不安にさせるわよ、と言われて…あぁ、こんな俺と居たら幸せなどないと思って……」
俺は小さくそう呟いた。
ミリオネアの顔はまた見れなかった。
俺を見て頬を染め、照れたように笑う君が無性に気になって。
婚約を結んだ時から、君は俺の唯一なんだと幸せだった。
母上を裏切った父、人の想いは変わる事もあるんだと知ったあの日から俺は他人に興味などなかった。
流れて霞のように消えていくなら、愛とは何だと。
もちろん、いつかは妻を娶り、世継ぎを残すのは義務でそれも公務の一環なんだと思っていたんだ。
ミリオネアはいつも俺を見つめてくれる。
他の誰でもない、俺「だけ」を。
愛を信じられない俺を見てくれる人は存在すると、心底幸せだった。
そんな俺の純粋な「好き」は徐々に形を変えていった。
一度、唯一を知ってしまえば今度はそれを手放したくなくなり、もっともっとと欲が出る。
君の笑顔を、気持ちを、全てを自分だけのものにしたい。
特にそれが顕著になったのは、精通があった頃くらいから。
歳を重ねるにつれ、誰にも言えない汚れた想いが膨らんでいく。
君を穢して、俺の色に染め上げたい。
俺がいなければ生きていけなくなればいいのに。
君の胎内を俺で埋めて、白濁を流し込んで孕めばいい。
そんなドロドロとした気持ちを持て余し出した頃、当然のように君も成長し、美しい女性になっていく。
そりゃ綺麗に決まってる、俺が惚れた女なんだから。
けれど、そうなれば君に向けられる視線も気になり出すわけで。
君に憧れを抱いている男共を根絶やしにしてやりたい。
君を妬んで嫌がらせをしようとしている女達を潰してやりたい。
君は俺のなんだから、手を触れていいのは俺だけだ。
明るい君は誰からも好かれていて。
隣にいるのに、婚約もしているのに、不安になった。
君の愛も、もしかしたら消えてなくなるのかも知れないと。
幼い頃に亡くなった母上の形見である結婚指輪は、年々どす黒く変色が進んでいて。
自分の抱く想いと似ているような気がした。
君は俺が、違う女と一緒にいたら一体どんな顔になるのだろうか?
あまりにも周りに嫉妬してしまう自分はおかしいのかと思い、君はどうなるのかが気になった。
俺が好きなら、もちろん悲しげな顔になるだろう。
いや、怒るのかも知れない。
どちらにせよ、君の表情がいつもの笑顔を崩す様が見たかった。
最初はただ、それだけだった。
わざと君が見えるように近付いてきた令嬢と学園の庭園を散歩した。
君は、さっと顔色を変え、表情は凍りついたみたいに動かなかった。
ただ、赤紫色の瞳は不安げに揺れて。
愛されている、と俺は喜んでいた。
泣いた君を甘やかして、もっと俺に堕としてやりたい。
愚かにもそんな事を思って、何度も女を替えて見せつけてしまうくらいに君が好きで仕方なかった。
そんな独占欲が抱えきれない程に大きくなった頃、俺は君が欲しくて仕方なくなる。
君を暴いてぐちゃぐちゃに啼かせたい。
17歳くらいから進めてきた婚儀の準備もあともう少しで終わる。
もうすぐ念願の夫婦になれる。
女神への誓いは二種類あるが、迷わず二つ目の誓約を選んだ。
綺麗な光みたいな君には蛾みたいに群がる男が多いから。
君が他の男に触れられないように。
俺も他の女には触れたくない。
閨教育も始まっているが、講師になど触れたくもなく、かといって相手をミリオネアにすれば絶対に寸止めなど出来るはずもない。
それに、講師が言った一言が俺に重くのし掛かった。
殿下の性器はとても立派ですから、ミリオネア様をよく解して差し上げないと意識を失うくらいの痛みを伴う場合がございます、と。
加えて、その痛みが原因で行為自体が嫌になる女性もいるから挿入前には必ずよく解すようにと教えられた。
自分の性器が立派かそうじゃないかはどうでも良いが、ミリオネアに避けられたら耐えられない。
俺の性器は、君の中に入るためだけに在るのだから。
子種も全て君の物。
俺は君に見せておこうかと考えた。
でもいきなり見せるわけにもいかない…。
そこで君にも「したい」と思わせ、かつ嫉妬心を煽れば君の方から求めてくれるのでは、と思い付く。
一歩引いて見れば碌な計画ではないと気付くはずなのに、その時の俺は君に対する嫉妬が頂点に達していたのだ。
君の幼馴染、ネオダール公爵令息によって。
俺は昔からネオダール公爵令息が嫌いだった。
何故なら、ミリオネアと仲が良い…いや、良すぎるからだ。
内緒話をしたり、いつもは淑女な君が大笑いしたり、アイツといる時は自然な表情が多くて。
どっちが婚約者なのかわからない時があるくらいだ。
一方的に俺が嫌いなだけで、向こうは俺に礼儀正しく接してくる。
対外的に冷静に対応をするが、内心は消し去ってやりたかった。
そんな時、魔獣討伐の隊員を決めなければならず今回は魔法が不得手でも参加できると募集した所、アイツが応募して来た。
本来なら魔法が苦手な人は後方部隊に入れるのだが、俺はわざと第一部隊に彼を配置した。
剣技の腕はいいらしいから、実力を見てやろうと。
同時に、魔獣に襲われて死ぬ確率もある事は理解した上で。
なんなら、そうなる事を願っていた。
ミリオネアの前から、消えて欲しかった。
そして…予想通り彼はふいに出て来た魔獣に引き裂かれて死んだ。
あ、と思った時にはもう遅く、また、助ける気もさらさらなかった。
見事に俺の望んだ結果になったわけだ。
湧いて出る魔獣を倒しながら、俺は笑いが止まらなかった。
しかし。
彼の訃報を知った君は延々と泣き暮らし、俺も帰って来ていると言うのに会いに来てもすぐに帰ってしまう。
泣き腫らした目を隠しながら。
俺は怒りに震えた。
婚約者は俺で、君の最愛も俺なのにと。
自分が君に散々した愚かな行為など忘れて、君の涙が他の奴に向けて流されていることに酷く苛ついた。
そこで、君の心を彼から自分だけに向けさせたくて、幻影魔法を君に見せ続けた。
日に日に無くなる君の笑顔。
背けられる顔…伏せられた瞳。
君はネオダール公爵令息の死にきちんと向き合い、悲しみを乗り越えたのに、俺がした最低な行いでまた笑顔を失った。
とうとう隣にいなくなった君を失うのが怖くて、あの男爵令嬢を隣に置き…君に婚約破棄を…。
「…その後は…君の知っている通りだ…」
俺は前を向けなかった。
ミリオネアがどんな顔をしているのか、見るのが怖すぎて。
ネオダール公爵令息にした酷い事…もうあれは殺人だな…と他人事みたいに呆れる。
彼女から飛んでくるのは怒声か、それとも軽蔑の表情か。
これで婚約を破棄したいと言われたら…俺は離してやれるだろうか…。
ミリオネアと交わした『約束』は、必ず守り通したい。
それでも、彼女に拒絶されたら俺は…もう…。
「ジャスティン、こっちを見て」
「っ!!!」
びくり、と身体が揺れる。
耳を塞ぎたい衝動に駆られるが、自分が悪いんだからちゃんと聞こう。
それに、君に話しかけかれるのは、もうこれが最後かも知れないから…聞き逃したくない。
「…ミ、ミリオネア……」
視界が歪む。
後悔、呆れ、悔やんでも悔やみきれない愚かな自分。
ぽろりと溢れた雫が無くなり、彼女の顔が見えた。
「あ…な…何で……笑って……?」
彼女は微笑んでいた。
女神のように穏やかに。
聖女とは、顔まで女神に似てくるのか…?
「ロイ兄様の件は驚いたけれど…」
「ご、ごめ…」
頭に浮かぶのは、ロイ兄様を殺した人なんて許せない、と冷たく言われる未来ばかりで。
また、ぱたりと涙が落ちた。
「辛かったわね、ジャスティン」
「え……」
にこりと笑い、優しい言葉が彼女の口から溢れる。
まさかそんな事を言ってくれると思ってなかった俺は、ぽかんと口を開けたまま固まった。
「子供の頃から一人で耐えていたのね。ごめんね…私が早く言えば良かったわ…」
「なっ…ミリオネア…こんな…クズの為に…謝らないでくれ…」
「確かに…前のあなたはクズだったわ。でも、私達はあの時…一度…死んだのよ」
「え…?」
ミリオネアから告げられた事と、自分の夢の最後の場面が一致する。
燃え盛る炎の中、俺の意識は突然真っ黒になる。
それは…死んだという事なのか…。
「私も、あなたも二度目の人生なのよ。女神様の希望もあって、時を遡ってるの」
「は…?女神の…?希望…?」
「そう、私達、生まれた時から女神様の愛し子だったんですって。あまりにも…悲惨な末路だったから…女神様がやり直せって言って下さって…だから、私達は過去の記憶はあれども前とは違う生き方をしている…そうでしょ?」
ミリオネアが言っている事はあり得ないような事実なのだろう。
彼女が、こんなふざけた嘘を吐くわけもない。
「実は、私、ジャスティンの最期の瞬間を女神様と見ていたの」
「俺の…最期…?」
泣いて喚いて後悔と悲しみと自分に対する憎しみが渦巻いていた事だけ覚えている。
「悲痛な顔で…自分を呪いながら命を絶ったと女神様は言っていたわ。女神様の要望もあって…私はあなたとの関係をやり直す為…いいえ、二人が幸せになる為に時を遡ったの」
「君は…全て、知っていたんだな…」
「そうね、でも、前と同じでない事も多かったから毎日新鮮だったけど」
ふふふ、と穏やかに笑いながら君はゆったりと話す。
俺は、いつも君に見守られていたんだな。
あんな酷い事しかしなかった俺を、変わらず愛してくれて…なのに、俺はまた君を泣かして。
「ジャスティンはいつから記憶が戻っていたの?」
「君がネオダール公爵令息の為に、討伐に参加した日の夜に…」
「記憶が戻るような事でもあったの?」
「…君が、彼と一緒にいると思ったら耐えられなくて…眠る事も出来なそうだから、意識を失うまで酒を飲んで…その時に全て夢で見た…」
「…困った人ね…本当に…」
彼女の目が呆れている。
君がいないと、自分はダメ人間に一瞬で転がり落ちれる自信がある。
「それで、記憶が戻って…それが、私を避けていた理由?」
「君が帰って来た日は我慢が利かなくて…でも、もう触れられないと思ったのは…カタギリ嬢に言われたからだ」
「…へぇ、何を?」
不謹慎だけど、ムッとした声を出すミリオネアを誰よりも愛おしく思う。
「カタギリ嬢を図書室に案内している時に…あなたのその曖昧な態度はハーヴェスト様を不安にさせるわよ、と言われて…あぁ、こんな俺と居たら幸せなどないと思って……」
俺は小さくそう呟いた。
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